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夏の夜のLabyrinth
〜7th  六月花嫁は盛大に〜

■petal・8■



五月晴れというのは、こういうことをいうのだろう。
真っ青な空に、真っ白な雲が少々。
そして、やさしい光の太陽。
うららかな、という単語はこういう日の為にあるのだと実感する。
なにをするにも、気持ちのイイ天気だ。
麗花に言わせると、絶好の買い物日和、になる。
手にしている写真に目を落として、何度目かわからない感想を述べる。
「やっぱり、キレイだよねぇ」
ため息混じりのそれは、写真に写っているウェディングドレスに対して、だ。あまりホンモノとかけはなれるわけにもいかないので、忍に頼んで小夜子から送ってもらった。
真っ白の袖なしに、長い手袋を合わせるのだ。スカートは上半身のシンプルさを際立たせるかのように、華やかにふくらみを見せる。白い布の上にはヴェールのようにうすいレースがかかっていて、そのレースがまた凝っている。
これとまったく同じというわけにはいかないが、遠目には同じように見えるモノが必要だ。
「ヴェールも、すごいよね」
「こんなの、着れたらステキね」
「デザイナーモノだけあるなぁ」
ついつい、本来の目的を忘れて見入ってしまうのを、責めるわけにはいくまい。
「やっぱり、ウェディングドレスは白だよね」
言いながら、目前の布見本に目をやる。
そんなに、高い布は買えない。複数人分を用意しようと思ったら、すごい量になってバカにならない値段になってしまう。
スカートやヴェールにつかうレースもかなりの量になるだろう。
「凝った文化祭みたいね」
仮装大会は、学校のイベントに付き物だ。
須于の台詞に、麗花は、ほえ?と返した。
「文化祭?」
「麗花のとこは、やらなかった?仮装関係?」
「え、あ、文化祭ではなかったかな」
なにやら、珍しくしどろもどろになっている。
「あ、そうなんだ?」
「うん、でも仮装パーティーがあったよ」
「すごい、パーティーなの?」
「けっこう、豪勢だったよ」
にこにことする。どうやら、楽しかったらしい。
「へえ、見てみたかったな、麗花の仮装」
「あはは、人に作ってもらっちゃったから」
しゃべりながら、布を物色する。白、とひとくくりにされる中にも、微妙に色や光沢が異なるのがおもしろい。でも、写真しかないので、らしい布を探すのはけっこう難しい。
「あんなにスゴイの、ワタシできないなぁ」
たくさんの布を一つ一つ眺めながら、麗花は、ため息混じりにぼやく。本当に、家庭科一般は苦手らしい。
「麗花、そんな不器用そうに見えないけど」
「いや、ホントだめだめなんだよー」
照れたように笑う。
が、苦手があれば、誰だって得意もある。
あまりにたくさんの布の量に、須于のほうは頭がこんがらがってきたようだが、麗花は。
「あのデザイナーだから、レースはきっとコレ系でしょ、だったら、絶対この白にあう布なんだよ」
などと言いながら、レースを選び、そして数十種類あったであろう白い布から数種に絞る。
レースとちょいちょいと重ねてみて、微妙に色が異なる組み合わせを選び出した。
「これがイイと思うけど、予算っておっけー?」
そういうのは、須于の担当になるらしい。
メーター当たりの単価を見て、少し首をかしげる。
必要量を買った場合の値段を計算してるのだ。すぐに、頷いてみせる。
「うん、大丈夫」
店員に、大量の布をたたんでもらいながら、買い忘れがないようにと持ってきたメモに目を落とす。
ウェディングドレスを縫うためのモノは、ここで全部揃ってしまうから。
「あとは、アクセサリーね」
買い物のメモを確認した須于が、顔を上げる。
「どんなのがいるって、決まってる?」
そういった記憶は、須于におまかせらしい。麗花は無邪気に尋ね返す。
「イミテーションのパール」
「おっけ、なら、手ごろなお店知ってる」
どうやら、お菓子屋さんだけでなく、ショッピング全般に強いらしい。
包装してもらった布を持つと、さくさくと歩き出してしまう。
慌てて、須于も後を追った。

「ね、見て見て、アレ」
「あっ、カワイイ!」
「でしょでしょ?」
色とりどりのショーウィンドウに、ついつい目がいく。
「アレ、須于に似合いそう」
「どれ??」
「ほら、そこの、明るい草色のワンピ」
須于の視線が、麗花の指先をたどる。
「きれいだけど、似合うかな?」
「色が、明るすぎって思ってるでしょ?」
「ちょこっと」
モノのみごとに考えてることを言い当てられたので、少し照れくさそうに首をすくめる。
麗花は、にーっこりと笑う。
「ジョーと並ぶと映えるんだよ」
「え?」
「ジョーの金髪と、合う色だよ」
まばたきをひとつしただけで黙り込んだ須于の頭を、ぽんぽんっと麗花ははたく。
「それっくらい考えたって、バチはあたんないって」
笑顔のまま、麗花は須于の顔を覗き込む。
「もちろん、あんまりくっつきすぎてもっていう須于の気持ちもわかるし、ジョーは淡白そうだしね、そのあたり・・・でもジョーの為にオシャレしたからって怒るのは、うちにはいないって」
返事を待たずに、くるり、と反転した。
「さてさて、アクセを買いに行きますかね」
元気よく歩き出した後ろから、恐る恐ると言った声が追いかける。
「ね、麗花……」
「ん?」
声をかけた須于は、口をつぐむ。
なにやら、躊躇っている様子だ。
「ホントに、似合うよ」
麗花は、無言の問いに答える。
それから、にいっと大きく笑って、須于の手を取った。
「あわせてみようよ、それだけならタダなんだし」
「うん」
須于の顔にも笑顔が浮かんだ。
どうやら、女の子の買い物は時間がかかりそうだ。



夕飯が終わった後。
慣れた調子で後片付けをはじめた亮の脇に、俊が立つ。
「手伝う」
最近はよく、忍が後片付けを手伝うが、俊が手伝ったことは、いまだかつてない。亮は、瞬きをひとつした。
忍が、くっと思わず吹き出したような笑い声を漏らす。
「笑うなよ」
鋭く聞き分けて、俊がじろり、と見る。
俊だけではない。ご飯を食べ終わったというのに、ジョーも残っている。
いつも、夕飯の後は麗花がテレビを見てるので、とっとと部屋に戻ってしまうはずなのに。
新聞などを広げているが、あきらかにページをめくるのが遅すぎる。
その隣に、須于もちょこんと、腰掛けている。
忍は、耐え切れなくなってきたらしい。
肩を震わせていたが、やがて、声を立てて笑い出す。
「だから、笑うなって」
亮が洗った食器を、慣れない手つきで水洗いしながら、俊がむう、とむくれてみせる。
「お茶でもいれますか?」
とうの亮は、いたってのんびりとした感じで言う。
その台詞で、皆がなんで残っているのか知ってるのだとわかる。
「お茶もいいけど、話もっ!」
素直に言ったのは、麗花。
亮が携帯端末を持ってきているのを、みんな見ていたのだ。
何かあると思って、残った。
そして、それは当たりらしい。
お茶も、と言ったのは、亮のいれるお茶はおいしいから。ようは、どっちも、ということだ。
亮はくす、と笑いながら、ケトルをガス台にかける。
「少し、待ってくださいね」
お茶を用意しながら、夕飯の後片付けをすませてしまう。
六人分のお茶がはいって、みんなが居間のテーブルの周りに落ち着いて。
携帯端末を起動させながら、亮は言う。
「ジョーカーを、見つけましたよ」
何か進展があったのだとは、思っていた。
それでも、亮の口から出た言葉には、充分、驚いたらしい。
「ホントか?」
「ジョーカーって、なんだったの?!」
「戸籍に干渉できること、という名分です」
端末にパスをいれながら、亮は感情のこもらない声で言う。
いつも、そんな声だし話し方だが、こういうコトを告げられるときほど、効果的だと思うことはない。
「戸籍に干渉?」
あってはならないことだ。俊が怪訝そうに尋ね返したのは当然だろう。
「じゃなかったら、重婚できたことが説明できない」
ぽつり、とした忍の台詞に、はっとする。確かにそうだから。
「だとしたら、今回のジョーカーって……」
麗花は、少し戸惑った顔つきになる。口にしていいかどうか、迷ったのだ。
口をつぐんでしまった麗花のかわりに、忍が再度、口を開く。
「オフクロ、だろ?」
「それに返事をする前に、立ち入ったことを質問しても、いいですか?」
亮は、逆にこう返した。
頷いてみせた忍に、さらに問う。
「忍の母親が家を出て、野村正一郎の弟、真人のところへ行ったのは、527年じゃありませんか?」
「俺が八歳のときだから……そうなるな」
俊も頷く。
小雨の中、帰ってくると信じて二人して玄関前に一日中座りつづけていたあの日は、忘れていない。
「やはり、なら、話は確実です」
亮は頷いてみせてから、説明をはじめる。
「システムとして、干渉できる環境を残すには相当の技術が必要になります」
システムを構築する人間が、後からシステムに干渉できるようなソフトを組む可能性は、否定できない。だから、システム立ち上げ時にそういったことがなされていないかのチェックがなされるのだ。それも、相当厳しく。
チェックをかわして、干渉ソフトを残すのは、滅多なことではできない。
「重婚のデータが書き込まれたのは、ソフト自体の書き換えをしたときなんです」
「ってことは、後から書き込んだんじゃないってこと?」
「しかも、前の婚姻届を消すことが出来ずに、苦し紛れにマスクにしたようです」
「でも、重婚してる時点で、野島の親父は内部進入可能だと思っちゃったんだな」
俊の台詞に、ジョーも頷く。
「それはそうだが……」
が、開いた口はいまいち、歯切れが悪い。
「どうして、いまさら、ジョーカーになったのか、だよな」
疑問をいだいたのは、ジョーだけではないらしい。忍も首を傾げる。
麗花が自信なさそうに言う。
「野島製紙の会長が、ヤバくなったから……ってわけじゃないよね」
「あ、時間?」
思いついたように言った須于に、亮は頷く。
「ええ、その時間……正確には年数が問題なんです」
年数、というからには、重婚してからの年数を指しているということは、容易にわかる。とすれば、考えられるのは。
「重婚ってもちろん、禁止だよな?」
俊が尋ね、亮が頷くのを待って、麗花が言う。
「わかった、法律!」
「ええ、重婚だけでも罪になりますが、詐欺罪も適応されます」
「やっぱり、詐欺になるんだ」
「そりゃそうだよな」
口々に納得している。
「その詐欺罪が」
亮は、落ち着いた口調のまま、告げる。
「十二年以上になると、重くなるんです」



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