[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・2■



結局、特筆すべきハプニングもなく家に帰りつく。
忍、俊、麗花がわくわくしたような顔つきで居間で待ち構えていたが、亮の後ろから入って行った須于が軽く首を横に振ると、ちょっとがっかりした顔つきへとかわる。
亮は涼しい表情で尋ねる。
「お茶でも煎れましょうか?」
とたんに、三人とも顔が輝く。亮の煎れたお茶はおいしいのだ。
「今日は、よーく煎じた漢方茶にしましょうか」
笑顔のままで言われて、なにを企んだのかすっかりバレてることに気付いた三人は慌てて拝み倒す。
「こそこそ仕掛けたのは謝るから」
「そうそう、この通り」
忍が頭を下げれば、俊も手を合わせる。麗花も、甘えた声を出した。
「亮の美味しいお茶が飲みたいです〜」
ケトルをかけながら、亮は相変わらず知らん顔だ。
「漢方茶は体にいいんですよ、良薬口に苦しともいいますけれど」
このままだと、本気で漢方茶の刑になりそうな気がする。困り顔だった忍が、思いついた顔になる。
「今度の買い物当番、変わるから」
聞いた俊も、ここぞとばかりに頷いた。
「その次は俺が変わる」
「その次は私が変わっちゃう」
亮はこちらに背を向けたまま、なにか茶葉を取り出している様子だ。
麗花が、恐る恐る付け加える。
「漢方って、薬草だよね?私、同じ薬草系ならハーブがいいなぁ」
亮の肩が、微かに震え出している。
笑いが堪えきれなくなったらしい。笑顔で振り返る。
「仕方ないですね、では、リクエストにお応えしてカモミールティーにしましょうか」
「わーい」
思わず諸手を上げて喜んでしまう三人である。
買ってきたクッキーを取り出し始めた須于の隣りに忍がやってくる。
「俺がやるから、ジョー呼んでこれば?」
「うん」
ジョーは普段はコーヒーしか飲まないが、亮が煎れたお茶なら飲むのだ。須于は素直に頷いて呼びにいく。
それを見送ってから、忍はさきほどまでの情けない顔ではなく、真面目な表情になる。
「なんかあったのか?」
総司令官の呼び出しのことだ。急な呼び出しだったことを、隣室の忍は知っている。
ガラス製のポットにカモミールを入れていた亮は、にこり、としたままだ。
「揃ったら、お話しますよ」
穏やかだったのが、一瞬なにか企んだように笑みが大きくなったのを忍は見逃さない。

「ええ?!荻那弥生に会ったの?!」
いちばん素っ頓狂な声を上げたのは、麗花。
「いいなっいいな〜っ!羨ましい〜!」
「サインもらってこなかったのかよ?」
とは、俊。忍も頷く。
「そうだよ、もったいない」
「総司令部に用事があってきたんですよ、彼女は」
あまりに真剣に言われて、亮は肩をすくめる。
「だが、目前に見られるチャンスなんて、そうそうないだろう」
ジョーまで言うとは、どうやら嫌いではないらしい。それはともかく、知らなかったのは自分だけかと須于は思ったが、口にはしない。
「サインなら、もらえるかもしれませんよ」
「どうして??」
麗花が身を乗り出したところをみると、かなり好きとみえる。
亮は、にこりとしたまま、視線を須于へと移す。
「須于に頼めば」
怪訝そうな四人の視線が須于に集中する。少々困った表情になった須于におかままいなく、亮は続ける。
「ずっと学校で一緒だったそうですし、さっきの様子だとだいぶ仲も良かったようですし」
「ホントっ?!」
怪訝だった視線は、期待へと変わる。須于は、ますます困惑する。
須于の困惑顔に、四人が不思議そうな視線を亮に向ける。亮は、ティーカップを手にしながら、にこり、とした。
「須于に頼まなくても、サインをもらう方法ならありますよ」
「コンサートに行くとか、そういうのじゃないだろうな」
「もちろん、もっと確実な方法です」
俊の牽制に動じるような亮ではないのはわかっている。だけど、なんとなく思わせぶりだ。
忍は、さきほどの笑みを思い出す。
「総司令官の用事は、なんだったんだ?」
「マスコミが、遊撃隊に注目しています」
「え、どーして?」
麗花は首を傾げる。遊撃隊は、秘密裏の組織のはずだ。
「完全には隠しておけないってとこ?」
俊の台詞に、亮が頷いてみせる。
「結成から二年近くになりますし、なんといっても目立ちましたから」
紅侵軍侵攻にしろ、アーマノイドの反乱にしろ、事件自体が『Aqua』全体の注目を集めるほどの大きなモノだ。その解決の中心を担ったとなれば、総司令部も完全黙秘というわけにもいかない。表には陸軍の小人数部隊としか出ていないがマスコミの一部には、『遊撃隊』の存在が知られ始めているのだろう。
「かなりの数の取材申し込みが来ています」
忍が首を傾げる。
「それと、荻那弥生のサインとどういう関係が?」
「インタビュアーが彼女なんだろ」
返事を返したのは、亮ではなくて俊。ジョーも頷いてみせる。
「ほえ?」
麗花、忍、須于は怪訝そうな顔になる。
「そういう番組があるんだよ、経済とか政治とかさ、おっさんしか興味もたなそうなコトなジャンルだけど、俺らみたいな世代でも興味が出そうな微妙な題材選んで解説するのが」
「へぇ」
いかにもジョーと俊が好きそうな類なので、思わず顔が笑いそうになるのを、かろうじて我慢する。
「ってことは、その番組の取材対象に遊撃隊が選ばれたってコト?」
「すごいじゃん」
麗花と俊は素直に喜んでいるようだが、コトはそう単純ではあるまい。総司令官自らが、亮を呼んでいるのだから。
忍が、確認をする。
「でも、特殊部隊で秘密裏の組織であることに変わりはないんだよな?」
「そうですね、いままでの成功は、小人数特殊部隊が存在するということ以外、なにも知られていないという点が大きく利点として作用していることは事実です」
麗花はつまらなそうに頬を膨らませながら、クッキーを手にすると、ソファにそっくりかえるように寄りかかる。
「んじゃ、断るしかないじゃん」
言い終わったなり、クッキーを口にほおりこむ。
ジョーは、カップを亮に差し出して無言でお代わりを要求しつつ、ぼそりと言う。
「ただ断るなら、亮を総司令官が呼ぶ必要はない」
「なるほど、世間サマの注目はただ断るだけでは納得してもらえないところまでキテるってわけか」
忍のカップにもお代わりを注ぎながら、亮は頷く。
「もちろん、高圧的な断り方もありますけど」
「印象はよくないわな」
「納得して諦めるのと違って、また取材攻勢が来ないとも限らないだろうしな」
ここまでくれば、総司令官と亮がなにを目論んでいるのかの察しはつく。
「んで、ちょうどイイ具合に荻那弥生が取材申し込みに来たってわけだ」
「彼女が納得して取材を取り下げれば、あの番組の動向に注目している全てのメディアを黙らせることができます」
荻那弥生という存在の影響力はかなり大きいらしい。
須于は、カップをテーブルに置いた。
「弥生を非公式にココに呼ぶの?」
「数日の休日を、友人のところで過ごすのも悪くはないと思いますが」
亮は、にこり、と微笑む。
「なにか、不都合がありますか?」
「ないないない!」
須于が何か言う前に、思いっきりな勢いで賛成したのは麗花。瞳が好奇心でキラキラ気味だ。俊も手を上げる。
「俺も賛成」
取材しようとしているのを説得するのは難しそうだが、好奇心には勝てない。
忍も、頷く。
「おもしろそうだ」
ジョーもなにも口を差し挟まないので、反対ではないようだ。
少々複雑な表情を浮かべたまま、須于も頷いてみせる。
「では、総司令官に連絡しますね」
微笑んだままで立ちあがった亮は、ほどなく少々苦笑を浮かべて戻ってくる。
「荻那さん、まだ総司令官室でねばってたようです……迎えに行ってもらえますか?」
須于たちと別れてから、かれこれ一時間程度になるだろうか?多忙な総司令官との会談としては、類をみない長さだ。
『第3遊撃隊』でも人気があるらしい弥生のお迎えだというのに、麗花たちが騒がない。
どうやら、視線は自分に集中しているようだと須于は気付く。
「え?私?」
戸惑って左右を見て、それから亮に視線を戻す。
「だって、須于の友達でしょ?」
「そうそ、俺らはまだ、お知り合いじゃないもんな」
「私、車持ってないわ?」
「公共交通機関使用で、かまわないだろう」
あっさりと、ジョーに言われてしまうと、黙るよりほか無い。
「わかったわ、えっと……?」
「総司令部のロビーで待ってることになってます」
少々困ったような表情のまま、出掛けていく須于を見送ってから。
残った連中の視線が、亮に集まる。
「須于と弥生ちゃんって、仲、そんなによくないの?」
「同級生ってだけってヤツなのか?」
麗花と俊が、同時に尋ねる。
須于の態度は、どうも友達に対するそれではない。
「下世話とは思うけど確認はしときたいよな、不用意なことは言いたくないし」
言いながら、忍がちら、とジョーを見る。
ジョーは冷めかかったカップを手にしながら、首を横に振った。
「ここに来るまでのことは、聞いたことない」
くっと肩をすくめて笑ったのは俊。
「だろうな、訊いたら、訊き返されるに決まってるもんな」
「前から気になってたんだけどさ、忍と俊が幼馴染みってのは知ってるけど、俊とジョーも前からの知り合いなわけ?」
麗花が身を乗り出して、ジョーと俊の顔を覗き込む。
「え?顔は見たことあった……かな?」
とぼけた表情で、俊がジョーを見やる。
「さぁ、どうだったかな」
ぼそり、とジョーが答えて煙草に手を伸ばす。
ツッコんだら面白そうだが、いまはそちらよりも大事な話題がある。
「ま、見逃してあげるわ」
鷹揚に言って、亮に視線を戻す。
「で、須于と弥生ちゃんの関係って?」
「小学校からずっと一緒の友達ですよ、親友と言ってよい関係です……須于が志願徴兵に応じてからの付き合いは、まったくなかったようですけど」
親友同士なら、手紙のやり取りくらいはあっても良さそうな気がする。須于の性格から考えて、友達と離れたからという理由で疎遠になることなど、最もしそうにないことだ。
が、亮が意味ありげな笑みを浮かべたので、四人は余計な口は挟まずに続きを待つ。
「不思議なことが、ヒトツ」
もったいぶるように、ひとつ呼吸を置く。
「荻那弥生は取材申し込みの時、『活躍目覚しい『第3遊撃隊』を取材したい』と言ったんです」
遊撃隊の取材をしたいというのは、他のマスコミからも言われてるはずだ。だが、呼吸をおいたということは、なにかおかしいことがあるはず。
「あ」
思わず声を上げたのは忍。
「どうして、『第3遊撃隊』って指定できるんだ?」
亮は、遊撃隊の存在が知られつつあるが、その詳細は公開されていないと言った。
遊撃隊がいくつか存在するということを知ってることも不思議だが、活躍目覚しいという接頭詞をつけられるということは、いままでの事件でどの部隊が動いたか、知っているということになる。
内部から情報を漏らす者がいない限り知ることの出来ないはずの情報を、荻那 弥生は知っている。
「でも、須于は連絡とって無かったんだろ?」
俊が慌てて尋ねる。ジョーは煙草を手にしたまま、火をつけるのを忘れてしまっている。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □