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夏の夜のLabyrinth
〜11th  休息日は勤労日〜

■spoondrift・5■



こちらからの連絡はなにも入れていなかったのに、コトが動き出した途端に総司令官である天宮健太郎自身からの通信が入る。
『後入りの刑事が広人と連絡がつかんそうだ、と言えば、必要充分なんだろう?』
「確かにその通りですが、最初から巻き込むつもりだったでしょう?」
答える亮の声に、抑揚がない。
『心外だなぁ』
健太郎の声は、どことなく楽しそうだ。
『もしもの時はとは言ったけどねぇ、お前らが事件体質なんだろ』
事件体質だ、というのは少々否定しづらいところがある。勝手に飛び込んでくることが多いのは確かだ。
「コトに必要な経費は落としますよ」
『はいはい、どうせ、すでに最新スペックマシン立ち上げたんだろ』
そのあたりはお見通しらしい。が、亮もしゃあしゃあと言ってのける。
「それだけでは、済みそうにありませんので」
脇で聞いていた忍と麗花も、顔を見合わせる。
他に、何が必要だというのだろう?
「あ、ジョーの銃!」
麗花が、メインストリートでのやりとりを思い出して手を打つ。
「それは、帰ってからの話ですよ」
にこり、と微笑んでから言う。
「武器もなければ、移動手段もないですから」
『そっちでバイク六人分とか言わないだろうな』
さすがに、少々心配そうな声になる。忍達の腕に合わせて全てを最高スペックで用意したら、いくらなんでもコストかかりすぎになってしまう。
亮は、マイクに入らないように、くすり、と笑う。
やはり、亮の方が一枚上手のようだ。
「バイクは一台、武器を少々ってところで済むと思います」
『そういうことなら』
ほっとした声で健太郎は告げると、通信は以上終了だ。
「予定通りってとこね」
麗花が、にこり、と笑う。
広人との連絡がつかないということは、相手方の手に落ちたということだ。
「そういうことですね」
亮は、端末のモニタを半閉じにすると立ち上がる。
「お次の出番、ってわけだな」
少々渋り気味の口調で忍が言う。にこり、と亮は微笑んでみせる。
「まずはヒナ嬢の安全確保、でしょう?」
「わかってるけど……」
一度決めたら、絶対に変える気がないのは、よくわかっている。それが作戦となれば尚更。小さくため息をついてから、肩をすくめる。
「気を付けろよ」
「あまり、無茶はしないようにしますよ」
理解しているのかいないのか、相変わらず笑顔のまま、亮はホテルを後にする。
「心配?」
麗花が首を傾げる。
「まぁな、亮だから」
元々、自分に対する意識というモノが全くと言っていいほど無い。最近は、心配する人間もいるのだということを認識するようになったらしく、それなりには気を付けているようだが。
でも、必要と感じた場合は、自分を捨てかねないのは相変わらずだ。
「ま、微妙だよね」
忍の言いたい意味はわかったのだろう、麗花も苦笑する。
「そうは言っても、性格ってそうそうは変えられないしね」
「そりゃそうだ」
顔を見合わせて、笑う。
「俊たち、順調かなぁ」
「さぁな、差し入れでも持ってってやれば?」
「そうだね、この炎天下じゃ喉乾くよね」
冷蔵庫をあけて、二本ほど清涼飲料水を手にすると、麗花はわくわくとした表情を隠しもせずに部屋を出る。

カスタマイズ系のマリンスポーツ用品が充実しているだけはあって、ホテルでも組み立て場所が提供されている。日陰にはなっているが、外は外、かなり暑い。
俊がドライバーを握った手で流れ落ちてきた汗をぬぐったところに、明るい声が届く。
「やっほーい、差し入れだよん」
顔を上げると、麗花がにんまりと笑って冷えたビンを差し出してみせている。
「おお、いいトコロに」
真剣、喉が渇いてきたところだったのだ。
麗花は、不思議そうに首を傾げる。
「おんや?もう一人は?」
「いるよ」
言いながら、俊は半分以上組みあがったマリンバイクの下の方へと顔を降ろす。
「須于〜、差し入れだって」
「は〜い」
下の方から返事が聞こえたかと思うと、俊に負けず劣らず汚れている須于が顔を出す。
「おお〜、かっちょいい〜」
ビンの蓋をとってやって渡してから、麗花はマリンバイクをながめまわす。
明るいブルーの車体は、日にあたるとキレイそうだ。ほとんどは普通のバイクに似ているけれど、ついているのはタイヤではない。
「もう、ずいぶん出来てきたね」
「カタチだけはな」
俊が肩をすくめる。
「へ?」
「まだ、エンジン周りの調整が全然なの」
麗花からビンを受け取りながら、須于は反対の腕で汗をぬぐう。すっかり機械油くさくなっているが、当人はまったく気にしてないらしい。
女の子らしいかと言われれば首を傾げざるをえないが、須于らしいかと言われれば、大きく頷いてしまう。
「そうなんだ、あとどのくらい?」
「ま、亮の指定時間には充分間に合うよ」
一気にビンを開けてから、にやり、と俊が笑う。
「あと一息ってところだしね」
「頼もしいね、終わったら、私も乗せてよ」
「おう、いくらでも乗せてやるよ、面白いぜ」
須于からも空きビンを受け取り、麗花は部屋へと引き返す。

忍のいる部屋へ、まっすぐに戻ろうかと思っていたのだが、ふと思い立って隣の部屋をノックする。
こちらは、ジョーが銃をいじくっているはずなのだ。
が、返事がない。
「………」
もう一度ノックしてみるが、やはり返事はない。麗花は、ちょっと頬を膨らませながら、大人しく忍の待つ部屋へと戻る。
「ジョーに無視されたぁ」
言いながら扉を開けて、当人がいるのにびっくりする。
「ほげ?!」
「誰が無視した」
ぼそり、と言った手には、元モデルガンがある。先ほど、広人の乗っていた暴走バイクを止めるのに使ったモノだ。
が、もうすでに、モデルガンではない。
「あれれ?もう終わったんだ?」
満面に笑顔を浮かべつつ、麗花は首を傾げてみせる。忍がおかしそうに首をすくめながら、冷蔵庫から缶を取り出してジョーに投げる。
「作業してるとこが、見たかったんだろ」
「というより、ちょっかい出してみたかったんだろう」
鋭い一言である。
「そんなことあるわけないじゃーん、まま、飲み物でもお飲みになって」
ほほほほほ、と乾いた笑いを漏らした後。
「んで、もうバッチリ?」
と、すっかりいつもの調子で尋ねる。
そういうあたりを麗花にツッコんでもムダだとよくわかっているジョーは、缶のプルトップをいい音で開けながら肩をすくめる。
「誰にきいてる」
「おおお〜」
忍と麗花の声がハモっている。
「見せて見せて!」
「ああ」
差し出してくれたソレを、麗花は丁寧に受け取る。大事にしてるとわかっているものを、粗雑に扱うような真似はしない。それがわかっているから、ジョーも大人しく貸すのだけど。
「ほほう……?」
忍も脇から覗き込む。
麗花は、二、三回瞬きしてから尋ねる。
「むう、どこが変わったの?」
「重さ」
簡潔な一言だ。
「な、なるほど……確かに重っ」
落とす前に、ジョーに返す。
「でもさ、よく無事だったね」
モデルガンで実弾を撃つとダメになるから、ジョーは躊躇っていたはずなのに。
言われたジョーの眉が、少々寄せられる。
「あり、もしかして、どっか、ダメになった?」
「弾道が少し、ずれた」
ジョーの腕ならそれをフォローするには充分くらいの、本当に少しなのだろうと思われる。
でも、ジョーにとってはズレはズレなのだ。
「そか……」
そろそろ、陽も少し傾いてきたようだ。
夜の帳が下りるまで、積極的に動くことはなにもない。
「んー、晩飯、なにがいいかなぁ」
忍が窓の外を眺めながら言う。
「もう夕飯?!」
「だってさぁ、機内食しか食ってないんだぜ?」
切なそうに言ってから、ジョーを見やる。
「ジョーだって腹減っただろ?」
「ああ……腹が減っては戦ができん」
大真面目な顔つきで言うモノだから、一瞬、麗花と忍は顔を見合わせる。が、次の瞬間に爆笑しはじめる。
「ジョー、似合いすぎ!!」
「侍だよ、侍!」
想像以上に受けてしまい、ジョーは逆に戸惑ったようだが。

ほぼバイクの組み立てを終えた俊と須于が戻ってきて、汗を流してから夕食。
麗花とジョーがプリラード語も理解できるので、つまらないくらいにスムーズに注文できてしまう。
「むきー、せっかく一仕事後なのに、ビール禁止だぁ」
俊はかなり残念そうだ。
「俺、今日、なんも動いてないからなー」
「の割には、たくさん取ってるじゃん」
「腹は減ってるの」
言いながら、忍はサラダ山盛りにする。麗花がにやり、とする。
「戦できなくなっちゃうもんねー」
「へ?」
俊と須于がきょとん、とする。
ジョーが、手を振った。
「もう、いいだろう」
「ええ、すごく似合ってたのに!」
「なになに、なんのこと?」
なにかあったらしいというのは、すぐにわかる。俊と須于が、ちょっと身を乗り出す。
「いいって、それより、バイクは出来たのか?」
あからさまな話題転換だが、夕闇に染まりつつあるテラス席でもジョーが赤くなってるのがわかったので、これ以上イジメルのはやめておくことにする。
「あとは、磨くだけよ」
「じゃ、準備はばっちりだね」
「そ、あとは待つばかりってヤツ」
なんだかんだで食欲は旺盛らしく、注文したモノはあっという間に平らげられてしまう。
「追加しよう、追加」
「んー、そうだなぁ」
麗花がメニューを広げる。
「コレとコレは明日回しだし」
「なんだそりゃ?」
俊が首を傾げる。
「ん?超オススメがあるのよ、でもそれは明日」
「亮が戻ってきてからね?」
須于が、にこり、とする。
「うん、一石二鳥ってヤツ」
「一石二鳥?」
ジョーが聞き返す。引用間違いだと思ったのだ。が、麗花は、にんまりと笑ってみせる。
「そう、亮なら絶対、覚えてって言った味は覚えてくれるでしょ」
「なるほど」
確かに亮なら覚えるだろう。あの精密で完璧な記憶力は脱帽ものだから。そうしたら、帰っても美味しいのを味わえる、というわけだ。皆で食べた方が楽しいし、確かに一石二鳥といえる。
「んじゃ、その麗花オススメとやらは明日まわしな」
いろいろ素っ頓狂な発想が多いけど、味覚だけは確かなのだ。
「で、何にするんだよ」
「やっぱここは、冒険と行きますか〜」
「わー、やめろ!メニューよこせ、お前の冒険はシャレにならん!」
俊が声をあげて、反対側の忍がタイミングよくメニューを取り上げる。
「こーいう時だけ、妙にチームワークがいいんだから!」
麗花は頬を膨らませるが、ジョーが深く頷く。
「正しい判断だ」
「そうね、冒険は麗花まかせは怖いわね」
「須于まで〜」
そんなこんなで、大騒ぎの夕飯が終わる。

とっぷりと日も暮れて。
バイク置き場のところで、地道に磨き上げているのは俊だ。
こと、バイクに関することは本当にマメだし丁寧だ。それは、陸上用であろうと水上用であろうと関係ないらしい。
街灯の灯りだけを頼りに磨いていた俊は、ふ、とその手を止める。
そして、少し離れてバイクを眺め回す。
そう明るくない街灯の下でも、ぴかぴかになっているのがわかる。
「ん、こんなもんかな」
思わず呟いてから、何かの気配に目を細める。
南国特有な植物たちの間に、なにかいる。
得物は持ってきてはいないが、組み立てに使ったスパナくらいならある。じりじりと、そちらの方に寄る。
がさり、と大きな葉音と共に、相手は顔を出す。
誰だかわかった瞬間、俊の顔には笑みが浮かぶ。
「ああ、お待ちしてました」
相手も、にこりと人好きのする笑みを浮かべる。
「お待たせいたしました」



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