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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・4■



ノックすると、すぐに気のない返事が返ってくる。
扉を開けると、案の定、ジョーは銃の手入れ中だ。
そちらに集中しているはずなのに、誰がノックしたのかを聞き分けているのは、さすが、というべきだろう。銃の腕も相当だが、この耳の良さは特筆に価する。
「コーヒー、どう?」
「ああ」
いるのだかいらないのかわからない返事だが、これは『いる』ほうだ。
そのニュアンスが読み取れるのは、遊撃隊のメンツくらいだろう。
無愛想もここまでくれば、立派なモノ。
須于は、コーヒーをジョーの手の届きやすいところ、でも銃いじりの邪魔にならないところに置く。
その手元を覗きこんで、
「ずいぶん、ちっちゃいのね」
ジョーの大きめの手の中にすっかり収まってしまうくらいの、大きさだ。
武骨という表現の方が合う指先が、実に器用に小さなネジを締めていく。
「まぁな、リトルショットっていうくらいだから」
「上級者用なの?」
須于がそう尋ねたのは、小さすぎて飛距離があまりなさそうだ、と思ったからだ。
「どうかな?」
返ってきた返事は珍しく、歯切れが悪い。
「じゃあ、特殊用途?」
彼がいじっているということは、使用する可能性が高いということだ。たしかに、どうしても普通の銃だと、仕込んでいる肩がさがりやすくなる。一般人にはわからないが、プロが見れば、すぐに見抜ける。
この大きさなら、プロ相手でもごまかせる大きさだろう。
そういった意味合いで尋ねたのだが。
「はっきりと、本来の用途はわかってない」
「?」
首を傾げた須于の方を、ジョーは見上げる。
「『崩壊戦争』直後に出まわった型で、暗殺用とも自殺用とも言われてる」
「近距離狙撃用なのね」
「究極の近距離、だな」
ジョーは、こめかみのあたりにかまえてみせる。
「普通の銃なら、こんなことしたら頭半分ぶっとんじまうけど、コイツはそんなことがない」
銃をおろしながら、ジョーは続ける。
「ま、こめかみを狙撃ってのはスマートじゃないけどな」
通常はえらく口数が少ないが、銃のことになれば人並みくらいにはしゃべる。
ジョーの基準で行けば、格段に口数が増えるというコトだ。
須于も、最近では銃にアレルギーを起こすこともなくなった。
『第3遊撃隊』に所属する以上、銃が嫌いとは言っていられないからでもあるが、ジョーがいろいろなコトを話すせいで、それなりに興味がでたのもあるだろう。
でも、あまりお年頃の女の子のする話題ではないともいえる。
これに関しては、ジョーも気になったのだろう、須于に尋ねたことがある。
須于は微笑んで、それから言った。
「知らないことを知るのは、おもしろいから」
その返事を聞いてジョーはそんなものか、と思ったようだが、そんな須于が麗花に『理系向き』と言われてる事実は知らない。
それはおいておいて、ジョーの手にしている銃の話題に戻る。
須于は、『リトルショット』と呼ばれるソレを覗きこみながら、さらに尋ねる。
「じゃ、どこを狙うの?」
「耳の穴」
「耳の穴?」
オウム返しに聞き返してしまう。それはまた、なんともマニアックな響きだ。
「銃創が見つかりにくいから」
「当然、貫通もしないわけね?」
「岩塩みたいなモノで出来た弾を使う手があるしな……当時は、死因をごまかすのは簡単だったから」
「いまは、そうもいかないでしょうね」
ジョーは、視線を手にしている銃に戻す。
半分くらい、独り言のように言った。
「さぁ、どうかな?」
「ムリよ」
強めの口調に、ジョーは顔を上げる。
まっすぐな視線がこちらを見ているのに、少し戸惑う。
でも、その視線はすぐ、笑顔に変わる。
「亮がいるもの」
あの必要以上に敏感な軍師は、なんでもお見通しだろう。
暗殺だろうが、自殺だろうが。
「……ああ、そうだな」
ジョーの顔にも苦笑気味の笑みが浮かぶ。
「たしかに、ムリだ」

食事の準備時間に、須于が台所に姿を現すのは珍しい。
包丁を動かす手を止めて、亮は顔を上げる。
「どうか、しました?」
「なんでもないの、ちょっと喉がかわいたから」
亮は、にこり、とする。
「お茶、煎れましょうか?」
頷くのを待って、小さめのケトルに水をいれる。それから、中国風のカップを出してきて、須于の前に置く。
カップサイズの茶漉しとふたのある、大きめのカップだ。
「中国茶なのね」
「桂花烏龍茶が手に入ったので」
亮は、総司令官の子という立場上か、あまり普通は目にしないようなモノを手に入れてきては、食卓に並べてくれる。お茶にしても、ちょっと手の加わったモノが多い。珍しいものが手に入りやすい、というのもあるようだが。
ついでに、食器で雰囲気を出す、というのも得意だ。
茶漉しに茶葉をいれる。普通の烏龍茶とは、ちょっと違う香りがする。
須于が首をかしげると、
「キンモクセイの香りのついた、烏龍茶ですよ」
お湯を注いで、フタをする。
「三分くらい、待ってくださいね」
「カップラーメンみたい」
須于の台詞に、亮は微笑む。
言われたとおりに、三分後にフタをとると、ふわと香りが広がる。
どことなく、すっきりする香りだ。そっと口にすると、普通の烏龍茶よりも少し、酸味を感じる。
喉ごしがいい。
ゆっくりとお茶を飲みながら、尋ねてみる。
「リトルショットって、知ってる?」
「知ってますよ?」
亮は、食事の準備をする手を休めずに、ごくあっさりと答える。案の定、断片的な記録しかない『崩壊戦争』のことにも詳しいらしい。
「どんなものなの?」
「崩壊戦争時に、ナタプファの兵士が持っていた自殺用の拳銃です」
日常会話と変わらぬ口調だ。
『崩壊戦争』で破壊し尽くされた状態で、あんな精巧な銃が作り出せるわけがない。ああ、やっぱりと須于は思うが、それは口に出さずに、更に尋ねる。
「ナタプファっていうと、最強国のヒトツだった?」
「そうです、敵軍に捕えられたとき、秘密を漏らさぬよう、自殺するために」
振り返って、にこり、とする。
「情報戦でしたから」
些少の情報でも、漏らさぬために彼らは自殺したのだ、と言う。
「ちょっと、怖いな」
「そうですね」
そのことを、銃に詳しいジョーが知らないわけがない。それを口にしなかったのは、須于を怖がらせないためと、それから。
ゆっくりとお茶を飲み終えた須于は、立ち上がる。
「ごちそうさまでした」
もう一度、にこり、と微笑んで亮はカップを流しへと持っていく。

夜の帳がすっかり下りてから、亮は自室のコンピュータの電源をいれる。
個人用のモノとしては、少々大きめのモニターに綺麗なCGが現れる。ここらのカスタマイズは、亮にとってはカップラーメンを作るより簡単なことだ。
といっても、もとからそんな洒落たモノはなかった。処理能力なんかも、一般の個人用というより、公用の特殊コンピュータに近いモノがあるが、それではあまりに味気ない。そう思ったのは当人ではなくて、周囲だが。
起動画面をつくったらつくったで、そこらのよりぐっとキレイだ。そこらへん、処理能力をフルに活用してるようだ。こういうことは、嫌いではないらしい。でも、亮がそれに見入ってることなど、まずありえないが。
忍がノックして扉を開けてみると、亮はなにか書類を手にしたまま、振り返る。
別に慌てた様子もなく、書類を机の上に置く。
「入ってもイイか?」
「ええ」
頷くのを待って、内ドアを閉める。
その間に、亮はパスをいれてコンピュータを立ち上げる。
それから、もう一度、忍を見上げる。
「どうか、しましたか?」
「ん、今回の本当の仕事って、なにかと思ってさ」
「プリラード親善大使の護衛ですよ?」
忍は、にこり、とする。
「ひねくれモノ」
亮の額を、軽くこづく。
「質問を変えるぞ、『もうひとつ』仕事があるだろ?」
亮の方も、忍に隠し事をしても仕方ないと思うようにはなったようだ。
「ありますよ……とは言っても、いまのところ僕個人のですが」
「なにか、聞いてもイイか?」
「親善大使の、子供探しです」
一瞬、忍には飲み込めなかったようだ。すこし、間があく。
「俺らが、護衛する親善大使か?」
「はい」
「ってことは、キャロライン・カペスローズの……?」
「と、いうことになりますね」
なにかある、ということまではわかっていたし、おそらくキャロライン絡みだとも予想していたが、内容は実に意外だ。
だって、キャロライン・カペスローズが結婚したと言うニュースを、聞いたことがない。
浮いた恋のウワサもきかない。
マスコミに「誰か好きな人は?」と尋ねられると決まって、
「映画の中でたっぷりしてるから、イイのよ」
そう笑ってかわしてしまう。
その彼女に子供?
しかも、探したいということは、行方不明というコトになる。
随分とまた、スキャンダラスだ。
さらに、目前の亮はえらく、落ち着き払っている。
「……お前、予想ついてるって顔してる」
「そうですね」
「相変わらず、仕事速いな」
「そんなことは、ないですよ」
亮は、首を横に振ってみせる。
「だって、もう、見つけたんだろう?」
「多分、そうだろうという人は」
「だったら、終わったも同然じゃないのか?」
もう一度、亮は首を横に振ってみせる。
「その彼は、対象外ですから」


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