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夏の夜のLabyrinth
〜6th  mission-code J・O・E〜

■action・8■



この短時間に、観衆とその他の警備員を排出してしまった広人の手腕には頭が下がる。
いつのまにか総司令官の姿は消えているのに、不穏分子の標的たるキャロラインは、総司令官のもっとも近くにいた亮の後ろにかばわれている。
ほとんどは実戦担当の忍達にあしらわれていたが、さすがに一度に十人は片付かない。
相手をしてもらえなかったヤツが、当然、亮を狙う。
と、いうより、その後ろにいるキャロラインを、だが。
「どきな小僧!」
語調荒く脅すが、亮のほうは表情ひとつ変わらない。
「出家した覚えはないですが」
バカにされてるとしか思えない口調で、からかわれてるとしか思えないことを言われれば、誰だって腹が立つ。
「痛い目にあいてぇのか?!」
「イタイメって、どなたですか?」
にこり、とする。
バカにしてますよ、と告げているようなものだ。
言葉どおりに痛い目を見せようとした相手が、得物が銃であるのにも関わらずかなり側に寄ったのは、小生意気なことばかり言う相手の頭を、完全にふっ飛ばしたかったからに違いない。
もしくは、線があまりにも細いので、実戦は不可能と思ったのか。
実戦が可能だとしても、抑えこめると踏んだのか。
が、反応が早かったのは、亮の方だった。
まったく無駄の無い動きで、右足で相手の左手にあった拳銃を正確に蹴り上げ、そのまま相手の顎を直撃する。
よろめきもせずに、足が地に付くと同時に、目前の人影も倒れこむ。
どうやら、伸びてしまったらしい。
ほおられた拳銃は、流麗な弧を描いて亮の手に収まる。
亮は、小さく肩をすくめる。こういうのは、自分の仕事ではないとでも言いたげに。
もう一人、手の空いたのが現れたようで、自分に向かってきそうな気配を感じたのだろう。
視線を、移す。
視線を受けた方は、軍師の意図するところを理解したようだ。
自分の相手をすぐさまのして、キャロラインを背にかばう。
かばったのは、ジョーだ。
そして、亮からジョーに狙いをかえた相手の銃を、正確に落とす。
腕を抑えこんだ相手を台尻でのす。
それ以上は、何をする必要もなかった。
相手は、たかが十人だ。
すぐに、コトは決する。
ようは、不安分子とされる連中は、一網打尽というわけだ。

広人たちに、穏やかでない人々を護送してもらった後。
観衆たちの整理をつけてきた、総司令官が戻ってくる。
なにをどう言ったのかは、中にいた六人には知る由もないが、外のざわめきが収まっているところからして、集まっていた大観衆を落ち着けた上、引き返させるだけの演説はぶったのだろう。
マスコミがこぞってたかりそうなネタなのに、それもなさそうだ。
彼らを引き下がらせるのだから、相当だと思う。
だてに、政治経済を握っているわけではないということだろうか。
「お怪我がないようで、なによりです」
にこり、と微笑む。
もともと、不安分子の逮捕を依頼してきたのはプリラード側だ。
申し訳ないことを、などと謝る立場ではない。
そこらへんは、健太郎ははっきりしている。個人的には気遣ったが、それ以上のことはなにも言わない。
「今後の日程は、今日のところはショックもおありでしょうから、打ち切りということにしましょう。明日以降は、あなたの意思次第です」
実務の問題に話題は移る。
「もちろん、予定通りにさせて頂ければと思いますわ。ご迷惑でなければですけれど」
目前でものすごい光景が展開されたわりには、キャロラインは落ちついている。
彼女も、笑みを浮かべてみせる。
職業柄、作りモノとはいえ、こういった光景には慣れているのか、それとも、やはり職業柄、動揺を表にださないよう訓練されているのか、そこらへんは想像がつかない。
「そうですか。そうしていただけたら国民も喜びます」
それから、健太郎は時計に目を落とす。
「雑事もありますので、二時間後に記者会見ということで」
もとの予定はおじゃんだが、無事であることと今回の出来事で国交に障害が出ないことを告げなくてはならない。
そういう立場だ。
「わかりました」
キャロラインも、時計を確認しながら頷く。
この間、『第3遊撃隊』の面々は、なんとなくその場にいた。
いちおう、報告とやらをしなくてはならないが、健太郎がそのタイミングをくれない。
相変わらず食えない笑みを浮かべたまま、健太郎は思い出したようにキャロラインに告げる。
「そうでした、雑事と言えば」
「はい?」
語調がいくらか変化したのに気付いたのは、忍達だけではなかったようだ。
「マチルダ女王から、もうひとつ、頼みゴトをされていたんでしたね」
「……ええ」
キャロラインの口元から、笑みが消える。かわりに浮かんだのは、緊張感を伴ったものだ。
忍達にも、健太郎が告げようとしていることが、今回の『本命』の方だとわかる。
「該当者ナシ、でした」
じつに、穏やかな口調だ。
表情も、先ほどと変わらない笑みを浮かべたまま。
戸惑ったのは、キャロラインではなかった。
ジョーがそうだって言ったじゃないか、という喉まで出かかった言葉を飲み込んで、忍は健太郎と亮を、交互に見てしまう。
亮の表情にも、驚いた様子はない。
目があうと、かすかに口元に笑みを浮かべた。
なにが言いたいのかは、わかる。
『公式のデータからは、その証拠は見つからなかったですから』
それは、知っている。
国家機密以上のレベルの機密事項を探ってはじめて、ジョーがキャロラインの子供なんだという証拠がみつかったのだから。その場に、居合わせていたのだし。
そんなレベルでの証拠を、おいそれとは出せない。
でも、事情を考えれば。
正確なことはわからないけれど、キャロラインは、自分の意思で手放したわけではない。
須于の顔にも、多少、困ったような表情が浮かんでいる。
告げられれば、その後のフォローは出来るつもりでいたのだろう。
告げられないとなったら、それすらできない。
なんのために、亮が須于に告げたのか、わからない。
なにを、考えている?
『該当者がいない』と告げられたキャロラインは、だけど、微笑んだ。
「……お手数を、おかけしましたわ」
それから、くるり、と不安分子を片付けてみせた六人を見まわす。
「あなた方にも」
その台詞で、はっとする。
キャロラインは、健太郎の言葉の正確な意味を理解してる。
どうして、わざわざこんなハデに不安分子を片付けたのか、を。
「もし、よろしかったら」
穏やかな笑みを浮かべて、キャロラインは言う。
「名前を、うかがってもいいかしら?」
顔がわれているのだけでも、かなりの例外措置だ。さすがに、判断がつかない。
忍は、問うように総司令官に目をやる。
「名前は、かまわないよ」
にこり、とする。
総司令官がなにを許可したのかは、正確に判断できる。
「忍、です」
キャロラインも、にこり、と微笑んで手を差し出す。
その手を、握り返した。
やさしい手だと思う。
安心できる手だ。
「俊です」
差し出した手が、ぎこちない。忍は、思わず、にやりとしてしまう。
「緊張してるだろ」
「うるさいな」
握手をしながら、俊の頬が染まってる。
「ファンなんだもん、そりゃ、緊張よね」
にこにこと微笑みながら、麗花も手を差し出す。
「麗花です、握手できるなんて、感激です!」
もう、純粋にファンと化してるらしい。
「色紙ないの、残念」
本当に残念そうな麗花に、キャロラインの口元も可笑しそうな笑みが浮かぶ。
「後でもよろしかったら、書かせていただくわ」
「ホントですかぁ」
麗花は満面の笑みになる。
「ちゃっかりしてやがる」
思わずつぶやいたのは、俊だ。
「なによ、俊も欲しいんだったらそう言えば」
「喜んで書かせていただくわ」
「あ、ありがとうございます」
またもや頬が染まったので、爆笑になってしまう。
「須于です」
「あら、プリラードでも通じそうな名前ね」
「生まれたのが、プリラードなんです」
そうだったのか……と思ったのは、忍や俊だけではない。
表情から察するに、ジョーも初耳だったらしい。
変わってるとは、皆が思っていたようだが、なんとなく聞くチャンスがなかったのだ。
「あなたは?」
声をかけられて、ジョーははっとする。
須于の隣りに、なんとなく立っていたのだから、確かに自分の番だ。
目の前で、キャロラインがにっこりと微笑んでいる。
尋ねるように、すこし、首をかしげながら。
「………」
口を開きかかって、閉じる。
やや、しばらくキャロラインを見ていたが。
ぼそり、と言った。
「ジョーだ」
差し出された手を、ぞんざいに握り返す。
「ジョー・ロングストン」
ここまできて、ジョーが総司令官の許可範囲に気付いてないわけがない。
『名前はいい』というのは、『フルネームは教えるな』の意だ。
わかってて、あえて言ったとしか思えないが。
なにごともなかったかのように、手を離す。
亮も、それをフォローする様子もなく、自分の名をつげる。
「亮です」
キャロラインも、穏やかな表情を浮かべたまま、握手をする。
なにも、表情はかわらない。
忍にも、須于にも、ジョーがなにかを告げたのはわからなかった。


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