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夏の夜のLabyrinth
〜9th  木の葉の色が変わったら〜

■fallenleaf・7■



「『第3遊撃隊』が単独行動を容認しているとは、知らなかったな」
背後からの声に、須于は足を止める。
その気配に気付いてなかったわけではないが、目標に達するには通過するよりほかなかったのだ。
黙ったままの須于に、再度、背後の人物は声をかける。
「こちらは『第2遊撃隊』のオペレーション範囲だ。踏み込みは越権行為なんだろう?そう言ったのは、あんたたちが先だったと思うけどね」
そのくらいの皮肉も、予想の範囲内だ。別に痛くも痒くもない。
形だけ得物を向けられてはいるが、こちらが逆らうつもりはないと踏んでいるらしい。本気で構えてはいない。
そう判断すると、須于は、また歩き出す。
「待てよ」
今度は、明らかにむっとした声をあげる。
須于は、再度、足を止める。
「香奈に話があってきたの」
視線を、まっすぐに向ける。
「そこに、いるんでしょう?」
「オペレーション直前に話に来るなんて、『第3遊撃隊』って酔狂だね」
皮肉な声音で、香奈が姿を現す。
「私が酔狂なら、あなたは鉄面皮とでも言うべきかしらね」
須于の返事は涼やかなものだ。が、香奈の顔には余裕のある笑みが浮かぶ。
「なにが言いたいのかわからないけれど」
数人の気配が、須于の背後を固めるのがわかる。
「いまはオペレーションが優先、邪魔になる行為をする者は、いらない」
「オペレーション優先という意見には、賛成ですね」
不意に加わった別の声に、思わず行動がとまる。顔を上げなくても、須于にはわかる。亮だ。
「『第2遊撃隊』作戦領域への侵入に関しては、オペレーション終了後で構わないでしょう?」
顔を上げると、笑顔と目があう。
「須于、行きましょう」
おとなしく頷いて、亮の隣へと駆け上がる。このオペレーションが終了したら、きっと香奈が裏取引にかかわっていた事実はうやむやになってしまうだろう。
そうなる前に、はっきりさせたかった。だから、誰にも告げず先に来たのだが、亮が現れた以上、これ以上の単独行動は迷惑をかけることにしかならない。
立ち去る二人に、背後から香奈の声がかかる。
「案外、お人好しね」
大人しく引いた須于のことを言ったのか、それとも。はっとして顔を上げた須于に、亮はやはり、笑顔を向ける。
自信しかない、軍師な笑みを。
「大丈夫ですよ」
それが、なにに対してかはわからなかったけれど。
亮が大丈夫と言えば、絶対に大丈夫。
それだけは、信じられる。
「だから、配置へ急いでください」
「?!」
後ろからの複数の気配は、今度は本気だ。
弥生の台詞が、脳裏に蘇る。
『軍師を押さえれば、どうにでもなるって、香奈が』
間違いなく、狙われているのは亮だ。
援護しようとして、はっとする。
耳に入ってきたのは、通信網が起動する微かな音。大きく跳んだ亮の耳にも、それがかかっているのがわかる。いま、起動させたのは亮だ。
『須于、間に合わなくなるぜ』
どちらかといえば楽しそうな声で言ってきたのは忍。すぐに、ジョーの声もする。
『動き出せば、大丈夫だ』
『亮の体力が持つうちに、始めようぜ』
とは俊の台詞で、威勢良く言い放つのは麗花。
『ほら、カウントダウン!』
もう、須于も後ろは見ない。自分の配置位置に、滑り込むようにつく。
『3、2、1・・・Labyrinth、go!』
大きくはないけれど、よく通る声が飛び込む。
『Yeah!』
同時に、ジョーの狙い定めた銃声がコトの幕開けを告げる。
『第2遊撃隊』とて、バカではない。目前の味方を取り押さえるより優先事項があることくらいは、わかっている。
すぐに、本来のオペレーションに戻る。
陽動隊を担うだけあって、その行動開始は派手だ。
『ひょう、花火上がってるよう!』
軽口を叩いているのは麗花らしい。突入口を開くのは彼女の仕事ではないので、余裕があるのだろう。
くすり、と笑いながら亮は、いまさっきの運動でついたほこりを払う。
「えらく身軽だね」
つまらなさそうに香奈が言う。
「最低限の護身術は、軍師の必須科目に入っていたと思いますが?」
亮は、にこり、と微笑む。
「あなたの言うとおり、遊撃隊を封じ込めようと思ったら、先ずは軍師を押さえるのが肝要ですから、ね」
「あ、そ、余裕だね」
余裕だね、の方は亮の台詞に対して言ったのではない。オペレーションが開始したのに、通信機に片眼鏡形状の簡易モニターしか使っていないことの方だ。
そういう香奈は、ハンディタイプのモニターを開いている。作戦修正時の計算確認の為には、常識とされる装備だ。
が、亮は軽く肩をすくめる。
「その装備では、不便でしょうね」
「………?」
香奈は、不信そうな表情を向ける。
「ホストがいちばん速くて確実ですから」
先ほどから亮は、右耳にかかっているヘッドホンが気になるのか、ずっといじっている。そう思っていたが、違うと気付く。
いじっているのではなくて、キー入力しているのだ。装備しているのは、簡易通信装置ではない。簡易と見分けがつかないほど軽量化された、ホストと高速通信可能な超高性能品。
余裕をかましてるどころか、いまも刻々と動く戦況を反映した計算を続けて初期作戦からのズレをモニターし続けているのだ。しかも、高速計算可能なホストと連携して。
しかも、亮は片眼鏡サイズのモニターで計算結果に追随できているらしい。
香奈の背筋が、ぞくり、とする。
亮の手が止まる。
なにか通信が入ったのだと、香奈にもわかる。
もういちど香奈の方を見た亮の笑みは、さきほどまでの穏やかなものとは打って変わっている。
冷酷な残酷ささえ、感じさせる自信に満ちた笑み。
端正な、としかいいようのない顔の、形のいい口元が動く。
「お先に」
ぎくり、として画面に目を戻す。
相手の配置が予想外になった形跡はないのに、第3遊撃隊は内部侵入に成功していた。しかも、予測時間よりもずっと早くに。
『第2遊撃隊』侵入成功以前に。
もちろん、先に潜入した方に戦力は集中しがちだから、『第2遊撃隊』の突入も予定よりも容易になる。が、その配置も、大きく異なってしまっている。
香奈は、すぐに進攻路変更をかけ始める。このまま進んでは、ロスが多すぎる。
が、『第3遊撃隊』のかける揺さ振りが速すぎる。修正をかけてもかけても、追いつかない。
こんなことは、初めてだ。
自分の思考が、戦況に追いつかないなんて。
「どうしました?」
感情のこもらない声が、冷や水のように聞こえる。
「このままでは『Stranger』は機能停止ですよ」
修正をかける手がとまる。
目の前にいる天使のように綺麗な者が、悪魔の気がする。
知っている。
遊撃隊構成員と、総司令官しか知らないはずのコード名を。『第2遊撃隊』のコードが『Stranger』だということを。
『第2遊撃隊』のメンツからの戦況報告が入っているはずなのに、うまく耳に入ってこない。
『第3遊撃隊』軍師は、こちらを見ようとはしない。相変わらず、通信機のついた耳に手をかけたまま立っている。
飛ばしているのは指示だけではないようだ。無駄口でも叩いているのか、おかしそうに肩をすくめる。
「いまなら、間に合いますよ」
「え……?」
『お先に』と言った時と同じ表情が、こちらを向く。
「『指揮権委譲』」
「!」
かっと血が上るのがわかる。『指揮権委譲』は、軍師にとって最悪の屈辱だ。
己の手には余ると、認める行為だから。
だが、このままでは。
またも、『第2遊撃隊』が足を引張ったと言われても文句は言えない。
機能停止したら、屈辱とかそういう問題ではなくなる。
唇を噛み締める。
『ちょっとさー、私らの方に多く来過ぎてる気がするんだけど』
麗花の不満そうな声が亮の耳に入る。すぐに俊が呼応した。
『だよな、動いてるのかよ、ちゃんと』
もちろん、『第2遊撃隊』のことだ。
なにか皆に告げていた香奈が、完全に血の気の引いた顔をこちらに向ける。
「委譲するよ」
亮は微かに口元に笑みを浮かべると、ご不満な様子の『第3遊撃隊』に告げる。
『これから、動かしますよ』
『どゆこと?』
『作戦終了時までは、余計なコトは言わない方がいいですよ、丸聞こえになりますから』
不思議そうに聞き返した麗花に、直接の返事はせずに忠告だけをする。
次の瞬間、通信網に別の周波が加わったことに気付く。と同時に入ってきたのは、『第2遊撃隊』に指示をする亮の声。
最後の侵入路でジョーと忍は顔を合わせる。
タイミングをはかる前に、ジョーが通信機のマイクを上げて、ぼそりと言う。
「なにを敵に回そうとしているのかという自覚は、必要だな」
「亮は、このテには容赦ないから」
忍もマイクを上げて応じてから、二人して、にやり、と笑う。
マイクを戻して構え直す。
『仕上げ、行くぜ!』
そして、武器裏取引組織は壊滅した。

亮のよく通る声が聞こえる。
『作戦終了』
香奈は、自分の体が冷や汗でぐっしょりとなっていることに、初めて気付く。
が、収まったはずのそれが、またも額につ、と流れる。
離れ気味に立っていたはずの亮が、目前に来て、しかも『指揮権委譲』を口にしたときと同じ笑みを浮かべている。
『事後処理開始』
同時に、香奈の背後に気配が現れる。
首筋に、冷たいモノがあたっている。両刃の剣だ。
まず入ったのは、男の声。
『いっちょ上がり』
『押さえた』
『こっちも押さえたわ』
その声が須于であることは、香奈にもわかる。
『はいな、こっちも上がり』
どちらかというと、楽しんでいるとしか思えない声だ。
最後に、香奈の背後の人が声を発する。
『俺も、押さえたよ』
亮は軽く頷いてみせると、どこかへと連絡を入れる。断片的な声が、香奈にも聞こえる。
「データは消す前に押さえたので、組織全面押さえられるはずです」
その台詞で、総司令官へ連絡をつけてることと、自分がやろうとしてやれなかったことまで、やってのけられたことがわかる。
連絡を終えた亮が、こちらに向き直る頃には『第2遊撃隊』のメンツも戻ってきていた。『第3遊撃隊』にハングアップされて。
「ケガ、ないか?」
香奈に得物を向けている人が、亮に声をかける。
「行動開始タイミングがよかったですから」
「ねぇ、縛っちゃっていい?得物向けてるの、疲れるしさ」
ナイフを二人に向けている彼女が、めんどくさそうに軽くふる。つきつけられてる方は、鼻っ柱にあたりそうになって慌ててのけぞった。
「話を、済ませましょう」
亮は、まったく迷わずにジョーが銃を向けている人物に向けす。
彼は、亮が自分の方を向いた意味を正確に悟ったらしい。少々ふてくされた顔だったのを、苦笑に変えて両手を上げす。
「完敗だ」
が、『第3遊撃隊』の方が口を開こうとしないのを見て取ると、さらに続ける。
「常に陽動隊でしかないというのが、俺たちにとっては歯痒かった……証明したかったんだ、俺たちだって出来るってさ」
こくり、と周囲の者も頷く。
「今回のコトに関しては、自分らが有利だし?」
飽きれた口調で俊が尋ね返すと、少々決まり悪そうだったが、頷く。
麗花に押さえられてる方の一人が、続けて口を開く。
「他はともかくとしてさ、本隊出動だったのが、陽動隊に切り替えられたときのは納得できなかったし」
再度、ジョーが抑えている人物が引き取る。
「でも、こういう結果になったからには、覚悟はしてる」
『第3遊撃隊』が誰からともなく顔を見合わせる。忍が、亮が最初に話しかけた、ようするに『第2遊撃隊』のリーダーである人物を見す。
「年末の件に関しては、ワケありとは言っても横入りするような真似して悪かったとは思ってる、それに、コトを荒立てたいわけでもないしさ」
「でもさ、こんなやり口は納得できないよね、こっちだって」
麗花が頬を膨らませる。
「でもま、気は済んだだろ?」
忍が微笑むと、麗花はまたナイフを軽く振る。
慌てて避けながら、先ほどの彼が困った声をあげる。
「だから、悪かったって」
麗花と俊は、吹き出しそうになるのをかろうじて堪える。ジョーも、ぷいとそっぽを向いたところを見ると、おかしかったらしい。
「今回の件に関しては、共同作戦だったという報告をするつもりです」
亮の静かな声に、忍達も表情を引き締めなおす。
「ただし、二度目は容赦しませんから」
「わかった」
どうやら、警察が来たらしい。大勢が近づいてくる音がする。
「警察の対応は、お願いします」
忍以外が、得物を降ろす。
『第2遊撃隊』のリーダーは、戸惑った表情で、得物をつきつけられたまま黙りこくっている香奈を見る。
「申し訳ありませんが、もう少し、軍師殿だけお借りします」
この状況で逆らうことは不可能なので、大人しく『第2遊撃隊』のメンツは警察に対応する為に去る。
「さてと」
あらぬ方に視線をやったのは、麗花だ。
「出て来ていいよ、弥生ちゃん」
と、同時に影に隠れていたらしい弥生が、姿を現す。



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