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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・3■



俊がバンザイのポーズをしてみせる。
「ちょい待て、もうちょい説明してくれよ。人間関係がちんぷんかんぷんだし、先王はどこにいるわけ?」
もっともな意見だ。
「敬称は嬉しいけど、ヤヤこしいに拍車かけてる気がするから、名前呼び捨てでいいよ」
と麗花は注釈してから、少し首を傾げる。
「もしくは風騎将軍と国王かな、顕哉兄さんは腰据えて国王やってるけど、朔哉兄さんは北方安定戦に出てたことのが多かったから」
「ああ、風騎将軍と二樹ね」
思わず呟いたのは忍。珍しいと思ったのか、五人の視線が集中する。
「三人とも剣の達人だったんだよ、剣道やってるヤツなら誰でも知ってる」
麗花はただ、笑顔になる。
「ニ樹っていうのは、朔哉兄さんの同窓で側近の周光樹と張一樹のことでね、一樹兄が親衛隊長、光樹兄が参謀」
「北方平定戦で朔哉王自らが陣頭に立つ姿が颯爽としていたことから、風騎将軍と呼ばれるようになったのでしたね」
亮の補足に、麗花はもう一度笑顔になる。
「朔哉兄さんはじっとしてられる性質じゃなかったし、陣は光樹兄がいれば安心だったし、三人の息の合い方って、そりゃもう気持ちいいくらいでさ、北方平定戦に要する時間がぐっと短縮されたってもっぱらの評判で……ってこれは蛇足だけど」
我に返ったらしい。でも、口調と笑顔でどんなに息のあっていた三人だったか、返って想像がつく。
ずっと一緒にいた三人。父王が夭折して不安に覆われているアファルイオを安定させようと、がんばっていたに違いない。
幾分落ちついたトーンになって、麗花は続ける。
「その光樹兄の妹が雪華、私と同じ年なんだけど、アファルイオ一出来る人間」
「出来るって、コレか?」
俊が、自分の首を針で突く仕草をしてみせる。暗殺のことだ。
「なんでも、ココもココも」
言いながら麗花は、頭と腕を指してみせる。
「知性じゃ光樹兄と互角、武術も光樹兄と一樹兄と互角だし」
「ニ樹と互角?」
忍が眉を上げる。
「そうだよ、パワーではどうかわからないけど、それを補って余りある身軽さがあるから、ね」
「ということは、武術で勝てたのは」
さすがに、忍は理解が早い。
「そう、朔哉兄さんだけ」
麗花の口元に、苦笑が浮かぶ。
「完璧だと思われると、なんとなく敬遠されるよね」
なんとなく、近寄り難くなる。そうするうちに、当人も誰かに近寄ろうとはしなくなる。
「気にせずに話すのって、光樹兄、一樹兄、私、そして朔哉兄さんくらいだったし、その中で唯一勝てるモノあったのが朔哉兄さんだったから」
特別だったのだ、雪華にとって朔哉の存在は。
「朔哉兄さんが元気だったときは、雪華は光樹兄と一緒に参謀役をしてたんだよ……なのに、あんなことになって……」
あんなこと、とはもちろん、朔哉暗殺未遂だ。
「光樹兄と雪華が水軍訓練をするのに離れた時で、一樹兄はものすごく自分責めてた」
言葉にはしないが、麗花もそうだろう。
「一樹兄は辺境警備隊に自分から志願して、雪華は特殊部隊長……まだ狙われる朔哉兄さんを守るために」
たった一人を守りたいがための、特殊部隊就任だった。
「朔哉兄さんは、周家の別荘のあるココにいる」
麗花は、地図の一点を指してみせる。そしてそこは、さっき雪華の仕事と言った遺体がある場所とは、かけ離れている。
「雪華が、朔哉兄さんの側から離れるなんて、考えられないよ」
もう一度、繰り返す。
今は、その意味が忍達にもわかる。
「ホントに雪華が手を下したの?」
須于が、麗花を見つめる。麗花を疑うわけではないが、二年近く離れている。特殊部隊に雪華並の腕の持ち主が現れている可能性が、ないわけではない。麗花にも言いたい意味はよくわかっているのだろう。少し逡巡してから、口を開く。
「特殊部隊の仕事はね、誰がやったか絶対にわかるようになってるの」
「傷口のカタチで」
さらりと口を挟んで、亮はにこり、と笑う。軍師としての自信たっぷりな方の笑顔で。
今度は、麗花が降参のポーズになる。
「アタリ」
それから、可笑しそうに、にやりと笑う。
「亮に隠せるって思うだけムダだよねぇ」
それがあると知っている人しか見つけられない傷なのだ。それに違いがあるなんて、普通なら誰も考えない。
でも、傷で見分けるのだと気付いた、と亮が言っても今更驚くにはあたらないと思ってしまう。
麗花の口からアファルイオの機密事項を言うのは、やはり辛いと察してしまうことも。
「確かにな」
俊が頷く。須于がくすりと笑ったのをみると、同じことを思ったに違いない。
「説明つかないのは、それだけか?」
忍が確認する。亮は、笑みを少し大きくする。
「いえ」
言いながら、再度、映像を地図へと戻す。
「これだけバラバラの場所での暗殺全てが、同一人物による仕事だということが」
「はぁ?マジかよ?」
思わず俊がマヌケな声を上げてしまったのを、責めるわけにはいかない。アファルイオは不安定領域を含めたら、リスティアを十分凌駕する面積を誇っている。
完全な僻地は含まれないといっても、祭主公主派の被害者たちの分布は広い。殺られた人数も片手では足らないのだ。
「『緋闇石』が俺らの前から姿消してすぐからってなら、納得できなくもないけど」
「そんなに、のんびりしてるるわけがない」
忍の仮定を、ジョーがばっさりと切り捨てる。
「だよな」
「ここ二ヶ月の間です」
亮が地図に日付を重ねる。『緋闇石』が動いたものも含めて。
なるほど、第2遊撃隊との件のあたりから始まっている。しかも、『緋闇石』と特殊部隊の動きは呼応しているとしか思えない。
「雪華は、『緋闇石』に操られているわけではないのね?」
麗花に向かって、亮は頷いてみせる。
「特殊部隊が動いたとわかった時点で、確認済みです」
「自分の意志で、『緋闇石』と協力してるってこと?」
地図を見上げながら、須于が首を傾げる。
「ヒトツだけ確かなのは、随分急いでるってことだよな」
俊の台詞に、忍が訂正を加える。
「もうヒトツわかってるぜ、遺体を残してるってことは、ただの暗殺じゃないってこと」
「単純解釈なら、祭主公主への『警告』だな」
ジョーが目を細める。
これ以上、手出しをすればどうなるかわからない、という『警告』。
「『警告』するなら、朔哉兄さんが狙われた直後にやるべきだわ」
そう、時期を逸している。
「なぜ、今、こんなに急いで?」
忍が言葉を区切りながら、疑問を呈する。
「『警告』ではなく、『挑発』だからです」
明快な解答を出してみせたのは、やはり亮だ。
「互いの動きが静まっているはずだったのに、いきなり自派の粛清が始まったら、どう思います?」
「意図を取りかねて、あせる……」
言いかかったまま、忍は目を見開く。
「それで、麗花への『警告』がきたのか」
「祭主公主が、麗花の行方を探さないわけがありません、おそらくだいぶ前から察しはつけていたはずです」
「リスティアにいるって?」
須于は少々驚いたようだ。麗花の方は、納得している。
「まぁね、よほどの馬鹿でなきゃ気付くよね。だって不法入国の形跡もなければ、私が変装してると思われる人物の正式入国もないんだから」
「あ、そうか」
俊がぽん、と手を叩く。
「もし、脱出隠遁が麗花たちだけの裁量で行われていたら、なにか形跡を残さずには無理だもんな」
「ただし、相手国の首脳部が協力した場合は別、ってわけか」
戸籍の中へも潜り込むことのできる人物がいる、とは知らないだろうが、他国を黙らせるだけの突出した技術を持つ国といえばリスティアをおいて他に無い。しかも、『Aqua』で最も旧文明産物を抱え込んでいる国でもある。得体の知れなさがあるのだ。
「隣接してるから、飛行場行かなくていいわね」
セキュリティチェックが最も厳しいのが航空だ。痕跡を消すという観点からは、最も難易度が高い。そういう点から考えても、リスティアというのは最も妥当な選択になる。
「て、ことは、祭主公主は相当あせってるってことだよな?」
「そうですね、リスティアだと検討をつけても手出しをしていなかったことから考えると、探し出してこちらで暗殺、というのが当初の計画だったと見て間違いないでしょうから」
五人は、誰からともなく顔を見合わせる。俊は、すっかり困惑の表情だ。
「ってことは、この展開って、国王側の思うツボって話になるよな?」
「焦れば焦るほど、ボロの出る可能性は高まるのは事実だ」
ジョーがぼそり、と言い切る。麗花も首をひねる。
「いやに、冷静な行動だしね」
相手は『緋闇石』だ。リマルト公国を動かして侵略軍と化した時も、海の一部とはいえ命あるモノを全て消し去っていった時も、はっきりとした動きだったし派手だった。
いまの行動のままならば、むしろ国に災いなす祭主公主を誘い出す方向へと動いているようにしか見えない。
どうも、らしくない気がする。
「『負の感情』の誘発、が目的なのではないかと」
「負の?」
亮は軽く肩をすくめる。
「『緋闇石』に動力があるとすれば『負の感情』ですから……まぁ、予測の域を出ていませんけれど」
言われてみれば、『紅侵軍』も『マリンスノーの逆流』も死の恐怖を呼んできているといえば共通点がある。
今回のことも、祭主公主周辺が追い詰められていけば、それだけ強い感情が生まれることになるだろう。
「目的はそうだとして、それでも説明ついてないことが多いよな」
「特殊部隊全体が動いているというよりは、周雪華が単独で『緋闇石』と組んでいると考えるべきでしょう」
確かにそうだ。
特殊部隊として動いているなら、これだけの数を雪華一人でこなすことはないのだから。
「ですが、風騎将軍の側を離れるはずの無い彼女が、なぜ動いているのかの説明にはなりません」
「祭主公主を挑発するということは、風騎将軍襲撃の決定的証拠があるわけでもない」
俊が地図を見上げる。
「むしろ、それを誘導する為の暗殺と見るべきです」
「風騎将軍に、なにかがあった?」
忍の問いに、麗花は首を横に振る。
「最悪にしろ奇蹟にしろ、さすがになにか連絡あるよ」
「でも、イレギュラーを起こすだけの、何かが起こってる」
ジョーの冷静な口調に、須于が首を傾げながらも頷く。
「そうね、雪華さんを動かすだけの『なにか』があるんだわ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずってか」
ぽつりと呟いた麗花が、まっすぐに亮に向き直る。
「最優先事項は『緋闇石』の消滅なのよね?」
「そうです」
「私が帰れば、どちらも動くわね?」
「確実に」
食いつくか食いつかないか。
選択肢はそれだけだ。
「行くわ、アファルイオに」
まっすぐな視線のまま、麗花は言い切る。
「一人じゃ危ない」
「いえ、一人の方が安全です」
忍の台詞が終わらぬうちに、亮が否定する。
「少なくとも、周雪華に警戒されません」
「『緋闇石』がいるんだぜ?」
俊がむっとした顔つきになる。みすみす、最大の危険に突っ込むことになりはしないか。
「やられる時は、誰が側にいようと同じですよ」
亮は冷徹な口調であっさりと言う。
そう、俊が消えた時も優が消えた時も、皆、その場にはいたのだ。いたのに、どうにもできなかった。
なにか言おうとしていた須于も、黙り込んでしまう。
「刺激は最小限に抑えるべきです」
「私は大丈夫、勝手知ったる場所に行くんだから」
にこり、と麗花が笑う。忍は、肩をすくめると笑顔になる。
「頼んだ、待ってるから」
「そうよ、必ずだからね」
須于も、覗き込む。俊はそっぽを向いている。
「ドジ、踏むなよな」
「しっつれいねぇ、誰に向かって言ってるのよ」
ぷうと膨らんだ頬と、目に浮かんだ涙は矛盾してる。
「油断はするな」
麗花の表情を知ってて、ジョーは変わらぬ口調で言う。亮は、画面に向き直りながら事務的に告げる。
「侵入準備をしますから、一時間ほど時間を下さい」
「わかった、他に?」
「そうですね、麗花は最小限の荷物、俊はバイク、忍達は得物」
「おう」
忍たちは顔を見合わせて、にやり、と笑う。



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