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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・4■



無事に麗花を国境越えさせて戻ってきた忍達は、なんとなく落ち着かない。
麗花しか潜り込めないとわかっているが、それでも、一人で行かせたという気がしてしまう。
五人ともが所在無げに居間にいるものだから、亮が苦笑しつつもお茶をいれてくれる。
「大丈夫ですよ、祭主公主もすぐには動きませんから」
「どうしてだ?」
カップを受け取りながら、俊が首を傾げる。
「戻ってすぐほど、警戒が強い時期はないでしょう?」
「なるほどな」
納得して深く頷きかかるが、慌てて首を横に振る。
「それって、余計にヤバくないか?」
「まぁ、辛抱強い方ではないな」
ぼそり、とジョーが付け加える。麗花のコトだ。
祭主公主が動かないとなったら、しびれを切らした麗花が早まらないとも限らない。
が、亮は笑みを浮かべる。
「そうですね、もしアファルイオに戻った理由が『警告』を信じた結果なら、早まる可能性もあるかもしれませんが」
「なるほど、な」
忍が一人、納得したらしいので、俊は不満そうに睨む。無言の抗議に、忍は解説を加える。
「『緋闇石』を追い詰めるのが、本当の目的だから」
「『緋闇石』が出てくるまでは、ヘタなことは出来ないわね」
須于も微笑む。
「それに、『緋闇石』にもヘタな手出しは出来ないってわけだ」
俊は、亮が持って来てくれたお茶菓子に手を伸ばす。
「そういうことです」
『緋闇石』をどうやって消すか、はまだ問わない。
他の作戦を常に完璧にしてのける亮が、二度逃しているのだ。難しいということは、よくわかっているから。
「にしても、驚いたなぁ」
海苔つき醤油あられをポリポリと齧りながら俊が言う。
「つーか、意外っていうか」
麗花がアファルイオの姫君だったことだ。忍もあられを数個、口にほおりこみながら頷く。
「まぁな」
「亮は、知っていたの?」
「この国に元からいた、というデータは必要でしょう?」
なるほど、戸籍などの必要なデータを用意したのは亮だったのだ。よく考えてみれば、他にそれが出来る人間がいるとも思えない。
言い換えれば、総司令部はそこまでの労力を、アファルイオ国内の問題の為にかけたことになる。
ジョーが塩味のあられをつまみながら、ぼそりと尋ねる。
「そこまでして他国の王室の者を庇うメリットは、なんだ?」
「祭主公主のようなタイプに統治された大国が隣り合わせというのは、ぞっとしないですから」
亮は、にこり、としてみせる。
確かに、己の意のままにならぬ男の為に、国を治めるという立場の者を何人も手にかけるような神経の人間に権力を握らせたくはない。
「でもさ、特殊部隊を率いてる雪華はアファルイオ一の頭脳と武芸の持ち主なんだろ?なんだって祭主公主を殺っちまわないんだろうな?」
もっともな疑問を、俊が投げる。それだけの能力があるなら、祭主公主の暗殺くらい簡単にやってのけられそうだ。そして、その方が眠りつづけたままの風騎将軍朔哉を守り続けるよりも、手っ取り早く思える。麗花がいるときから思っていたのかもしれないが、聞きにくかったのかもしれない。
「アファルイオでは、祭主公主がいる天楼での流血沙汰は最も不吉とされるからですよ」
「ふぅん、てことは、祭主公主は天楼にいる限りは安全ってわけか」
亮が頷くと、忍が渋い表情を浮かべる。
「天楼から引きずり出すには、動かぬ証拠が必要、か」
「もちろん、雪華も麗花が戻ったことに気付くわよね?」
「祭主公主の動きを把握してないわけは、ないからな」
須于の確認を、ジョーが肯定する。
「誰が最初に動くか?」
忍が、サラダ風味のあられを手にする。
俊は、げぇ、という顔つきになる。
「根比べかぁ、俺も苦手かも」
俊の顔つきに、思わず須于と忍が吹き出す。ジョーもそっぽを向いてしまったし、亮の肩ですら、かすかに震えている。
「なんだよ、いきなり笑い出すなよ?」
一人、俊だけが状況を掴めずに困惑顔になるものだから、回りはもっと笑いが止まらなくなる。
「だから、なんなんだよってば?!」



アファルイオ首都、レパナの中心にあるのは王宮紫鳳城。
その黄の瓦は天の陽を受けて黄金に輝くといわれ、朱の柱は魔を焼き尽くす炎を映すといわれる荘厳なものだ。
迷路の如く入り組んだ廊下を、麗花は迷うことなく進む。
連絡は入っていたようだが、目前にするまで信じられなかったらしい。
私室で待っていた顕哉は、姿を目にして思わず立ち上がる。
まじまじと麗花を見つめた後、腹立たしそうに舌打ちする。
「どうして戻ってきた?!みすみす渦中に入ってくるなんて……」
「ちょっと、声大きいってば」
麗花は、兄の口をふさいで早口に言い返す。
「状況はイヤってほどわかってるわよ、リスティアに手出しするなんて身のほど知らずね、あの鬼百合」
祭主公主つかまえて鬼百合呼ばわりしてるところを聞かれたら、それこそコトだ。
今度は顕哉が麗花の口をふさぐ。鬼百合の由来は、現祭主公主の本名である真夕里からきていて、誰もいないとわかっていれば顕哉だって呼び捨てるが、いまはマズイ。
顕哉は、少々困り顔で尋ねる。
「天宮総司令官は、迷惑だと?」
「言うわけ無いでしょ、他国の内紛にアレコレ口挟むほど暇じゃないわよ」
国際摩擦は避けられだとわかって、顕哉は少々ほっとした顔つきになっている。
「で、網は張ってるの?危険承知で帰って来たんだから、きっちり尻尾掴んでもらわなきゃ骨折り損だわ」
「もちろん張ってるさ、俺が出来る範囲ではね」
顕哉も真顔に戻る。
両親と兄を奪った仇なのだ。絶対に捕らえると思っているのは顕哉だとて一緒だ。
「軍は?」
「光樹兄が、手を回してこちらの指示以外は通らないように抑えてある」
それは、正規軍のことだ。
「特殊部隊は?」
「あっち直属以外は、俺の指揮下にした」
麗花の不機嫌そうな顔が、府に落ちぬという表情にとってかわる。
「どういうことよ?動いてるのは雪華でしょう?」
「そう、動いているのは雪華だ」
国王である顕哉も、特殊部隊の仕事を見分けることが出来る。頷いてから黙り込む。
「兄さん?」
険悪な声になったのを、待ったのポーズで抑えた顕哉は、呼び鈴を鳴らす。
さらりと衣擦れの音がして、侍女が控える。
「周光樹をこれへ」
「はい」
その間も、顕哉の手は『待った』のポーズのままだ。周 光樹が来るまで話はお預けらしい。
口を尖らせつつ、麗花は顕哉の右目を隠している髪に手を伸ばす。
孫家直系であることを示す紫根とは異なる、色素の薄い蒼の瞳。
顕哉は鋭い手つきで麗花の手を跳ねのける。
ますます麗花は頬を膨らませる。
「私は、不吉の象徴だなんて思ったことないよ」
「わかってるよ」
少々、気まずそうに顕哉は目線を反らす。
「兄貴や麗花が綺麗だって言ってくれてなかったら、とっくにつぶしてた」
それほど思いつめるほど、迷信深い国なのだ。見つからぬよう細心の注意を払ってきた顕哉の苦労は、並大抵でないことは、麗花もよく知っている。
瞳の色が違うという現象が、滅多に起こらないというだけなのに。
でも、信じるということは、それだけで力を持つことがある、というのも知っている。
「なんかの印っていうのは、あるかもしれないけどさ」
顕哉は、黙ったまま少し乱れた髪を直す。
「幸運を呼ぶかもしれないじゃない」
「麗花公主のご意見に、私も賛成ですね」
涼やかな声と共に姿を表したのは、現親衛隊長である周光樹。
端整な顔に釣り合わぬ短さの髪だが、これが案外似合っている。くせっ毛を気にしての長さだと知っているのは、ごく一部だ。
ちなみに『公主』というのはアファルイオで『姫』を指す尊称だ。が、麗花は顔を思いっきりしかめてみせる。
光樹は、その顔を見て思わず微笑んだが、その笑みを殺して後ろに控えている侍女に告げる。
「下がってよい、しばし人払いを」
「はい」
深めに頷くと、侍女は衣擦れ音と共に消える。
「公主って呼ばれるの、ヤな感じ」
「お久しぶりですのに、ご挨拶ですね」
こたえた様子もなく、光樹は微笑む。
「感涙にむせんで再会を喜ぶ状況でもないでしょ」
麗花は肩をすくめる。
「で、雪華と特殊部隊はどうしたっていうの?」
顕哉がさきほど、返事を保留した質問を再度する。光樹を待っていたのだから、答えが返ってくるはずだ。
問われた光樹は、す、と笑顔を収めて真顔になる。顕哉の顔にも、真剣な表情が浮かぶ。
麗花は、少し眉を寄せた。
「なんか、ヤなことになってるのね?」
顕哉と光樹は、どちらからともなく顔を見合わせる。なにかを言うのを躊躇っている。
催促する前に、麗花はあたりの気配を確認する。
大丈夫だ、三人のほかは確実にいない。
「なにが、あったの?」
光樹が、まだ重い口を開く。
「行方不明に」
「雪華が?」
眉を寄せたまま、麗花が確認する。顕哉の視線が、ゆらり、と漂ってから麗花の方へと戻る。
「兄貴も、だ」
「朔哉兄さんが?」
「そうだ」
顕哉と光樹を交互に見やる。
「でも、動けないはずだわ」
「そう、動けないはずの風騎将軍が消えました……少なくとも行方不明の前日には動けなかったというべきかもしれませんが」
「雪華は、朔哉兄さんと一緒にいるの?」
「わからん。だが、いままでのことを考えれば、一緒に行動していると考えるのが自然だろう」
顕哉が難しい表情で腕を組む。
「動けない人間を連れて、あんな移動を?」
「どこの仕事を、聞いたんです?」
極秘のはずの雪華の仕事を知っていることを、光樹は疑問に思ったらしい。
「司祭補佐事故死の写真を見せてもらったわ、印が写ってた」
麗花は、朔哉が本来いるべき周家の別荘から、かなり離れていて大物とされる人物が暗殺されたモノを言う。
リスティア総司令部が全てを把握してると知られてはならない。そこまで知れているとわかれば、警戒するに決まっている。『緋闇石』の存在を、アファルイオで知る者はいないのだから。
「リスティア総司令部も、祭主公主の動きには警戒をしているもの」
麗花を擁護するという協力をしてもらっているのだ、ある程度の事情は明かしてある。当然、祭主公主が危険人物だというコトは、知れている。その片腕とも言うべき人物が死んだとなれば、なんらかの動きがあったかもしれないと警戒するのは当然だ。
数ある暗殺劇の中から、司祭補佐の暗殺が麗花に知らされたことに決めたのは、亮だ。
「リスティア総司令部は?」
光樹が目を細める。
「暗殺を疑っているみたいだけど、確証が取れないみたいだったわね」
肩をすくめてみせる。
「印らしきモノを見せれば、私がなんか言うかと思ったんじゃないかな」
雪華の仕事とわかったけれど、その場ではなにも言わなかった、と言外に告げる。
「確証を取られなかっただけでも、よしとしないとな」
あれは、さすがに目立ちすぎたと顕哉は呟く。
軽く頷いてから、光樹は麗花に向き直る。
「公主、祭主公主側に帰還が知れるのは時間の問題です、くれぐれも自重なさって下さい」
「自分から飛び込んでくような真似だけはしてくれるなよ」
顕哉も真剣なまなざしを向ける。
「わかってるわ」
あっさりと返事をされて、返って顕哉と光樹は疑わしそうな視線だ。リスティアに脱出するまでのことを考えたら、その視線には文句は言えた立場でないとわかっているので、黙っている。
もっとも、こちらが無理をする気が全くなかったとしても。
確実に、なにかは飛び込んでくる。
麗花は、祭主公主と国王の間に横たわる問題の『火種』そのものなのだから。
まだ疑いの視線で見つめているので、肩をすくめる。
「せいぜい、努力するわよ」
顕哉と光樹は、顔を見合わせて小さなため息をつく。
どうやら、無茶な真似をしないというのは口先だけだと思ったらしい。
「城は、出るなよ」
もう一度、顕哉がダメを押す。
言われなくても、無茶をする気はない。いまはもう、両親と兄の仇を討ちたいだけの無鉄砲な末姫ではない。
もちろん、必要になれば城を抜け出しもすれば祭主公主単独襲撃だってしてみせる。『緋闇石』を消すためになら。
でも、待ってると言ってくれた仲間がいるから無謀なコトはしない。
だけど、そのことは顕哉も光樹も知らない。
「飽きるまではね」
麗花は、べろり、と舌を出してみせる。



紫鳳城の南、天を祝い祈る白亜の広場がある。大理石の石畳の向こうには青の瓦で彩られた塔。
その清楚なたたずまいに似合わず、その周囲には戦争かと思うくらいの護衛兵が並ぶ。ここが祭主公主の牙城、天楼だ。
塔の奥、絢爛に飾り立てられた座に収まるほっそりとした彼女は、美しく仕上げた長い爪をそっと頬にあてる。
「それは、確かなのか?」
緩く包み込むような声は、聞く者をして心地好い感じを抱かせずにはいない。が、見下ろす視線には、どこか冷たい光がある。
平伏していた者は、さらに深く頭を下げる。
「は、見た者がおりますゆえ」
「そうか……麗花公主が、戻ったか」
真紅の唇が、かたちよく微笑む。
「ご苦労であった、下がってよい」
「は」
平伏したまま、報告者は場を辞する。それを見送ってから。
祭主公主の口からは、ほほほ、という嬉しそうな笑いがこぼれ出す。
「警告の意味を、ちゃんとわかったようだのう」
「さっそく、料理いたしますか?」
幕影の影が、そっと尋ねる。
「まだ、早い」
視線は報告者がいた方に向けたまま、祭主公主は頬に当てていた指を肘掛に戻す。
「あちらとて、警戒はしていよう」
「では?」
「しばし、待つことにしようぞ」
先ほどとは異なる、冷酷な笑みが口元に浮かぶ。瞳の色からすれば、こちらの方が似合っているが。
「麗花はそう気長の性質ではない、そのうちアチラから飛び込んでこようからの」
言いながら、その切れ長の瞳を動かす。
「飛んで火にいるなんとやらは……」
視線の先で、灯された火中に白い蛾が一匹飛び込んでいく。すぐに、小さい炎となって床に落ちる。
「ほれ、あのように」
「御意」
深く頷くと、影は気配を消す。
誰もいなくなった部屋で、真夕里は物憂げな動作で袖の下に隠されていた面を取り出す。
真白のそれは、瞼を閉じた男の顔をかたどっている。
ゆっくりとその両頬を包み込むと、愛おしげに持ち上げ、そして、ゆっくりと口付ける。
「ねぇ、もうすぐだわ」
そっと男の頬を撫でながら、真夕里は呟く。
「私だけのモノよ」
ただ一人、想い続けている男を抱きしめる。



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