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夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・5■



『第3遊撃隊』宅で、最も早起きなのは亮だ。もしかしたら、他に起きて部屋でごろごろしていている者がいるかもしれないが、少なくとも部屋の外に出てくるのが一番早いという点では、亮。
なぜなら、朝食の準備があるから。
次に起きてくるのが、忍。部活には入っていなかったが、剣道場に朝通っていたせいで、滅多なことがなければ早起きなのだ。亮の煎れてくれたコーヒーを飲んだ後、まずは庭で素振りだ。
三番目は須于。朝食の準備は亮がこなしてくれているので、洗濯を担当している。靴下とかを洗濯機に入れる前に手洗いしてくれるあたりが彼女らしい。洗濯機をしかけてから、朝食。
須于が朝食を食べ終わって、洗濯物を干しにかかる頃にジョーが起きてくる。朝食を食べてから、朝のニュースをチェック。ニュース番組もそうだが、新聞も大事な情報源だ。もっとも、新聞といっても広めのパネルに送信される電子情報なのだけど。
ジョーが新聞をチェックし終わった頃を見計らって、俊が起きてくる。こちらは、新聞を見ながらの朝食。
素振りから戻った忍がシャワーを浴びて、朝食を済ませて、しばらく間があってから麗花起床、ということになるのだが。
居間に入ってきた俊は、お客サマである弥生がぺったりとカウンターに貼り付いているのを見て、かろうじて噴出すのをこらえる。
ここ三日間、弥生は可能な範囲ではあるが、亮の側を離れたことがない。こうなってくると、単に気に入っている以上のなにかがあるらしいことは忍じゃなくてもわかる。だけど、誰に頼まれたにしろ、ここまで忠実だと恐れ入るというか、微笑ましいというか。
それから、いつもと違う光景はもうヒトツ。ジョーが、新聞を見たまま固まっているのだ。いつもなら、俊が現れたら、ひとまず新聞を譲ってくれるのだけど。
「おはよ」
声をかけると、朝だというのに機嫌の悪そうな視線と目が合う。
「よう」
愛想も極限まで減らされているらしい。口数が少ないとはいえ、普段なら『おはよう』くらいは返ってくる。
「どうかしたん?」
ジョーは、黙ったまま自分の読んでいた記事を指してみせる。覗き込んで、あおりを読んだ俊も、唇の端をゆがめる。
「銃暴発で子供が死亡?」
「ああ」
「どこで?」
ソファに腰をおろしながら尋ねると、ぼそり、と返事が返ってくる。
「ハイバ」
今度は、俊の片眉が上がる。
「ふうん、あそこか」
ジョーが、尋ねるような視線を向ける。
「ハイバってさ、十年前にいかれたヤツが初等学校ぶっ飛ばすって最低な事件あったとこだよ」
「ああ、あれか」
俊たちにとってはかなり古い事件だが、大きなものだったのでジョーも覚えているらしい。
「なるほどな」
納得した口調で呟くと、パネルを俊の方に差し出す。俊は首を傾げる。
「いいのか?」
おいそれと手にできるはずのない銃の暴発事件となれば、トップニュースのはずだ。難しい顔つきをしてた感じからいっても、他の記事は読んでないだろう。
「ああ、原因がわかったからいい」
ぼそぼそと言うと、ジョーは立ち上がる。
俊は、パネルを覗き込みながら半ば独り言のように呟く。
「アレって、マジだったんだな」
「なにが?」
ジョーの口調がきつめになったのを、知ってか知らずか、俊はパネルから目を離さずに返事を返す。
「いっちばん汚ねぇ裏取引のやり方」
「ああ……」
不機嫌そうに頷くと、そのままジョーは立ち去る。
聞くつもりはなくても、この距離なら自然とジョーと俊の会話は聞こえてくる。
黙りこくっていた弥生が、ぽつり、と言う。
「十年前っていったら、昔の事件、なんだよね」
「当事者以外には、そうでしょうね」
弥生の肩が、びくり、と揺れる。
気にする様子もなく、亮は俊の朝食を並べだす。
「……私たち、ハイバにいたの」
ただよう香りでご飯が出来たとかぎつけて、こちらへ来かかった俊の足が、止まる。
「あの、爆破された小学校に、いたの」
細い声でそれだけいうと、弥生は部屋へと戻っていってしまう。シャワーを浴び終わった忍の脇をすり抜けて。
何も言えずに、俊はカウンターに腰掛ける。
「はよ」
「ん」
亮が並べ始めた朝食の前に、忍も腰掛ける。
「いただきまーす」
忍が食べはじめても、なんとなくサラダをつっついていた俊が、やがてぽつりと言う。
「悪いこと言っちまったかなぁ」
「仕方ないだろ、知らなかったものは」
「まぁな、でもさ」
ちろ、と亮を見上げる。
「知ってたんだろ?」
亮は、微かな笑みを浮かべる。
「起きてくる前から、張り付かれてたんですよ?止めようがないでしょう?」
正論だけに、俊は言う言葉がないが。忍はトーストをちぎりながら首を傾げる。
「でもま、自分から言ったってのは、なんにしろ、少々揺れてるってことかな」
「かもな」
頷いて、俊は朝食に向き直る。
「ま、やっちまったもんはしょーがないやな」
開き直ったらしい。勢いよく食べ始める。
忍と亮は、顔を見合わせて苦笑する。



久しぶりの買い物当番にあたった忍は、両手にスーパーの袋を下げたまま、少し高くなった空を見上げる。
「………」
軽く振り返って、自分の数歩後ろで不自然な格好のまま止まっている麗花に気付いて、まともに振り返る。
「なにやってんだ?」
声をかけられた麗花は、にんまりと笑って、両手に持った買い物袋を振りながら走り寄って来る。
「だってさ、だるまさんが転んだ、やってるみたいだったから」
「まぁな」
忍が振り返った方向を、麗花も見る。
「いなくなったみたいだねぇ、二人とも」
「ってことは、麗花もか」
「ん、街中に出てきてからずっと、つけられてた」
「なんか、仕掛けられたか?」
麗花は、大きく首を横に振る。
「なーんも、ただ、ついて来ただけ」
どちらからともなく、歩き出す。
「やっぱ、アレだよねぇ?」
「アレだろうな」
アレ、というのは、もちろん『第2遊撃隊』のことだ。それがわかったところで、どうにもなるわけではないので、気にしないことにする。亮には報告するし、そこから先は軍師の仕事だ。
「ね、忍、車だよね?」
「そうだけど……」
返事を返しながら、忍は麗花の抱え込んでる買い物に目をやる。
「なんか、エライ買い物だな」
「んふふふー、毛糸はかさばるからのう」
「はぁ?毛糸?」
思わず嫌そうに眉をしかめた忍を責められまい。そろそろ夏も終わろうかとう気候だとはいえ、まだまだ半袖で十分なのだから。
「何事も早いにこしたことはなくてよ」
なにやら意味深発言だが、毛糸と考えるだけで暑さ倍増なので、これ以上突っ込まないことにする。
「まぁ、なんでもいいけど、乗せてけってことだろ」
「よろしくぅ」
「オマケつけられてたりしないだろうな?」
オマケっていうのは、発信機のこと。尾行された後だ。
「忍こそ、大丈夫なの?」
「さぁな、車乗る前には、確認しないとな」
「んあー、面倒だなぁ、もう」
麗花は、心から嫌そうに頬を膨らませてみせる。
「そのうち、礼をさせてもらおうぜ」
「そりゃもう、ぎっちりがっちりばっちり、させてもらうわよ」
「ほら、一個持ってやるよ」
「さんきゅー」
忍は、麗花の手から買い物袋をヒトツ受け取ると、歩き出す。麗花も、その脇を軽い足取りでついていく。
消えたはずの二人が、反対の角から姿を現す。
「……わかったか?」
「さぁ……?あの時とは動きを変えているから……」
「狙ってやっているわけではないだろうが」
「あちらも、バカではない」
囁きあうように言葉を交わすと、彼らも人ごみの中へと消えていく。
もういちど、忍と麗花は振り返る。
麗花が思いっきり、あっかんべーをしてみせる。
「しつこいっつーの!」
「ひとまず手を出すな、が軍師命令だからなぁ」
忍もため息混じりに言う。これだけ明らかにつけられてるのに、なにも出来ないのは案外フラストレーションだ。
「ともかく、ホントに戻ろうぜ」
「そうね」
肩をすくめると、駐車場に向かって歩き出す。

忍たちの後をつけていた二人は、ガラス張りのカフェにちら、と視線を走らせて空中に小さなバツをかきながら歩き去る。
それを見届けて、弥生の目前の人物は不機嫌そうに肩をすくめる。
肩までの髪は、きれいに切りそろえられてて、ピンで軽く留めた前髪からのぞく顔はきりっとしている。
「期待はしてなかったけどね」
少々乱暴に自分のグラスをかきまわすと、融けかかった氷が涼しげな音を立てる。それを見つめながら、弥生がぽつり、と尋ねる。
「本気なの?本当に、やるつもりなの?」
「冗談で、こんなこと仕掛けるわけないでしょ」
はたから見れば、女の子同士の気楽なお茶といったところだろう。片方が俯きがちなのも、相談ごとならよくある話。
「総司令部にとっても悪い話じゃないし、私たちにとっては一石二鳥」
「気付いているわ、絶対」
「なにを?」
弥生は相手の鋭い眼光に、すくんだように口をつぐむ。が、思い直したように続ける。
「私のことを、よ」
「なにしに来たかってこと?」
「ええ」
「本当に気付いてるなら、とっくに追い出されてるよ」
「でも……」
「なにが気になるかは聞かないけど」
きっぱりとした口調で、弥生の目前の人物は言うと、立ち上がる。
「もう動き出してるっていうことを、忘れないで欲しいね」
「香奈」
「予想できることは、ちゃんと忠告したし、それでもやると言ったのは自分だろう」
冷たいともとれる口調で言い切ると、香奈、と呼ばれた彼女は決然と背を向ける。
弥生は、黙って自分のグラスを見つめる。もう、氷は半分くらい融けている。
わかっている。承知したのは自分だ。
いま、困惑してるそのことにぶち当たるだろうことは、予想できていた。わかりすぎるほど。
それでも、今の自分には、これしかなかった。
仕方のないことだった。
そう言い聞かせる反面、尋ね返す自分がいるのを、知っている。
本当に、これしかなかったの?と。
唇を噛みしめながら、グラスをかき混ぜる。いまの自分の気持ちと同じだ。
中途半端な色で、空回りしている。
弥生は、小さなため息を、ひとつつく。



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