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夏の夜のLabyrinth
〜8th  平和主義者の天使〜

■ripple・4■



少しぎこちない食事を終えた後、皆でおしゃべりという気分にもなれず、それぞれの部屋へと戻った。
忍は、部屋へ戻ったなりバルコニーに出る。
なんとなく、一人になりたかったのかもしれない。
俊と麗花の言うコトがわからないわけではないが、やっぱりそれは自己弁護だ。
間違いなく、自分の手で殺した人間がいる。逃げることも忘れることもできない事実。
でも、そこで立ち止まっているわけにはいかない。
視線を上げる。前に行くために。
思わず、目を見開く。
満天の星空。
漆黒の天に、無数に煌いている。
月がないのと、隣の部屋の明かりが消えているせいもあるらしいが。どうやら、俊とジョーはとっとと寝たようだ。
それにしても、こんな数はアルシナドにいては拝めない。
「亮」
なんとなく、一人で見ているのももったいない気がして、振り返る。
部屋の中にいる亮は、イスに浅く腰掛けて背もたれにもたれかかるという、珍しくだらしなめの格好で本を読んでいるらしい。
返事が無いので、夢中なのかと思ったが、指が動かない。
視線も、動く様子が無い。
考え事をしてるのだとわかるまでに、しばらく時間がかかる。バルコニーに出ていたとはいえ、人がいるところで亮がなにかに気を取られているのは、あまりにも珍しいから。
忍は、自分の口元に苦笑が浮かぶのがわかる。
亮がなにを考えているのかが、だいたいわかるから。
きっと、自分と似たようなことだ。
いつも感情が欠けているような冷静な顔つきをしているが、人の痛みに対してはかなり敏感だと忍は知っている。
「亮っ」
目の前に立って、思いっきり声を出す。
はじかれたように顔を上げたところを見ると、本当に近付くまで気付いていなかったらしい。
「どうしたんだよ?考え事?」
尋ねられた亮は、自分の手にしていた本にちら、と視線を落とす。が、すぐに苦笑を浮かべて忍のほうを向く。忍に本を読んでいたと偽ったところで仕方ないと思い直したらしい。
「痛いところをつかれたかな、と」
「痛いところ?」
「彼の言うとおり、ヒトツ間違ったことを言えば、死んでしまうんですよ」
亮の顔にかすかに浮かんでいた苦笑さえもが、霧散する。
「いとも簡単に」
怖いくらいの、無表情。
総司令官は、基本的には部隊ごとにおおまかな指示を与えるだけだけど。軍師、である亮は、その手で五人を命の危険にさらすことになる。
「まぁな、でも悪意を持って死地に追いやるわけじゃない」
「そう、思えますか?」
にこり、と微笑む。
試しているほうの、笑みだ。
忍も、にこり、と笑った。
「俺は、信頼してるよ」
さらり、と言ってのけられて、亮はかすかに視線を漂わる。どう返事をしていいものか、わからなかったらしい。
「もちろん、最初からとは言わないけれどね」
肩をすくめる忍に、亮はくすり、と笑う。
「そうですね」
優がいなくなって、代理で着任した当初は反発感ばかりで、信頼なんて単語は間違っても出てこないと思っていた。
だけど、そんな忍たちに対して、亮は見事にやってのけた。
亮が着任して最初の戦闘、あれは完全に亮の指示どおりに動いた。そうでなければ、アラがあったとしても指摘することができないから。
だが、出された指示は完璧だったとわかっただけで。
表向きは亮の指示に従うと決めた二回目以降。四人の動きは、完全に亮の指示通りだったわけではない。
あからさまに作戦から逸脱しない範囲で、好き勝手もやっていた。なにもかも思い通りに行くといった顔つきの代理軍師が気に入らなくて。
が、亮はまったく顔色を変えることなく、微妙な修正をかけてきた。
しかも、忍たちの行動を先回りするかのタイミングで。
軍師としての才能は、優以上だと認める一端となったのは、それのせいだ。
「いったい、どれだけの可能性を考えてるんだかと思った」
「あらゆる可能性を考えましたよ」
亮は、大げさに肩をすくめてみせる。冗談めかしているが、実際そうだったのだろう。
「ま、作戦で軍師を出し抜こうって方が、間違ってるけどな」
忍も、笑う。が、すぐにその笑いを収める。
「今は、不測の事態が起こったとしても、亮ならフォローしてくれると思ってる」
今度は亮も、まっすぐに忍を見る。
そして、口元に笑みを浮かべた。
今まで見せたことのないくらい、柔らかい笑みを。
が、その笑みは手にした雪が溶けるように、すぐに消えてしまう。
忍のほうも、なんとなくシリアスになってるのが照れくさい気がしてくる。
いつもどおりの表情と口調に戻そうと、努力しながら言う。
「まぁ、でも亮も物好きだよな」
「物好き……ですか?」
にや、としてみせたのが、不自然ではないといい。
「そうだよ、軍師って重責だってわかっててなったんだろ?」
総司令官が身近にいるのだし、軍師になる前から、確実に中枢の仕事に関わっていたようでもある。しかも、頭の回転は人一倍以上なのだから。
指令を担う者の重責を、知らなかったわけがない。
が、亮はひとつ、瞬きをして、
「考えたこともありませんでした」
「へ?」
忍が戸惑う番だ。
「軍師ができる人間は、限られてますし……あの時は、対応できるのは自分だけだと思いましたし……」
『あの時』とは『緋闇石』の一件だ。他の人間がこんなことを言ったら、自信過剰なイヤな奴だと思うところだが。亮は実力が伴っていると知っている。
「軍役につくとしたら、軍師しかできないと、わかっていたのもありますけど」
「どうして?」
亮は、微かな笑みを浮かべた。
「戦場にいつづけるのは、無理なので」
前に、俊が言っていたのを思い出す。亮は四歳までずっと、病院にいたと。しかも、集中治療室から出られないことが多かった、と。それは、特殊な知識を詰め込むためだけではなくて。実際、それほど体が弱かった、ということなのだろう。
もしかしたら、特殊な知識を詰め込まれたがために、体に反動がきたのかもしれないが。
ともかく、戦場にたつだけの体力はなくて、特殊な知識が豊富となったら、たしかに選択の余地はなかったのかもしれない。
「そっか」
簡単な返事を返すが、突っ込むのは忘れない。
「その割に、けっこう無理するよな」
「そういうつもりでは、ないですけど……」
なんとなく語尾が立ち消えたのは、一般的にみると無理、と分類されるのかもしれないと判断したからかもしれない。
どうも、亮の基準は世間一般よりは厳しく設定されているように思われる。
「多少の無理は仕方ないとしても、無茶になったら仕方ないんだからな」
こんなときでもなければ、亮が素直に頷きそうもないので、すかさず言っておく。
案の定、亮は苦笑に近い笑みを浮かべながらも、頷いた。
「気をつけることにします」
「よし、と……そうそう、亮を呼びに来たんだよ、俺」
話が一段落ついたところで、自分がどうしてバルコニーから戻ってきたかを思い出す。
「星がさ、すっげーきれいで」
と説明しながら、背を向ける。
「なんか、一人で見てるのもったいないくらいで……」
少し大股でバルコニーへと出た。
見上げると、やっぱり、満天の星空だ。
亮のかすかな気配を、隣に感じる。
「ホントに……今日はよく見えますね」
珍しく、少し驚きが込められた声だ。
そんなことを考えて、忍は、今日は珍しいことだらけだ、と思う。
こんな発想を自分がすること自体が。
そう思いながらも、口にしてしまう。
「死んだら、星になるとかって言うっけ」
「そんな伝承も、あるようですね」
亮らしい返事が返ってくる。
「だとしたら……あの星は増える一方なわけだ」
「流れて消える星も、ありますよ」
返ってきたのは、いたって現実的なモノだ。
言われるまで忘れている自分に、苦笑する。が、なんとなく反論したくなった。
「そりゃきっと……誰かの願いゴトに生まれ変わったんだな」
視線が、空からこちらに移ったのがわかる。
が、照れくさかったので、忍はそのまま空を見上げていた。
亮も、何も言わずに視線を空に戻す。
さら、と風が吹いた。
少し、涼しいくらいの風が。
「あちらの方に」
亮が、す、と天に向かって指を伸ばす。
「新しい星雲が、見つかったそうです……今年の、はじめくらいに」
それ以上は、なにも言わなかったけれど。
「ふうん」
忍も、そっけないくらいの返事を返して、黙り込む。
だけど、視線は亮の指した方を見つめた。
願わくば、理不尽な理由で命を落としていった者たちが、安らかでありますように。
そんな微かな、願いを込めて。



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