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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・10■



雪華が、再び麗花の前に姿を現したのは、一週間後のことだ。
『緋闇石』である朔哉に疑いを抱かせないよう、細心の注意を払っているのだろう。想っているはずの人間を欺くのだ。たとえ『何か』に操られているとしたって、痛くないわけはない。なのに、やってのける。
まるで亮みたいだ、と思ったら、少しおかしくなる。
顔を合わせたなり、妙ににやりとするものだから、雪華は目を細める。
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」
慌てて笑いを収める。
実際のところ、無駄に時間を使っているヒマはない。雪華はすぐに本題に入る。
「で、どうよ?」
「うん、それなんだけど」
麗花は、自分の端末を立ち上げながら、軽く肩をすくめる。
「ヘタにやると、光樹兄に見つかりそうだから、あの日から日記つけ始めた」
間違いなく、光樹は麗花が無謀なことをしてのけないように、あらゆる場所から監視しているはずだ。もちろん、ネットワークも。
「あとは、あたりさわりないネットサーフィンとさ」
「上出来」
雪華はにこり、と微笑む。
麗花だって、ダテに亮の仕事ぶりを見ているわけではない。
セキュリティが存在しないも同然の者にかかったら、どんなに注意を払ってもムダなのだ。だとすれば、情報が漏れるようなマネはしないに限る。でも、下準備は必要。
パスをいれて立ち上げてから、雪華に席を譲る。
雪華は、とてもじゃないが麗花にはついていけない速度でキーボードを叩いていく。
画面はあたりさわりの無いものから裏画面らしきモノになり、それがキーボードに入力される速度と一緒のスピードで切り替わる。
「ふうぅん、兄さんも少しは賢くなったわね」
はじき出されてきたデータを見て、雪華は楽しそうに微笑む。
その様子を見ながら、麗花はふと、首を傾げる。
一週間前に『緋闇石』が動いたことを、リスティア総司令部は把握しているだろうか?誰かが暗殺されたという報告は入らなかった。
「ねぇ、雪華」
紫鳳城に張り巡らされているネットワークセキュリティを破っているのだろうが、それをやりながらの会話くらいは、朝飯前のはずだ。
「なに?」
「こないだのって、結局?」
「失敗したみたいね、すごく不機嫌だった」
やはりそうだ。『緋闇石』は暗殺に失敗した。いままで、そんなことはなかったのに。
あの『緋闇石』が暗殺に失敗する相手が、いるとすれば。
そこまで考えた時だ。
雪華が、狼狽した呟きをもらす。
「どういう、こと?」
麗花も、後ろから画面をのぞき込む。
画面には、雪華の意図しないメッセージが飛び込んできている。
文法も綴りも完璧なアファルイオ語で、『アファルイオ特殊部隊長 周雪華殿』。
驚いてるのは、自分宛てのメッセージがあったからではないはずだ。
「セキュリティ、どこまで貫けたの?」
「まだ、紫鳳城のも貫けてない」
それを聞いた麗花は、かろうじて吹き出すのを我慢する。
亮がやってのけたに決まってる。麗花の端末でセキュリティブレイクしようとしたら、このメッセージが届くように仕掛けたのだ。アファルイオのセキュリティも、紫鳳城の特殊に高度なセキュリティも何もないかのようにクリアして。
少々笑いを含んだままの声で、促す。
「ひとまず、メッセージの中身見てみようよ」
雪華は不審そうな表情のまま、続きを開く。
『迷宮』という少々謎めいた自称を用いている以外は、いたって真面目な内容だ。
朔哉を操っているのは『緋闇石』という旧文明産物であること。『緋闇石』は最も危険な旧文明産物であること。事例として、リマルト公国に出現した時の影響に関して、専門用語を交えた詳細な解説。
そして、『緋闇石』を消す為の協力要請。
具体的な作戦は示されていないが、亮にしては随分思いきった情報公開だ。
それだけ本気で、『緋闇石』を消すつもりなのだろう。
それから、多分。
雪華が、麗花の幼馴染みだからだ。
口にはしなかったけれど、麗花が心から信頼していると察してくれたからだ。
「リスティア軍には」
雪華が、ぽつり、と口を開く。
「小人数の精鋭特殊部隊が組織されてるはずだわ」
視線が、モニターから麗花へと移る。
「リマルト公国の件のみならず、アーマノイド反乱でも決定的な働きをしたのは、その特殊部隊だといわれてる」
「そうみたいね」
マスコミの注目もある。リスティアにいて、小人数部隊の存在を知らないのは返っておかしいと思われる。
「どうやら私、その特殊部隊から、随分と見込まれたみたいね」
感情のこもらない声で言うと、モニターに向き直る。
「というより、随分と麗花が信頼されてるって言ったほうがいいのかもしれないけど」
うまい返事が思いつかなかったので、麗花は黙っておく。雪華は、軽やかにキーボードを叩き始める。
「組んだら、おもしろそうな連中だね」
「じゃあ?」
「『緋闇石』に関しては迷宮の方がスペシャリストだしね」
必要な入力は終わったのだろう、雪華は立ち上がる。
振り返った顔には、なんの表情もない。
「陛下が来るよ」
それだけ言うと、彼女の姿は消える。
入れ替わるように足音がして、雪華の言葉どおり顕哉が現れる。
麗花は、口を尖らせてみせる。
「ヒマ」
顕哉は、少々困り顔になる。
「そう言うなよ、祭主公主が動かないとどうにもならん」
「そりゃ、わかってるけど」
むうと頬が膨れるのを見て、慌てて付け加える。
「退屈で窮屈なのはわかってるが、抜け出すなよ、あっちもソレを待ってるんだから」
「はいはい、わかってますよーだ」
舌を思いっきり出すという姫君にはあるまじき顔をして見せた後、相変わらず不機嫌な顔つきで椅子にどっかりと座る。
顕哉は、じゃじゃ馬の妹をなだめる台詞が思いつかないらしく、立ち尽くしたままだ。
もう三週間も、麗花は城内で大人しくしている。彼女にしては奇蹟ともいうべき快挙であることは、顕哉はよくわかっている。だが、安全を考えたら飛び出してもらうのは絶対に困る。
「……愛玉が食べたい」
「え?」
「今晩のデザートは、愛玉がいい」
むすっと明後日の方向を向いたまま、麗花が言う。
愛玉というのは、アファルイオ屋台名物のぷるぷる食感のデザートだ。ハチミツとレモン汁を少々かけるのが一番美味しいと評判だったりする。
が、屋台名物ということは、庶民の食べ物で王宮にはお目見えしないということで。
侍女を一人、屋台へ買いに走らせねばなるまい。が、それで麗花が大人しくしていてくれるなら、安いモノだ。
「わかった、愛玉にするから」
「ホントは、外で食べるのが美味しいんだけどねー」
「二つ買って来てやるからっ」
「三つ」
「……太るぞ」
麗花は、横目でじろりと睨みつける。
「わかりました、三つ買って参ります」
「わかればイイのよ」
「買ってくるから、大人しくしてろよ」
「はぁぁい」
一国を統べる主も、妹にかかっては形無しだ。顕哉は、背を向けてから小さくため息をヒトツつく。
顕哉の姿が見えなくなってから、麗花はコンピュータに向かい直す。
もう、画面のどこにも亮からのメッセージの痕跡はない。プログラム自体を雪華が消し去っているだろう。
盛大なため息をつきながら、画面をつっついてみる。
そんなことしたって、なんにもならないのだが。
「……皆で愛玉食べたいなぁ」
アファルイオのそこら中に、首都であるレパナだって下町に行けば屋台街は山ほどある。びっくりするくらいの種類の中華まん、ちまきにラーメン、お粥に串焼き。
デザートだって、たくさんだ。揚げたてのゴマ団子を頬張るのは幸せだし、愛玉は絶対はずせない。
忍たちは大喜びするに決まってる。
そこまで考えて、はっとする。
メッセージが来てるのをみて、すっかり忘れていたけれど。
初めて暗殺に失敗した『緋闇石』。行っていた場所は、絶対に。
雪華はあの時、誰かを殺りに行ったのは確か、と言った。失敗はしたらしいけれど。
亮からのメッセージから察しられたのは、しばらくは動けまいということ。だとすれば、なにかはしたのではないだろうか?
それとも『第3遊撃隊』が一方的に押したのだろうか?
わからない。
離れてるって、こういうことなんだ、と思う。
あまりにも、遠い。
「う〜」
両頬を思いっきりひっぱたく。
「しっかりしろっ」
自分で選んできたのだ。亮が直に連絡を取ってこないのは、そうしなくても麗花なら間違いないと思っているからだと、わかってる。
忍も、須于も、皆が「待って」てくれる。
弱気や不安は禁物だ。それこそ『緋闇石』のエサにして下さいというようなモノだ。
にやり、と笑ってみる。
そう、大丈夫。



自分たちの家にある総司令室よりも無機質に見える国立病院地下のそれは、やはり旧文明産物なのだろう。それを全く気にする様子もなく使いこなす亮は、さすがとしか言いようがない。
ただ、腹部にケガをしているせいで浴衣に上着を羽織ってはいるのだが、麗花がこの場にいれば、「美人はなに着ても似合っちゃうわねー」とか言うところだ。
順調過ぎるほどに、亮は早い回復をみせている。まだ一週間しかたっていないのに、あと二日もすれば抜糸出来るというのだから。
たしかに顔色もいいし、やつれ具合もそう酷くない。もう、こうして病院内は自由に歩き回っているし、仕事もこなしている。
忍たちの気配に、振り返った顔は軍師そのものだ。
「周雪華と連絡がつきましたよ」
にこり、と微笑む。
笑顔が、こちらの思惑通りだと告げる。
「じゃ、組むんだな?」
「『緋闇石』誘い出しに関して、全面的に協力すると」
「よっしゃ」
忍と俊が、ぱんっと手を打ち合う。須于も笑みを浮かべる。
「麗花も元気ってことよね」
麗花の端末からしか確認できないよう、亮が仕掛けたというコトは聞いている。
「ええ、元気そうですよ」
少々、奇妙な笑みが亮の顔に浮かぶ。
「どうかしたか?」
「周雪華のイタズラでしょうね、麗花の日記が流れてきました」
「で、なんだって?」
「愛玉三つ食べた、だそうですので」
食べ物のことが日記になってしまうあたり、麗花らしいというかなんというか。須于が、片頬に手をあてながら、首を傾げる。
「愛玉って、屋台名物のお菓子じゃなかったかしら?ハチミツをかけると美味しいって聞いたことあるわ」
「買いに行かせたな」
ぼそりと言うジョーに、忍が苦笑しながら付け加える。
「しかも、三つ」
確かに、元気に違いない。ただし、相当不機嫌だ。甘いモノを大食いしてる時の麗花は要注意なのだから。
俊が笑う。
「こりゃ早めに連絡してやらないと、お兄様大変だよ」
「祭主公主を、どうやって誘い出す?」
忍が問う。亮は、軍師な笑みを浮かべる。
「ただ誘い出すだけでは、『緋闇石』は動きません」
「どういうことだ?」
俊が戸惑った表情になる。祭主公主を動かせば『緋闇石』も動くと言ったのは亮だ。
「『崩壊戦争』の時に『緋闇石』が最終兵器と呼ばれるほどの絶大な力を持ったのは、『Aqua』全体が動揺していたからです」
精神コントロールから解放されて急に思考の自由を与えられた動揺、そして今までの基盤の全てが崩れ去っていく未曾有の破壊。
人々は、想像を絶するような不安の中にいた。
『緋闇石』はその『不安』全てを取り込んだのだ。
「今は、そんな力はどこにも存在しません」
「じゃあ、消すチャンスじゃないか?」
「ええ、目前まで引きずり出すことが出来れば、です」
なるほど、不利と思えば姿を隠してしまうことが出来る。
「チャンスがあると、『緋闇石』に思わせるだけの力を与えます」
それは危険な賭けだ。与える力が大きくなりすぎれば、この前の二の舞ではすまない。
だが『緋闇石』を確実に消そうと思ったら、自分たちの目前に引きずり出すしかない。
亮は、賭けに出ると決めたのだ。
『第3遊撃隊』の軍師が、そう決めたのなら忍たちは従うだけだ。
力を与えるという、亮の言いたい意味はわかる。
『緋闇石』が出てくるよう仕向けるには、祭主公主とその取り巻きたちだけの動揺では足りない。
「アファルイオを動揺させるのか」
亮の口元に、酷薄な笑みが浮かぶ。
「国王の連続死による死の恐怖が、国の巫女たる祭主公主によるモノだと知ったら?」
それを拠所にしている迷信深い国民は、大きく動揺するに違いない。祭主公主自身の感情も大きく動くはずだ。
『緋闇石』は間違いなく、誘い出される。
「消せるか?」
「消します」
笑みが消え、まっすぐな視線が四人をみつめる。
「チャンスは、一度です」
生か、死か。
待っているのは、たったヒトツの結末。



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