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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・3■



桃が咲いたし、梅のつぼみも膨らんできているから、春が近付いているのだとはわかる。
が、気温は、どう贔屓目に見たって『冬』である。
とてもじゃないが、セーターは手放せない。
「う〜、はやく暖かくなれ〜」
呪うかのごとく、低い声でブツブツ言ってるのは俊だ。寒いのは得意ではない。の割に、寒いなかでもツーリングとかには行くんだから、よほどバイクが好きなのだろう。
防寒具をしっかり着こんで、出かけて行く。
怪しい人物に見えないこともないので、その格好で街中で行くのは、とてもイヤがるが。
誕生日にもらった道具も、すでにフル活用されてるようだ。
それはともかくとして、さきほどの台詞は誰もいなかった居間に入って来て、暖房をつけながらの台詞だ。
「うにゃ、先客だ」
後ろから顔を出したのは、麗花だ。
居間に来たってことは、彼女の目的もテレビ、ということ。
普通のテレビは、居間にしかない。
個人用の端末を持っていないわけではないが、俊の場合はバイクの管理に特化されてしまっているし、麗花は、わずらわしいから、と個人用端末は持っていない。
情報を得ようと思ったら、それなりの先立つものが必要でもあり、自分の収入でテレビまでつけようとは、六人とも思わないらしい。居間にくれば、見れるんだし、仕事の内容上、そうそうテレビを見ているヒマもないのもある。
ただ、六人が共同生活をしているわけなので、見たいものの趣味はイロイロで、時間がぶつかった時は、平等にジャンケンが行われる。
というわけで、反射的に二人は握りこぶしをつくる。
チャンネル優先権を決める、ジャンケンの為に。
「せーの」
と、麗花が言ったのと、
「ちょい待ち」
と、俊が待ったをかけたのは同時。
「お前、見たいのなに?」
「ニュース」
麗花にしては、珍しくお堅いモノをご指名だ。が、俊はにっこりした。
「俺も」
「なんだぁ、一緒かぁ」
笑顔になりながら、ソファに腰掛ける。
「あ〜!」
「ほほほ、油断したわね」
テレビ権のほかに、早い者勝ちでテレビが見やすい席というのがある。
見たいモノが同じということに安心している間に、俊は、その席を麗花に奪われたのだ。
「まぁ、別にいいけどな」
ちょっと、負け惜しみ気味な口調で言いながら、俊も腰を降ろす。
麗花が、リモコンを手にしてスイッチを入れる。
暖房のほうもききはじめたようだ。暖かくなってきている。
ニュースの最初は、政治やら経済やら、固い話題が続く。
麗花のほうは、まったく耳に入ってないようで、コレが目的のニュースではないらしい。
俊は、それなりに興味深そうに聞いている。
画面は、真面目そうな男性キャスターから微笑を浮かべた女性キャスターに切り替わる。
『プリラードの親善大使決定が決まりました』
「お!」
嬉しそうに声を上げたところを見ると、麗花の目的はコレらしい。
一緒になって、俊もちょっと身を乗り出したので、どうやら本命は、やっぱりコレのようだ。
「やっぱ、気になるよね?」
「まぁな、いっつも美人じゃん」
「面食い〜!」
「うるさい」
掛け合いのように言い合いながら、画面に見入る。
前置きが終わって、気になる人物の映像が現れる。
と、同時に二人の口から驚愕の声がもれた。
「うっそー」
「マジかよ」
がっかりした、という声ではない。むしろ、嬉しいが意外、という声だ。
画面に映し出されていたのは、キャロライン・カペスローズ。『Aqua』の人で、彼女のことを知らない人はいないと言っても過言ではない、プリラードが世界に誇る演技派女優だ。
二人が驚いたのは、去年までは、無名の人が『親善大使』を努めて、役目をしているうちに有名になるパターンだったのに、今年は超メジャーな人物が出てきたから、だ。
しかも、ものすごい美人ときている。画面に映っている彼女は、きれいな金髪のすそを軽くウェーブさせていて、それが役目を意識してか、うすめのピンクのシンプルなスーツと合っていて、なんとも上品だ。
にこりと微笑みながら、標準語で挨拶をしている。
キャロラインの映像が終わって、またキャスターに画面が切り替わる。
『最初の訪問国は、リスティアに決定しており、日程は……』
「ええ?!」
また、驚きの声が麗花の口からもれる。
今度は、完全に驚愕したほうの声だ。俊が、怪訝そうに麗花を見る。
「ウチの国くるのが、んなびっくりか?」
リスティアは、『Aqua』最大の国だ。そこに最初に訪れるのは、しごく当然に思えるのだが。
「だって、やっぱり、いちばん大事なのは隣国との関係だよ」
言われてみれば、その通りの気もする。
プリラードは、リスティアほどではないとはいえ、西の大国のひとつだ。リスティアとの間には、いくつかの国を挟んでいるし、その間にはそれなりに大きい国もある。
大国を選ぶにしろ、最も近いのはルシュテットだ。
まずは、そちらに挨拶に訪れるのが順序と言われれば、そんな気もする。
「遠くの親戚より、近くの他人って言うもんな」
「いや、それはちょっと違うけど……」
「に、しても、驚いたな」
俊が、立ちあがりながら言う。本命のニュースは終わったので、もういいのだろう。
「だねぇ、まっさかキャロライン・カペスローズとはねぇ」
麗花は、リモコンを手にすると、チャンネルを変える。
変えた先は、ワイドショーだ。案の定、プリラードの『親善大使』がキャロライン・カペスローズになったので、大騒ぎのようだ。しかも、最初の訪問国が自国ときている。
格好の話題というわけだ。
しばらく、麗花はテレビ漬けになりそうだ。
俊は居間をあとにした。

夕飯の話題も、麗花がふったせいで、プリラードの親善大使がキャロライン・カペスローズになったことで盛り上がりをみせる。
「へぇ、メジャーな人も親善大使になるんだ」
「身近で見られるかもしれないってことよね」
忍と須于も、興味深々だ。
ジョーは、そういったことには興味がないらしい。コメント無しで、黙々とご飯を食べている。
俊に、ご飯のお代わりを渡しながら、亮が尋ねる。
「やはり、身近で会ってみたいですか?」
「そりゃ、会ってみたいでしょ、世界的女優だよ」
「そうそ、すっごい美人じゃん」
「俊、そればっか」
亮は、小さく首を傾げてみせる。考え込んでいるというより、それは。
「なんだよ、また、なんか隠してるな?」
敏感に、忍が察知する。
言われた亮は、にっこりする。
「いえ、仕事先約受けといてよかった、と思いまして」
「仕事の先約……?」
麗花たちは、きょとんとするが、忍には、言われてみれば思い当たるフシがある。
「もしかして、誕生日に言ってたヤツか?」
「ええ、内容は、プリラード親善大使の護衛です」
先程よりも笑みを大きくして告げる。
「ホント?!」
「ウソを吐いても、仕方ないでしょう」
「ってことは、間近でキャロライン・カペスローズ見れちゃうわけ?」
もう、大盛り上がりである。
「それだけじゃないだろ、護衛だぜ、しゃべったりも出来ちまうんじゃないの?」
「サイン、もらえるかなぁ」
「握手くらいなら、してくれるかも」
まだ、どんな護衛かも聞いていないのに、この興奮具合である。
えらく冷静なのが、一人。ジョーだ。
亮にお代わりを求めたあと、低い声で言う。
「カゲからの護衛だったら、どうするんだ?」
たしかに、正論だ。
『第3遊撃隊』として、目立つわけにはいかないだろう。極秘部隊なのだから。
だいたい、身近な護衛はプリラード本国のSPがいるに違いない。
警官も周囲にいるだろうし、『第3遊撃隊』は実戦経験のあるサポートとして、他部隊にまぎれるくらいが関の山かもしれない。
一気に息消沈してしまった四人に、亮は微笑みかける。
「そんなに会いたいのでしたら、手を回しますよ」
そう、亮は総司令官の子であり、しかも『Aqua』最大の財閥総帥の子でもあるのだ。
『第3遊撃隊』という立場を使わなくても、キャロライン・カペスローズに会う機会には恵まれる可能性は充分にある。もっとも、自分の為に、その立場を乱用することはないだろうが。
麗花たちが、そんなに会いたいなら、その立場を乱用してくれる、と言っているのだ。
「亮サマ〜」
うるうるした瞳で、麗花と俊が亮を見つめている。
「その顔は怖いって」
思わず、忍がつっこむほどに、すがりつくような、わんこのような瞳だ。
「忍だって、会ってみたいでしょ?」
「そりゃ、まぁな」
どうやら、忍も美人には勝てないようだ。
「だったら、気が変わらないようにお願いしないと!」
麗花に言われて、おどけて拝んでみせる。
「亮大明神サマ、お願いします」
ぱんぱん、とか、手をたたいて見せたりして。
「お賽銭次第ですねぇ」
亮も、のってみせる。
「そんなこと言わずに、ね」
須于が、にっこりと首をちょっと傾げてみせる。
「おお、色仕掛けだ!」
「どーする亮?!」
なにがどうなんだかよくわからないが、ともかくも盛り上がっている。
そんななか、マイペースにご飯を食べ終わったジョーは、席を立つ。
「ご馳走様でした」
その後姿を見送ってから、麗花が首を傾げる。
「ジョー、クールだねぇ」
「あまり、ドラマとか映画とか、興味ないほうだから……」
「ま、須于という美人が身近にいちゃあね」
頬を染めた須于をからかう方に俊たちの興味はいったようだ。
亮は、ジョーの置いていった食器を片付けながら、立ち去った方を、もう一度見る。
「どうか、したか?」
相変わらず、敏感な忍が尋ねる。
「なんでもないです」
微笑むと、亮は首を横に振る。
からかわれながらも、須于もジョーの立ち去った方を、ちらり、と見た。


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