[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・6■



窓の外を流れていく景色を眺めていた須于が、目を細める。
「すごい夕焼けね」
「ああ」
サングラスをかけたジョーが、軽く頷く。
買い出しにでた俊は戻らないし、忍も亮を迎えに行ったきりだしで、夕飯の準備もまだしなくてよさそうだったので、ジョーが銃のパーツを買うという名目で二人で出てきたのだ。
暮れかかりの陽は、全てを赤に染め上げている。
通りも、道行く人も、そびえたつ総司令部も。
「少し、怖いくらい」
須于が、軽く肩をすくめる。
ジョーは相変わらず前を向いたまま、ぼそりと言う。
「この世が終わるわけじゃない」
らしい台詞に、思わずくすりと笑ってしまう。
「そうね」
もう一度、窓の外を見た須于は、
「あら」
「どうした?」
「俊だわ」
ちらり、と視線を向けると、確かに俊がいる。なにやら、挙動不審だが。ジョーはウィンカーを出すと車を寄せる。
須于が窓を開ける。
「俊」
急に思わぬ方向から声をかけられて、俊は充分びっくりしたようだ。少し飛び上がるようにして振り返る。
声の主を見て、にやり、と笑う。
「おや、お揃いで」
「どうしたの?」
「いやさ、裏手通ったら忍のが止まってたから、今度の仕事はここなのかと思ってさ」
と、俊は親指で指してみせる。
指の先には、石造りの鳥居。
蓮天神社、とある。
ビルとビルの合間に埋もれるようになっていて、いままで何度も通っていたはずなのにこんな場所になっているとは知らなかった。
「神社があったのね」
須于も知らなかったらしい、驚いた顔つきだ。
「仕事じゃなくて、初詣の下見じゃないのか」
ジョーが現実的な予測を述べる。今年の永翠神宮の人ゴミは忘れられない。あの二の舞はゴメンだ。
その意見にはおおいに賛成ではあるが。
「この状況で?」
俊が首を傾げてみせる。
状況というのは、アファルイオに『緋闇石』が出現していて国内情勢が不安なこと、そして麗花が危険を承知でアファルイオに戻っていること。
たしかに、そんな状況で初詣の下見なんて気分にはなれない。
「なら、神頼み」
「忍と亮が、か?」
思わず呆れた口調になってしまう俊だが、ジョーのある意味現実路線の発想も責められない。
どう見ても、さびれきった神社といった風情だ。ここですることなんて、確かにお祈りくらいしかなさそうだ。
須于も、ジョーの現実路線の発想を支持したらしい。
「せっかくだから、私たちもお参りして行きましょうよ」
「まぁな、神様でも仏様でも味方してくれた方がありがたいしな」
俊も賛成らしい。もっとも、お参りよりもビルの中にある神社に興味が出たといった方が正確なのだろうけれど。ともかくも、多数決でお参り決定。
「駐車場に車置いてくる」
ジョーは、シフトをドライブにいれる。

足を踏み入れてみると、さびれたという表現は誤りだったことに気付く。
人の気配が全く無いだけで、実に丁寧な手入れが行き届いている。石鳥居から続く階段にも、参道にも、落ち葉はほとんど落ちていない。誰かが掃き清めているのだ。
奥まったところにある社殿も小さくはあるが、物静かな威厳を称えている。
社殿への石階段を登り終えた俊は、ぐるりと見回す。
「あの、なんていうんだろ、鈴はないんだな」
「そうね」
頷き返しながら須于は、お財布からお賽銭を取り出している。
ジョーと俊も、ズボンから財布を取り出す。
ちりん、ちりりん、と小銭が賽銭箱に入って行く音がして、ぱんぱんと手を叩く音がして。
静寂がおとずれる。
真面目にお参りを済ませた後、もう一度俊はあたりを見回す。
「俺たち以外、誰もいなさそうだな」
「そうだな」
ジョーも頷く。俊が言いたい意味は、二人ともわかっている。須于が首を傾げる。
「忍達は、どこ行ったのかしら?」
「さあなぁ」
石階段を降りる。
「ホント、どこ行っちまったのかな?」
俊はあたりをきょろきょろと見回す。
「駐車場だけ使って、他に行ってるんだろう」
至極もっともな予想はジョーだ。
「でもさ、ここらって全部駐車場完備のビルばっかだぜ?」
言いながら、先ほど駐車場から回ってきた方とは逆へと歩き出す。
「あら、そっちは逆……」
止めかかった須于の台詞は、俊の驚いた声に遮られる。
「なんだコレ?」
声色が、先ほどまでのお気楽なモノとは違うというのは、すぐにわかる。ジョーと須于も、すぐに後を追う。
「どうかした?」
須于の問いに、俊は黙ったまま石垣に触れてみせる。
近寄ったジョーは、目を細める。
「隠し扉、か」
通常の人間なら、見落としてしまうであろうくらい、巧みにカモフラージュされている。俊たちも、誰が通ったのか微妙な隙間がなければ気付かなかっただろう。
そう、誰かが先に通っている。まさか、この神社に人が来るとも思っていなかったのだろう。少々、閉め方が甘かったようだ。
忍の車が駐車場にあるのに、忍と亮の姿が見えない答えは、どうやらココのようだ。
「へぇ?ただの神社じゃないってか」
俊が、にやり、と笑う。
ジョーも、脇の下のモノを確認しながら頷く。
「普通の神社に、隠し扉は必要無いだろう」
こんな楽しそうな場所、興味無いわけが無い。仕事だろうとは思うが、邪魔をしない自信はある。
須于も、にこり、と微笑む。
俊は、ゆっくりと隠し扉を開く。
三人の姿は、石垣の向こうへと消える。



石垣の扉の向こうは、現代的というよりは未来に迷い込んだようだ。
いや、ここは過去そのものだ。旧文明時代の通路が、そのまま残っているのだから。
暗すぎも明るすぎもしない、微妙な色合いの光が先へと導く。いくつか分岐があったが、亮は迷う様子がない。よく、ここの構造を知っているようだ。
「驚いたな」
忍は、思わず素直な感想を述べてしまう。
いくつかの分岐を過ぎたところで、亮は行き過ぎた通路を指してみせる。
「あちらに行くと、『崩壊戦争』を起こした者たちの墓です」
そう言われると、空気が急に冷えた気になるから不思議だ。忍は苦笑する。
「俺の墓があるってことか?変な感じ」
亮は、にこり、と微笑む。
「僕のも、ありますよ」
「まぁな」
いつか見た冒険映画のピラミッドの中が、超文明化したみたいな感じだ、なんてことも思いつつさらに歩き続ける。と、急に視界が開けた。
目前に、しっかりめの大きさの扉がある。
「ここに、あるのか?」
もちろん、亮の言っていた稼動させたい旧文明産物が、だ。
黙ったまま頷いて見せた亮は、扉脇のパネルの前に立つ。慣れた調子でパスを打ち込むと、音もなく扉は開く。
「慣れてるな」
忍の笑いを含んだ声に、亮は笑みで答える。
「ここは初めてですけど、ね」
なるほど、総司令部ビルも国立病院も旧文明産物なのだ。表に出ないところに何があるのかは、誰も知らない。
にしても、だ。
「旧文明時代でも、これだけの警備が必要と判断されたのか?」
扉の向こうに現れたモノを目にして、忍は目を細める。
「ここに収められたのは、『崩壊戦争』後です」
亮は、振り返らずに答えながら、第二の扉につけられたパネルに向かう。
そう、扉は一枚ではなかったのだ。
「なら、なおさら厳重ってコトじゃないか」
「そうですね、制御出来る保証がありませんから」
忍は、なにも言わずに片眉を上げる。
第二の扉も開き、さらに第三の扉が現れる。
さきほどまではピラミッドの中だったが、今度は時代劇の武家屋敷の様相だ。だが、それを喜んでいる場合ではない。
「この扉の向こうに、あります」
相変わらず、亮は振り返らない。
いつも確実な手段を取る亮にしては、随分な賭けだ。『緋闇石』を抑える為とはいえ、制御可能かどうかすらわからない旧文明産物を稼動させるとは。
それに、だ。総司令官室で聞いた話から考えたら、少しおかしくはないだろうか。
「なぁ?」
忍の声が聞こえていないわけはないが、亮は第三の扉のパネルの操作をはじめる。忍も構わずに問いを発する。
「『緋闇石』を消す為に、遺伝子操作に手を加えたんだろう?」
過去の記憶を残すというタブーを、あえて起こす為に。
だから、龍牙剣は時を越えて忍の意思に従う。
「『緋闇石』を制御できた者も、『崩壊戦争』以前にもいません」
忍の問いの意味を、正確に捉えた返事が返ってくる。この中にあるモノも制御ができたことがない、ということだ。
第三の扉が、ゆっくりと、音もなく開く。
薄闇の部屋が開ける。
妙に広い部屋の真ん中に、ぽつり、とガラスのドームのようなものがあるのが見える。
が、その中まではここからは見えない。
亮は、手振りで忍に待つように示して、自身は中へと入って行く。
そして、そっとガラスドームを覗き込む。
その横顔に、不思議な表情が浮かぶ。それは、笑みだった。
奇妙な笑みが浮かべたまま、亮は言う。
「正直なところ、戒めを解いたからといって、稼動してくれるのかどうかもわかりません」
旧文明産物は、間違いなくガラスドームの中にあるのだろう。
忍は、一歩、部屋に踏み込む。
「ここにあるのは」
大きくは無いのに通る、亮の声。
「『崩壊戦争』の時、最終兵器と言われていたモノです……本当の最終兵器は『緋闇石』だったのですけど」
ゆっくりとした動きで、亮はガラスドームに触れる。まるで、衝撃を与えたら、中にあるものも壊れてしまうかのように。
「『緋闇石』の対極に位置するはずのモノで、そして……」
忍は、ゆっくりとガラスドームに歩み寄る。
不思議な光沢をもつ、その中をそっと覗く。
蒼、とも、碧、とも表現しがたい色を持つ、石。
雫のような美しい流線形をしているが、大きさは『緋闇石』によく似ている。
「旧文明史上、最も高性能を誇った人口生命体の動力源、でした」
ぽつり、と亮が呟く。
「人工生命体?」
忍は問い返すが、返事が無い。ガラスドームから、亮へと視線を移す。
亮はまだ、魅入られたかのようにガラスドームの中の石を見つめたままだ。
「本当に、ここに保存されていたんですね」
ほとんど独り言のように言った後、亮は、ゆっくりと顔を上げる。その顔には、ほとんど滅多に見せない痛みを知っている表情が浮かんでいる。
「『崩壊戦争』の時、この石は……」
ゆっくりと指が上がり、そして亮自身の心臓の付近で、止まる。
「ココに、あったんです」
忍は、目を見開く。
軍師としてだけでなく、医師としての完璧な知識。そして、軍師としての才覚は今とほぼ遜色無く、六歳の時には大の大人を相手にやってのけてみせたことも知っている。
異様な知識量は、望んで得たものではないとは、気付いてはいたけれど。
亮が受け継いだ遺伝子は、人のモノではなかったから。
いつだったか、亮の切り刻んだ腕を見て、仲文が言った。
『生きているかどうか、わからなくなっちゃうみたいでね』
亮を苛んでいたのは。
本当に、人、ではないかもしれない、という不安。
忍だけをつれて、ここ来たのは。
もし、最悪の予想があったたとしたら。
「コレが、ここにあって俺もよかったよ」
忍の顔に、笑みが戻る。
「『緋闇石』を消すのに必要だからって、亮の……」
言いかかって、口をつぐむ。
かつて、この石は亮の『中』にあった。
そして、亮はこの石が『緋闇石』に有効だと知っている。
『古い記憶』を忍に思い出させることを、亮が躊躇う本当の理由。
かつて、龍牙剣を握っていた自分が、なにをしたのか。
亮は、軽く首を横に振る。
「取り出したのは僕です、忍じゃない」
最悪の予想を、否定する。だけど。
「だけど、起こったことを『知っている』のと『覚えている』のは、やはり違います」
そう、違う。
その意味が、今は、はっきりとわかる。
亮は、『崩壊戦争』で起こった悲劇を『覚えている』のだから。その痛みまでも。
だから、忍が思い出すことを躊躇っている。
忍の顔に、笑みが戻ってくる。
「なおさら、亮一人に背負わせて置くつもりは、なくなった」
龍牙剣を、抜き払う。
薄暗い部屋の中でも、その刀身は薄い光を放っている。
ガラスドームに、まっすぐに向き直る。
亮が、一歩下がる。
「いくぜ」
さっと風を切り、龍牙剣が振り下ろされる。
ガラスが砕け散る、澄んだ音が響き渡る。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □