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夏の夜のLabyrinth
〜12th  哀しい異邦人〜

■frothspit・3■



さすがというべきか、亮の顔にも、健太郎の顔にも、なんの感情も表れていない。状況的に、逆らうのは難しいことは確かで、となれば、余計な情報は与えないに限るから。
「バイクでなくてよかったです」
亮が、呟くように言う。
それを聞いて、忍にはわかった。なぜ、自分が相手にとって『有利にコトを進められるカード』なのか。
「降りてきていただこう」
サングラスの男が言うと、車がわずかに動いて、忍たちが乗っている瓦のほうの扉が開く。かろうじて人が通れるかどうかの隙間だが、そこから乗れということらしい。
忍は、軽く肩をすくめると、大人しく従う。
目的を遂げた車は、突っ込んできた時と同じ猛スピードで走り去っていく。
その後姿を見送ってから。
「警告は、ホンモノだったようですね」
と、亮。
返ってきたのは、忍が襖越しに聞いたのと同じ、ぞっとするくらいの冷たさを帯びた声だ。
「……くだらんコトを吹き込んだのが、誰だかわかった」
「ダイレクトに来たということは、遠隔操作じゃない可能性が高いですね」
あくまで亮の声は冷静だ。
「まずは目的を遂げたと思い続けて頂くようにする、それから、これ以上余計な動きはしないで頂けるよう手を打つ、しかないでしょう」
肩に近いところまである手袋をした左腕を、軽く掴んでいる。
健太郎は、眉を寄せる。
「ドジったな、悪かった」
健太郎が射程距離に入らなければ、こんなことにはならなかったのは確かだ。が、亮は微かな笑みを浮かべる。
「相変わらず学習能力には欠けるようですが、根性だけはあるようですね。許していただけるなら、根本から断ち切りたいところですが」
「俺も、そう思っていたよ。これ以上、余計な手出しをされるのは迷惑だ」
「では?」
「お前がかまわないと言うなら、まかせるよ」
亮は、ただ軽く頷いてみせた。

休暇中に連絡してくるのは忍くらいだと思っていた俊は、着信先を見て、ちょっと驚く。
「はいな?」
少々怪訝そうな声への応答は、いつも通りの冷静なものだ。
『すみません、休暇中に』
「いや?なんかあった?」
いつも、あまり感情のこもった声にはならない方だが、仕事仕様かどうかは判断がつく。
『ええ……申し訳ないんですが、戻ってくる準備をして国立病院に来てください』
「国立病院?」
驚いて、オウム返しに問い返してから、気が付く。
「って、そっか、家には帰れないもんな」
一人ボケ突っ込み状態だが、亮からは用件のみが返ってくる。
『仲文の診療室の場所は知っていますね?』
「ああ」
『では、準備出来次第、そこに……来るまでは連絡つきませんから』
「?……わかった。出来るだけ、すぐに行く」
『お願いします』
ふつり、とそこで切れる。
連絡がとれなくなるということは、亮がその電源を切るくらいしか思いつかない。
少しの間、手にしている携帯を眺めてしまう。『第3遊撃隊』に所属してから渡されたもので、通常の周波数帯域とは別になっている上、暗号化もされていると言っていたシロモノだ。
それに、仕事で集合するなら総司令部だろう。確かに、国立病院にも充分な設備はあるけれど、使うのは特別な場合だけだ。
それとも、総司令部に行くのがマズイような状況なのだろうか?
なんとなく、自分の周囲にクエスチョンマークが飛びかってる気がして、俊は首を振る。
なにはともあれ、面白くない状況になっていることだけは確かだ。でも、亮が動けるのなら、遅かれ早かれケリがつくに違いない。
だとすれば、動くタイミングを早めるに限る。
俊は、勢いよく立ち上がる。

国立病院に着いたのは、亮からの連絡があってから一時間後。
久しぶりの正面入り口で、なんとなくヘンな感じがして苦笑してしまう。荷物ごとの移動だし、見てくれは入院患者みたいだ。そんなことを思ってると、ぽん、と後ろから肩を叩かれる。
「?!」
振り返って、声を上げそうになったのを、かろうじて飲み込む。
立っていたのは、アファルイオに帰国しているはずの麗花だった。
「こんにちは、あなたも入院?」
人懐こい笑みを浮かべつつ、口にした言葉はどう聞いても初対面のもの。
瞬間、戸惑うが、なんだか妙な状況らしいことだけは知っている。ここは麗花の調子に合わせた方がいいだろう。
「いや、俺は弟が入院することになって……」
口からでまかせを言う。麗花の笑みが一瞬大きくなったのは、俊にしては上出来だと思ったからに違いない。
が、すぐに神妙な顔つきになってみせる。
「あ、ごめんなさい……心配よね」
「まぁ、そりゃ……入院するんですか?」
学芸会にならぬよう、必死にがんばりながら会話を続ける。
「はは、ちょっとねー、やっぱ体は大切にしないとダメね」
明るい口調で言うが、周囲から聞けば不安の余り、逆にハイテンションになっているようにしか見えないだろう。
麗花も大荷物付だから、病院という場所柄、真っ先に入院を連想させられるのは確かだ。
「お待たせしました」
聞き覚えのある声が、会話に加わってくる。
ここに来いと指定した声なので、驚かずに振り返る。が、結局は振り返って驚いた。
細縁の眼鏡に白衣、そして髪は後ろにすっきりとまとめてあるうえ、胸元には『外科担当 天宮亮』なんていう名札までついている。
どこをどう見ても、医者そのものだ。
なにも言えずにいる俊を尻目に、麗花はにこ、と笑う。
「あ、先生、こんにちは」
「こんにちは、少し遅れてしまいましたね、すみません」
「大丈夫です、私も来たばっかりなんで」
落ちつかなげに手を動かしながら、麗花は卒なく患者になっている。俊は、弟が入院だなんて妙な設定を作るんじゃなかったと、急に思う。
ここで、亮が俊を入院患者扱いすれば、学芸会がばれてしまう。
一瞬は驚いたものの、医者の格好をした亮を見れば、さすがにどうして連絡がつかなくなったのかの察しはつく。多分、亮は見張られている。
必要以上の連絡が取れなかったのも、それならば納得がいく。
ここにいるということは、医者をしているのは不自然ではないのだろう。そういう知識があることは知っている。それに、亮がなにをやってのけようが、驚くには値しない気がしてしまう。
そうではなくて、作ってしまった妙な設定の方が問題だ。どうしよう、自分から口を開くべきか?などなど、ぐるぐると考えばかりが回ってしまって、まとまらない。
亮は、す、と表情を引き締める。
「弟さんは、あれから大分落ち付きましたよ」
「え?……あ、そうですか……よかった」
呆然とした顔が、変ではありませんようにと祈りながら、かろうじて返事を返す。
「では、ご案内しますね」
亮は、先に立って歩き始める。
麗花と俊も、荷物を持ち直してついていく。ついて行きながら、俊は小さくため息をつく。驚くまいと思うのに、亮がやってのけることには驚かされてばかりだ。

亮が案内してくれた先は、俊には覚えのある仲文の診療室だ。仲文は回診に出ていていない。
縁無しの眼鏡を外してから、亮は俊達の方に向き直る。
「すみません、休暇中にお呼びたてして」
「構わないけどさ、コトの内容聞く前に、ヒトツ教えてくれよ」
俊は、さきほど、ものすごく驚いた一件が気になって仕方ない。亮は、軽く首を傾げる。
「なんでしょう?」
「なんで、俺が弟いることにしたって、わかったわけ?」
可笑しそうに吹き出したのは、麗花。
「あ、私が落ちつき無いと思ってたんでしょ?」
言いながら、先ほどと同じように手を動かしてみせる。俊は頷く。
「そう思ったけど……違うわけ?」
「手話ですよ、どんな設定になっているのか教えてくれたんです」
麗花が、もう一度、ゆっくりと手を動かす。
「俊には、弟……って、ね」
「なにがあったのか知ってるのか?」
俊の眉がよる。患者のフリをしろなんていう指示は、聞いていない。
「知らないよ。予防線張っといて損はないし、病院へ来いって言うからには、やっぱ患者でしょ」
「そうかもな、でも、なんでココにいるわけ?」
第二の疑問だ。アファルイオにいるはずなのに。
「式典終わったしさ、長居すると絶対ロクなことにならないから、とっとと帰ってきたよ」
まともに出発したのかどうか多大な疑問だが、麗花らしい。けろり、と笑ってみせる。
「安ホテルでも手配してもらおって思って連絡したらさ、ココ指定されたんだよね」
「ははぁ」
ひとまず、目前の疑問が解けたところで亮に向き直る。
「で、なにがあったって?」
「なにが起こったの?」
同時に発せられた台詞に、亮は笑みを浮かべる。
「申し訳ないんですが、もう少し待っていただけますか」
「そりゃ構わないけど……でも、もう忍は動いてるんじゃないの?」
麗花が首を傾げる。なにかが起こったら、亮は真っ先に忍に連絡するだろうと思う。でも、その姿が無いということは、もうすでに動き始めてると考えてもおかしくはない。
「まだ、なにも動いてはいないですよ」
「じゃ、揃い待ち?」
「そういうところです」
国立病院までのアクセス距離の問題なら、納得だ。この休暇中、アルシナドにいるのは忍、亮、俊の三人だけのはずだったのに、麗花が加わった。俊としては、幸先いい気がする。
ひとまず、亮が仕事の話を始めてくれるまでは暇だ。
麗花が、外を眺めながら言う。
「そういえばさ、中央公園でなんか撮影やってたよ」
「なんの?」
「わかんない、まっすぐこっち来ちゃったし……でも、なんかすっごい人ごみだったから、有名な人が来てんじゃないのかなぁ」
残念そうな口調だ。
「麗花たちもよくご存知の人が、いらっしゃっているようですよ」
「え?亮、知ってるの?!」
「先ほどですが」
亮にそのつもりはないのだろうが、焦らされている気分になってくる。
「誰?誰が来てるの?!」
まだ、しばらく揃いそうにないなら、いまからでも行きたそうな口調で麗花が早口に尋ねる。俊も、興味津々の視線だ。
「ドラマの撮影とかで、キャロライン・カペスローズが」
「!」
二人とも、眼を見開いてまじまじと亮を見つめてしまう。
もちろん、プリラードが誇る美人女優、キャロライン・カペスローズを知らぬ人はいない。そして彼女は、ジョーの母親でもあるのだ。
ライセンスを取得しに初のプリラード行きが決定したジョーは、会う予定だ、と言っていた。
と、すれば、だ。
どうにか気を取り直した麗花が、なぜかひそひそ声で尋ねる。
「もしかして、待ってるのって……?」
「ええ、しかも……」
言いかかったところで、扉が開く。
この部屋の主である仲文が、笑顔で入ってくる。
「こんにちは」
と言いながらも、仲文は後ろへと視線を向ける。
「ちょうど、そこで会ってさ、どうぞ」
プリラードに行っているはずのジョー、そしてハイバに行っていたはずの須于の姿が現れる。
「どうしたのぉ?一体?」
麗花の驚ききった声に、ジョーが眉を寄せる。
「それは、俺の台詞だ」
確かに、ジョー達にしてみれば、麗花はアファルイオに帰っているはずなのだから。
「自分たち棚に上げてなに言ってんだか、イチバン驚いてるのは俺だっての」
俊が自慢にもならないことを言う。
「須于までいるとはね」
「アルシナドで撮影をするから遊びにこないかって誘ってくれたの、弥生もキャロラインさんには会いたがっていたし」
どうやら、弥生たちと休日を過ごしていたらしい。そして、帰国したジョーたちと合流したのだろう。
「そうだったんだ、ジョーもキャロラインについてきたわけね」
「まぁな」
親子と認め合ってから、まだ、まともに会ったことさえ無かったのだ。つもる話だってあるだろうし、目立つことは避けるようにしているキャロラインだって、本当のところは側にいたいに違いない。
ジョーも、そこらは譲ったのだろう。
「結局、プリラードではテストだけだった」
「それは、しょうがねぇな」
俊が笑う。
「また行けるわけだしさ、楽しみをとっといたと思うんだね」
「須于と同じコトを言う」
「でもさ、貴重じゃん、目前でキャロライン・カペスローズの演技が見られるなんてさ」
などと、お気楽に会話を続けようとした麗花だが、亮の顔が軍師なモノへと変わったことに気付く。
「でも、忍がまだだよ?」
『第3遊撃隊』リーダーである忍が、まだ来ていない。
が、亮の軍師な表情は変わらない。
「忍は、ここには来ません」
それを聞いた俊は、眉を寄せる。
「なんだ、やっぱり忍は今回の件がなんだか知ってるんじゃないか」
蓮天神社での一件もそうだったが、なにかというと亮と二人で先に動いてしまう。やはり、同じ遊撃隊に所属する身としては、おもしろくない。
亮の顔に、奇妙な笑みが浮かぶ。
が、俊の言葉を、否定はしない。
「そうですね、忍は今回の件を、すでに知っています」
ジョー達も、俊と同じコトを思ったのだろう。少々機嫌を損ねた顔つきになる。必要なら、先に動くのも作戦のうちだとは思うが、もうあの時のような思いはしたくはない。
もう先に動いてしまったのだとしたら、やれることはヒトツ。
自分たちも、早く動き出すことだ。
「んで?」
俊が、先を促す。
亮は、ひとつ呼吸をおいた。珍しいことだ。
「何が起こったの?」
麗花も、せっつく。
軽く、皆を見回してから、亮は口を開く。
「忍が、誘拐されました」
今日は山ほど驚かされてると思っていたが、甘かったらしい。
俊も麗花も須于も、あまり表情が出ることの無いジョーでさえも、その眼を見開いて、亮を見つめる。



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