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夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・4■



あれだけ弥生のことで盛り上がってたので、玄関で待ち構えているかと思ったのだが。
何のリアクションもないどころか、静まり返っている。
「?」
この静けさは、返って無気味な感じもする。
でも、もし須于が気付いたことに亮が気付いているとしたら、一気に片をつけるつもりなのかもしれない。
ことを有利に進めるなら、己のテリトリーに引き込んでしまうのが一番だ。
ともかく、亮たちを呼んできたほうがいいだろう。
「ひとまず、こっちに来て」
と手招きしながらリビングへのドアノブに手をかけて、ふと止まる。
「須于?」
「先に入っててくれる?私、皆を呼んでくるから」
「あ、うん」
須于はぱたぱたと部屋の廊下を引き返していってしまう。
弥生は、素直に扉を開ける。
「弥生ちゃん、いらっしゃ〜い!」
クラッカーのはじけるこ気味いい音と、拍手。
思わず固まってしまった弥生の後ろから、ため息混じりの声がする。
「やっぱり……」
なにが『やっぱり』なのか尋ねる前に、弥生は満面笑顔の女の子に手を引かれてソファへと座らされてしまう。
「はじめまして、『第3遊撃隊』にようこそ」
要領よくクラッカーをまとめながら、街中ですれ違っても振り返りたくなりそうな青年が微笑む。
「俺は忍、よろしく」
「忍、ぬけがけ〜!」
先ほど弥生をソファへとつれてった女の子が、むうと頬をふくらませる。が、すぐに笑顔をこちらに向ける。
「麗花って呼んでね、ね、サインとかお願いしても大丈夫?」
「はい、もちろん……」
頷きかけてる間に、脇から別の青年が顔を出す。
「俊っての、よろしくな」
なにげなく差し出された手を、思わず握り返す。
とたんに、周囲からブーイングが起こる。
「ああ〜!俊だけずるい!」
「麗花だってサイン頼んだだろ」
「ソレとコレとは別」
「自分も頼めばいいでしょ」
「おい、困ってるぞ」
ぼそり、と水が差される。先ほどから黙っていた金髪の青年だ。
「あ、ジョー、自己紹介してないじゃん」
「その前に、お前らがうるさくなった」
「そういうこと言うワケね」
「いいじゃん、もう名前言った」
勢いのよさに、弥生はすっかり気圧されているらしい。それじゃなくても大きい目を見開いている。
一人足りないのは、お茶を煎れていたからだ。
柔らかい香りと涼しげな音と共に、姿を現す。
「あ」
総司令部ビルで会ったキレイな人だとわかったのだろう、弥生はさらに驚いた顔つきになる。
相手はグラスをテーブルに置きながら、にこり、と微笑んだ。
「わーい、オレンジアイスティーだ!」
麗花が嬉しそうに声をあげる。
外から帰った二人にはおしぼりもつけられている。おしぼりを手にしながら、弥生はグラスを見つめる。
たしかに、やわらかなオレンジ色が混じっている。カフェで飲んだことはある。
「すごい、作れるんですか?」
感心しながら尋ねると、あっさりと麗花が返事をする。
「亮は、たいがいできるよね」
名前を聞いた弥生の瞳が、一瞬揺れる。
それに気付いた須于は、ちら、と亮を見やる。
が、亮はまったく気付いていないようだ。穏やかな表情のまま、お茶うけなど出している。
「そうそう、敬語っていうか丁寧語っていうか、そういうの使わなくていいよ」
忍がナッツ入りのマカロンをつまみながら言う。
「はいっ……じゃない」
思わず真面目に返事をしてから、気付いて照れ笑いするものだから、大笑いになる。
「そうそう、こないだ出た新曲きいたよ」
「ホント?ありがとう」
素直に顔が喜んでいる。先ほどの影はどこにもない。
だけど、思い過ごしではないし、なにかあった後では遅いのだ。本当に亮は気付いているのだろうか?
もしかしたら、幼馴染みだから気付いたのかもしれない。そうだとしたら、少なくとも亮だけには言っておいたほうがいい。
お茶の時間が終わって、いつものように片付けを手伝うような感じでついていく。
皿をシンクに置くときに、なんとなく躊躇ったのに気付いた亮が、かすかに首を傾げてみせる。
須于は、ちら、と弥生に視線をやってみせる。
亮は、ただ、笑顔をみせる。
ただし、軍師である時の方の。
やはり、どうして弥生がここに来たのかを、知っているのだ。須于も、にこりと笑う。

夕飯が終わってから、忍は軽くノックすると、亮の部屋に繋がっている内扉を開ける。
亮はちら、と忍の方を見るが、すぐにコンピュータに視線を戻してしまう。
「調べモノ?」
後ろから覗き込む。
答える亮の声は、どこか笑いを含んでいる。
「あちらだけが調べるのでは、フェアじゃないですから」
「亮が調べるってのも、フェアじゃなさそうだけど、な」
「それは、軍師の能力で決まるものですから仕方ありませんね」
しれっと言うから、忍は笑ってしまう。
「自分で言うか」
いままで亮以上の軍師、もしくは参謀官には遭遇したことないし、これからもそうだろうと思う。
「それはそうと、さ」
「はい?」
いきなり頭にのしかかられて、亮は少々驚いた表情で忍を見上げる。
「弥生ちゃん、随分と亮のこと気に入ったみたいだな」
「そうですか?」
「だって、夕飯の間中、亮のこと見てた」
亮は忍の腕を下ろしながら苦笑する。
「気に入ったから見ていたのかどうか」
「まぁな」
言いたいことは、わかっている。
「にしても、悪い考えではないよな」
潜入して探る、という考えが、だ。
「リスクも大きいですけど」
「ウチが相手じゃな」
にやり、と忍は笑う。それから、少し首を傾げる。
「大胆な行動に出るよな、けっこう」
昨年末のテロ事件といい、今回といい、思い切りがいいことだけは確かだ。
「だから、陽動隊なんですよ」
陽動隊は、実際に作戦を遂行する部隊が行動しやすいように、できる限り相手を引きつけなくてはならない。目立つというのも、大事な要素だ。戦場で目立つなんてことは、かなり大胆でなくてはできることではない。
「でも、あくまでサポートだからなぁ」
同じ遊撃隊である『第3遊撃隊』は、昨年からの大きな事件を次々と解決に結びつけている。独自指令系統を持つ遊撃隊の存在を疎んでいる参謀部でさえ、その存在には一目置きつつあるのだ。
おもしろいわけがない。
自部隊が遂行するはずの作戦を取り上げられたとなれば、尚更。
「やっぱ、アレが原因だよなぁ?」
昨年末のテロ事件。知沙友のことさえなければ、『第2遊撃隊』が解決するはずだった。だが、そんな理由は誰も語らない。
「そうでしょうね、直の原因は」
「だとすると、すごいよなぁ」
亮のコンピュータの脇に寄りかかりながら、忍は軽くため息をつく。
「半年以上、虎視眈々とチャンスを狙っていたってことだもんな」
穏やかに微笑んで、亮は言う。
「彼らも『遊撃隊』ですから」
参謀部の指示がなくても作戦を遂行できる、と判断された部隊なのだ。
「でも、作戦遂行能力というのは、それだけではないですけどね」
「と言うと?」
亮は少し考えてから
「選ばれるかどうか、でしょうか」
「選ばれる?」
聞き返してすぐに、思いつく。
「例えば龍牙とか?」
『龍牙剣』は忍の得物だ。旧文明産物であるそれは精神感応して、初めて切れるようになる特殊なモノでもある。波長が合う人間は、そういない。
「選ばれなかった方からすれば、嫉ましいのかもしれないですね」
「多分、そうなんだろうな」
いつだったか、亮が言いかかったことを思い出す。
崩壊戦争の『後始末』は、まだ終わっていないのだと。
『第3遊撃隊』は、その『後始末』役に選ばれたのだ、きっと。亮は、はっきりとは言わないけれど。
「それはそうとさ、なにが目的でこんなことするのかな」
もちろん、『第2遊撃隊』がだ。『第3遊撃隊』の中身を知ってどうしようというのか。
「弱み握りに来たって感じでもないよな」
そうだとしたら、亮に注目するというのは、あまりにもお門違いだ。
「軍師だと、察しをつけているのだと思いますよ」
「亮が?」
「総司令官の血筋が兵役義務に参加したことと、機密性の高い任務を『第3遊撃隊』が任されやすいことから考えれば、想像のつくことでしょうし」
忍は納得いかない顔つきだ。
「そういうもんか?」
「参謀部に所属する人間に知り合いがいる者がいるのでしょうね、兵役義務に参加する前はよく参謀部の手伝いをしていましたから」
知る人ぞ知る存在だったということだろう。半年以上という熟慮期間は無駄ではないらしい。
「『第3遊撃隊』を揺さぶろうと思ったら、軍師を狙えってわけか」
「僕が『第2遊撃隊』を潰せと言われたら、やはり軍師を狙いますね」
個人の判断で、動けないわけではない。遊撃隊はスペシャリストの集団なのだから。だけど、統率という面ではやはり、軍師がいるのといないのとでは雲泥の差がでることは明らかだ。
狙いは、正しい。
「んじゃ、ウチを潰そうってわけか?」
「それはないですね、成否に関係なく軍律違反ではすみませんし」
「そりゃそうか」
忍は苦笑する。
「その点は、様子をみるしかないでしょうね」
亮にも、判断しかねるらしい。
「でも、弥生ちゃんも可哀相だな」
「須于を、結果的には騙しているからですか?」
「それもあるけど、それは覚悟の上だろ?そうじゃなくてさ」
不思議そうに、亮は首を傾げる。
忍は、にやりと笑う。
「ウチの軍師殿の何が知りたいか知らないけどさ、これほどシッポをつかませない相手も珍しいだろ」
亮の顔に、苦笑が浮かぶ。
「わかるのは料理がプロ並に上手だってことと、ものすごい美人だってことくらいだもんな」
大げさに肩をすくめて見せながら忍は付け加える。
「花嫁のモデルになれるくらいにさ」
「明日の朝食いらないっていうパフォーマンスなら、簡単に言っていただければ理解できますけれど」
いきなり無表情になるものだから、忍は思い切りあせる。
「冗談、冗談だって」
亮は表情のないまま、もう一度、首を傾げる。
「そんなにご飯抜きって怖いですか?」
「そりゃそうだろ、燃料切れはツライぜ」
大真面目に言う忍に、亮は吹き出す。どうやら、本気ではなかったらしい。
「いいことを聞きました、これからは、切り札にさせてもらいましょう」
「あ、ずるい!」
「賢いと言って欲しいですね」
「そういうのは、狡賢いって言うんだ」
と、ふざけて振り上げた手を、忍は止める。
「あんまり、こじれないといいな」
須于と弥生のことも、『第3遊撃隊』と『第2遊撃隊』のことも。
「そうですね」
亮も、静かに頷いてみせる。



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