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夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・6■



忍と麗花が家につくと、玄関先にメモが置いてあった。
『下にいます』
二人は顔を見合わせる。下、といえば総司令室しかない。ということは、だ。
「いよいよ、かな」
「だろうな」
下りていくと、全てが稼動してる部屋で俊がにやりとする。
「来たぜ」
「なにが?」
楽しそうな様子に苦笑しながら忍が尋ね返すと、ジョーがぼそりと答える。
「協力依頼、だ」
「はぁ?」
間の抜けた声を上げたのは、麗花。
「『第2遊撃隊』からでしょ?なんで協力依頼なわけ?」
「おおっぴらに仕掛けるわけにはいかないから、だろ」
「亮?」
全画面稼動のデータと向き合っていた亮が、振り返る。
にこり、と軍師な笑みを浮かべながら。
「協力要請の内容は、ファオル周辺を仕切っている武器裏取引組織の壊滅計画です」
「ファオル……?また、離れた場所だな」
「ハイバからは、近いわ」
須于の切り返しに、忍は軽く眉を上げる。
「『ハイバの惨劇』って、知ってる?」
五人とも、頷いてみせる。が、麗花が自信無さそうに付け加える。
「初等学校が、爆破されたんだよね……?親御さんがたくさん亡くなったってきいてるけど」
「最初は、初等学校に生徒を人質に立てこもりっていう事件だったんだ、それが犯人の指示どおりに子供を親たちが迎えに来たとたんに、校庭に仕掛けられてた弾薬が爆破」
俊が軽く説明する。
「犯人は、孤児で親がいる子供に、異様な嫉妬心があった……最初から、親を奪うことが目的の最悪の事件だった」
「総司令部は、動かなかったの?」
「大人しい犯人だったから、地元警察もその必要を感じなかったらしいな」
あまりにも凶悪で、残酷すぎて、誰も予測できなかった。そんな事件だった。
「事件のあった初等学校は閉鎖されたけど、残ってるのよ……残った武器とかが」
「徹底的に除去されるってのは、建前ってこと?」
麗花が不信そうに眉をよせる。
返事を返したのは、ジョーだ。
「違う、除去前に持ち去られてるから」
「孤児にはそれなりに補助が出るけど、自由にできるお金は少ないの」
須于が引き継ぐ。
「手っ取り早く大金を入手できる方法、というのはどこにでも存在するわ」
「孤児を使った武器の裏取引、だな」
「子供を押さえるのは簡単だけど、利用している人間を押さえるのは至難ってヤツ」
もちろん、その意味するところは麗花にもわかる。
「自分が表舞台に出なくていいことで……捕まる可能性を極限まで低めてるってわけね」
「潜入捜査も難しいだろうな」
「警察も頭を痛めてるところですから、『第2遊撃隊』が発案したこの計画、成功すれば評価は高いですね」
五人の視線が、亮に戻る。
「もちろん、勝算があるから提案したのでしょうけれど」
「やっぱ、潜入捜査だよな?どうして『第2遊撃隊』は潜入できたんだ?」
尋ねたのは、忍。
「最も簡単な方法は、最初から関わっていることですね」
「『ハイバの惨劇』の当事者なのよ、私たち」
いつもよりも少し高い声だけど、はっきりとした須于の声。総司令室の扉に現れた気配におかまいなく、続ける。
「目の前で親を殺されて……そして、施設に入ったわ……私と、弥生と……それから、『第2遊撃隊』にいる香奈」
そこまで言ってから、振り返る。
「そうでしょう?『第2遊撃隊』には、香奈がいるんでしょう?」
少し血の気の引いた顔の弥生は、ただ見つめ返すばかりだ。
「香奈なら、『最初から関わっている』ものね」
「どういうこと……?」
かすれた声が問い返す。
「香奈のお父さんのことは、知っているでしょう?」
「死んだわけではなかったこと……?眠ったままだけれど……」
「そうよ、お金が必要だった」
植物状態の人間を病院で看病してもらうには、すさまじいまでのお金がかかる。もちろん、その為の分は全て補助されていたが、少しでも起きる可能性がある治療を試そうとするのは、補助には含まれない。
ほんの微かだったとしても、起きる可能性があるのなら。
そう思うのが、人情だろう。
でも、そのためにはお金が必要で、そして、彼女たちは孤児だった。もしくは、孤児同然だった。
「手っ取り早く、大金を手に入れてたってわけか?」
俊の問いに、須于は頷く。
「誰かの命を奪うものを、取引してね」
「まさか、香奈が、そんな……」
弥生の血の気のひいたままの唇が、微かにわななく。
「だって、みんな、大キライじゃない、銃も、火薬も、みんな……」
「香奈は、そうじゃなかった」
きっぱりとした、一言。
「私は、この目で見たわ、銃を取引するところを」
目を大きく見開いたまま、弥生は須于を見つめる。
燃えるような瞳が、まっすぐにこちらを見つめ返している。それ以上はなにも言わないが、須于がなにを思ったのか、そして思っているのかは痛いほど伝わる。
滅多に怒ることの無い彼女の怒りは、あまりにも根深い。
ジョーは、黙ったまま少し、目を細める。なぜ、須于が銃をあれほど嫌悪していたのかが、わかったから。
全てを奪ったモノの象徴だったソレを扱う場である、軍隊に志願したか、も、同時に。
武器裏取引を取り締まるなら、警察よりも軍隊だ。
「だから、香奈は手がかりを持っていたのよ、最初から」
須于は、なにも言えないまま立ち尽くしている弥生に背をむける。
いまにも、張り裂けそうな顔をしているのは、須于も同じだ。忍も俊も麗花も、ジョーさえ、かける言葉がみつからない。
「白鳥香奈は『第2遊撃隊』の軍師です」
亮が、なんの感情もこもらない声で告げる。『第2遊撃隊』だけが『第3遊撃隊』を調べ上げるのはフェアじゃないという言葉どおり、調査済みなのだ。間違いなく、『第2遊撃隊』が、『第3遊撃隊』について調べ上げた以上に。
「『遊撃隊』であるからには、組織壊滅の勝算は疑う必要はありません」
言いながら亮は、中央のテーブルに広域地図を開く。
「目標地点はハイバ寄りのファオル郊外、ここになります」
すっと地図はズームされ、3D表示へと切り替わる。
目標となる建物が、その内部構造を含めて浮かび上がる。弥生は思わず、すごい、と呟いた。
その声を聞いた亮が、笑顔を向ける。
「近くで見ていいですよ」
弥生は、びく、としたような表情になったが、小さくため息をつくとおとなしく寄って来て、忍たちと一緒になって地図を覗き込む。
「『第2遊撃隊』が陽動隊を引き受け、ここで相手を引きつけます。その間に、ウチがこれらの地点から侵入、中央部で取り押さえるというのが、公式要請のオペレーション」
明確な侵入路を示しながら、亮は簡単な説明を終える。
「本当の目的は、ウチらを出し抜くことってのは確かなんだろ?」
「そうですね」
忍の質問を肯定するのを待って、俊が続ける。
「だとすればさ、陽動隊と見せかけて先に入るか、俺たちのルートになんかワナがあるかのどっちかってこと?」
「どちらかだなんて、ヌルイことはしないですよ」
「より確実に出し抜かなきゃねぇってことね」
麗花は苦笑する。
「もちろん、こちらの障害の方は『第2遊撃隊』が仕掛けるわけではなくて、当然、このルートから入ってくると予測している相手の方ですけどね」
「んで、俺らはどうするわけ?」
楽しそうに、忍が尋ねる。亮は微笑み返す。
「どうしたいですか?」
「そりゃやっぱり、いちばん気分いい結果にしないとな」
「そうそう、大人しく後つけさせてあげたりしたんだしさ」
「ナメたまねは二度としないと、叩き込んでやるのが親切だ」
ジョーでさえ言うのだから、こんな仕掛け方をされて、六人とも微笑んではいても、ものすごくムッとしているのだ。
亮の微笑みに、すごみが加わる。
「では、ワナを軽く突破して、出し抜いて差し上げるコースでよろしいでしょうか?」
「もっちろん」
「そう来なくちゃ!」
「さっすが亮」
弥生は、飲み込まれたようにその様子を見ていたが、はっとしたように口を開く。
「あのっ」
六人の視線が、一度に弥生の方を向く。
一瞬、躊躇したが、すぐに思い直したらしい。
「ぐ、軍師を」
先を促すかのように、六人とも黙っている。
「軍師を押さえれば、どうにでもなるって、香奈が」
「正しい判断だね」
さらり、と忍が言う。
「でも、もう無理だよ」
「え……?」
まだ、オペレーションが始まってもいないのに、もう、という意味がわからない。弥生は戸惑った表情で見つめ返す。
その顔つきを見て、俊が補足をしてみせる。
「その可能性まで計算に入ってるから、すでに」
「で、亮、どうするって?」
弥生からの情報は、そうたいしたことではなさそうな様子で、六人は地図の方に視線を戻してしまう。
「こちらからの仕掛け方で、相手の出方は決まります」
断定した口調で亮は告げる。それから、口元に自信しかない笑みを浮かべる。
「相手の出方がわかっていれば、かわすのは難しいことではありません」
そこから先は、弥生にはわからないコードになってしまう。
録音装置やそれに類するものを持っているわけではないので、もう、どちらの役に立つこともない。ただ、どうなるのか見守るだけだ。
聞きなれないコードは、どこか冷たい響きを持っているように思える。
わかっているのだろうか、自分たちが、なにをしようとしているのか。
ずっと一緒にいた友人と、下手をしたら戦うことにさえなる可能性があることに、気付いているのだろうか?
喫茶店で会った香奈も、いま、目前で軍師である亮の説明に聞き入っている須于も。
なにを考えているのか、少なくとも、弥生にはわからない。
わかっていることは、ひとつ。
このオペレーションがどういう結果に終わったとしても。
もう、どうにもならないだろう、ということ。
自分一人が、気付かなかっただけで。
二人とも、とっくに自分で見つけた自分の道を、歩み始めていたのだ。
ただ一人、気付いていなかっただけ。
目前の地図が、ゆらり、とゆれる。そのことに、はっとして顔を上げる。
慌てて、背を向ける。



『第2遊撃隊』と通じていると明確に確認されたあとも、追い出されるということも無く、オペレーション当日になる。
あれから、ずっと考えていた。
もう絶対に、取り戻しは出来ないのか、と。
そして、今朝、須于の部屋の扉の前に立っている。最後のチャンスだと思うから。
大きめに息を吸い、そして、扉をノックする。
が、返事はない。
弥生は首を傾げる。台所には、亮しかいなかった。忍は、素振りをしている。
だから、まだ、須于は部屋にいるはずだ。
もしかしたら、誰が立っているのかを察して、無視をしているのだろうか?
もう一度、ノックをする。
「須于……?」
声をかける。
が、返事はやはりない。
こうなったら、強引にでも話を聞いてもらおう。そう決めて、ドアノブに手をかける。
「?!」
鍵がかかっていないことの不思議に、いとも簡単に開いたことで気付く。
そして、部屋の様子が、おかしいことにも。
須于の部屋には、誰も、いなかった。



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