[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・6■



亮が、総司令室に『第3遊撃隊』のメンツを集めたということは、仕事開始の合図だ。
それにしても、なんか大仰な様相を呈しているようにみえる。
『護衛』程度の任務で、総司令室すべてのモニターが作動する必要があるとは、思えない。
作戦をたてる人間が、亮であるというコトから考えても。
だとすれば、仕事内容が『護衛』だけではなくなった、と考えるのが妥当な線だろう。
案の定、亮の口からは、それを裏付ける言葉が出てくる。
「プリラード親善大使を狙う連中が、侵入したという情報が入りました」
「侵入時に、捕まえりゃよかったのに?」
俊の台詞は、もっともなご意見に思える。が、その疑問に亮は微笑で応える。
「バラバラに捕まえるのでは、人件費がかかりますから」
「ほう、一網打尽を狙うわけね」
麗花がにこり、と笑う。
須于が、かすかに首を傾げる。
「だとすると、犯人のアジトを狙うのかしら?」
親善大使を狙うというコトは、相手はテロリスト集団になるだろう。これだけ大掛かりに、亮がシュミレーションをしているのも納得がいく。
「こちらのテリトリーのほうが、潰しやすいですよ」
持って回った言い方をしているが、ようは、相手がキャロラインを狙ったその瞬間に、捕えようということらしい。
でも、だとすると、だ。
「こちらのテリトリーって……」
亮は、にっこり、と微笑む。
「迎賓館、です」
その台詞と共に、迎賓館の立体地図が現れる。
説明を始めた亮の顔に、もう先ほどまでの笑みはない。軍師そのもの、だ。
相変わらずの、過不足ない説明のあと。
忍が、一点だけ残った疑問を口にする。
「俺らの組織は、秘密裏、なんだよな?」
「ええ」
頷いてみせた亮には、なにを危惧しているのか、わかったらしい。
「マスコミの方々にも、ほかの警察官と一緒に撤退していただきますから、こちらの顔は世間には知られません……ですから、手加減無しで大丈夫ですよ」
「でも、迎賓館でしょう?」
麗花が、珍しく少々眉をよせる。
俊は不思議そうだ。
「それが、どうかしたのか?」
「多かれ少なかれ、美術品の類があるはずよね」
なるほど、迎賓館と名付けられるからには、各国の要人が招かれる場所だ。そこには贅をこらした調度品と美術品があるのは、想像に難くない。
「公共物の破壊許可も下りてますから」
そういう問題ではないと思うが、亮は微笑んだまま、だ。
「些事には惑わされずに、役目を果たして下さい」

どうやら、考えのほうに気を取られていたらしい。
目前から覗きこんでいる顔に、必要以上に驚いてしまう。
「……え?!」
そんな須于の反応に、麗花は苦笑する。
「んな、化けモノ見たような顔しないでよ」
「ゴメン、そういうつもりじゃなかったんだけど……」
須于が愁傷に謝ると、返って笑い出す。
「じょーだんだって、気にしてないよ」
それから、もう一度、須于の顔をのぞき込む。
「恋する乙女はお悩みのご様子じゃな?麗花ばーさんが、聞いてあげるぞ」
言いながら、麗花は扉を開けた自分の部屋に、手招きする。
つい、おとなしくついて行ったのは麗花の笑顔を見てるうちに、なんとなくほっとしたからかもしれない。
「座って座って」
大きめでふかふかのクッションを指してから、麗花は伏せてあった白いカップにココアを入れる。
彼女の部屋には、電気ポット、ココア、ミルクが常備されているのだ。
湯気をあげるそれを、須于の手に押しつけ、自分もカップを抱え込むようにして相向かいに腰を降ろす。
「んで、どーしたって?」
「どうって……」
気にかかっていることがあるのは、確かだ。
だけど、雲をつかむような話のことも、確かで。
なんといっても、自分の中でも、『なんか、おかしい』くらいだけだから。
部屋まであがりこんで、なにもない、もないので、須于は正直に話す。
「ふうん……?」
須于にだって整理がついてないのだから、麗花に上手く説明できるはずもなく。
ココアのカップを抱え込んだ体勢のまま、首を傾げている。
「まぁ、よくわかんないけど、今回の任務がらみのことは確かそうだし」
言い切りできたが、それくらいは誰でも予想できることだ。
「亮なら、なんか知ってるんじゃないかなぁ?」
「そうは、思うんだけど……」
ココアを口にしてから、ぽつり、と返事する。
そう、亮なら、何か知っているだろう。そうでなければ、『リトルショット』のことを尋ねて、『珍しいことを、ききますね?』の一言も無しに、答えが返ってくるとは、思えないから。
もしかしたら、須于がなぜ、そんなことを尋ねたのか、さえわかっているのかもしれない。
知っていて、なにも言わないのだから、言いたくないのかもしれない。
基本的に、亮は、必要外の情報は言わない性質だ。
「きけば、教えてくれるよー、きっと」
「そうかな?」
「よっぽど、作戦に差し障りが出るんじゃない限りは」
イタズラっぽく笑ってみせる。
「きいて、みようかな?」
「おう、善は急げじゃ、いっといで」
「ええ?!」
追い出されるように麗花の部屋を出た須于は、部屋の扉が閉まった音がしたとたん、小走りで階段を駆け上がる。

ノックに答えた声は、いつも通りの亮だ。
あまり、感情などの感じられない声。
勢いできてしまったものの、なんてきりだせばいいのかな、などと思いつつ、須于は扉を開ける。
「珍しいお客サマですね」
モニターから、こちらに視線を移した顔は、にこり、としている。
「あ、えっと……」
「取って食ったりはしませんから、よろしかったら、どうぞ」
扉の隙間から顔を出したまま、話を切り出しかかった須于に、亮は部屋のクッションを指す。
「うん、ありがとう」
ジョーや麗花の部屋には慣れているが、亮の部屋、というのは初めてだ。なんとなく緊張してしまう。
それは、部屋の雰囲気もあるかもしれない。なんとなく、無機質なのだ。
殺風景なのとは、違う。コンピュータの他にも、机はあるし、本棚には本がいっぱいだ。
それに、ベッドもおいてあるから、生活空間であることは確かだ。だけど、なんとなく、無機質。
亮自身が醸し出す雰囲気、がそうなのかもしれない。
そんな雰囲気に、ちょっと緊張してしまう。
ぎこちなく腰をおろした須于に、亮は尋ねる。
「どこから、お話すればいいですか?」
「えっ?」
どうやら、なんの用件で来たのかお見通しのようだ。が、『恋の悩みでしょ?』と尋ねてくれる麗花より、ずっとタチが悪い。
戸惑っている須于に、さらににっこり、とした笑みを亮は向ける。
「違いました?」
「あ、ううん」
慌てて、首を横に振る。
あまり意地悪な言い方を須于にするのもなんだと思ったのだろう、亮はにこ、としたまま、さらっと核心に移った。
「一言で言ってしまうと、ジョーがキャロラインの息子だということです」
「………?」
返事も出来ず、亮をまじまじと見つめてしまう。
言っている内容が、急には飲みこめない。
たしかに、ジョーの口から家族の話は聞いたことがないが、話をしていないのは自分も同じだ。
いや、そういう問題ではなくて。
亮が言ったのは、ジョーの母親が。
「ええええええ?!」
思わず、悲鳴のような声を上げてしまって、自分で口をふさぐ。
一般の家のように見えるが、遊撃隊の基地として機能するこの家は、各部屋の防音もしっかりしている。間違っても、一階のジョー達には聞こえていないだろうが。
内容を理解はできても、納得は簡単にはムリだ。
口元をおさえたまま、くぐもった声で言う。
「でも、だって……?」
上手く言葉にならないが、亮は言いたいことを理解してくれたようだ。
「どうして一緒にいないのか、ジョーはなぜこの国にいるのか、ですか?」
頷いて、言いたかったことはそれだと告げた後、首を横に振って微笑む。
首を横に振ったのは、その疑問に、答えなくてもよい、の意味だ。
理由を知ったところで、須于にはそれをどうにかする力はない。亮の方から言わないのは、それを須于が知っている必要はない、と判断したからだ。
きけば、答えてくれるのだろうが。
にこり、と微笑んで、亮をみつめる。
「そう、教えてくれて、ありがとう」
「いえ、お役に立てたようでしたら、嬉しいですけど」
相変わらず、亮も微笑んだまま、だ。
「それじゃ」
すっきりした顔になった須于を見送った後。
忍と亮の部屋を繋ぐ、内側の扉が、開く。
「さっきの悲鳴、ジョーに聞こえてたら、殺されてるぞ」
「防音効果抜群で、よかったですよ」
内側の扉にまでは、さすがに防音設備はない。須于の驚いた声は、忍には筒抜けだったのだ。
事情を知らなかったら、忍でも飛んで来てただろう。
肩をすくめてみせる亮に、忍は微笑む。
「これで、配置終了ってわけか」
「あとは、天にまかせるしか、ありませんね」
運命の日は、もうすぐ、だ。


[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □