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夏の夜のLabyrinth
〜11th  休息日は勤労日〜

■spoondrift・4■



端末を前にした亮の顔つきは、いつもの軍師なモノだ。
カスタマイズのコーナーで迷う様子もなくオーダーしている内容は、そう詳しくはない忍たちにも、かなりハイスペックなものを要求しているとわかる。
「ものすごく高くつかないか、それ?」
俊が少々心配顔で尋ねる。
こちらに端末を持ってきていなくて、それが必要だということはわかっている。
が、あまりにも支出としては痛そうに思えたのだ。
「でも、亮ん家ってお金ありそうだけど」
とは麗花の弁。が、亮はにこりともせずに答える。
「もちろん、必要経費ですよ」
なるほど、それは至極もっともだ。
こちらにまともに顔を向けた亮は、にこり、とする。
「それに、最新マシンが欲しいと思っていたところでしたし」
一瞬、言葉に詰まった後。
「確信犯だろ」
俊のツッコミに、亮はすまし顔だ。
「さぁ、どうでしょうね」
忍達は、思わず笑い出す。

注文通りのハイスペックマシンを片手にホテルに戻って、扉を開けながら麗花が尋ねる。
「ひとまず、高崎さん待ち?」
「そうですね、具体的なことを決めるのは、それからでしょう」
具体的、と口にするということは、だ。
忍が目を細める。
「概要は、わかってるってことか?」
「想像に難くないですね」
話が見えているのに、ただ待っているのは性に合わない。
「どういうことなんだ?」
忍たちの部屋に集合して、ジョーが煙草に火を付けながら尋ねる。
「武器密輸です」
黙ったまま、ジョーは片眉を上げる。須于は首をかしげた。
「ここで?」
「実際にコトが動いているのは、すぐ北東にあるキブ島らしいですが」
亮は、端末を起動させながら答える。なにやら複雑なモノの入力の後、いきなりソフトのインストールが始まったようなので、俊が驚いた声を上げる。
「れ?ソフト買ってきてなかったんじゃねぇの?」
「ホストから落としてきてるんです」
ようは、家の総司令室にあるホストに直結しているらしい。なるほど、ハイスペックが必要なわけだ。ホストの処理能力についていかなければならないのだから。
それでもインストールにはしばらくかかるのだろう、亮は皆の方へ顔を向ける。
「元々、内々に捜査協力依頼は来ていたんですけれどね」
「国際組織なのか?」
だとすれば、根が深い話になる。
「いえ、モトン王国内だけの組織で、扱う規模もそう大きくはありません」
俊の表情が、かなり怪訝そうなモノになる。
「それって、モトン王国の警察能力では、摘発できないってことか?」
「難しいでしょうね、彼らの捜査通りだとすれば」
麗花の首が大きめに傾げられる。
「リスティアに捜査協力を依頼してるんでしょ?」
「ええ、問答無用と言い切れるだけの証拠があがらないようですね」
「ってことは、もうすでに組織の正体自体はわれてるってことだよな」
忍の確認に、頷いてみせる。
「モトン王国自身には厄介なことに、クリストファー・ロヒアが首謀者だそうですよ」
「ウソぉ」
ショックなのを顔にも声にもにじませて麗花が言う。俊とジョーも驚いた表情を見合わせた。
忍が、自信なさそうに尋ねる。
「クリストファー・ロヒアって、モトン王国国務長官……じゃなかったか?」
「そう」
俊が頷く。
「むきーっ、ああいうキレイ顔って、どうして悪役かなぁ」
かなり本気で、麗花はがっかりしているらしい。
「捕まえなきゃだけど、捕まえたら目の保養がヒトツ消えるのねー」
「そんなイイ男なわけ?」
どうやら、忍は顔を覚えていないらしい。ジョーは軽く肩をすくめたのみ、だ。
「まぁ、なんつーか女受けはいいかもな、キレイ系っていうの?」
「ああ、思い出したわ、金髪碧眼で王子サマってあだ名があるんじゃなかったかしら」
首を傾げたまま考え込んでいた須于が言うと、麗花は大きく頷いてみせる。
「そ、声もきれいなバリトンなんだよねー」
「ま、ロクでもないウワサも多いけどな」
と俊。
「手っ取り早く金が欲しくなったんだろう」
ぼそり、とジョー。
「まぁ、それはそうとして」
忍が軌道修正をする。
「高崎さんさ、あんなに派手に登場しちゃってよかったのかな?」
「だよな、モトン王国の捜査依頼があったから来たんだろ?」
モトン王国のからの捜査協力依頼は、秘密裏のはずだ。
「派手にしたい理由でもあったのかしら?」
遊撃隊協力者でもある広人が、そうそうドジを踏むワケも無いと思ったのだろう。須于は視点を変えた発言をする。
「恐らく、さらに厄介なことになったんでしょう」
「さらにってことは」
忍が言いかかったところで、扉がノックされる。
「はいな」
「さっきは、どうも」
にこり、と人好きのする笑みを浮かべた広人の登場だ。やはり、忍たちの宿泊先は把握済みだったらしい。
「で?」
つっけんどんなくらいな冷めた口調で亮が言う。
「王室の裏切り者が誰かなのかも、察しがついてるんでしょうね?」
「え?」
「それって、どういうこと?」
なにか、広人が派手なパフォーマンスをせざるを得ない状況なのではないかという須于の予測は、忍たちにも充分納得のいく考えだ。それに、そうだとすれば捜査依頼をした側に不穏な動きがあるというのも、容易に想像がつく。
だけど、王室に、と限定されるとは。
「捜査協力依頼をしてきたのは、モトン警察じゃなくて王室なんだ」
広人は忍たちの疑問を解いてから、亮の方に苦笑を浮かべて向き直る。
「裏切ってるっていう自覚があるかどうか微妙だね、おそらく当人はお熱上がりまくりなんだろうから」
「……?」
珍しく、亮が怪訝そうになる。思い当たったのは麗花の方だ。
「もしかして、リリカ姫?」
「証拠はないけど、ほぼ間違いなく、ね」
広人が頷いてみせると、ジョーが怪訝そうに尋ねる。
「誰だ、それは?」
「え、カパラ王の娘だよ?」
麗花はあっさりと言うが、忍たちには話が見えない。亮が苦笑する。
「モトン王家はあまり露出が多くはないですから」
言われて、麗花は照れ臭そうに笑う。
「あ、そっか、モトン王国の今の国王がカパラ王、六十近いんじゃないかな、王位継承者のカリア王子はしっかりしててイイ人って感じの人だよ」
「今回の依頼も、警察が動きにくいと察したカリア王子からでしたね」
「判断は的確だったかもしれないが、妹には甘いらしいな」
亮の補足に、広人は肩をすくめる。
「ってことは、リリカ姫ってのはカリア王子の妹なわけだな」
「うん、私らとおなじ年だけど、ちょっと甘ちゃんなとこあるかもね」
麗花みたいにたくましい姫君のほうが珍しいと思うが、口には出さずにおいて、忍が尋ねる。
「ようは、カリア王子は国務長官を捕えるには自国の警察だけでは辛そうだと思って、ウチに協力依頼をしたわけだよな?」
「んで、それを妹に明かしたはイイけど、妹は王子サマな国務長官に夢中だったってわけか?」
俊が引き継ぐ。
「そういうコトになりますね」
「でも、どうして姫君だとわかるの?」
須于は不思議そうだ。
「細工したバイクを渡したのは、姫君じゃないんですよね?」
「姫君には、幼馴染みで乳兄弟に近い侍女がいるらしいよ、なかなかかわいらしいお嬢さんだったけど」
にこり、と広人は笑う。
「あ!」
「うわ、なんだよ」
いきなり素っ頓狂な声を麗花が上げるものだから、俊は慌てて耳をふさぐ。
が、そんなことおかまいなく、麗花は大声で続ける。
「ヒナだったんだ!」
「雛……?」
「ぴよぴよ?」
俊と忍が言うと、麗花は首を横にふる。
「違う違う、空港でジョーがナンパした娘」
「誰がナンパだ」
心外だという意思出まくりのジョーの発言は、あっさりと須于にまで無視される。
「もしかして、あの三つ編みの娘のこと?」
「そう、あの娘」
「なるほど、彼女がリリカ姫の乳兄弟で侍女のヒナ嬢ですか」
「リリカ姫やその周辺にバイクをいじる趣味をお持ちの方はいなさそうだったからね」
とは、広人。
「もちろん、リスティアから派遣される刑事がいるってことは、国務長官にも伝わってるってことだよな」
そんな細工を命じたのは、もちろん国務長官その人に違いない。
「小細工で手だし出来ないようにリスティアの刑事が来たというのを、派手に知らしめたわけか」
今日のバイク暴走の件は、夕刊に取り上げられるはずだ。
元々物騒な事件の少ない国だし、細工されたバイクに乗っていたのが検挙率最高を誇るリスティア警視庁の警視とくれば、格好のネタになる。
「最初は迷惑かけるつもりなかったんだけどさ、俺が来るの知れてなきゃ、どうとでもできるし」
広人は、ぽり、と頭をかく。
「知れてる上に、多勢で来られると俺も対処しようがない」
「それに、僕たちが来ているのを知っていたし?」
「はは、まぁこないだの借り返すと思ってさ」
片手で拝んでみせる。
こないだの借り、とは、『緋闇石』の一件での報告忘れと血まみれにした蓮天神社の始末のコトだ。
「どちらにしろ、もう巻き込まれてますしね」
亮は肩をすくめて端末に向き直る。
細い指が、相変わらずのスピードでキーの上をすべる。
「で、どうするんだ?」
忍が、すっかり軍仕様の顔つきになって、にやりと笑う。
「せっかくの休日を、そう潰すつもりはありませんよ」
にこり、と軍師な笑みが応える。
「早期決戦、だな?」
俊も、笑う。
「だから、広人も大騒ぎして来たのでしょう?」
「もちろん、今度俺を狙うときは、間違いなく確実に始末にかかるだろうね」
物騒なことを、にっこりと人好きのする笑顔のまま言う。
「可能な限り急いで」
「私たちのことは、知れたのかしら?」
すでに広人が助かったことは相手方に知れているはずだし、マークだってされているはずだ。
「今頃焦ってるだろうな、ドコへ消えたかって」
広人は、相変わらず微笑んだままだ。追っ手は巻いてきたらしい。
「問題はさ、俺だけじゃなくて侍女のお嬢さんも狙われるだろうってことだよな」
「そうですね、姫君には手を出さないでしょうけど……細工したバイクを渡したというコトは、組織の人間の顔を知ってるということですから」
「しかも、無防備だろーなー」
と、忍。
「もうすでに、相手方に落ちてるって可能性は?」
「ありえるな、高崎警視は無事だったのだから」
「広人でいいよ」
ジョーの肩書きつきの堅苦しい呼び方に、広人は苦笑する。
だが、年上で警視という肩書きを持つ人をいきなり呼び捨てというのは難しい。麗花がにっこり、と笑う。
「んじゃ、広さん」
「ははは、そっちのが気楽でいいね」
当人はコダワリ無しらしいが。
「えと、広人さんをオトリにするのよね?」
須于が首を傾げる。呼び捨ては難しいが、広さんも性に合わなかったのだろう。それはともかくとして、早期決戦狙いで、当人も狙われてるという自覚があるのなら、オトリを使うのが一番手っ取り早い。
「ええ、先ずはヒナ嬢を安全な場所に引き出さないといけませんから」
「ヒナさん、もう捕まっちゃってるかな?」
「時間の問題でしょう、どこにいるのかもコチラには把握できていませんし」
亮は、こちらが探してる間に、相手方に落ちると予想しているらしい。
「それって、大丈夫なの?」
「広人の行方がわからないうちは、ヘタなことは出来ないですよ」
どこで何をしているのかは、相手にもわからないのだ。余計な動きをすれば、首が絞まるかもしれないのはアチラの方だ。
「広人が捕まった後のストッパーは?」
忍はあっさりと呼んでみせる。亮が連呼していたので馴染んでいたのだろう。
「もちろん、用意しますよ」
「で、どうするんだ?」
俊が尋ねる。
にこり、と亮は微笑む。
「せっかくなら、モトン王国を満喫したいと思いませんか?」
忍たちも、にやり、と笑う。
「そりゃ、多いに賛成だね」



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