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夏の夜のLabyrinth
〜10th 迷宮の中の迷宮〜

■pebble・8■



国立病院へ、最近ではこちらのほうが馴染みになってしまった裏口から入る。
担架へと下ろされた亮が、微かに微笑む。
忍も、微かな笑みを浮かべる。
が、それは刹那のことで、亮は点滴と酸素呼吸器をつけられて仲文の待つ手術室へ連れて行かれてしまう。
「余裕だな」
背後から二人の様子を見ていた俊は、忍に車のキーを返しながら少々呆れ顔になる。亮は生死の境だし、忍だって傷だらけなのに。
「だって、皆、生きてるじゃないか」
相変わらず、忍の顔には笑みが浮かんだままだ。
「確かに、一理あるな」
言いながらジョーがくわえた煙草を、さすがに須于が取り上げる。
俊は、肩をすくめる。
「満身創痍だけどな」
「それでも生きてればチャンスはつくれるよ、無事でよかった」
不意に加わった別の声に、四人が振り返ると健太郎が立っている。誰だかわかった四人は、思わず目を見開いた。
「どうしたんですか?」
須于が問いかける。
健太郎は、いつものスーツではなくて白衣姿で、にこりと笑う。
「安藤くんは手術室だからね、誰かが君たちを治療しないと」
「医師免許……」
「持ってるよ」
あっさりとした口調で言うと、先に立って歩き始める。
「あの……」
足を止めて振り返った健太郎は、にやりと笑う。
「国立病院には血まみれの幽霊が出るってウワサになる前に、移動した方がいい」
亮のケガに気を取られていたけど、確かにそうだ。忍も血まみれだし、ジョーだってえらい顔になっている。応急手当をした須于の手も血の色に染まっている。
再び歩きはじめた健太郎の後を、忍たちも慌てて追う。

仲文の診察室に入って、手際よくジョーの傷の手当てをし終える頃には、さすがに四人とも健太郎が医師免許を持っているのを疑う気はなくなっていた。
だいたい、総司令官として軍事と外交に精通しているだけでも大変だと思うのに、巨大財閥を切り盛りもしているのだ。いつ、医師免許など取れるというのだろう?
が、いまはそれは問題ではない。
忍が、さすがに貧血気味ではあるけど大丈夫そうだ、とわかったら、山ほど聞きたいことはある。
「で?」
俊が、少々不機嫌な声を出す。
『緋闇石』に二人だけで立ち向かったのも業腹だが、それ以前になぜ蓮天神社に行っていたのかも不思議だ。
わからないことだらけ、と言った方がいい。
忍は、三ヶ所目の傷を縫ってもらいながら、軽く肩をすくめる。縫わなくてはならない傷はこれで最後だ。
「『緋闇石』を抑えられるかもしれないっていうモノを取りに行ったんだよ」
蓮天神社が旧文明産物であることは、入ったからわかっている。それはともかく、『緋闇石』を抑えられるかもしれないとは、すごいコトだ。三人とも、驚いた顔つきになる。
「旧文明産物なの?」
「そう、旧文明産物のケースに入ってるから、俺が呼ばれたってわけ」
と、顎で自分の得物である龍牙剣を指してみせる。
「じゃ、あのガラスの割れた音って……」
「ああ、俺がケース開けた音だろ」
「『緋闇石』は?」
駆けつけた時には、あの惨状だったのだ。音を聞いてから駆けつけるまでに、ほとんど時間はかかっていない。
ずっと余裕の表情だった忍の顔に、はじめて悔しそうな表情が浮かぶ。
「不意打ち食らった」
「じゃあ、『緋闇石』は、忍たちがそのなんだかを取りに来るのを知ってたってわけ?」
「というより、俺がガラス割った時に気付いたんじゃないか」
忍は首を傾げる。
「どっちが不意打ち食らったのかわからない顔してた」
傷の手当てをしながら、健太郎の顔も総司令官のものになっている。
「ケースが割れちまったから、ひとまず破片をどけようとした時に背後にヤツが出てきたんだよ、しかも俺の手から龍牙奪い取って、振り返った亮を刺した」
そして、龍牙剣を奪い返そうとした忍を『緋闇石』でぶっ飛ばしたのだ。
「で、俊たちの足音がしたと」
時間的には、あっという間の出来事だった。
「目的のモノは手に入れられたのか?」
ジョーの問いに、忍はにやりとした笑みをみせる。
「もちろん」
自由な方の腕をズボンのポケットに突っ込むと、それを取り出してみせる。
俊もジョーも須于も、身を乗り出す。
「これが……?」
「『緋闇石』を抑えるのか?」
蒼とも碧とも表現しがたい、小さな石は色と形こそ違うが。
「まるで、『緋闇石』の双子ね」
「高度な素子の集合体という意味では、そうなるね」
それは、健太郎のモノというより総司令官のモノ、と言ったほうがしっくりとくる声。
「なんなんだよ、『緋闇石』って?!」
耐えきれなくなったように怒鳴ったのは、俊だ。
「なんで人を操ったり、殺したりするんだよ?!」
国を侵略軍へと変化させ、戦争を起こした。今回だって。
「ドリームキューブ搭載のゲームはしたことあるだろう?」
忍の他の傷を消毒しながら、淡淡とした口調で健太郎は言う。
ドリームキューブはもちろん知っている。バーチャルリアリティー系のゲームには欠かせない素子だし、総司令室にある訓練装置にも同系統の素子が使われている。
「あれの元になったのが旧文明産物の幻想誘発素子だ」
「ああ」
思わず頷いてしまった俊は、須于に肘でつつかれて慌てて口をつぐむ。
麗花のイタズラで、旧文明産物であるはずの幻想誘発素子を見たことがあるのだ。その時に亮が教えてくれたので、なにが違うのかも知っている。
違いは人の感情増幅度。幻想誘発素子のほうが、より感情を大きく増幅される。もし、『不安』を感じていたとすれば、それは想像できないほどの『恐怖』と取って代わる。
健太郎は消毒の手を止めて、まっすぐに俊を見る。
「その応用で『負の感情』に特化し、増幅度を想像を絶するまでに高めた特殊素子、それが『緋闇石』だと考えてる」
仕組みはわからないが、負の感情を動力源にしているようだ、と付け加える。
『紅侵軍』となったリマルト公国は、当時、不景気にあえいでいた。国民は皆、先行きに対して漠然とした『不安』を感じていたはずだ。それが増幅されて、歪められて、他国を侵略した。
漠然とした『不安』でさえ侵略というカタチになる。
祭主公主の巻き起こした暗殺劇のお蔭で、常に『死への恐怖』が漂っているアファルイオは、どうなってしまうのだろう?
迷信深いと、麗花も言っていた。増幅する感情はリマルト公国の時よりも大きくなる。
「じゃあ、『緋闇石』が本気を出したら……?」
「国全体を動かす力は、現状ではないと思うね……むしろ弱っているんだろう、じゃなければ、稼動するかどうかすらわからないコレを、慌てて消しに来る理由はない」
話している間も手を休めていなかったおかげで、忍の手当ても全て終わったようだ。健太郎は立ち上がる。
「え?コレ、動かないんですか?」
須于は驚いた表情で、忍の手の平の石を見つめる。
「さぁ?」
忍は首を傾げてしまう。
「『崩壊戦争』に関してはかなり詳細な記録が残ってるけど、これに関する記述はほとんどなくてね」
手を洗い終えた健太郎も肩をすくめた後、微かな笑みを浮かべる。
「でもまぁ、『緋闇石』がこうして現れたってことは、動くし有効ってことだろうけどな」
「あ、そっか」
「でも、どうやって動かすかわからない、か」
『緋闇石』も焦っているのかもしれないが、こちらもどう動いていいのか検討もつかない。
なんとなく、沈黙が落ちる。
と、なんの前触れもなくドアが開く。
みなの視線が集まった先には、仲文と同世代に見える青年が立っている。にこり、と人好きのする笑みを浮かべた彼を、忍は知っている。警視庁の警視で遊撃隊協力者でもある高崎広人だ。
「やっぱ、ここだった」
がさごそと大きな音をたてたかと思うと、大きな紙袋をいくつもぶら下げて入って来る。
「こんばんは、お久しぶりです」
忍が頭を下げると、広人の笑みが大きくなる。
「こんばんは」
「ええと……?」
忍の知り合いらしいが、今回の件を健太郎と仲文以外に伝えた覚えはないので、俊たちは戸惑いを隠せない表情をしている。
ジョーも怪訝そうな顔つきだったが、須于は小さく「あ」と声をあげる。
「プリラード親善大使の襲撃騒ぎの時、いらっしゃいましたよね?」
言われて、俊もジョーもあの現場で指揮をとっていたことを思い出したらしい。
「警視庁に勤務してる高崎広人って言います、よろしく」
ぺこりと頭を下げられて、慌てて三人も挨拶を返す。
「蓮天神社の後始末をしてくれてたんだよ」
説明を加えた健太郎に視線を向けた広人は、相変わらず笑顔のまま言う。
「『緋闇石』が二発ほどやったみたいですけど機能はやられてないですね、なにかあったという痕跡は消えましたよ」
「あの、もしかして?」
「あ、ちゃんと扉も閉めてきたから大丈夫だよ」
どうやら、あの血まみれの全てを片付けてくれたらしいが、笑顔を向けられてしまうと、謝る雰囲気ではなくなってしまう。
誰からともなく、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「仕事なんだから気にしない気にしない、それよりコレ」
広人は、手にしていた紙袋を手早く四人に押し付ける。
「へ?」
「着替えだよ、そのままじゃ裏通り人生のままになっちゃうだろ」
軽口だが、現場を見て察してくれたのだろう。が、健太郎は可笑しそうに、くっと吹き出す。
「マメだよな、ちゃんと店まで変えて」
「そりゃ、用意するからにはセンスの見せ所でしょう?」
そう言われてみれば、それぞれに渡された紙袋は違うところのだし、それに、だ。
「コレって……」
「ブランドっすか?」
血まみれの格好のままじゃ外に出られないから、ありがたいけれど。これは後から払うにしても、高くつきそうだ。
忍たちの言いたいことはわかってるらしい。広人は人のよい笑顔から、にやり、とした笑みへと変わる。
「大丈夫、『緋闇石』のお蔭でこれだけ大変な目に合ってるのは、『Aqua』最大財閥総帥の総司令官殿も深い理解を示しておられるからね」
立て板に水で言ってのけた後、健太郎のほうにくるりと向き直る。
「そうですよねぇ?」
「正確に、理解してるよ」
頷いてみせると、健太郎はポケットからなにやら小さな冊子を取り出す。
「で、いくらかかったって?」
「さーすが総帥、小切手とはお大尽」
言いながら、遠慮する様子もなく領収書を出して見せる。
健太郎は、なにやら書き込むと、無造作に広人に手渡す。受け取った広人は、忍たちに向き直る。
「というわけだから、気にしなくていいよ」
大袈裟な身振りで、財布に小切手をしまいこむ。
にっこり、と微笑んで。
忍たちも、つられるように笑顔になる。
「じゃ、遠慮なく」
「ありがとうございます」
「いいってこと」
相変わらず笑顔のままではあるが、広人の口調からは妙な明るさが消えて、落ち着いたモノになる。
健太郎が、なにか言いかかった忍の先回りをする。
「ひとまず、着替えておいで」

着替え終わって戻ると、広人の口笛で迎えられる。
「似合ってるよ」
健太郎もにこりと笑う。
自分のがどうかなんてわからないが、互いのを見れば確かに広人はセンスがあると思う。が、顔を合わせたとたんに四人浮かんだのは、申し合わせたかのように奇妙な表情だ。
そう、疑問がヒトツ。
「あのう、サイズがぴったりなんですけど……?」
「そりゃそうだよ、俺、警視だもん」
けろりと答えられて、ますますワケがわからない。
「えと、どういう……?」
尋ねかかった時に、また扉が開いて、今度は診察室の主である仲文が入って来る。
四人を見た仲文も口笛を吹いたが、表情を見てすぐに笑顔に変わる。
「そのセンスなら、広人だろ?」
こくり、と四人が頷くのを待って続ける。
「警察ではね、不審人物がいたら顔じゃなくて体型を覚えるよう訓練されてるんだよ」
「顔は変えられるからね、案外、体型はホントに変えるヤツ少ないから」
なるほど、一度会った時に広人は忍たちの体型を覚えてしまったということらしい。感心してしまうが、それよりも仲文が戻ってきたということは。
「終わったんだな?」
広人が尋ねる。亮の手術が、だ。
「まだ点滴に酸素吸入は外せないけど、急変の心配はないよ」
ほっとした顔を、四人で見合わせる。
「いまは?」
「寝てるよ」
だとすれば、会うのはやめといたほうがよさそうだ。亮はそんな状態であったとしても、誰かが近付く気配に気付くだろうから。
「今日は、よく寝て疲れをとって、どうするかはそれからだ」
穏やかな口調だが、有無を言わさない語気で、健太郎がきっぱりと言う。
どちらにしろ、軍師である亮が動けない状態ではどうにもならない。
四人とも、素直に頷く。
「これは、俺が預かっておきます」
忍が、ポケットを指す。そこにあの蒼とも碧とも言いがたい石が入っているのだろう。
『緋闇石』が龍牙を恐れて去ったのは、確かだ。だとすれば、これほど適任の番人はいない。
総司令官にも異議は無い。

忍の車に、四人で乗り込む。運転するのは俊。
ジョーも忍もケガをしているし、健太郎の言う通り四人とも疲れている。国立病院に置きっぱなしになるジョーの愛車も蓮天神社に置き去りのままの俊のバイクも、明日、回収することにした。
四人とも、黙り込んだまま、それぞれの方向を見ている。
窓の外を流れて行く夜景を。
まだ、生きている。
チャンスは、また巡る。
だが、今度『緋闇石』と対峙する時。
どんな結果になるにしろ、それが最後の対峙になる。



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