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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・7■



ぬけるような青空、とは、こういうのを言うのだろう。
作戦実行、ようは、キャロラインを迎える日の朝だ。
「へぇ、気持ちいいねぇ」
居間の窓の外を見ながら、麗花が言う。
朝食を食べるのは、彼女がいちばん遅いので、いるのは食器を片付けている亮だけだ。
「そうですね」
という、淡白な返事あ返ってくる。
麗花は、くるり、と振り返って、まっすぐに亮を見る。
その視線に、気付いていないわけがないのだが、亮は相変わらず食器を片付ける手を休めない。
「うまく、いくのかな?」
「さぁ、どうでしょう」
返事も、さっきと変わらず、そっけないものだ。
「ふぅん?」
すこし、不満げな声に、亮は視線をあげる。
そして、口元にかすかな笑みを浮かべると、また、食器片付けに戻ってしまう。
「はい、外野は余計なことは申しません」
麗花は、亮の笑みの正確な意味をとってみせると、準備をすべく、自室に戻る。
まるで、それを待っていたかのように、姿を現したのが、ジョーだ。
あまり、機嫌のよさそうな表情ではない。
「なにを、企んでる?」
単刀直入といった口調。
「人聞きの悪い単語ですね」
にこり、としながら亮は言う。
「僕が、ですか?」
「他に、誰がいる」
いつもより少々語気が荒いのは、笑顔などには騙されん、という意思表示のようだ。
「鋭いんですね」
諦めた、というように、亮は肩をすくめてみせる。
「言えよ」
うながされて、亮はもう一度、小さく肩をすくめる。
「ジョーにとっても、悪い話じゃないんですけど」
「余計なことは、しなくていい」
「ギャラをもらうのが、ですか?」
亮は、驚いた、という顔つきだ。
それ以上に、驚いたのはジョーの方のようだったが。
たっぷり三秒ほど、亮の顔を見つめた後、
「は?」
と、尋ね返す。
「今回の親善大使護衛の件はプリラードからの依頼業務なんで、当然ギャラをもらうべきだと、総司令官に申告中なんですよ」
食器を片付け終えた亮は、エプロンをはずしながら説明する。
「ついでに、ほぼ全額、こちらに入るように、ね」
「こちらって?」
「『第3遊撃隊』に、ですよ」
慣れた手つきで、エプロンをたたむ。
「装備拡充には、やはり先立つものがないと」
『遊撃隊』は特殊部隊というとで、初期装備からかなりの投資がかかっているはずだ。それに、申告さえすれば、かなりの寛容な決済がおりる。それでも足りなそうな亮の口ぶりに、感心してしまう。
が、感心している場合ではないと、思い直す。
「そうじゃなくて」
「そうではなくて?」
先ほどまでと、語調も表情も変わらない。
が、これ以上は、尋ねられない。
「……いや、なんでもない」
「そうですか」
相変わらず、亮は穏やかな表情のまま、するり、とジョーの脇を通り過ぎていく。
「あまり、のんびりしている時間も、ありませんよ」
「あ、ああ」
表情もしぐさも、なにもかわらないけれど。
余計な質問は受け付けない、という、完膚なきまでの拒絶。
やはり、軍師にはかなわない、と思う。

部屋にもどった亮は、すぐにコンピュータに向かう。
つないだ先は総司令官だ。
つながってすぐに、用件の答え、が返ってくる。
『表向きは、不安分子抹殺要請になったよ』
「それがないと、動きようもありませんが」
『まぁな』
少々、歯切れの悪い声だ。
『……ギャラもはずむみたいだよ』
「裏家業込み?」
『の、つもりらしいな』
肩をすくめている総司令官の姿が、目に浮かぶようだ。
「状況に応じるしか、ないと思いますが」
『頼りにしてるよ』
少し、笑いを含んだ声になる。もう、それは総司令官のモノ。
個人の問題は、誰にも立ち入れるものではない。
お膳立ては出来るけれども。
あとは、なるようにしかならないのだ。
『不安分子の方だけれど』
「派手と地味と、どちらがいいですか?」
『地味派手がいいなぁ、完全に読まれてたと、知らせて差し上げたいし』
もちろん、不安分子の糸を引いてる連中にだ。
潜入に成功していることで、油断しているはずの彼らに、リスティアに、しかもその首都アルシナドに潜入したことを後悔していただけるように。
でも、誰がどうやって押さえ込んだかは知られたくない。
『でも、そんなこと、イマサラだろう?』
「予定通りかどうか、確認しないと」
しゃあしゃあと応える。まったく動じない。
「では」
『ああ、迎賓館で』
通信が切れる。
忍が、顔を出した。
「亮、車、出すぜ」
「ええ」
にこり、として立ち上がる。表情は、軍師のモノだ。

迎賓館の警備は、万全にみえる。軍と警察が入り混じった警備隊に、忍たちも紛れ込む。
指揮権は警視庁のほうにあるらしい。だが、指揮をとっているのは忍には見覚えのある人物だ。亮たちの誕生日に国立病院で会った、高崎広人。どうやら、警視という身分に嘘偽りはないようだ。
彼よりも確実に年配と思われる人物が、敬礼して彼の指示をうけている。
指示を出す広人の方も、先日とは全く違う表情だ。
ただ、ちら、と目が合った瞬間、にこり、として見せた表情が人懐こい。
イタズラをしかけているような。
なるほど、と思う。
おそらく、広人は今日、何が起こるかを知っているのだろう。話をややこしくしないために、彼が警備の指揮をとっている、というのが正確なところのようだ。
彼も『遊撃隊』の協力者なのに違いない。あの若さで、それが出来る立場というのがすごいが。
などと、余裕をもって観察していられるのも、作戦自体がそうキツイものではないからだ。
実戦に比べれば、だし、余計な注文が多い分、面倒ではあるけれど。
広人は、忍たちにもわけ隔てなく配置を指示する。作戦遂行時の配置に行きやすいように、さりげなく配慮されてる、と思うのは気のせいではないだろう。
おそらく、亮との打ち合わせも完璧に済んでいるに違いない。
指示を受けて配置につく直前に、麗花がぽつり、と言った。
「なーんだ、レプリカか」
飾られている美術品のことだろう。
忍には、ここに置いてある数々の美術品がホンモノかニセモノか、など、見分けがつくはずもない。
ただ、高そうだし、壊したらもったいないよな、くらいで。
どうやら、それを一目で見分けてしまったらしい。
よくわからない特技だ。
というより、鑑定眼、とかいうものは才能なのだろうか?
にしても、ホンモノを知らなければ、ニセモノもわからないと思うのだが。
などと、雑多なことを考えているうちに『本番』は始まったようだ。
観衆のうちに、殺気を含んでいるのが紛れているのがわかる。
ちら、と俊に目をやる。
俊の口元にも、かすかな笑みが浮かんでいる。
彼も、当然、気付いている。
『一、二、三……』
視線で数えていく。
忍の視線をうけて、俊も自分の見える範囲を数え上げる。
『四、五……』
『……六、七』
須于が、引きついだ。麗花も、気配を察している。
『八』
『……九』
ジョーは、まったく身じろぎ一つしない。
亮は、形式上やらねばならない、前置きのために進み出た総司令官のほうを、ちら、と見た。
『十人というところですね』
『……だ、そうだ』
まったく動じた様子もなく、慣れた調子で前置きをこなしながら、広人にふる。
『コレ、ですね』
すでに、彼は『コレ』の真後ろに、観衆に同化して立っている。
前置きが終わって、すぐにキャロラインが姿を現す。当然、観衆はどよめくし、音楽も流れるし、盛り上がりとしては最高潮だ。
そのお祭り気分を停止したのは、天に向かって放たれた銃撃音。
広人が、その腕をねじ上げているから、それは天に向かって撃たれただけで済んだ。
が、実弾を放ったそれが、狙っていた先は明らかだ。
歓声は、悲鳴にとってかわる。
こういうことには、警察は慣れている。
すぐに、観衆たちを、危険性がないところまで追いやってしまう。
ある一部を除いては、だが。
ある一部とは、キャロラインの命を狙った物たちだ。
最初の一撃をこうもはっきりと抑えられてしまえば、彼らだってバカではない。計画を知られていたと気付く。
当然、退路が絶たれていることも。
逃亡が不可能だとすれば、相討ちを覚悟で目的を達成するだけだ。
後が無い者特有の獰猛さで、彼らは向かってくる。
迎えるのは、余裕の表情で微笑んでいる六人だ。


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