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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・5■



予測はついているのに対象外、という。相変わらず亮らしい煙の巻き方だ。
「彼ってことは、息子?」
「では、ないかと」
忍は、首を傾げる。
「対象外って、どういう意味だ?」
「検索条件内にいない、という意味です」
「孤児院のシステムは、よくわからんが……たしか、身元捜索はするんだよな」
亮は頷く。
なんらかの事故で、両親を失ったというなら、出自ははっきりしている。それならば問題ないが、捨て子の場合はそうはいかない。
「無条件に受け入れる訳には、いきませんから」
そんなことをすれば、子育てをしたくない、それだけの理由で子供を捨てる親が、必ず出てくる。
どうしようもない理由が存在しない限り、それは犯罪だ。
だから、徹底的に身元捜索が行われる。病院での出産記録とリンクされた捜索網はかなりのモノだ。
それでも、捨て子は存在するのだ。
それも、想像以上の数が。
結局は、親が見つからなくても捜索時の記録は残される。改ざんを防ぐために、孤児院の他に、警察のデータベースにも。
かなり後になったとしても、捜索時のデータで親が見つかる、というケースも稀だがあるのだ。
そのデータベースの中から探し出されたキャロラインの子供候補の中には、亮が予測した『彼』は含まれない、ということらしい。
「どうして『彼』だと思うん?」
亮は、黙って自分の瞳を指す。
口元に、笑みが浮かんでる。
「目?」
こくり、と亮は頷いた。
目といわれて思い付くのは、まず色だろう。キャロラインの目は、プリラード人らしい青い瞳だ。
そんな瞳をしている人間は、くさるほどいる。
このリスティアにだって、数え切れないほどいるだろう。
だとすれば、あとは個別認識に使われる網膜だろうか?でも、それは固体識別で、遺伝識別ではない。
「色じゃないだろ?」
「色ですよ」
「だって、青い人間なんて、掃いて捨てるほどいるぜ?」
「『青』とひとくくりにしてしまえば、そうですね」
言いながら、亮はモニターに向き直る。そして、なにかを入力した。
忍は、後ろから覗きこむ。
「旧文明での研究内容なので、最近はあまり表立っては扱われていないんですけど」
画面には、複雑なパスが流れていく。
どこかのデータベースへ侵入しているらしい。なぜ、侵入だとわかるかというと、通常ならそれなりに見てくれのある入力画面が現れるはずなのに、いま画面を流れていくのは、裏画面としか思えないモノだからだ。
「どこに入ってるんだよ?」
「遺伝子情報のデータベースですよ」
「はぁ?」
亮の口元に、不思議な笑みが浮かんでいる。
「『Aqua』に生活している人間の遺伝子情報は、すべてデータベースにおとされてるんですよ」
「俺のも、か?」
「もちろんです、例外はありません」
「そういうのって、『崩壊戦争』以前じゃなくって?」
「表向きは、そういうコトにしておかないと、ね」
相変わらず、笑みを浮かべたまま、亮の指はすばやくキーボード上を動いていく。
「遺伝子管理していないと生物は存在できないんですよ、『Aqua』上では」
とんでもないことを、あっさりと口にする。
そういうのは、超極秘事項のはずだ。
『崩壊戦争』以前から。
現状では、総司令官自身が、知っているかいないかのレベルの。
でも、亮は、それを知っている。
どうしてそれを知っているのか、とは聞かない。亮が口にしたのは、今回の前提だから。
「で、その遺伝子管理と、目の色とどういう関係なんだ?」
「厳密にいうと、同じ瞳の色の人間は存在しないというコトですね」
亮は、顔を上げる。
「それと、親の遺伝子さえわかれば、子供の瞳の色は確定可能ということです」
「キャロラインの相手が、わかってるってこと?」
「きいてはいませんけど、予測はつきます」
「驚いたね、亮が芸能関係に詳しいとは」
浮いたウワサのないキャロラインの相手の予測をつけられるとは、相当詳しくなくてはムリだろう。
「まさか、まったく知りませんでしたよ」
「調べたってコト?」
「いえ、彼の瞳の色から予測しただけです」
「なんか、えらく身近そうだね、『彼』は」
亮の口ぶりからいくと、どうやら、キャロラインの瞳と『彼』の瞳を見ての予測のようだ。
さらにそこから、キャロラインの相手がわかったらしい。
忍からすれば、『青』としか見えない瞳の色を見分けるだけでも驚愕ものだが。
亮の能力に関しては、なにをされても驚かないことにしている。それに、亮が望んで身についたとは、限らないから。
そういう能力があるにしても、ちら、と見ただけでは判断はつくまい。
キャロラインの瞳は、テレビを見ればイヤというほど見られる。でも、一般人であろう、子供のほうはそうはいくまい。だとすれば、亮が身近に観察できるところに『彼』はいるのだ。
好んで人付き合いをしようとしない亮の、身近にいる青い瞳の人間といえば。
忍に思い当たるのは、一人だけだ。
言われて見れば、『彼』は一人だけ、キャロラインの護衛に乗り気ではなかった。
「当人は、知ってるんじゃないのか?」
「だとしても、認めないでしょうね」
たしかに、そうだろう。
好意があるなら、護衛に乗り気であっていいはずだ。あるのはむしろ、敵意だろう。
だとすれば、少々、やっかいだ。
でも、亮はそれを知っていて会わせるつもりでいるらしい。
モニターに視線を戻した亮は、キャロラインのデータと、誰かのデータを呼び出し終えたようだ。
処理中の表示が画面に現れている。
「サービスイイじゃん」
「なにがです?」
「ちゃんと、探してやるのが」
「推測で、迷惑をかけるわけにはいきませんから」
無表情な声と顔だ。いつも通りの亮の表情。
「まぁな、でも、本当なら、会わせてやるんだろう?」
『彼』のほうはそれを望んでいないのにも、関わらず。
「説明する機会くらいは、あってもいいかと思ったので」
「どうして手放したか、を?」
「それから、今どう思っているのかを」
モニターから、目を離さずに言う。
「言われてみないとわからないことも、あるかもしれませんから」
それを聞いた忍は、亮の頭をぽふぽふとはたいた。
なんです?というように顔を上げた亮に、忍は微笑む。
「たしかにな」
亮は、瞬間的に戸惑った表情を浮かべたようだが、すぐに無表情のほうに戻って、モニターに視線を戻す。データ処理の結果が、表示されている。
そして、その結果が『彼』のものと一致したことも。
「……なるほど、事情、とやらもなんとなく、わかったかも」
見るとはなしに『彼』の父親の名を見た忍が、呟く。
「『彼』にとって納得のいく事情か、はわかりませんけどね」
亮が、データベースを終了しようとした、その時だ。
呼び出し音が入る。
画面を切りかえると、総司令官の声がはいる。
「よう、来れるか?」
父親と言う立場の気安さがはっきりとした声である。
「ちょっと、厄介になった」
「わかりました」
返事をした亮の顔は軍師のものだ。総司令官の声が入った時点で自分の部屋に戻った忍は、キーを手にして戻って来ている。
「車、出すよ」

総司令官室の扉がしまってすぐ、健太郎は口を開く。
「よりによって、ウチで騒動を起こそうという不埒な連中がいるらしくてね」
「狙いは、キャロライン・カペスローズですね」
「良くも悪くも、あちらも大国だから」
『Aqua』で大きな力を持つ両国の関係の悪化を望む連中は、けっこういるだろう。そういう連中にとっては、親善大使の訪問というのは、またとない機会だ。
「今回は、警備隊に混じってもらうしか方法がなさそうだな」
「警備隊は、誰が?」
「広人にまかせることにしたよ、その方が、動きやすいだろう」
総司令官室の巨大なモニターに、どこかの建物の見取り図が出る。
「おや、迎賓館ですか」
亮は、驚いたようだ。
「そう、相手は短期決戦をお望みでね」
「なるほど?」
にこり、と微笑む。どうやら、健太郎も亮も、不埒な連中の相手の心配はしていないようだ。
「でも、来たなり襲われたら、滞在期間は削られるんでしょうね?」
「対応次第だろうね、互いの信頼の深さが問われるってところかな」
忍の問いかけに、健太郎は笑顔をむける。
その程度で滞在期間短縮など起こさない自信があるのだろう。『第3遊撃隊』にまかせたからには、そんな対応はあり得ないと決め付けている、とも言えるが。
「で、どうなった?」
こちらの首尾を聞くために、呼び出したのだ。護衛業務が実戦込みになったくらいなら、呼び出すことなどしない。
亮は、にこり、とする。
「見つけましたよ」
「さすがだね、で、どこで会わせられそうかな?」
「そうですね、迎賓館で、というのはどうでしょう?」
一瞬、面食らった顔つきになった健太郎は、だが、すぐにどういうコトかわかったらしい。
「それはまた、随分と身近なところにいたね」
それから、首を傾げる。
「会えるけど、話す時間はあるかな?」
「それは、二人次第でしょう」
「たしかに、な」
健太郎は、頷く。
「わかった、それでいいだろう。こちらは、やるだけのことをしたと言えるしな」
プリラード女王直々に、頼まれてしまった手前がある。
亮は、軍師の表情のほうに戻って、尋ねる。
「日程は?」
「四月二十九日だね」
「わかりました」
「頼りにしてるよ」
くすり、と笑って、亮は背を向ける。
「当人が動かなくても、多分」
独り言のように呟いた亮の声に、忍は、にこり、と笑う。
「ああ、そうだな」


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