[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜8th  平和主義者の天使〜

■ripple・3■



ダイニングに降りてきた忍は、亮の手元にあるモノを見て嬉しそうな声をあげる。
「お、ポタージュだな」
「好きでしたっけ?」
「亮がつくるの、ウマイからね」
亮は、少し面食らったような顔をしてから、かすかに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「うにゃーん、お腹すいたー」
麗花が、大げさにお腹をさすってるのに、俊が横目で言う。
「どうせ、オヤツも食べたんだろ」
「育ち盛りだもーん」
「そのうち、樽みたいになるぜ」
そんなやり取りを聞いて、須于が笑う。
が、平和な光景だったのは、ココまで。
亮の両手を皿にとられるのを待っていたように、走り出てきた影がある。
その手には、見事な細工の剣。
惇だ。
全く、諦めてはいなかったらしい。
だが、亮に到達する前に、腕は大きく上に取られた。
「メシ時に振り回すモノにしては、物騒だな」
最後にダイニングに来た、ジョーだ。
偶然、後ろを取るカタチになったらしい。
「放せよっ」
「メシの邪魔しないなら」
黙り込んだので、ジョーは空いた方の手でナイフを取り上げてから、惇の手を解放する。
惇は、舌打ちして吐き捨てるように言う。
「なるほど、ココに来いって言った意味がわかったよ」
なにを言い出すのかと、六人とも惇を見つめる。
「言うコト聞いてくれるお人形さんが五人ってわけ」
「あら、随分な侮辱ね」
麗花が笑顔をすっかり納めて、まっすぐに惇を見る。
「私は私のモノで、誰のモノでもないわ」
「人形だからじゃなくて、自分の意志ってヤツだよ」
「総司令部の回し者でも?」
「回し……」
思わず絶句したのは須于だ。
惇はそれをどうとったのか、少々勢いを得たようだ。
「こいつが」
と、視線で亮を示したところを見ると、指で人指すのは失礼にあたるという躾は、しっかりと染み付いているらしい。
「どこに出入りしてるのか知ってるの?」
聞いた五人が、思わず亮に視線を送ったのは、自分らがつけられていたかと思ったからだが、亮のほうは落ち着き払った顔つきのまま、だ。
気配には人一倍敏感な亮だ。誰かにつけられて気付かないということは、ないと思っていいだろう。
ひとまず視線を惇に戻す。
「総司令部に入り浸りだ」
どうやら、総司令官本人を張る為に総司令部を張っていたことがあるらしい。
総司令部は、情報の宝庫だ。
図書館のように利用する人間すらいるくらいに。
だが、総司令官の子が図書館風利用をしているとは、思わなかったようだ。
俊が首を傾げる。
「ま、亮が総司令官と懇意なのは仕方ないよな、だったら、なんだっての?」
「知らないの?一部隊見殺しにしたのを?」
「『紅侵軍』の不意打ちで一部隊が全滅したのは、知ってるよ」
忍が意図的に『見殺し』を『全滅』に言い換えたのを敏感に察したようだ。
「その全滅の原因は知らないってコト?」
「総司令部中枢にも、予測できない動きを『紅侵軍』がしたから」
冷静な口調で、忍は答える。
そうとしか、言えない。
「オカシイじゃないか!」
惇の声が、少し、上ずる。
「どうして、他の動きはわかったのに、アレだけわからなかったんだよ?!そんなコトってあるの?!」
「アレがあったから、他部隊が全滅するという愚は犯さずに済みました」
はじめて、亮が口を開く。
全く感情のこもらない声と、顔。
その声を知らぬわけではない忍たちすら、ぎくり、とするくらいの無機質。
ただ、事実を告げる。
「……尊い犠牲だったって?そう言いたいわけ?」
一瞬、飲まれたように黙りこんでいた惇が、低く問い返す。
「不意打ちが予測できなかったのは、間違いなく落ち度ですね」
「潔く認めれば、それで済むって?」
忍らの誰かが口を開く前に、惇はまた、高い方の声で半分、叫ぶように言う。
「総司令官がヒトツ違うこと言えば、死んじゃうんだ!」
一度、口をつぐむ。
激昂する余り、うまく言葉が出てこなくなったらしい。
ひとつ、大きく息を吸う。
「騙されてるかもしれないのに、従わなきゃいけないんだ」
「それで、105部隊は騙された?」
口を開いたのは、亮ではなく、忍だ。
「総司令官に殺された、そう言いたいの?」
「だって、そうじゃない」
見上げてはいるものの、その瞳はまっすぐに忍を見つめる。
が、忍の方はまったく動じた様子はない。
むしろ、最初に惇が忍たちを『人形』呼ばわりした時よりも、落ちついている。
「君のお兄さんを殺されたから、君も総司令官の家族を殺すんだ?」
「………」
「君が悲しんだように、総司令官が悲しめば、満足するの?」
惇のまっすぐの視線が、かすか揺らぐ。
「それで彼が責任を感じて、総司令官を辞めたとしようか?その後を君が任されたとして、同じ事件が起きたらどうしようか?」
揺らぎかかった視線を、またまっすぐに戻す。
「話の論点をずらそうとしてるよ」
そんな言葉が出てくるあたり、ただの小学生ではない。
「ずらそうとなんて、していないよ」
忍は膝を折ると、惇と視線の高さを合わせる。
「総司令官の功罪を問うなら、その責任を自分なら負えるのかも考えるべきじゃないかな、と言ってるだけで」
「考えるべきことはもうヒトツ、あるわ」
先ほど絶句した須于が、口を開く。
「なにを?」
惇が、まっすぐな視線を須于に移す。
「不意打ちとはいえ、あそこで起こったのは、戦争というコト……軽装備とはいえ、お兄さんが所属していた部隊も武装していたというコトよ」
須于の言いたい意味を察したジョーが、ぼそり、と言う。
「まったくの無抵抗だったわけは、ないな」
「結果が全滅だったとしても、死に物狂いの人間の抵抗に相手が無傷だったとは思えないってワケね」
麗花も頷いた。
忍が、惇にもわかる言葉に噛み砕く。
「君のお兄さんが、相手の兵士を殺していないとは限らないというコト」
言われた惇の視線が、ぎくり、とゆれる。
「その家族が、恨みに思って君を殺しに来ても、理不尽じゃないと思える?」
「………」
「それに、だ」
忍は、ゆっくりと口を開く。
「亮を君が殺したら、俺は君を許さない」
揺れていた惇の視線が、恐怖の方で見開かれたまま、止まる。
「君の気が済んだところで、コトが終わるわけじゃないんだ」
惇の視線が、少し下に落ちる。
しばらく、そのまま立ち尽くしていたが。
やがて、ジョーの方を振り返る。
「ナイフ、返して」
「メシの邪魔、しないならな」
もう一度、同じコトを言われた惇は、今度は大人しく頷いた。
「しまってくるから」
ジョーは、柄の方を惇に差し出す。
「……ありがとう」
呟くように言うと、部屋を出る。
後姿を見送って。
亮は、何事もなかったかのように、台所の方に戻る。まだ、盛りつけが終わったわけではなかったから。
「手伝うこと、ある?」
須于が尋ねると、かすかに微笑む。
「じゃあ、コレ、運んでいただけますか」
その顔には、さきほど惇に見せた無表情さは、どこにも無い。
麗花とジョーは、当然のように席につく。
「お腹すいたよう」
切なそうな声を麗花が上げるものだから、俊と忍も思わず笑う。
が、俊はその笑いをおさめて、忍を見た。
「ずいぶんと、容赦なかったな?」
「そういうつもりじゃ、なかったんだけど」
微かに浮かんだのは、苦笑だったようだ。
自分が言ったことが、屁理屈だったのは忍自身がよくわかっている。
でも、惇を止めようと思ったら。二度と亮を狙わなくする為には、ああ言うしかなかった。
「……消化しろって言うほうがムリだよな」
その言葉は、むしろ、自分に向かって言ったようで。
多分、らしくなく両手を広げたのも無意識だ。
血で汚れている、そんな気がしたのかもしれない。
俊が、ぱし、と忍の後頭部をはたく。
「少なくとも、俺らは一緒だよ」
顔を上げると、麗花もひらひらと両手を振っている。顔には笑みを浮かべて。
「なんで私たちが、じゃなくてさ、私たちじゃなきゃ出来なかったって、そういうコトにしとこうよ」
惇のように理不尽な悲しみに苦しんでいる人の存在を、知らないわけではない。
アファルイオの一軍を動かして『第3遊撃隊』に挑んできた張一樹だって、そうだった。
自分たちを恨まずには、憎まずには生きていけない人間が、確実に存在する。
それでも。
『紅侵軍』は、止めなくてはならない存在だった。
「そうだな、そういうコトにしとこう」
にやり、と忍が笑う。
くす、と麗花も笑う。
「精神衛生上ってヤツね」
「合理化……だっけか?なんか心理学?」
俊が首をひねる。
お手上げのポーズをしたのはジョー。
「やめろ、こんなところで保体の授業なんか持ち出すな」
サラダの皿を運んできた須于が、惇が出てった方を見やった。
「惇くん、来ないわね」
「来づらいかな」
麗花の台詞に、俊が大声を出す。
「来るまで、食わずに待ってるからなっ」
そっと、扉を開ける音が聞こえる。
五人は顔を見合わせて、それから微笑んだ。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □