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夏の夜のLabyrinth
〜4th Alive on the planet〜

■drizzle・4■




いつもどおり、感情のこもらない声で亮は告げた。
「『統治型』をつぶします」
一昨日の不可思議な逡巡は、カケラも無い。
「じゃ、ドクターの本拠につっこむんだな?」
「と言うよりは」
にこり、と亮は笑う。
「『生命機器中枢』をつぶします、と言ったほうがいいですか」
「………?」
表現が違うだけのような気がするが、亮が言いかえる時はそれに意味がある。
煙に巻かれたような気がして、口をつぐむ。
すぐに理解したのは、優だ。
「まともにつっこめば、『統治型』にぶつかることになるから、ね」
「そういうコトです」
亮は頷いてみせる。
『統治型』は『単型』とは違う。体内にある『生命機器』は端末なのだ。よほど慎重に通信部をつぶさない限り、動きつづけることができるのだ。言い換えれば『生命機器中枢』がつぶされない限り、不死身だということだ。
いくら、こちらの戦闘能力が優れているとはいえ、あまり多くの人数が倒しても倒しても出てくるのは、ありがたくない。だから、亮は真正面から当たる愚は避けると言っているのだ。
「でも、どうやって……?」
『単型』をつぶされたのだ。ドクターの持ちゴマは『統治型』しかない。しかも、『生命機器中枢』をつぶされない限りは、動き続けるのだ。どうあっても、『生命機器中枢』を守ろうとするに違いない。
「ルール違反をしてはいるようですが」
視線を忍に移す。
「こちらには、ソレは通用しませんから」
「コレの出番ってわけだ」
忍は、自分の腰の得物『龍牙剣』を指して見せる。
亮の言うルール違反の意味は、自分に視線が来たことで、すぐにわかる。
どうやって入手したのかなどは、知る由もないが、どうやら『生命機器中枢』は『旧文明産物』に守られているのだろう。現文明のいかなるモノを用いても破ることの出来ないはずのそれは、そう固い守りではない。
なぜなら、『旧文明産物』に守られているということが、なによりの守り、だから。

「そう、狙うのは『生命機器中枢』のみ、です」
ほかには手を出す気はない、と亮は言う。
アーマノイドすべてが止まってしまえば、ドクターには持ちゴマが無くなる。
彼の目的そのものが、瓦解することになる。
この反乱自体の存在意義が無くなることになる。
「残ってる『単型』はどうするんだ?」
俊が、自分の本来の得物を手にしながら尋ねる。
「あとは片手で数えるほどですから、ジョー一人で充分でしょう」
ジョーからの答えは、口元に浮かんだ微かな笑みだ。
「侵入ルートですが……」
いつも通りに、過不足ない説明の後。
バイクの場所へと向かうおうとした忍を、亮は呼びとめた。
振り返った忍に、亮はフィルターを差し出す。
「今回、使用するフィルターはコレです」
「え?」
「透明化、できましたから」
なんでもないことのように、亮は告げる。
昨日、結局は優は、透明化できなかった、と返してきている。それを、亮は今日の作戦を立てるのと一緒に、こなしてしまったらしい。
忍は、フィルターをつけかえる。
もとのフィルターは、ポケットに突っ込んだ。なんとなく、置いて行くのは悪い気がして。
そして、忍も総司令室を出た。
扉が閉まる。
ロック音がする。
忍を見送っていた優が、亮の方を振り返る。
無感情な瞳が、こちらを見つめ返していた。
「余計なイタズラは、困ります」
抑揚のない口調で告げると、モニターに向き直る。
出撃準備が出来ているのを確認して、そして、よく通る声が響く。
「3、2、1……code Labyrinth、go!」

飛び出して行くのを見届けた後。
くすくす、という笑い声。
「お見通しというワケだ」
「情報を流すだけなら、ココに来なくても、いいでしょう?」
亮は、モニターに向かったまま、言う。
「ああ、そうだね」
それから、扉に向かう足音。
数歩いったところで、亮の声に呼びとめられる。
「申し訳ありませんが、作戦終了まで、ここにいていただきます」
優は亮の方を振り返る。亮は、相変わらずモニターに向かったまま、だ。
「特殊ロック、か」
「理解が早くて助かります」
「ここから出ようと思うなら……」
次の瞬間、亮の姿はモニターたちの中心にあるイスから、消えていた。
「そう、僕を取り押さえるしか、ないですね」
3D画像を映し出す特殊装置の上からの声だ。
勢い余って、掴みかかろうとした姿勢のままイスに倒れこんだ優は、すぐに姿勢を立てなおす。
亮の方に向き直った優は、口元に笑みを浮かべる。
「ずいぶんと、身軽のようだね」
「最低の護身術程度ですが」
言葉は謙遜しているが、まったく捕まる気のない口調だ。
「大人しく渡してくれた方が、君のためだと思うけれど」
「邪魔されるのは、好きではないので」
「君の方が、不利だとわかっているかい?」
優は、穏やかな笑みを浮かべて亮を見つめる。
次の瞬間、亮の首は優の手の中にあった。
「君は僕を傷つけられないけれど、僕は君を傷つけることを、なんとも思っていない」
相変わらず、優の穏やかな声が続く。間近で覗きこみながら。
「僕も、邪魔されるのは好きじゃないからね」
ゆっくりと、亮の首を絞めていく。
亮の眉が、かすかにしかめられる。
これだけ締め上げられて、まったく苦しげな声すら出ないのは、亮だから、だろう。
「僕が何者なのか、君が、最もよく知っていたんじゃないかい?」
そして、急に喉は解放される。
が、吸い込むことができたのは新鮮な空気ではない。
特殊な麻酔。
急に息が可能になった際の咳さえ、思うままにできない。
しかし、亮はそこに立ってみせる。
優は、相変わらず、穏やかに微笑んでいる。
「これくらいの麻酔は効かないみたいだね」
さすがに、さきほどのような敏捷な動きはできない。優に腕を捕まれるとよろめいた。
優の手には、小さな注射器がある。
「これなら少しは眠くなるかな」
少しは、と優は言ったが、口ぶりから中身がなんなのか、亮にも容易に想像がつく。
かなり特殊な、手術用の全身麻酔だ。
鼓動の音が、ひとつ。
血液が、麻酔を運んでいく。
自分の躰が意思から切り離されていく。
ロック解除された扉が開く気配を、微かに感じた。

景色が、かすんで見えない。
手足に感覚がない。
そういった感覚さえ、ともすれば切り離されそうになる。
亮は、残っている微かな感覚にすがりつく。
切り離されてはいけない。
眠ったら、終わりだ。
なんのために、時間を稼いだかわからなくなる。
優だって、バカではない。
抜け出されることは、わかっていた。あまりな無謀をさけるために程度をつけて抵抗を止めたのだから。
麻酔の類を投与されることも、予測通り。
ただ、最強の麻酔がきたのは、唯一の計算違いだったと言えないこともない。
さすがに、感覚が戻るのに時間がかかる。
感覚さえ、切り離されさえしなければ。
最強の麻酔さえ、亮を完全に止めることはできない。
優も、亮を酷い目にあわせたかったわけではない。
その証拠に、動けなくなった亮を、イスに腰掛けさせていった。床に転がしておくのは、あんまりだと思ったのだろう。
動けなくなったはずの指先が、微かに動く。
まぶたが、ゆっくりと、開いていく。
ほとんど閉じていたはずの瞳は、目前でデータを流しつづけるモニターに焦点を合わせた。
が、その視点はまた、ぼやける。
開いたはずのまぶたは、また半分ほど、落ちた。
かすかに響いたのは、舌打ちだ。
まだ、感覚は切り離されてはいない。
が、少しでも気を抜けば、ものすごい勢いで全身が眠りに引きこまれる。
右手が、さっきよりはっきりとした動きをする。
力なく下りていた手が、ゆっくりと持ち上がる。
自分の手なのに、恐ろしく重く感じる。右手に集中しないと、持ち上がらない。
何分かかったのかは、わからないが。
右手は、思ったモノを握り締めてくれた。
握り締めたモノは、いつも持っているはずなのに。
とてつもなく重い。
それを、どうにか、口元までもってくる。
ピンッという音がして。
半分閉じたままの瞳のハジに、きらめく光が映る。
もう少し、だ。
こんなに、全身が重いのも。
いまにも、意識が切り離されそうなのも。
必死の思いで、右手を振り上げる。
自分の頭よりも、高く。
あとは。
力を抜くだけ。
右手が自然に落下するにまかせる。
「っ!」
そして、亮の瞳ははっきりとモニターを捕らえる。



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