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夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・3■



少人数部隊ということ以外は、知られていないはずだ。一般人が『第3遊撃隊』と指定できるのは、おかしい。
ましてや、いままでの事件でどの部隊が動いたかなど、重要機密の部類だ。詳細が知られていないからこその利点が大きいからこそ、秘密裏の組織とされているのだから。
亮は微笑んだまま、言う。
「『第3遊撃隊』内部を知りたい人間がいるということです」
「それも、内部の人間が、だな」
忍が特定した範囲を、さらに狭める。
「ごく限られた内部ですね、遊撃隊が何隊あるのかは、参謀部さえ知りません」
「じゃあ、遊撃隊という組織を正確に把握しているのは……」
「総司令官だけ、ということになります」
だが、総司令官がそんな回りくどい調査をする必要はない。
他に、遊撃隊が何隊あるのか察することの出来る者があるとすれば。
「『第2遊撃隊』」
ぽつり、と俊が言う。
試験部隊だった『第1遊撃隊』はすでに解散している。現在機能しているのは二部隊だけだ。
言い換えれば、察することができるのは当の遊撃隊に所属している人間だけだということ。
「須于の前で言わなかったのは、そこらへんか?」
忍が首を傾げる。
どういう事情があるのか知らないが、どうやら須于自身は弥生の来訪をさほど歓迎していないらしい。
相変わらず微笑んだまま、自分のカップにお茶を注ぐ。
「言わなくても、気付くと思いましたから」
「自分しか知らないって思ったら、かばいたくならないかなぁ」
連絡を取っていなかったのには理由がありそうだし、須于は疎遠になっていたからと友人を差し出すタイプではない。
麗花も首を傾げる。
カップを手にした亮の笑みが、少し大きくなる。
「もし、そうだとしたら随分と見くびられてることになりますね」
「まぁな……」
亮が持ってきた話だ。あらゆる可能性は検討しつくされてると思って間違いないだろう。それを知ってて亮に隠すとは、たしかに得策ではなさそうだ。
それに、本当に亮が気付いてないとして、隠していたなどとバレた後など想像したくない。なにも反応がなさそうなところが、返って。
「ま、ともかく、不思議なのは弥生ちゃんがどうして『第2遊撃隊』の差し金でココにくるかってあたりかなぁ?」
亮なら調べてるかも、という期待ありで麗花は口にしたのだが。
「そうですね」
と、あっさりと頷かれてしまって拍子抜けする。考えてみれば、総司令官の子ではあるけれど、総司令官本人ではないのだから、『第2遊撃隊』が存在することは知っていても、それ以上の詳細は告げられてはいないのだろう。
調べようと思えば、亮であればあっさりと出来るであろうことを、していないらしい。
もちろん、亮でなくても、おおよその予測はつくけれど。
「ひとまず、須于たちの帰りを待ちますか」
のんびりとソファに忍が寄りかかり、ジョーはぬっとカップを差し出した。



総司令官室で、『第3遊撃隊』の向かえとしてきたと告げられて、弥生は驚きつつも、はしゃぐように喜んだ。
総司令官である天宮健太郎は、須于と目が合うと少し、微笑んだようだった。亮と話はついているのだろう。
だけど、外に出てしまえば、そのことを口にしてはダメということは、弥生にもわかっているらしい。
「総司令部のビルってさ、すごいよね」
「そうね……」
亮に、弥生がなんの取材に来たのかを教えられてから、ずっと気になっていることがある。
もうすでに一回は顔を合わせているものの、いまいち素直に幼馴染と再会するのを喜べなかったのは、そのせいだ。
いまも、それが自分の中につっかかっているのがわかる。
でも、それは今、この場で質すことでは、ない。
弥生の言葉につられるようにして、自分たちの出てきた総司令部のビルを見上げる。
余計な装飾がないから、綺麗なのだろう。
アルシナドの、ひいてはリスティアの中心であり、そして『Aqua』をすら、統べる場所。
今でこそすっかり見慣れたけれど。
「最初は、怖かったかな」
「あ、私もそうだった」
顔を見合わせて、少し微笑む。
それから、もう一度見上げる。
そう、最初はこの無機質さが、怖かった。感情の欠片すら無いように見えて。
まるで。
そこまで考えて、自然と笑みが浮かんだ。
一人ではない。抱え込んで苦しむ必要は、ないと気付いたから。
「やっぱり、見に来た?」
アルシナドに出てきた時に、だ。海外向けの旅行ガイドだけでなくて、国内向けでも総司令部のあるメガロアルシナドは一見の価値ありと書いてあるくらいな場所だ。
これだけの高層ビルが密集する場所は、他にない。
「うん、いちばんにラルに行こうと思ってたんだけど」
ラルというのは、ラルシェ通りの通称。服や小物のブランドばかりが集まった、女の子なら一度は行ってみたい通りだ。買う買わないは別として、雑誌を飾るようなブランドが一堂に会しているのを見ているだけで、うきうきしてくる。ただし、女の子限定だが。
そのラルにいのいちばんに弥生が行きたかった、というのは、とてもよくわかる。それから、ラルに向かう途中から、実によくメガロアルシナドが見えることも。
須于たちの出身地もそれなりな都市近郊だったが、メガロアルシナドの超高層ビル街は特別だ。
写真や映像で、何度も見たことがあるのに思わず息を呑んでしまう。つい、側まで行ってみたくなる。
「一階がオープンスペースだって知っててもさ、最初は入れないよね」
アルシナド駅へと歩きながら、弥生が笑う。
リスティアの鉄道網の中心となるアルシナド駅は、メガロアルシナドからは少し離れている。商店街の集まる通りの方に、近いのだ。
メガロアルシナドから地下鉄という手段もあるが、天気がいいなら歩くのも悪くない。 歩いても、さほどの距離ではない。
「たしかにね」
須于も頷く。
総司令部は一階ロビーの他に、レストランフロアが解放されている。高層のレストランは味も景色もいいと人気があって、ドラマなどでもよく出てくる憧れの場所だ。が、同時に政治経済の重要ニュースには必ず出てくる総司令官のいる場所でもあるのだ。
会うわけないと思いつつ、総司令官にあったらどうしよう、とか思ってしまったりもした。総司令官には、ファンも多いのだ。人並みより少々異性への興味が薄い須于だって、あの若さで国を背負う器量がある上に顔もけっこういい総司令官へは、漠然と憧れがあった。かっこいい男好きの弥生にいたっては、言わずもがなだ。
「そういえばさ、総司令部と言えば」
弥生の台詞に、須于も笑顔を返す。
「『硝子の小鳥』でしょ?」
「あ、やっぱ覚えてた?」
「誰だっけ、綾介さん〜!って大騒ぎだったの」
「うわー、懐かしい!」
弥生は声をたてて笑う。よく通る声に、数人が振り返る。慌てて口を押さえて笑いを飲み込む。
『硝子の小鳥』というのは、ドラマだ。
総司令部ビルのフランス料理レストランに勤めるヒロイン雫と、そこでであったどこか秘密めいた青年、綾介の話。
骨子としてはありがちだったのだが、主役を演じる二人が人気だったのと、総司令部の中でも秘密事項が多い参謀部が出てきたこと、雫と綾介の巻き込まれる事件がスリリングだったこと、などですごい視聴率だったらしい。
須于たちも、もちろん見ていた。弥生なんかは、本放送を見ているのに録画もするという入れ込みようだった。
二人がアルシナドに出てきた頃は、まだドラマの興奮冷めやらぬ頃。
「なんかさ、そんな人いるわけないってわかってるのに、ちょっと期待しちゃったりしなかった?」
弥生の質問を、須于は笑ってかわす。
出会いを期待するまではなかったけれど、そんな秘密めかした人がいるのかもしれない、というのはあったかもしれない。
「あんがい、同年代が多いけどね」
総司令部に出入りしている人が、だ。考えてみると、志願兵役につくのはこの年代なのだから、もっとも占める割合が多いといわれてしまえば納得なのだけれど。
「書類とか抱えて歩いてる人見ると、参謀部かなっとか思っちゃう」
「事務関連の人も書類持ってるよ」
「須于ったら、冷静に私の夢を壊さないでよー」
「それはそれは、大変失礼いたしました」
わざとらしく須于は大仰に謝ってみせる。
それから、顔を見合わせて二人で笑う。
駅はもう、目の前だ。
須于の中の疑問は、確信に変わっている。
でも、まだ、きっと訊くべき時ではないのだと思う。
パスを買う為に販売機にカードをすべりこませながら、気付く。
アルシナドに出てきた時は、総司令部には秘密めかした人がいるかもしれない、と思っていたけれど。
遊撃隊に所属するいま、自分がその、秘密めかした人、そのものだということに。正式な所属はけして明かしてはならないし、部隊の存在そのものが秘密裏なのだ。
参謀部のエリートであるよりも、ずっと秘密度は高い。
もちろん、仲間である忍も俊も亮も麗花も、それからジョーも。毎日、秘密めかした人と顔を合わせてるだけではなくて、付き合っている人も。
「須于、なんかほっぺた赤いよ?」
弥生に言われて、我に返る。
「え?そう?」
なんで赤くなったのかわかってるので、慌てないように言う。弥生は、この手には敏感だ。
「今日、けっこう暑いからかな」
「券売機のとこ、混んでるもんねぇ」
どうやら、弥生はすんなりと納得してくれたらしい。
二人は、並んでホームへと向かう。
比較的本数の多い路線だし、昼時という時間もあってか、ホームに人影はまばらだ。電光掲示板は、もうすぐ電車が来ることを告げている。
ホームの日陰にいると、まだ夏を残した太陽の光が妙に白く見える。
眩しそうに太陽を見上げながら、弥生がぽつり、と言う。
「卒業したら、旅行に行こうねって言ってたの、覚えてる?」
「……結局、行かなかったね」
須于も、空を見上げたまま、ぽつり、と答える。
電車の近付く音がする。
弥生が言いかかった言葉は、轟音にかき消された。



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