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夏の夜のLabyrinth
〜12th  哀しい異邦人〜

■frothspit・4■



「忍が、誘拐?!」
「なにそれ、どういうこと?!」
「犯人から連絡は?!」
口々に俊たちが尋ねる脇で、仲文も目を見開いている。なにが起こったのかまでは、聞いていなかったらしい。
目を見開いたまま凍っていたジョーが、我に返って口を開く。
「なにがどうして、そういうことになった?」
あまりにも意外で、なにを尋ねていいかもわからなくなっている。
亮はヒトツため息をつくと、起こった事実の説明をする。
「お見合いをさせられまして、その帰りに」
「お見合い?」
「誰が?」
どうも今日は、驚いても驚いても、それだけでは足りないらしい。
「僕が、です」
「どんな人?」
思わず脱線してしまう麗花を、責めるまい。俊たちもツッコまないところをみると、同じように気になってるようだし。
「茶道家元のお嬢さんで、藍崎椿という方ですよ」
どっかで聞いた名前だ、と俊は思う。
「をを、なんか大和撫子って感じ」
「深窓のお嬢さんが、どうして今回の件の警告を出来たかはひとまず置いておくとして」
「どういうことだ?」
ジョーが眉を寄せる。
「お見合いの後で食事する約束をしていた忍が、帰りがけの藍崎さんと会って、警告されたそうです」
「誘拐するって?」
「いえ、僕が狙われている、と」
俊たちの目が、見開かれる。
「総司令官じゃなくて、か?」
「さぁ、彼女が区別していたかどうかは」
「で、椿さんから事情は?」
「犯人側の人間なら、近付くのは得策ではないでしょう、いまのところは」
亮の判断は、こんなときでも冷静なものだ。誘拐犯は、総司令官と亮が葵に現れることを知っていた。藍崎の人間が漏らさない限りは、それはあり得ない。
程度のほどはわからないが、多かれ少なかれ、今回の件に関わっている可能性がある。
「確かに、そうか」
「で、どうやって忍は連れてかれたわけ?」
ここまで言われれば、どうやら忍は亮の目前で連れて行かれたらしいことは想像に難くない。
「料亭から出たところに車が突っ込んできて……あちらは銃を持っていましたので」
「祗園通りに車で侵入ってあたりからして、常識では対処できない人種ね」
「で、犯人から連絡は?」
「身代金八千万を、今晩0時にピエドにある廃工場に僕一人で持って来い、と」
「亮一人で?」
麗花が、すぐに眉を寄せる。
「じゃ、お見合い相手だった椿さんが言う通り、健さんじゃなくて亮が狙われてるってこと?」
「どっちでも一緒だろ?ダメージ的には」
と、俊。須于が、首を傾げつつ言う。
「それはそうかもしれないけど、でも犯人探しの早道にはなるわ」
確かに、犯人が誰で、なぜこのようなことをするのかを突きとめることは必要だ。が、その前に。
「俺たちを呼んだのは、犯人追跡の為、だな?」
ジョーが確認する。
まずは忍の安全確保、そして犯人が誰であれ、確実に捕えること。
アジトさえ押さえてしまえば、正体も逮捕も思いのままだ。
亮は、にこり、と微笑んで頷いてみせる。
「身代金は?」
「用意できています」
脇に置いてあったジュラルミンケースを手にして、開けてみせる。
「うっわー、すげ」
忍の家の借金を返す時にも大金は目にしているが、何度見てもすごいと思ってしまう。
「裏、新聞紙だったりしないよね?」
麗花が尋ねる。サスペンスのお約束だからだ。
が、亮は苦笑しながら首を横に振る。
「子供騙しは、命取りになることもありますから」
「ピエドに0時だと、案外時間がないな」
仲文が、腕時計に目を落としながら口を挟む。
確かに、ピエドはアルシナドのすぐ隣りで移動距離も時間もたいしたことはないが、集合時間が時間だし、俊たちの準備も完全ではない。
亮に国立病院へ、と言われた時点でなにかあったとは思っているが、軍隊仕様になるわけにはいかない。
これから、その準備もしなくてはならない。仲文の言う通り、そう時間はない。
「なんにしろ、ウチらに手出ししたことは後悔してもらわなきゃね」
立ち上がりながら、にやり、と麗花。
俊も、頷く。
「当然だ、軍師を自由にしといたことを後悔させてやろうぜ」
「欠けた誰かを取り戻すのはお手のモノだし?」
ジョーが、口元に笑みを浮かべる。須于が肘でつく。
「もう!心配なら、ちゃんとそう言わなきゃ」
思わず、仲文まで吹き出す。



妙に月が澄んでいる。凍てついた空、とはこんな空を言うのだろう。星さえも、氷のカケラのように見える。
そう感じるのは多分、廃工場の寂れた空気のせいだ。
カツン……
妙に、足音も響く。
小さな窓から漏れ込む月の光だけが、いまの頼りだ。
が、亮はそれを気にする様子はなく、いつも歩調で足を進める。
旧文明崩壊後、復興初期に栄えた工業地帯だったピエドでも、指定されたここは古い部類に入るようだ。使われなくなってから、いったいどのくらいたったのかも想像がつかない。
最近は、だいぶ再開発が進み、廃工場もかなり減っているのだが。
よくも、こんな場所を見つけてきたものだと亮は感心さえしてしまう。いかにも、な場所だ。
こういうシチュエーションがよく似合う。
カツン……
また、足音が高く響く。
微かな殺気が、掠める。
亮は、口元に微かな笑みを浮かべる。
相手は完全に気配を消しているつもりなのだろう。が、亮にはそれは無駄なことだ。感覚が研ぎ澄まされすぎている。
だからこそ、この闇の中、微かな月の光のみで歩みを進めることが出来る。
カツン……
三度、足音が響いたところで、別の気配を感じる。
亮は、足を止めた。
そちらへと、視線を向ける。
「……そこですね」
はっきりとした声に、あたりは急に明るくなる。
一斉に、灯かりが点いたのだ。
少し目を細める。
灯かりは、感じた気配の方も別け隔てなく照らし出している。手足と口の自由を奪われた忍が、そこにいた。
が、亮はそこに走り寄るという愚かな行動には出ない。
ただ、そこに立って見つめている。
しばらくそうしていた後、亮はあらぬ方に視線を向ける。
「いちおう、ご要求の金額を持ってきましたが?」
『ご苦労だったな』
雑音の多いスピーカーから、鷹揚に返事が返る。
亮が見ていたのは、そのスピーカーの方だ。
「やはり、あなたでしたね」
『ほう、気付いていたか』
「他に、心当たりもありませんでしたので」
肩を軽く竦めてみせる。
『くくく……相変わらずだな』
「お褒めいただいて光栄ですよ、あなたの方こそ、お変わりないようで」
『お蔭サマでな、がっかりしただろう?』
亮からの返事はない。
『助けに行かなくて、いいのか?』
「金を置いたら、大人しく返してくださるというシチュエーションなのならば」
『さて、私が何を考えているのか、わかるかね?』
亮はただ、にこり、と微笑んでみせる。

モニターを覗きこみながら、須于が、にこ、とする。
「まずは、予定通りね」
「ああ、ここまで読まれてるとは、思ってないだろうな」
俊も笑顔で頷く。そして、ガチャリ、と音をさせてライフルを構えてみせる。
須于は、通信機のマイクに呼びかける。
「そっちは、どう?」
『ばっちりよ、こっちも』
すぐに返事を返したのは、麗花だ。
須于達とは離れた場所に、ジョーと一緒に潜んでいる。
「ようするに、タイミングよね?」
と、今回の相棒の方へ視線を向ける。
「まぁな」
ジョーは、先日手に入れたばかりの正真証明のカリエ777に、少々変わった弾をこめながら返事をよこす。
「まずは忍と亮の間にいる厄介な方二名を、一発ずつで手出しをご遠慮いただく、それから忍を自由にする、で、退去する連中を、俊が打ち落とすと見せかけて……」
麗花は視線を空へと漂わせてから、また、ジョーへと視線を戻す。
「ジョーが、オマケをくっつける、と」
ジョーの口元にも、微かな笑みが浮かぶ。
「超高性能発信機、とも言うがな」
その時、かすかな銃声が廃工場内から響く。
「始まった」
麗花もジョーも、その顔から笑顔を消す。
俊と須于も、構えたまま、工場を見つめる。

亮が構えている小ぶりの銃から、薄く煙が立ち昇っている。
落ちてきた部品が灯かりの下に散らばっていて、それがカメラであったことがわかる。
『ほう、随分と無茶をする』
スピーカーから、感心しているというよりは呆れた、という声が聞こえてくる。
『君は、わかっているから助けにいかないのじゃなかったのかね?』
「どうでしょうね?」
亮が返した返事は、面倒くさそうなモノだ。
『ほう、じゃあこれ以上余計なコトをすれば、どうなるかわかっていてやってるのかね?』
相手のバカにした声が聞こえないかのごとく、亮はまた、銃を放つ。
今度は、工場内の声を集音していたマイクが吹っ飛ぶ。
『命知らずなことを……私という人間が、どういう人間か、君はよく知っているはずだよ?』
「ええ、知っていますよ」
聞こえぬと知っていて、亮は応えると、もう一度、銃を構える。

俊と須于が、ジョーと麗花が、目を合わせて頷き合う。
あと、一発だ。
俊がライフルを構え直す。須于は、モニターであるモノの位置を再確認し、それから耳を澄ます。
ジョーがトリガーを下ろし、麗花がちら、と時計を確認する。
0時十四分二十九秒……
麗花が、なにか口を開こうとした。
その瞬間。
大爆音。
そして、火柱が上がる。
「こんなの、予定に無い!」
思わず麗花が声を上げる。
この巨大な音を合図にしたかのように、予定のヘリが飛び上がる。
俊は反射的に、照準をよくは合わせずに、発砲する。が、そんなことをしなくても、ジョーの銃音は聞こえなかったろうし、ヘリに乗っている連中は気付かなかったろう。
万一気付いたとしても、相手にしないに違いない。
離れていたジョーと麗花が、こちらに走ってくる。
ジョーの手にしているカリエ777から薄く煙が立ち昇っているところをみると、予定通りにオマケは付けたのだろう。
須于は、呆然と立ち尽くしたまま、燃え盛る廃工場を見つめている。
「どういうことだよ?!」
俊が、誰に言ったらいいのかわからないまま、声を上げる。
四人がいる、この場所にまで火の粉が飛んでくる。
「忍は?!亮は?!」
麗花が怒鳴る。
怒鳴らないと、轟音にかき消されて声が聞こえない。
「ねぇ?!出てきて無いの?!」
須于が、ただ、首を横に振る。
ジョーが、銃を手にしたまま、工場へと視線を戻す。
「ちょうど、亮たちがいたあたりからだ」
爆発が起こったのが、だ。
「こんなの、予定に無い……」
誰かが、呆然と呟く。
微かに唇を震わせていた麗花が、たまらず声を上げる。
「イヤっ!イヤだよ!」
みるみるうちに、涙が溢れてくる。
「二人とも……イヤだよぉ!!」
須于も、堪えきれなくなったのだろう、口元を抑える。その手を、透明な筋が濡らしていく。
ジョーが、視線を反らした。握り締めた手が、震えている。
俊は歯を食いしばり、睨み付けるように炎を見つめている。
近寄ることは、不可能な火の勢いだ。
ただ、見つめることしか出来ない。
爆破の直撃を避けられたのだとしても。
皮肉過ぎる結末だ。
いつだって、どんな不利な状況であったとしても、それを覆してきたのに。
目前で燃えあがる炎は、嘲笑うかのように火勢を上げる。
呆然と見つめる四人の目前で、炎は天を焦がし続けている。



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