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夏の夜のLabyrinth
〜11th  休息日は勤労日〜

■spoondrift・3■



ぬけるような青空の下、俊と須于の期待膨らむマリンスポーツ専門店、ブルーマリナーへと先ずは向かう。
入ったなり、思わず俊が口笛を吹いてしまったのも頷ける品揃えだ。
「あ、最新部品入荷ですって」
須于も、壁の告知を見て弾んだ声を上げる。
「ほほう、基本もあるのね」
麗花が笑顔を浮かべる。
『マリンレジャー用品ならなんでも揃う』という謳い文句はダテではないらしい。うきわやらビーチボールやらも充実の様子。これなら、見てるだけでも飽きない。
ボードやらダイビングやらに興味を示しているのは忍。運動神経はイイ方だし、体を動かすのも好きなタチだ。せっかくだからやってみたいのだろう。
一人、ジョーは窓から通り向こうを見やっていたが、亮の側にやってくる。
「あっちの店、見てくるから」
「ええ、しばらくは大丈夫ですよ」
亮は、にこりとしながら頷いてみせる。
俊と須于は、部品の山から自分らの好みのを選ぶのに夢中だ。忍も挑戦するのを何にするのか迷っているし、麗花は皆で遊ぶ為の道具選びに余念がない。通り向こうに行くくらいの時間は、充分だ。
通り向こうにある店がなんなのかを、亮は知っている。
プリラード製のモデルガンが揃っているのだ。ジョーだって、コアニになにがあるかくらいはチェックしているらしい。
ジョーは軽く頷いてみせると、いつもよりも大股で向かい側へと歩いていく。
それを見送ってから、亮は店内へと視線を戻す。
忍が手招きしている。
「はい?」
隣まで行くと、忍はスーツを二つ手にしている。どうやらダイビングすることに決めたらしい。
「どっちもサイズおっけーなんだけどさ、どっちがイイと思う?」
どうやら、デザインを選びかねているらしい。
亮が首を傾げたところで、麗花が後ろからにょっきりと顔を出す。
「右のっ、右のがカッコいい!」
「む、んじゃそーしよう」
今度はフィンを選び始めた忍に、麗花は不思議そうについてまわる。
「ねぇねぇ、こっちでライセンス取るの?」
「持ってるよ、俺」
「ほえ?」
一瞬マヌケな声をあげた麗花は、すぐに思い当たることがあったらしい。
「あー、最初に初級ライセンスとらされたよね」
が、忍は首を少し傾げる。
「俺、スキューバとスキーはインストラクター資格持ってるから」
「なぬ、いつの間に」
「バイトするついでに」
「なんのバイトしてたの?」
フィンの次はゴーグルを手にしながら忍は返事する。
「ペンションとかに泊り込みでやるバイト、自由時間あるから」
「へええ、自由時間は遊べるんだ」
「まぁな」
忍のあいまいな返事に、どうやら遊びでライセンスを取ったわけでもないらしいと気付く。
「もしかして、バイト掛け持ち?」
「その方が金になるからな」
そういえば、忍の家は借金持ちだったのだ。自分の生活費くらいは自分で稼ごうとしていたのかもしれない。
「働き者だねぇ」
麗花はそっちに関するコメントはそれだけにして、にんまりと笑う。
「ね、雑誌とかに出てるみたいな海が見えるの?」
「コンディションによるけどね、ブルーリーフは穏やかなこと多いらしいよ」
「ほほう、期待大なのね、で、教えてもらえちゃったりするわけ?」
ゴーグルも選び終えた忍は、あっさりと頷く。
「やりたけりゃな」
「わーい、やるやるっ!」
満面の笑顔になると、麗花もスーツを物色し始める。
「最初に初級は取らされたんだけど、まともにやったことないからさー」
『最初』とは軍隊所属するときのことに違いない。義務で取っただけなので、当人は楽しくなかったのだろう。で、やってみたかったらしい。
いきなり亮を振り返る。
「ねぇねぇ、亮もライセンス持ってるの?」
「いえ」
「そっかー」
俊と須于はマリンバイクの部品選びに忙しいし、忍と麗花もダイビングの準備に夢中だ。亮は窓の外へと目をやる。
ホントに、ぬけるような、という表現がぴったりくる空だ。空気が澄んでいるせいもあるのだろうが、青がキレイだと思う。
あれだけの事件に巻き込まれたのだ。たまには、しがらみの無い休日があってもいい。
少なくとも、忍たちには。
そんなことを、ぼんやりと考える。
と、視界の端に見覚えのある人が見える。
どうやら、ジョーは早々と選び終えたらしい。袋を持って、あちらから道路を渡ってくる。
忍が詳しいので、麗花もさくさくと道具選びを終えたらしい。ホテルに送ってくれるよう手配して、こちらにやってくる。
「お、いつの間にジョーも買い物を」
目ざとく麗花が見つける。忍は、道路向こうに眼をやって納得する。
「へえ、ジョーもちゃんとチェックしてるじゃん」
「そうみたいですね」
二人の会話に、麗花も道路向こうへと目をやる。
「あ、銃なのね、なるほど」
麗花と忍が、ジョーの手にしてる袋を指差して、にやり、としてみせる。目があうと、少々照れくさそうな笑みが浮かぶ。
多分、目的のモノが見つかったのだろう。なにげなくぶら下げた袋のもち手を、しっかりと握っている。
麗花が、身振りでダイビングをしてみせ、ジョーは?というように首を傾げる。
が、道路を渡り終えたジョーの視線が、忍たちの方から道路向こうへと移る。
つられるようにして、忍たち三人の視線もそちらへと動く。
「なんか、えらい勢いだね」
ぽつり、と言ったのは麗花。
耳のいいジョーは、姿が現れる前にソレが近づいてくることに気付いたらしい。
観光客山ほどのメイン通りに、スピードを一切落とすことなくつっこんできたソレは、いったんは走り去る。
が、ジョーの視線がソレの方向を見たままということは、姿は見えなくても戻ってくるのだろう。
「……あれって、わざと……なわけないよな」
今度は、忍が口を開く。多少、驚いた口調になっている。
ソレ、の正体を正確にわかったから、だ。
「それに、どうしてココにいるの?」
麗花が首を傾げる。
通りの人が把握してるのは、暴走バイクが往復している事実だけだろう。誰が乗っているまで見分けられる人間は少ない。
六人とも、動体視力はいい方だ。かなり鍛えられてもいる。
「ね、亮……」
さきほどから、まったく口をきかない亮へと視線をやった忍と麗花の顔がひきつる。
表情が、消えている。
「あのさ、亮」
忍がおそるおそる言う。
「わざとじゃないんだったら、あのバイク……止めてあげないとマズイんじゃないかな?」
「バイクが暴走したのは、わざとではないでしょう」
声に抑揚がない。間違いなく、機嫌が悪くなっている。
「私、俊たち呼んでくるねぇ〜、バイクのことなら詳しいっしょ」
などと言いながら、麗花はとっとと避難する。別に亮が自分たちに不機嫌になっているわけではないとはわかっているが、周囲数メートル四方がツンドラ気候と化している。
「もしかして……俺たちの目に付くようにしてるのは、わざと?」
察しのよい忍が、あたりをつけてみる。
「……バイクからは、下ろしてあげましょうか」
ぼそり、と亮は言うと、店の外へと出る。
ジョーは人だかりにまぎれたまま、暴走バイクを見つめている。亮と忍が近付くと、怪訝そうな視線をこちらに向ける。
「高崎警視なんじゃ、ないのか?」
「そのようですね」
なにやら、やたらに亮の機嫌が悪いことにジョーも気付いたらしい。口をつぐんでバイクの方へと視線を戻す。
後ろから、俊たちもやってくる。
「なんか、派手にパフォーマンスしてるな?」
「人垣を作っているんですよ」
亮は、相変わらず感情のこもらない声で言う。
「これだけ人がいれば、誰が止めたかわからないでしょう?」
五人の視線が、亮に集まる。
「それって……」
「俺たちに止めてくれっていってるってことか?」
忍の問いに、亮は肩をすくめることで答える。俊は、バイクへと視線を戻して目を細める。
「エンジンオーバーランだな」
「エンジン型は……A2……?」
須于が首を傾げる。俊が即答する。
「A22」
「なら、後輪と配管がこうだから」
と須于が指を組み合わせて配管を示す。
「この合わせ目を壊せば、止まるわ」
「ズレは?」
忍がバイクから目を離さずに問う。
「一センチってとこね」
「んじゃ、腕の見せ所だ」
麗花が、にやりとジョーを見やる。俊も笑顔を向ける。
「どうせ、実弾持ってるんだろ?」
ジョーの腕を持ってすれば、暴走バイクを止めるくらいは余裕で出来るはずだ。
が、珍しくジョーは少々躊躇っている顔つきでバイクを見つめたままでいる。俊が思い当たったらしい。
「あ、モデルガンで実弾やったら、ダメになっちまうか」
「それっくらい、警視庁で弁償してくれるでしょ」
あっさりと麗花が言う。総司令部のおごりでこの旅行を実現させた亮がいる。それは間違いないだろう。
そう言われても、相変わらずジョーの顔は複雑なままだ。
なにか言おうと口を開きかかった須于が、はっとした顔つきにかわる。
「もしかして、あったの?」
複雑な表情が、少々困った顔になる。どうやら、アタリらしい。
「何があったって?」
忍が首を傾げる。
「限定発売の……」
などと会話してる間にも、人垣は増えるしバイクはもう一往復をはじめている。そろそろ地元警察も動き出すだろう。
不機嫌さが消え、いつも通りの軍師な方の顔つきになった亮が尋ねる。
「型はなんですか?」
ジョーも諦めたらしい。手早く買ったばかりのモデルガンを取り出しながら答える。
「カリエ777II」
「ああ、旧文明時代の復刻版ですか」
亮の口元に不思議な笑みが浮かぶ。
「お望みなら、ホンモノのカリエ777を差し上げますよ」
「使えるの、ソレ?」
麗花のツッコミに、忍が笑う。
「総司令部に保管されてるなら、使えるんだろ」
亮が言ってるのはきっと、かつてのジョーが手にしていたモノだろうと察しをつけながら。
ポケットから取り出した弾を一発こめながら、ジョーは片眉をあげる。
「問題ないのか?」
「ないですよ」
大概のことは、亮にかかれば問題ないのだろうが。
「じゃあ、頼む」
言った視線は、すでに暴走バイクの方だ。
「来るわ」
須于が目を凝らしながら言う。
人々の視線は、完全にバイクの方に釘付けだ。忍達は、なにげなくジョーの姿が見えにくい位置に立つ。
すっとジョーの腕が上がる。
張り裂けるようなバイクのエンジン音が近付く。
次の瞬間。
バイクに乗っていた人は道路にほおり出される。
数人が、すぐに駆けよって行く。
ひとまず、バイクに乗っていた人間が無事とわかって、みな散って行く。
もちろん、その中に六人もまぎれている。
「高崎さんのこと、置いてきちゃったけど大丈夫かしら?」
須于が少々心配そうだ。
「大丈夫ですよ、ケガもないでしょうから」
亮はまったく心配していないらしい。
「泊まり先も、だいたい察しをつけてるでしょうし……」
「しょうし?」
俊が首を傾げる。なんとなく、中途半端なところで口をつぐんでしまったように聞こえたから。
忍が、くすり、と笑って亮の頭に手をやる。
「大丈夫だって、総司令部がおごってくれるだけの理由分の仕事はするよ」
そう言われれば、亮がなぜ高崎警視を見て不機嫌になったのか、俊たちにもわかる。
せっかくの休日に邪魔が入ったことに、怒ったのだ。しかも、自分のためでなく。
「さっさと終わらせちまえばイイってことよ」
「そうそ、とっとと済ませて海いこうね」
俊と麗花が口々に言い、須于もジョーも顔を見合わせて微笑む。
亮は、照れ臭そうな表情を隠すように、くるりと向きを変える。
「ホテルに戻る前に、端末だけ買って行かないと」
「んじゃ、次は電気屋だ」
もう、メイン通りはいつも通りの賑わいに戻っている。



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