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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・12■



「うっわー、むっちゃ派手!」
真っ先に声を上げたのは俊。ジョーにいたっては、コメントもしたくないという顔つきだ。
忍も、顔が明らかに喜んでいる。
「いや、ここまでやれば立派だって」
「こりゃ篭ってくれてて正解だよ、こんなんしまくられたら国家財政が傾いちまう」
あとはもう、大笑い。
何に喜んでいるかというと、テレビの中継だ。
ニュースもワイドショーも、こぞって同じ映像を流している。
十年以上も天楼を出なかった祭主公主が、紫鳳城に向かう綺羅な行列の映像。リスティアだけでなく、『Aqua』全土のメディアが注目しているに違いない。
須于は、目を見開いてしまっている。
「移動するだけでこんなだったら、儀式の時はどうなちゃうのかしら?」
「神事ですから、返って質素ですよ」
「そんなコトまで調べたのか?」
俊が呆れ半分の驚いた顔になる。亮は意に介した様子もない。
「なにが役立つかわかりませんから」
麗花に指示した斎外公主の件だが、さすがに最初から知っていたわけではない。雪華からの返事を待つしばしの間に調べ上げたのだ。
にしても、亮の吸収力と記憶力は特筆すべきモノかもしれないが。今なら、祭主公主よりもアファルイオ祭事に詳しいに違いない。
「退院したばっかりなんだから、無理しすぎないでね」
須于は、少々心配そうだ。亮は、にこり、とする。
「気をつけます」
「口ばっかだからな、仕事はいると」
忍が横目で睨んでみせる。亮は相変わらず微笑んだまま、テレビ中継へと視線を戻す。
浮かんでいる笑みが、軍師なモノへと変わる。
「にしても、残念ですね」
「確かにな」
相槌をうった忍の口元にも、俊の顔にも笑みが浮かぶ。須于もくすり、と笑ったし、ジョーの口元もかすかに緩んでいる。
五人の視線が、テレビ中継で美しい笑みを見せている祭主公主に注がれる。
多少、化粧が厚めなことを差し引いたとしても、自分たちの母親と同じくらいの年齢とは感じさせない美しさで、しかも物腰は優雅。国民の尊敬を集めるのも無理はあるまい。
恋に狂いさえしなければ、歴代最高の祭主公主と言われたかもしれない。
忍が、にやりと笑う。
「紫鳳城での会見は中継してもらえないもんな」
「帰楼後の様子も、だ」
呼応したのはジョー。
「あの顔で怒ったら、怖いだろうなぁ」
「ホラー映画にできるね」
「やめてよ」
想像してしまったらしく、須于が眉を寄せる。そのテのは苦手だ。
最初に真顔に戻ったのは、俊だ。
「『緋闇石』はドコにいるんだろうな?」
「レパナの、しかも中心部近くに」
相変わらず笑みを浮かべたまま、亮が即答する。
「雪華は風騎将軍の側を離れたとは思えませんから」
「なのに紫鳳城にマメに来てるものね」
須于の台詞に、忍が補足する。
「ターゲットは祭主公主だしな」
「そういうことです」
亮の笑みが、大きくなる。



謁見の間に通された祭主公主は、儀礼通りに国王の隣りに座を与えられる。
が、その両脇には護衛が立つというモノモノしさだ。
顕哉は、それを気にする様子はない。国王たる彼の後ろには、光樹一人が起立している。むしろその方が、手が出し難いかもしれないが。
光樹の腕は、風騎将軍や元親衛隊長の張一樹ほどではないとはいえ、それに次ぐモノだから。
顕哉は他の賓客と会う時と同じ、屈託の無い口調で口を切る。
「挨拶は長くなることゆえ、抜きにしたい」
「随分と急くのう、まぁよいが」
国王と祭主公主の挨拶は、祭主公主が国王の安寧と反映を祈るというモノだから、白々しいだけだ。
「お珍しい来臨、光栄極まりないが、何の用件であろうか?」
「他でもない、麗花公主が務められる斎外公主の件じゃ」
にこり、と斎外公主は微笑む。動じた様子なく、顕哉も笑みを返す。
「ほう、どこからソレを?」
「そのようなことは些事じゃ、でも事実であろう?」
軽く視線を流してみせる。その仕草自体は、魅力的なモノだ。顕哉は笑みを大きくする。
「さすがですね、おっしゃる通りです……国情不安ありし時は、城での祭事が吉と申しますから」
「まこと、よいお心がけじゃ」
祭主公主も余裕の笑みで手にしている扇を、はらり、と広げる。
「しかし、祭事には決め事が多い」
「本当に」
深く頷いて理解を示す。
「記録があって大いに助かっていますよ、なぁ光樹」
後ろに控える光樹も、にこり、と微笑む。
「仰せの通りにございます」
「記録、とな?」
祭主公主の形のよい眉が、かすかにひそめられる。
「はい、斎外公主が設けられた例は稀なことですし、また祭主公主殿が執り行う儀式とは異なる決め事も多いモノでして」
笑顔のまま、顕哉はまっすぐに祭主公主を見つめる。
「母の残してくれました記録が、多いに役立っております」
そこで我を忘れなかっただけでも、褒められるべきかもしれない。
何も言わなかったのではなく、言えなかったのだというのは微かに震える手元でわかる。切れ長の目が、明らかに吊り上がってもいる。
真夕里が最も憎悪する人間によって、策も自尊心も叩き潰されたのだから。
なんの為に祭主公主が十年以上篭っていた牙城から出てきたのかなど、顕哉たちは先刻承知だ。斎外公主を思いついた時点で、朔哉、顕哉、麗花の母であり、先々王の愛を一身で受けた真夕里の姉が務めたことがあることも知っていた。
謁見の間の空気は、張り詰めている。
怒りの形相でこちらを見つめたままでいる真夕里に、顕哉はさらにトドメの一言をかぶせる。
「ですから、祭主公主殿の手を煩わすことは一切ありません」
扇を握る手に、力が入る。
このまま帰楼すれば、国王の思惑通りに祭主公主の権威は失墜するだろう。城での祭事は特別なモノだ。
滅多なことでは行われない祭事を成功させれば、実質上の権威を握る国王は祭事おいても国民の尊敬を集めることになる。
権威ある祭主公主であり続けること。
権力と己を守る牙城、それが望みを達成するための唯一の手段だから。
思い出すのも苦痛なたった一人の存在の証拠でさえ、消し去る為に。
真夕里は、かろうじて落ち着いた声を出す。
「頼もしいことじゃ」
さらり、と扇を動かす。
「だが、民が納得するかどうか」
「どういう意味でしょう?」
相変わらず、笑みを絶やさずに顕哉が尋ねる。
「民のほとんどは斎外公主など知るまい……まがい者だと思われはせぬかと心配じゃ」
「もちろん事前の説明が必要でしょう。ですがマスコミを利用すれば、そう難しくはないことです」
「大事なことがわかっておらぬようだのう」
なにからなにまで怠り無く用意されていることに、内心焦っていたが、それは表に表してはならない。
「祭主公主と民の間にあるのは、信頼と敬愛じゃ」
「ほう?」
「それなくしては、なんの儀式も意味が無い」
「なるほど」
顕哉の顔からも、余裕が失われることは無い。ことの運びは、予定通りだ。
間違いなく、真夕里は祭主公主としての才能がある。彼女が言うとおり、国民の尊敬を国王と二分するほどに集めているのだから。
そのせいで、天楼から無理矢理に引きずり出すことが叶わずにいた。
しかし、モノは考えようだ。
無理矢理引きずり出すことができぬのならば。
「祭主公主殿が国民の尊敬を受けておられることは重々承知しておりますが、国民が漠然とした不安に苛まれているのは確か。紫鳳城での年送りの儀は必要と考えております」
真摯な視線を祭主公主に向ける。
「本来ならば、祭主公主殿にまかりこして頂けるようお願いするのが筋かとは思いましたが、絶対に天楼は出ぬとのお言葉を伺っておりますゆえ……斎外公主を据えるよりほかないかと」
「何を言う、わらわとて国民の不安を取り除けるのなら協力は惜しまぬぞえ」
祭主公主は、扇をはたりと閉じると笑みを大きくする。
「わらわが紫鳳城で年送りの儀を執り行おうぞ」
顕哉は、目を見開く。
しばらく祭主公主の顔を、信じられないという顔つきで見つめていたが、ゆっくりと聞き直す。
「紫鳳城で、年送りの儀を行ってくださるのですか?聞き間違いじゃないですよね?」
「そうじゃ」
にこり、と余裕の笑みで見つめ返す。
顕哉の表情が、目に見えて緩む。ほっとした表情になると、深々と頭を下げる。
「お願いいたします」
「仔細はわらわにまかせてくれるな?」
「もちろんです」
祭事のことは、祭主公主が最も詳しい。余計な口は挟まないのに限る。
「そう言っていただけて、安心致しました」
顔に苦笑を浮かべる。
「斎外公主については、実はヒトツだけ問題がありまして」
「ほう?」
先ほどまでの自信ありあふれた様子からは、そんな気配は窺えなかったが。
誰もいないのに、顕哉は祭主公主の耳に口を寄せる。
「麗花のモノ覚えが悪くて、本当に間に合うか心配だったんですよ」
顔を離した顕哉は、悪戯っぽい笑みを瞬間的に浮かべてみせる。
祭主公主の瞳から、ふっと氷の冷たさが消える。が、すぐに扇をはらりと広げて視線を流す。
「民を安んずるのにお役に立つは、わらわも本望とするところ」
顕哉も、先ほどと同じ余裕のある笑みが浮かんでいる。
「心よりお礼申し上げます」
「では、わらわはこれにて」
さらりと立ち上がる。
「見送りはいらぬゆえ」
「はい、くれぐれも年送りの儀、お願い申し上げます」
国王の最敬礼をうけて、祭主公主は紫鳳城を後にする。
後に残った顕哉と光樹は顔を見合わせて、会心の笑みを浮かべる。



天楼に帰った真夕里の目が、大きく見開かれる。
この座を離れていたのは、ほんの数時間だ。
なのに。
景色は一変している。
いや、変わっているのは床だけだ。他は指一本すら触れられいないと直感でわかる。
かわりに床は、これでもかというくらいになにかがばら撒かれている。
床一杯に散らばるのは、石膏のカケラだ。
それの元のカタチがなんであったのかなど、窺えないほどに砕かれている。床に叩きつけるくらいでは、こうはならない。
徹底的に、意図的に、砕いた者がいる。
そっと床に手を伸ばし、カケラを拾い上げる。
それをそっと、極上の絹のハンカチに乗せる。
また、ヒトツ。
この石膏の元の姿を、真夕里はよく知っている。
たった一人、想い続けている男。
たったヒトツ、自分の手元に残った男の遺物。
真夕里が手放したことの無い先々王のデスマスクだ。
後ろから足音がする。これは、影のモノだ。
「祭主公主様、お留守中には異常はなかったとの報告……」
声が途切れる。
部屋の状態が、彼の目にもうつったのだ。
「なんと?!」
さすがに、驚愕の声が漏れる。
この天楼を守るのは、祭主公主の息がかかっているとはいえ、生え抜きの特殊部隊員なのだ。留守中の警備には特に気を配るよう言いおいて紫鳳城へと向かった。
留守にすると知れれば、国王側が動く可能性が高かったから。
だから、紫鳳城に向かうことも直前まで告げなかった。罠も、張り巡らした。
先ほど、なんの異常も無いと報告をうけたばかりだ。
罠も警備もすりぬけ、気配さえ感じさせずに侵入した者がいる。
しかも、真夕里が最も大事にしていたモノをこれみよがしに破壊するだけで去っている。
祭主公主の息のかかった要人を次々と暗殺され続けた上に、この仕業。
『挑戦』でなければ、なんと判断すればよい?
影が、動けずにいる間にも、真夕里はヒトツずつ石膏のカケラを拾い続けている。
黙々と、想い人の顔であったそれを絹のハンカチへと。
心の拠所であったことを知っている影は、なにも言わない。
いまは、なにを進言しても届くまい。
手伝いも、望んではいない。
ただ、この光景を他に見せるわけにはいかない。人払いをする。
戻って来ても、まだ真夕里は拾い続けていた。
綺麗に整えられた爪のマニキュアが、床にあたって傷ついているのも気にならないらしい。
気の遠くなるようなカケラ全てを自分の手で拾い上げ終えた真夕里は、そっと絹のハンカチをたたみ、胸元へとしまいこむ。
ゆっくりと立ち上がり、ぽつり、と口を開く。
「……よう、わかった」
「祭主公主様?」
影は、その低い声が聞き取れずに聞き返す。
真夕里は、ゆっくりと振り返る。
美しいその顔には、凄惨な笑みが浮かんでいる。常に祭主公主の脇に控え、すべての企みに関わり、直接その手を朱に染めてきた影でさえ、ぞくりとする笑みが。
影は、この笑みを一度、見たことがある。
最初に、姉を手にかけることを決めた瞬間と一緒だ。
真夕里は、髪に差してある銀色のかんざし風の飾りを手にすると、抜き取って巻いてある薄い紙をはがし取る。
妙に鋭いカタチをしたそれは、紙が巻いてあった部分はなぜか褐色に変じている。
それをしばし見つめた後、はっきりと言い切る。
「小僧の命は、今年限りじゃ」



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