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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・9■



翌日、検査の為に国立病院に行ったジョーが、亮が酸素吸入をしなくてもよくなったというニュースをもって帰った時には、素直にみんな喜んだ。
さらに翌日、消毒がてら亮の見舞いに行った忍の顔が引きつる。
亮は立ち上がってこそいなかったが、起き上がっていたのだ。忍の姿を見ると、にこり、と微笑む。
「仲文の許可はもらっていますよ」
そう聞いても、相変わらず忍は渋面のままだ。亮なら強引に許可を取り兼ねない。『緋闇石』が蠢いている限り、コトは終わっていないのだから。
少々困った笑顔になった亮は、周囲を指してみせる。
「ウソじゃないですよ、仕事はしてないですから」
なるほど、確かに携帯端末らしいモノはどこにもない。それだけ回復したから起き上がっているということらしい。
「なら、イイけどな」
忍も、やっと笑顔になる。
亮は肩をすくめてぼやいてみせる。
「そろそろ麗花から連絡があってもイイ頃なので、仕事させてもらえると嬉しいんですけど」
「麗花から?」
知る限りは、亮は麗花にこちらへの連絡方法は言ってなかった。アファルイオの国情を考えたら、特に紫鳳城からの情報流出には神経を尖らせているはずだ。そうそう簡単には連絡など取れないはず。
「もちろん、こちらから拾いに行くんですけどね」
「あ、なるほど」
亮にとっては、セキュリティなどないと同然だ。それはよくわかってるけど。
「なんで、そろそろ、なんだ?」
「『緋闇石』を誰が持っているかは、忍にもわかったでしょう?」
「風騎将軍」
忍の表情が曇る。
「周雪華も、奇蹟が起こったわけではないということを確信したはずです」
「目前にいるのは、もはや風騎将軍ではないということを、か」
頷いてみせてから、尋ねる。
「たった一人、心から想っている者を『何か』に奪われたとしたら、どうします?」
「『何か』を消すことを考える」
「そして、罠とわかっているはずなのに、のこのこ戻ってきた幼馴染みがいる」
「……別口で『何か』を消そうとしているのがいると、気付く?」
「麗花が言う通りの頭脳の持ち主なら」
浮かんだ笑みは、軍師なとしか表現できないそれだ。
「確実に『何か』を消す方法を選ぶはずです」
「俺たちと手を結ぶかな?」
同じ目的で動いているとは気付くだろうが、雪華からすれば、こちらは正体不明だ。
「少なくとも、麗花がいます」
麗花が参加しているということは、アファルイオ国王側に不利な行動は取らないはず。
「リスティア総司令部が関わっていることは、確信しているでしょう」
「俺たちと手を組もうと思ったら、麗花と会う、か」
「情報交換するでしょうね」
「麗花と連絡をとって、どうする気だ?」
「『緋闇石』を誘い出す時期を決めます」
「誘い出す?そんなこと、出来るのか?」
亮は笑みを少し大きくする。
「祭主公主を動かせばいいんです」
そういうことなら、周雪華ならどうとでもやってのけるだろう。ただし、それはこちらの思惑通りに『緋闇石』が動いたとしての話だ。
「でもさ、周雪華に『緋闇石』を抑えることは出来ないだろ?」
『緋闇石』に関しては、ついて回るくらいしか彼女には出来ないはず。今回のように、『緋闇石』に瞬間移動されたらついて行くことすら不可能になる。もし、勝手に動き出されたら、どうにもならない。
「しばらく『緋闇石』は派手な動きはできないですよ」
「総司令官も、『緋闇石』は弱ってるって言ってはいたけど……?」
「確実に『紅侵軍』の時よりも弱体化しています、『崩壊戦争』の時とは比べ物になりません」
『崩壊戦争』という単語を耳にした忍の表情が微かに凍る。真紅の夢の正体を、いまは知っている。
あの戦争で死んでいった、自分たち。
最後に血まみれの手で差し出されたのは、蒼とも碧とも表現しがたい色の石。差し出した手が血に染まっていたのは、自ら体内にあるそれを取り出したから。
だから、自分の手で龍牙を抜いて差し出した亮の手が痛かった。
他はわからないけれど、それだけはわかった。
亮の顔の軍師な笑みの中に、微かに痛みを知るそれが混じって消える。が、そのことには触れずに続きを口にする。
「生きている人間に寄生出来なくなってますし、今回の件では瞬間移動した上に二回も焔を発しています」
弱っているのに、かなりのエネルギーを使ったということだ。
「それに、瞬間移動してまで消しに来たというコトは」
「まだ有効と教えたようなもんだ」
「そういうことです」
忍は、ポケットにつっこんできた石を、取り出す。
「でも、どうやって動くんだ?」
『崩壊戦争』の記録を、おそらく読み尽くしたのであろう総司令官が『ほとんど記録に残っていない』と言ったモノだ。有効だし、稼動はするのだと思うけれど。
「いいですか?」
亮が差し出してきた手に、石を乗せる。
「僕も、自分の動力源だったことと、取り出さなくては『緋闇石』は止められなかったということしか覚えていないんですけど」
淡淡とした口調だ。
「記録から考えると、龍牙と同じ原理だと思うんです」
石を両手で挟みこんで、静かに瞼を閉じる。
祈るような手が緩やかになにかを包み込むカタチになり、その手がゆっくりと離れる。
淡い光を抱きながら石は、亮の手の中央に浮いていた。
「あ……」
丸く光を帯びたそれは、蒼と碧を緩やかに浮かび上がらせている。思わず声を上げたのは、見たことがあると思ったからだ。
多分、あるのだろう。『崩壊戦争』の最後に。
亮も、瞼を開けて自分の手の中の石を見る。
が、そこまでで石は、ぽとりとシーツの上に落ちる。
小さなため息をついてから、亮は起こしてあるベッドに寄りかかる。顔色がさっきよりも悪い。
いつもの口調で仕事の話をされたので失念してたが、亮はやっと起き上がれるようになったばかりだったのだ。
「……悪い」
亮は苦笑を浮かべる。
「忍が謝らなくていいですよ、動くことを確認したかったのは僕なんですから」
「そういうことにしとくから、今日はここまでにしてくれ」
「ヒトツだけ、頼みをきいてもらえたら」
忍と亮の視線が、まっすぐに合う。
負けたのは、忍の方だ。目に見えて肩が落ちる。
「明後日、携帯端末持って来る」
そうしなくては、亮は抜け出してどこに行くかわかったモノではない。
にっこり、と笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます」
それには返事を返さずに、手を出す。
亮は、おとなしく蒼とも碧ともつかない石を忍へと返す。ヘタに亮に持たせておくと、練習なんてされそうで安眠できそうにない。と思っていたら、亮も同じコトを考えていたらしい。
「忍も、龍牙を握るのは、しばらくやめておいて下さいよ」
「ああ」
忍はポケットに石をつっこみなおす。
「じゃな」
扉に向かおうとした忍の背に、少々戸惑い気味の声が届く。
「あの……」
振り返った先には、先ほどまでの仕事仕様とは似ても似つかない、困ったような表情がある。
「俊たちに、その……心配をおかけしてすみませんと……」
「伝えとくよ」
笑顔で答えると、病室を後にする。



家に帰ると、なぜか居間に俊とジョーと須于がいる。
「亮は?」
須于が、心配そうに首を傾げる。
「ああ、まだ歩けないけど起き上がれるようになってたよ」
なるほど、亮の容態を心配してたのかと忍は納得しかかったのだが。瞬間、心配そうだった三人の顔つきが変わる。
「ほほう、随分と順調に回復してるねぇ?」
とは横目になったのは俊で、困り顔になったのは須于。
「亮ってホント、気力あるわね」
「なんの為に、そんな急いで直ろうとしてるんだろな?」
ジョーが、手にしてた煙草をもみ消す。
なにやら、不穏な雰囲気だ。
『緋闇石』を消す為だろう、とはなぜか言わないほうがいい気がして、忍は口をつぐんだまま三人を見る。
「忍のケガは、どうなの?」
にこり、と須于が笑顔になる。
あんまり穏やかな笑みには見えないが、ひとまず素直に返事を返す。
「ああ、明後日には抜糸できるって……」
「ふぅん、抜糸ってたいがい一週間はかかるよな」
「最低でな」
俊の台詞に、ジョーが頷く。須于の笑みが、大きくなる。
「あら、忍も気力の人なのね」
そこまで言われれば、三人が何を言いたいのかは察しがつく。
当日にツッコまれなかったので、怒られずに済みそうだと安心してたが甘かったらしい。忍の視線が明後日の方向に漂う。
「俺、体力には自信あるけどな」
「あ、そう?」
「そうそう、四歳の頃から剣道場通ってるから」
須于が立ち上がる。
「お茶、いれるわね」
「ひとまず、座ったらどうだ?」
ジョーがぼそり、と言いながら、立ち上がる。
「俺がコーヒー煎れてやる」
こう言われてしまうと、逃げようがない。忍は、大人しく腰を降ろす。
「グアテマラがいいな」
「あ、俺も」
「私、ブレンドがいいな」
座り直した須于が、にこり、と笑う。
好きなことに関しては、マメな方らしいジョーはコーヒーを煎れるのも上手い。
お茶に関しては亮だが、コーヒーに詳しくなったのはジョーのお蔭だ。施設の所長が好きだったらしい。子供にクラシカルな映画を見せたりコーヒーを教えたり、なかなか渋好みといえるが。
それはともかく、須于がブレンドを頼んだというコトは。
忍と俊は、ジョーと須于を見比べる。
「……俺もブレンド」
「俺もブレンドがいいなー」
「口に合わなくても知らんぞ」
そう言われて、予測は確信に変わる。好き高じて、どうやらジョーが自分で豆を混ぜたらしい。
「俺もジョーのブレンド飲んでみたいなぁ」
「味見させてもらったこと無いなぁ」
こういうことにかけては、息の合い方は絶妙としか言いようがない。このままでは、話がそれたままうやむやになるのが目に見えている。
「わかった」
ジョーが、ぼそ、と言う。少々、声が照れている。
「おお、お許しが出たぞ」
「ありがたや」
挽きはじめた豆の香りが、部屋を包み込むのに時間はかからない。
やがて、香りのいいコーヒーが入って、皆がテーブルの周りに揃って。優雅な雰囲気だが、実のところはそうではない。
「さて、と?」
俊が、仕切り直しの声を上げる。忍は左手で待てポーズをしながら、右手でカップを持つ。
「最初くらい、味わわせてくれよ」
「最初だけだからな」
釘を刺されて、とほほな顔つきになってしまう忍だが、コーヒーを口にしたら顔つきが変わる。
「あ、ウマい」
「え?マジで?」
仕切り直ししたのは自分だというのを忘れて、俊もカップを手にする。
「ホントだ、ウマい」
「いい豆を置いてる店を、亮が教えてくれた」
ジョーも、自分のカップを手にしながら言う。
「ふうん」
なんとなく殺伐とした話題にして台無しにしてしまうのがもったいない気がして、コーヒーを味わう静かな時間が流れていく。
「亮って、なんでも知ってるのね」
カップ半分くらいが空いたところで、須于がぽつり、と呟くように言う。カップを抱え込むようにして、視線を少し下に落とす。
「それに、亮って、ものすごく優しいわよね、そんな素振り見せもしないけど……私たちが傷つかないように細心の注意を払ってくれてるもの」
「だけど、少しでも、危険の可能性があるのなら俺たちにも言ってくれ」
俊はカップをテーブルに置く。
「事情とか理由はいらないから」
知っていてさえ、死の危険を覚悟するのは難しいと思う。まして、知らないとなれば。
でも、俊は知らなくていいと言う。
「手遅れだったという思いは、させないでくれ」
危険があるとわかっていて、三人は忍たちのところへと走った。
口惜しかったのは、『緋闇石』に不意をつかれたことよりも。
「悪かった」
忍は、素直に頭を下げる。
危険から三人を遠ざけようとしたわけではない。『緋闇石』が狙うかもしれないという可能性に思い至らなかったのは、亮に珍しく余裕がなかったからだろう。
でも、結果的には俊たちに歯噛みする思いをさせたことには変わりない。
頭を下げながら、亮がなぜ、「すみません」と伝言したのか気付く。亮も気付いていたのだ、自分がなにをしたのかを。
それから、もうヒトツわかったことがある。
あの真紅の夢の中で、なぜ死んでいった自分たちが笑みを浮かべていたのか。
死ぬと知っていた。でもそれは、納得の上の死だったことを。
顔を上げた忍の顔に、もう笑顔が浮かんでるのを見て、俊が眉を寄せる。
「本当に、反省してるかぁ?」
「してるって、俺も亮も」
「亮も?」
須于が、首を傾げる。
「うん、亮から伝言、『心配をおかけしてすみません』って」
「なるほど、で?」
ジョーが、さらに問う。今度は忍が首を傾げる。
「え?」
「軍師殿からの伝言も、あったんだろ?」
意識を取り戻した亮が、なにも考えていないわけが無い。忍の顔にも笑みが浮かぶ。
「明後日、携帯端末を持ってくことになってる」
「相変わらず無茶するなァ」
俊が、困ったもんだと肩をすくめる。
「麗花と連絡つけるんだよ」
忍の台詞に、須于もジョーも、俊も真顔になる。
「麗花と?」
「そう、今度は俺たちの方から『緋闇石』を誘い出してやるって寸法」



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