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夏の夜のLabyrinth
〜7th  六月花嫁は盛大に〜

■petal・7■



ひとまず、必要なのはリスティアロイヤルホテルの防犯設備詳細だ。
最終的には、コレを利用して派手なパフォーマンスをせざるをえないので、表だって入手するほうがいい。
それは、ホテルのオーナーとも顔見知りの亮の役割になった。
そんないきさつで、亮はリスティアロイヤルホテルのエレベーターの中から、外の景色を眺めている。
もういちど、ちら、と手にしたディスクに目をやる。
ココに入っているデータは、表向きの防犯設備だろう。もし、野島正一郎がその気になれば、リスティアロイヤルホテルの実力を発揮させることなど、ワケないはずだ。
彼の手にしているジョーカーの内容次第では、それもありえる。しかも、彼は自身も爆弾を抱えている。
可能性は、通常よりずっと高い。
でも、このホテルの本気を出させるのは、よくない。
なにせ、旧文明の名残をとどめる場所だ。
本当に作動したら、止められる者は限られてしまう。だから、そうさせてはいけない。
だとするとやはり。
マジメに考えざるを得まい。
そんなことを考えているうちに、エレベーターは一階につく。

ロビーで待っていた忍が、軽く手を振ってみせる。
亮はディスクを振ってみせた。
「電話は、しておいたよ」
結果がどうであったか心配している麗花たちに、どういうことになったのかを知らせたのだ。
「で?」
「受けて立つとさ」
くすり、と笑う。
「だと思いました」
「一ヶ月近くあるからな、お互い準備期間は充分ってとこか」
「そうですね」
忍は、車のキーをくるり、とまわす。
「ジョーカーの正体も、抑えられるかな」
「お望みなら」
先ほどの笑いとは、違う笑顔が浮かんでいる。亮にとってセキュリティシステムというものは、この世に存在しないも同然のモノだ。
「野島のオヤジが言うとおり、きっかけはなんであれ、決まった話ではあるから」
亮には、なにが言いたいか、わかったようだ。にこ、と笑う。
「なら、なおさら、ジョーカーはめくってしまいたいところですね」
笑いをおさめて、ぽつりと付け加える。
「一度すれ違ってしまったら、取り戻すのは簡単じゃないですから」
忍も、ただ、頷く。

家で待っていたのは、好奇心いっぱいな顔つきの四人。
最初に口を開いたのは、麗花だ。
「で?で?どうするの?!」
「挑戦は受けるに決まってるだろ」
俊のツッコミにも動じない。
「んなの、当たり前でしょ!作戦よ、作戦」
かなり気の早い話だ。ジョーが珍しく笑い声になる。
「まだ、セキュリティの解析もしていないだろう」
「そうですね」
ジョーの台詞を肯定する返事だが、亮の顔には笑みが浮かんでいる。五人にはすっかり見慣れた笑みが。自信たっぷりの、軍師の笑みだ。
須于も、微笑む。
「もう、考えてあるのね?」
「大筋は、ですが……使えるモノと使えないモノが変わるわけではないですし」
「使えないモノ?」
怪訝そうに俊が問う。亮は頷いた。
「さすがに、刃物と銃はマズイですから」
「なるほどな」
「んで?大筋って??」
相変わらず興味深々の表情の麗花だ。
亮は、すこし首を傾げてみせる。
「少々、準備に手間がかかるんですけど」
「うん?」
しかし、本筋には触れずに須于に視線を移す。
「お裁縫は、得意ですか?」
「好きだし、人並みくらいには出来ると思うけど……?」
なんだか的ハズレくさい質問に戸惑いつつ、須于は律儀に答える。
どちらかというと控えめに答えがちなので、須于が『人並み』というと言うコトは彼女の裁縫の腕は、『なかなか』とみていいだろう。
「裁縫と作戦と、なんか関係あるのか?」
俊は、かなり怪訝そうに尋ねる。
周囲も、戸惑った表情を隠せない。
「こちらの課題が『花嫁を攫うこと』だということは、相手方の課題は『花嫁を攫われないこと』だというコトになりますよね」
それは、そうだろう。
「多数の客が招待されているという状況から考えて、式場であるチャペルでの決着はまず、ありえません」
「その、周辺が勝負ってコトだな」
「ええ、当日は結婚式関係はほぼ貸し切りのようですから、式場、披露宴会場のある数階で勝負が決まると思って、間違いないです」
亮が言うのだから、間違いはないだろう。そこらは完全に信頼している。
黙って頷いてみせる五人に、亮は尋ねた。
「式場を出た花嫁を捕捉するのに、いちばん手っ取り早い方法はなんでしょう?」
「発信機」
忍が即答する。
「かく乱するには?」
「発信機の増殖……?」
少々自信なさげに言ったのは、須于だ。
発信機の抹消が手っ取り早いが、結婚式からの逃亡だ。着替えているヒマなど無いし、花嫁はあまりにも目立つだろうから、発信機を抹消したところで効果は期待できない。
だとすれば、発信機を増やすほうが混乱を呼べるだろう。
そこまでは容易に思いつくけれど。
「ご名答」
微笑んだ亮に、質問する。
「でも、発信機の形式は当日、その場になるまでわからないんじゃないかしら」
種類によって発する信号は様々だし、高級なモノになれば個々で識別可能な信号を発するモノもある。
「発信機を増やす必要はないですよ、発信機から発する信号を増やせばいいんですから」
「……あ、なるほど」
「でもさ、花嫁から発信機とらないのって、格好目立つからだろ?」
俊が口をはさむ。
「監視カメラも、捕捉してくるはずだぜ?」
亮が返事を返す前に、麗花が素っ頓狂な声を上げる。
「あー!!!裁縫!」
大袈裟な反応に、思わず口元をほころばせつつ、亮は頷いた。
映像対策が必要なことがわかって、裁縫と叫ばれれれば。それがどういう関係なのか、答えは簡単。
「花嫁を増やすのか」
「幸い、女性が二人いらっしゃいますし」
「よかったなぁ、麗花」
すかさず俊が言う。
「なによ」
「一生に一度でも、ウェディングドレス着る機会ができて」
「失礼ねっ!」
大袈裟に頬を膨らませる。忍も頷いた。
「そうだぞ、蓼食う虫も好き好きっていうじゃないか」
「全然、フォローになってない!!!」
「ばれたか」
「もう!」
ぷんぷん、と擬態語を口にして怒っているフリをしたあと、楽しそうに微笑んでる須于に視線をやる。
「羨ましいわ、保証されてる須于は」
むしろ、戸惑った表情になったのはジョーだったりするのが笑うが。
「衣装の準備は須于と麗花にお願いします」
「わかったわ」
「それから、ジョー」
視線だけで、答える。
「銃の代わりの飛び道具、考えておいてくださいね」
ニヤリ、と口元に笑みが浮かぶ。どうやら、もう考えてあるらしい。
俊は伸びをしてみせた。
「俺はしばらく、出番無しってとこかな」
「いやでも、当日は働くさ」
「楽しみなことで」
にっと笑う。
ともかくも、花嫁強奪作戦、開始だ。



返事を待ってから、亮の部屋に入る。
彼のコンピュータはどうやらフル稼動中のようだ。目の回るようなスピードで、様々な数字とアルファベットの羅列が流れていく。
「見つかりそうか?」
後ろから覗きこみながら、忍が尋ねる。
もちろん、正一郎が抱えているジョーカーのことだ。
画面に向かったまま、亮は答える。
「まだですけど、ヒントはありますから」
ものすごい速さのモニターの切り替わりについていってるのだろう、ときどき、キーボードからなにか入力する。
「的外れのところは探してないつもりですよ」
さらになにか入力してから、振り返る。
忍は、手にしていたグラスを差し出す。須于のいれてくれたティーソーダだ。
受けとって口にしてから、かすかな笑みを浮かべる。
「忍も、おおよそは予測がついてるでしょう?」
「多分、おふくろガラミだろ?」
ぽり、と頭をかく。
「それくらいしか、思いつかない」
「そうですね、上手い具合にマスクがかかってます」
「え?」
「婚姻届、ですよ」
「ああ、おふくろの、ね」
亮は、また画面に視線を戻しながら続ける。
「野島 正一郎氏の弟さんは、それなりにコンピュータに精通しているのでしょう、小細工ができるくらいには」
小細工とは、重婚にも関わらずチェック機構にひっかからないことを指している。
「公共システムのメンテにも関わっているから、出来る小細工ですね」
「っていうと?」
「最初から、システムに穴を作っておいて、それを利用しているだけだってことです」
亮にとっては、小手先のワザでしかないのだろう。口調が少々、つまらなさそうだ。
でも、別の見方をすれば、だ。
「でも、それって……」
「己の好きなように、データの改ざんができるってことになりますね」
あっさりと、忍の懸念を肯定してみせる。
「ジョーカーは、そこらへんにあるかもしれません」
画面は、相変わらず忙しく切り替わっていく。
忍は、微かに眉をよせた。
自分でも、無意識に。



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