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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・5■



ここ数日、亮は部屋に閉じこもりがちだ。
それだけ本気で『緋闇石』消滅の方法を探しているのだろうが。
いちおう姿こそ現すものの、ほとんど食事に手をつけてないとなると、話は別だ。
最近は心配をかけないように気をつけているようではあるけど、自分を大切にするという発想が根本から抜け落ちている亮のことだ。『緋闇石』の為に寝食を忘れてるとしても不思議ではない。
元々、そんなに体力がある方ではないのに。
忍は、隣室にいるはずなのに気配がほとんどないので、眉をよせる。
とかと、部屋でイライラをつのらせていても仕方ない。立ち上がると、ノックの返事も待たずに内側の扉を開ける。
「亮?」
気配がなくて、当然だ。
そこには、亮の姿は無かったから。
亮がいると、忍が勘違いした原因もわかる。コンピュータが立ちあがりっぱなしになっている。
総司令室に降りた様子もない。
ということは、亮は外へ行ったのだ。
いつもなら、必ず声をかけてからなのに。
「………?」
窓の外へ、目をやる。
この間は眩しいくらいの秋の景色だったそこは、もう色あせて、冬へと移り変わろうとしている。
なのに、なぜか、真紅の夢を見たことを思い出した。

今日の買い出し当番に当たっていた俊は、バイクの速度を緩める。
頼まれた買い物をこなそうと思ったら、中央公園を横切るのが近道だからだ。園内は徐行と決まっている。
そちらに目をやったのは、半分は無意識だった。
幼い頃、待ちぼうけした大きな樫。
その下に、去年の夏と同じように見上げている人影がいるのに気付いて、思わずまじまじと見つめてしまう。
見間違えようは無い。細くて華奢なその姿は亮のものだ。
ずっと、部屋にこもっていると思っていたのに。
近付いてみると、この季節にしてはやけに薄着だ。部屋にいた格好のまま、外に出てきたというところ。
らしくなく思えて、声をかけるのを躊躇う。
かといって、そのまま行き過ぎる気にもなれなくて、なんとなく木を見上げる。
去年の夏、赤い風船が揺れていたあたりを。
いつも、亮には迷いがないと思っていた。全てを知っていて、見通していて。
常に、自分より数歩先にいる。
だけど、いま、樫を見上げている亮は、まるで。
そばから離れたら、そのまま消えてしまいそうな存在感の無さで。
初めて会った時の、亮そのものに見えて。
守りたいと思った、少しでも寒かったら庭にすら出してもらえない、小さな。
俊は、色の消えた公園の中を見回す。
「?!」
突然、視界に入った赤に、亮は目を見開く。
小さな小さなソレは、やっと見つけたモミジだ。
モミジから、視線は俊へと移る。
「キレイだろ?」
にやり、と笑ってみせる。
亮は、ヒトツ、瞬きする。相変わらず、驚いた表情のままだ。
なんとなく、間の抜けた間になる。
「やるよ」
バカなことした、と思いながら俊は言う。あの頃とは違って、亮はもう、自分で手を伸ばすことが出来るのだ。
一瞬、亮が幼い頃そのものに見えたからって、なにをしているのだろう?
が、亮は、モミジを白い手の平に受け取る。
そして、それを摘み上げながら、呟くような声で言う。
「タンポポ、モンシロチョウ、アザミ……モミジ」
驚いた顔になるのは、俊の番だ。
幼い頃、亮の為に持って帰ったモノ、そして今、渡したモノ。
モミジを指先でくるくると回しながら、亮の口元には笑みが浮かぶ。
「キレイですね」
無邪気にさえ、見える笑み。
『知らないことが、誰かを救うかもしれない』
去年の夏、亮は樫を見上げながら、そう言った。
あの時、『知らない』ことで救ったのは、母親のことだと思った。誰も味方がいなくなってしまわないように。
やっと、気付く。
亮の周りにいたのは、亮がどんな子供だか『知っている』大人たち。
だとしたら、『知らなかった』俊が、喜ばせたくて笑顔を見たくてしていたことは。
「なぁ?」
顔を上げた亮の顔に浮かんでいるのは、いつも通りの感情がほとんどうかがえない表情。さっきまでの存在感の無さは、どこにもない。
俊の顔にも、笑顔が浮かぶ。
「亮が選んだ答えで、正しいと思うぜ」
亮は少し目を見開いたように見えたが、すぐに微笑む。
「じゃあ、俺、買い出しの続きあるから」
「気をつけて」
軽く手を振って、俊を見送った後、亮は携帯を取り出す。

『龍牙剣』を手にした忍が、総司令官室の扉を開く。
無機質なその部屋で、大きな机に腰掛けているのは亮だ。
忍の姿を見ると、にこり、と笑う。
いつもと違うのは。
亮のほかには、誰もいないこと。
顔に疑問が出たのだろう、亮が先回りをする。
「機密性が最も高い部屋を、借りました」
簡単に言うが、総司令官室を空けさせるなんて、ただごとではない。
無意識に龍牙剣を握り直したのを見て、亮は少し笑みを大きくする。
「初詣に言った時に、少し話をしましたね」
言われて、今年の初詣を思い出す。
リスティア一の人出といわれる永翠神宮に六人で行ったのだが、亮が人酔いしたので二人だけ別行動で蓮天神社に行ったのだ。
こんなところに、と思わせるような場所にあるのに、そこで会ったのは総司令官である健太郎と、遊撃隊協力者である仲文と広人。
『崩壊戦争』と深く関わりのある場所だ、と亮が教えてくれた。
その『崩壊戦争』はほんの数人がしかけたモノであったということ。
それから。
「『崩壊戦争』の後始末は、まだ終わってない」
忍の声に、亮は視線を上げる。
「正確には、『後始末』というより『やり残し』なんですけれど、ね」
まっすぐな忍の視線をたじろぐことなく受けとめてから、亮は窓の外へと視線を移す。
「『緋闇石』を消す為に、ヒトツ、旧文明産物を稼動させなくてはなりません……その為には、忍の力がどうしても必要です」
龍牙剣を持ってこいと言われた時から、自分の力が必要なことはわかっている。が、どうもそれだけではなさそうだ。
亮は窓の外の景色に目をやったまま、口をつぐんでしまう。
忍も、黙ったまま続きを待つ。
「……熱を出している間に」
「え……?」
いきなり全く違う話題になったので戸惑う。が、亮はかまう様子はない。
「見ていた夢を、覚えていますか?」
悪夢だったのだ、ということはわかる。
目が覚めた時、ぐっしょりと汗で濡れていたのは、熱のせいだけではなかった。
うなされて、なにか口走ったのだろう。ずっと看病していてくれた亮は、その断片を聞いたに違いない。
そして、その内容は亮も知っているなにかだった。
でも、忍が覚えているのは。
「真紅だったことだけは」
亮は、窓の外を見つめる目を、少し細める。
「あの日は、全てが赤かったから……」
半ば、独り言のようだ。
忍は首を傾げる。亮が、叙情的な表現をしているとは思えなかったから。
だとすれば、現実、周囲が赤かったということになる。覚えている範囲で、そんな事件はなかった。
『紅侵軍』侵略の時が最も赤いイメージがあるが、それでさえたかが知れている。一部隊が全滅した大地は赤く染んでいたのかもしれないが、その場には二人ともいない。俊と優が奪われた時には『緋闇石』の赤い焔が火柱のようにほとばしったが、それとてその場だけだ。
その後は、視覚的に赤を思わせる事件はない。
亮の見つめる窓へ、忍も視線を向ける。
なにか、ヒントがあるような気がして。
「?!」
思わず、目を細める。
そこにあったのは、大地を染め上げる夕日だったから。
いつのまにか、夕方になろうとしていたのだ。
大地を燃やすような、赤。
『知っている』赤だ。
「旧文明産物を、稼動させたら」
亮の声が、こちら向いたことに気付いて、そちらに視線を動かす。
感情のない瞳が、見つめている。
「思い出してしまうかも、しれません」
「俺が『何』を思い出すんだ?」
「とても、古い記憶を」
そのせいで、亮は旧文明産物を稼動させることを躊躇っている。それが『緋闇石』を消す為に必要なのにも関わらず。
答えは、ほとんどわかっている気がする。
自分が何を思い出してしまうのか、なぜ、そのことで亮が躊躇うのか。
ヒントは、出揃っているはずだ。
異様ともとれる量の知識を、自ら学んだのではなくて、最初から亮自身が持っているということ。
それから、キャロライン・カペスローズの息子探しをしていた時、亮は遺伝子データを開きながら言ったこと。
『遺伝子管理していないと生物は存在できないんですよ、『Aqua』上では』
『第2遊撃隊』とのいざこざの時には、作戦遂行能力の中には『選ばれるかどうか』も含まれるとも。
「俺が、たまたま龍牙の波長にあったわけではなくて」
忍を見つめる視線が、かすかに揺らぐ。
「最初から、俺に合わせて創られているんだな」
旧文明産物なのだから、『龍牙剣』は忍が生まれるよりも前に存在している。
でも、『龍牙剣』は忍の為に創られた剣だ。
いや、忍の遺伝子に合わせて創られている、と言うべきか。
たった数人が起こした『崩壊戦争』。
旧文明を崩壊させた数人の中に、間違い無く、自分もいた。亮も。
二人だけじゃない、六人が……いや、九人いたに違いない。『第3遊撃隊』のメンツと、総司令官、それから協力者たち。知っていなければ出来ないことが多すぎる。
「本来の遺伝子管理は、生まれてすぐのデータのみ、そして同一の組み合わせは起こらないように徹底した管理が行われています……『崩壊戦争』以前から」
遺伝子が、記憶までも運んでしまうから。
だけど、タブーのはずの記憶を残す為に、例外ができた。
『緋闇石』を消す為に。
「……覚えてるのか?」
「断片的に、少しだけ、ですけどね」
痛みを知っている笑みが、浮かぶ。
「総司令官たちも?」
亮は、首を横に振る。
「『知って』はいますけれど、『覚えて』はいません」
『知っている』のと、『覚えている』のとは、違う。記憶するのは事実だけではない。『知っている』だけでも、痛みが伴うのに。
誰よりもよく、その辛さを知っているからこそ、亮は躊躇っている。
忍は、机に腰掛けたままの亮のまん前に立つ。
「『緋闇石』を消すのに、そいつは有効なんだな?」
「前回よりは、有利になるはずです」
「それを稼動するのに、龍牙が必要なんだろう?」
こくり、と亮は頷いてみせる。
「なら、やるよ」
はっきりと言いきった忍を、亮は少し戸惑った瞳で見つめる。
「『知っている』のも『知らない』のも何人かいるじゃないか、『覚えてる』のを、一人で背負ってなくていいよ」
にこり、と忍は笑う。
亮の視線が、少し落ちる。
「忍なら……きっと、そう言うと思ってました」
音もなく総司令官の机から降り立った亮は、忍をまっすぐに見る。
微かな笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
微笑は、くすぐったそうな笑みになる。
が、それは、すぐに消える。かわりに浮かんだのは、いつもの軍師な表情だ。
忍も、龍牙剣を握り直す。
「で、その旧文明産物はどこにあるんだ?」
「蓮天神社に」
総司令官とその協力者たちが初詣に行く意味が、やっとわかる。
ひっそりとした佇まいの神社は、今も『崩壊戦争』に最も近しい存在なのだ。



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