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夏の夜のLabyrinth
〜8th  平和主義者の天使〜

■ripple・6■



「どこ行くの?」
うつむきかげんに歩いていた惇は、声をかけられるまで俊の存在に気付いていなかったらしい。
驚いたのだろう、少し目を見開いた。
が、驚いたのを知られたくなかったのか、不機嫌そうな口調で答える。
「どこって、決まってるじゃないか」
聞くまでもないことだとは、もちろんわかってはいるが。ここは、もうすでに天宮家の私有地なのだから。
ただ、話しかけるきっかけにしただけだ。
俊は笑顔で自分の後ろをさす。
「じゃ、送ってやるよ」
言われた惇は、俊がバイクにまたがっているのを見て、眉を寄せる。
「待ってたってこと?」
多少考え事をしながら歩いていたとしても、バイクのエンジン音に気付かないわけがない。
それに気付いたのだ。
ここで、余裕の笑みでも浮かべて、
「どうして?戻ってくるかわからないのに?」
とでも言えば、よかったのだろうが。実際に俊の口から出た台詞は、こうだった。
「お前、つけられてる」
それを聞いたとたん、惇の顔色が変わる。
大きく俊から後退したかと思うと、大声を出した。
「こそこそ隠れてないで、堂々と殺しにくればいいんだ!」
「げ」
思わず声を上げたのは、惇の大声に驚いたからではない。隠れていた追っ手が、ばれちゃ仕方ないとばかりに姿を現したからだ。
複数の追っ手の気配があるとは思っていたが、思った以上の人数だったのと、その全てが浮浪者風の姿だったから。もちろん、ホンモノの浮浪者ではないのは雰囲気でわかるが。
「うっわー、実地で戦隊モノのザコがでたーっ……なんて言ってる場合じゃねぇな」
などと呟くうちにも、相手は取り囲むべくこちらに向かってきている。
こういう状況こそ、まさに俊の得意とするところだ。
にっと笑うと、思いっきりエンジンをふかせる。と同時に、バイクを急発進させる。
そして、惇のど真ん中に突っ込みそうなスレスレのところで見事にカーブし、小さな体を片手でひっかかえた。
自分に向かってまっすぐに突っ込んできたバイクに、瞬間的に身動きが取れなくなっているのを利用したのだ。
追っ手にタイヤを潰されるのを避ける為に、しばらく曲乗りをする。どうやら、相手は銃器の類は持っていないらしい。その手の妨害はない。
しかも、こちらがバイクで逃亡するとは想像外だったらしい。追っ手の姿は、あっという間に遠くなっていく。
「……ふん、エライ余裕があるじゃねーか」
バックミラーに映る追っ手の姿を横目で見ながら、俊は呟く。

そう簡単には探せない場所まで来て、俊はバイクを止める。
私有地のかなり、奥手のほうだ。
どこまで走る、とは告げずに来たのに、そこにはジョーが待っていた。
イマイチ機嫌がよくなさそうなのは、散歩から戻ったなり、彼も朝食抜きで送り出されてきたのだろう。麗花たちに自分と似たような台詞で送り出されたのだろうな、と思ったら、思わず顔が笑ってしまったらしい。
ジョーが不機嫌そうな声を出す。
「失礼なヤツだな」
「悪ぃ、そういうつもりじゃなかったんだけど」
あいてる手の方で拝んでみせ、こういう時には話題を変えるに限るとばかりに言う。
「それにしても、絶妙な場所に待ってるねぇ」
「あそこらから巻いてくるなら、ココらで止めるだろうと思ってな」
「っていう、軍師殿の読みだろ」
「まぁな」
腕組みをしたままのジョーは、ちら、と俊に抱えられた惇を見る。
「いいかげん、下ろしてやったらどうだ」
これだけの会話を交わしていたのに、惇は随分と大人しい。どうやら、抱えられたまま、かなりのスピードで降りまわされたので、多少目が回ったようだ。
不機嫌そうな顔つきだが、暴れる元気まではないらしい。
「その前に、だな」
言いながら、俊は惇のはいていた半ズボンのベルトを、後ろからめくる。
気配がわかったのだろう。
「なにすんだよっ!」
「声は威勢がイイなぁ」
などと、とぼけた口調で言いながら、俊は軽くベルトに指を走らせる。そして、手を止めると、にや、と笑った。
「やっぱりな」
独り言のように呟く。なにかを手に握ってから、やっとのことで惇を放した。
下ろされた惇は、振り返って俊にくってかかる。
「なにが?!」
「発信機だよ」
俊は手の中のモノを惇の目前まで持っていってから、ジョーに向かって飛ばす。
腕組みをしたままだったジョーは、その手をほどく。手にしているのは、彼の得物である銃だ。
表情を変えることもなく構えると、俊が飛ばしたモノにそれを構える。サイレンサーがついているのだろう、クラッカーが弾けるような音しかしない。
が、キラリと光を放ちながら宙に浮いた発信機らしきものは、次の瞬間、空中分解して消える。
惇は黙ったまま、その様子を睨み付けるように見つめていた。



惇を部屋に入れて、六人は亮と忍が寝室にしている部屋に集まる。
「んで、どうするの?」
麗花が首を傾げる。
「この建物の中にいるうちは狙われないだろうけど、このままにしとくわけにもいかないでしょ?」
忍も頷く。
「あからさまに狙われてるっていうのはわかったけど、誰が、かは推測に過ぎないんだよな?」
「そうですね、惇くんはわかっているようですけど」
俊は、視線を明後日にもっていく。
「でも、当人の証言は得られそうにないよな」
「コチラからは動きようがないってことね」
「………」
どうやったら、とか、そういう類を考えるのは亮の仕事だと割り切っているのだろう。発言する様子もなく窓に寄りかかっていたジョーが、ぼそり、と声を出した。
「おい、抜け出してるぞ」
「え?」
麗花と忍が、いち早く窓に駆け寄る。バルコニーへと出る。俊もすぐに追いつく。
たしかに、惇の姿が海岸沿いに見える。
「おいおいおい」
「ヤケになられちゃうのは、困るねぇ」
「あれじゃ、狙ってくれと言わんばかりじゃん」
口々に言う後ろから、ジョーがまた言う。
「あれ以上行かれたら、さすがに届かない」
得物の飛距離のことだ。
「ライフルはないものね」
須于の台詞に、最後にバルコニーに来た亮が、くすり、と笑う。
「狙ってる方もこちらは素人ではないとは気付いてるでしょうから、そう簡単には手は出してこないと思いますよ」
堤防を越えて、海へと伸びた防波堤へと歩いていく惇の姿を視線で追いながら、つけ加える。
「しばらくあそこに落ちついててくれそうですから、僕が行ってきますよ」
「亮が?」
防波堤の上に一人となれば、狙うまたとないチャンスだ。相手がほうっておくわけはあるまい。
だとすれば、亮以外の方がいいのでは、と考えるのは当然だろう。
亮の口元に奇妙な笑みが浮かぶ。
「誰が惇くんを狙っているのかという、確実な証言がないとコチラも動きようがないですから」
わざと惇をつっつくつもりなのだろう。まともに尋ねても、返事は返ってきそうにもないので。そういうことなら、確かに亮が適任だ。
にこり、と微笑む。
「それに、手のうちをさらしたくもないですし、ね」
「無理はするなよ」
「あんまり危なくなったら、援護お願いします」
言いながら、亮の腕には少々大きめの腕時計を手にする。通信機能付きのモノだ。
危なくなったら援護してくれ、という言葉に、嘘はないらしい。
「ちゃんとスイッチいれとけよ」
「これでいいですか?」
スイッチを入れてみせ、忍たちが頷くのを待ってから亮は部屋を後にする。

防波堤の先で、うつむき加減に波が打ち寄せるのを眺めていた惇は、亮の足音に振り返る。考え事をしているようなふりで、実のところは神経は張り詰めているのがわかる顔つきだ。
が、亮はそんなことに構う様子なく、口を開く。
「困りますね、勝手なことばかりしていただいては」
言いたいことはわかったのだろう、惇は瞬間的に言葉につまったようだが、すぐに言い返す。
「だから、一人になったんじゃないか」
「一人の時に襲われれば問題ないということですか?随分と短絡的ですね」
この手の応酬は亮の得意とするところだ。余裕の口調で続ける。
「ここはまだ私有地ですよ?この中にいる限り、なにか起こるのは迷惑至極です」
惇の顔が、さっと赤くなる。
「わかったよ、出てきゃいいんだろ!」
「だから、短絡的だと言っているんです」
ため息混じりに言われたら、バカにされてるとしかとれない。ますますむっとした顔つきになるが、走り出すのはかろうじて我慢する。バカにされた通りの行動は、取りにくい。
「ここで帰ったとしても、あなたが狙われなくなるわけではありません。狙われるとわかっているモノを、みすみす帰したら寝覚めが悪いじゃないですか」

バルコニーから様子をうかがっていると惇を狙ってくる連中に丸見えになってしまうので、五人は部屋に入っている。亮の通信機からの感度は、大変に良好だ。
ようは、亮と惇の会話は、丸聞こえなのだが。
「亮の毒舌、絶好調ねー」
思わず麗花が呟く。
俊がしたり顔で言う。
「もしかして、あいつのストレス解消なんじゃねーの?」
「そうだったら、かなり怖いって」
忍が苦笑しながらツッコむ。さらに麗花がなにか言おうとしたのを、六人中、いちばん耳がいいジョーが止める。
「来た」
五人の顔から笑顔が完全に消え、真面目に耳を済ます。
来たのはもちろん、惇を狙う者たちだ。

防波堤の端にいるということは、三方を海に囲まれているということだ。その上、唯一地上に戻る道も、黒尽くめのスーツにサングラスという連中に阻まれているのに、亮には慌てた様子はない。
「おや、不法侵入罪に問われますよ」
「許可をいただこうと思ったのですが、主人と思われる方との連絡を取る方法がわかりませんでしたのでね」
黒尽くめの代表と思われる人間が、口を開く。
その声を聞いた惇の顔から、すっと血の気が引く。
亮はその様子を、ちら、と見てから、口を開いた黒尽くめに向かって微笑む。
「あまりTPOをわきまえない格好の方は、招待しないことにしていますけれど」
「お気に召さなかったですか、それはお詫び申し上げます……が、用件を聞いていただくくらいは、よろしいでしょう?」
「聞かないと言っても、おっしゃるでしょう?」
「ご理解が早くて助かります。用件は簡単ですから、すぐに聞き届けていただけるかと思います……あなたの後ろにいる方を、こちらに引き取らせていただきたい」
一呼吸おいて、付け加える。
「もちろん、あなたに危害を加えるつもりは、ありません」
言いたいことは、惇を引き渡さなかったら、あんたもどうなるかわからない、ということだ。
スーツ姿のどこかに得物をしこんでいるのは確かだが、それが銃ではないのは見て取れる。もし銃だったら、仕込んでいる方の肩が、重みでどうしても微妙に下がってしまう。
「あまり、こちらにメリットを感じない取り引きですね」
「なるほど、確かにあなた方にはご迷惑をおかけしていますからね。そうですね……三百万で、いかがです?」
提示された三百万、とは口止め料だ。
返事をしない亮に、相手は揺れていると判断したらしい。言葉を重ねる。
「三百万でご不満なら、五百万でもかまいませんよ?」
亮は、かすかに首を傾げたまま、相変わらず返事をしない。

提示した条件を呑まないとわかった時点で、相手が実力行使に移るのは目に見えている。ここまで話がくれば、それは秒読み状態だ。
そんな緊迫した状況だとわかってはいても、ツッコまずにはいられなかったらしい。俊が呟いた。
「天宮家御曹司に持ちかける金額にしては、桁が低すぎる……」
「っていうか、人の命売買してる金額じゃないわよ」
麗花の返しに、忍がさすがに、横目で睨む。
「お前ら、緊迫感なさすぎ」
「でも絶対、いまの亮なら言うと思うぜ、俺」
「あ、私もそう思う!」
「……まぁ、確かにな」
渋々、頷いた忍を見て、須于が首を傾げる。
「なにを?」
「毒舌全開で……」
言いかかった忍の声を掻き消すように、亮のはっきりしとした声が入ってくる。

「そんなはした金で買収出来ると思われてるとは、甘く見られたモノですね」
亮は、イヤミたっぷりな笑みを相手に向ける。
「交渉は、決裂ですよ」
言ったなり亮は、もっとも近くで構えていた男を蹴り上げる。不意を突かれた相手は、無様に海へと叩き落された。
「ちっ、取り押さえろ!」
代表格の男が号令すると同時に、残った黒尽くめ四人が、細身の剣を抜き払う。いや、剣というにはあまりにも刃先が細い。しなやかなムチ状のモノ、と言ったほうがいいかもしれない。
が、亮は相変わらず余裕の表情のまま、向かってきた男の手から剣を叩き落として自分の後ろへと飛ばす。
最初に海へ叩き落された男は、まだ海中でもがいている。スーツが水を吸って重しとなり、思うように動けないらしい。
その隣りに、得物を奪われた男がまたも、情けない声と共に落ちていく。
相手は、個々で向かったのではラチがあかないと理解したようだ。残った三人が、一斉に亮に向かってくる。
軽く腕組みをしたまま、向かってくる男たちを亮は見ていたが、相手が目前まで来ると、にや、と口元に笑みを浮かべる。
真ん中に来た男の肩に手をかけたかと思うと、亮はそれを支点に一人を海へと叩き落とす。そして、その反動で反対側も叩き落とす。
見事なまでの身軽さだ。
肩に乗られた男も、交渉を担当していた男も、少々あっけに取られているうちに、亮は自分の頭の下の男の得物も、海へと落す。
そして、音もなく交渉役の男の目の前に降りると、にこ、と微笑んだ。
が、その笑顔はすぐに交渉役の男の視界から消える。
遮ったのは、亮の足、だ。
高い音を立てて、彼のサングラスが落ちる。
その顔があらわになった瞬間、惇が張り裂けるような声を上げる。
「殺しちゃえ!」



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