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夏の夜のLabyrinth
〜12th  哀しい異邦人〜

■frothspit・6■



朝も八時になろうという頃。
俊たちは、国立病院に戻っていた。どの顔も、どこか憔悴している。
現場検証では、須于が誰よりも早く今回の爆破の犯人たる爆弾の痕跡を発見した。
が、警察も俊たちも、それを見ても表情は冴えなかった。
「イチバン平凡なタイプですね」
「火薬量だけで、パワーアップしてるだけだし」
「犯人の特徴は、全く無し、か」
結局のところ、廃工場跡には、忍が無事だったのか、廃工場もろとも炭化してしまったのかの手掛かりは見つからなかった。
戻って来てはみたものの、手術を終えた亮は、傷と火傷が要因の熱に浮かされている。
教えてくれたのは、ロビーで偶然あった仲文だ。
「れ?でも?」
戸惑って問い返す。主治医であるはずなのに、どうみても普段着だ。
「ああ、俺、ちょっと用事があったから……健太郎さんが見ててくれてる」
そういえば、健太郎も医者のライセンスを持っているのだった。
仲文の顔に、苦笑が浮かぶ。
「なんにしろ、亮は、今日一日は動くのは無理だな」
「そうですか……」
オマケを追おうにも、コードを知っている亮がこれでは無理だ。
もちろん、起こせば無理してでも動くのだろうが、そんなことは絶対にしたくはない。
「ひとまず、俺の部屋来る?」
「はい」
寝ている亮に近付けば、起きてしまうに決まっている。心配だけど、顔を見に行くのは、もう少し落ちついてからの方がいい。
仲文の研究室に辿り着くと、ミルクたっぷりのカフェオレをいれてくれる。
まだ夜明けの外での作業をしてきたばかりだったので、ありがたくいただく。
カップを両手で抱え込むようにしながら、麗花が、ぽつり、と言う。
「絶対、許せない」
「その意見には多いに賛成だけど」
と、俊。須于が、ため息混じりに後を引き取る。
「私たちには、犯人の目星が全くついてないわ」
「まったくヒント無し?」
不機嫌そのものの顔つきで麗花。ジョーが目を細める。
「警告が、あったはずだ」
「茶道家元のお嬢さん!」
麗花の声が、大きくなる。
「藍崎椿ね?」
こうなったら、彼女も容疑者の一人だ。何かを知っているのだから。
「そうだ、亮が狙われてるって警告したのってどういうつもり?」
「彼女自身は、それを望んでないってことかな?」
「犯人を庇っているという線が強い」
活発に意見が交わされてるのに、一人、俊が黙り込んでいる。
それに気付いた須于が、首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、どっかで聞いたよなぁ、と思って……」
しきりと首をひねっている。
「そりゃ、聞いたことあるかもね、だって茶道家元後継ぎで妙齢のお嬢さんっていったら、それなり露出もあるでしょ」
「んー」
「思い出せないことに突っ掛かっててもしょうがないじゃん」
厳しい麗花の一言で、俊も考えるのを止める。
「だな、そのうち思い出すだろ」
さてと、ともう一度、藍崎椿のことを再検討しようとした時だ。
白衣姿の健太郎が戻ってくる。
「よう、戻って来てたのか」
「はい、さっき」
「うっわー、ホントに白衣だ」
蓮天神社での一件の時、アファルイオに帰国していた麗花は白衣姿の健太郎を見るのは初めてだ。
目を大きくして見つめている。
「似合うだろ、案外」
と、笑ってみせる。
「でも、よくそんな時間がありましたね」
須于が、前から気になっていたことを口にする。健太郎はあっさりと答える。
「元々、医者志望だったから」
「え?でも?」
健太郎が副総司令官に就任したのは、十八歳の時だ。ようは、通常、スクールを卒業して志願兵役につく年零。
歳年少での総司令部要職就任だと、『Aqua』でものすごく話題になったことは有名だ。
もちろん、その後の総司令官就任も最年少記録の塗り替えだったのだが。
「何年かスキップしてたから、その前に資格を取る余裕は充分あったよ」
にこり、と笑う。
「スキップ、ですか?」
「っていったら、スクールしかない……ですよね」
健太郎は、苦笑を浮かべる。
「俺だって、スクールくらいは行ってたよ」
「あ、そりゃそうか」
健太郎も椅子に腰を下ろしつつ尋ねる。
「ところで、現場の方はどうだった?」
妙なことに脱線してたのは、少し逃避したい気分だったからだろう。でも、目を反らしているわけにはいかない。
少し躊躇った後、ジョーが言う。
「全く、ダメでした」
「炭化が酷すぎて……何も見分けつかなかった」
俊が付け加える。
「そうか……」
「犯人の検討も、皆目ついてないし」
と、麗花。
ため息混じりの顔を、四人で見合わせる。健太郎は、少し驚いた顔つきになって仲文の方を振り返る。
仲文は、黙ったまま首を横に振る。
「亮は、なにも言ってないのか?」
視線を戻した健太郎が、確認をする。
「藍崎椿って茶道家元後継ぎから警告されたっていうのは聞いてますけど」
「それ以外は、なにも」
返事を返して、健太郎の言葉の真の意味に気付く。
「まさか?」
「犯人の目星は、ついているよ」
健太郎は、頷いてみせる。
「わからないのは、どこに潜んでいるのか、どのくらいの規模で動いているのか」
なるほど、それで亮は、先ずは相手の要求を呑むふりをしてみせたのだ。それはともかく、何故、亮は犯人を知っていて誰だか言わなかったのだろう?
疑問が顔に出たのだろう、健太郎の顔には、なんとも言えない笑みが浮かぶ。
視線があって、俊が少々戸惑い気味の表情になる。
が、すぐに健太郎は視線を皆の方に戻す。
それから、ゆっくりと、口を開く。
「今回の件の犯人は、天宮伸之介、俺の父親だ」
麗花も須于もジョーも、言葉を失ったようだが。
いちばん戸惑ったのは、俊だ。
天宮の家にいたころ、健在だと聞かされていたのに、一度も会ったことのなかった祖父。それが、なぜ息子のはずの健太郎に牙を剥き、忍を誘拐し、亮を傷つけるのだろう?
わからないことばかりだ。
どこか、痛みを含んだ笑みを浮かべたまま、健太郎は言う。
「俺はね、財閥総帥になりたかったわけでも、総司令官になりたかったわけでもなかったんだよ」
仲文に差し出された、カフェオレのカップを受け取ると、一口、口にする。
「あの男のやり口には、嫌気が差してたしね」
あの男、というのは、もちろん伸之介のことだろう。
麗花が、らしくなく遠慮がちに口を開く。
「あの、聞かせてもらってもいいですか?どういうことなのか」
「面白い話ではないけど、いいかな」
俊は、無言のまま頷く。
なにが語られるのかわからないが、それが今回の件の要因なのだとしたら避けるつもりはない。
須于とジョーも、軽く頷く。
健太郎は、もう一口、カフェオレを口にする。
それから、視線を少し落とす。
「コトの始まりは十六歳の時だよ……俺は、天宮の家を出て医者になりたいと思ってた」

その日も、健太郎は自分のバイト代で買ったGパンにシャツという格好で、身軽に門を越えて行くところ。
中から、執事が慌てて呼び戻そうとしている声が聞こえる。
「健太郎様、伸之介様がお呼びです、お戻り下さい!」
健太郎は、振り返りもせずに手を軽く振ってみせる。
そして、裏手に隠してあるバイクに飛び乗ると、勢いよくエンジンをかけて走り出す。
財閥の利益増大、規模拡大が至上の使命の如くの伸之介のやり方が心底嫌いだった健太郎は、その頃には外科医としてのライセンスを取得し終えていた。
ただ、医者として実際に開業出来るのは十八歳になってからだ。
それまでは、自力で生活を支えていくだけの収入を得ることは難しい。それゆえに、健太郎は天宮の家に留まっていた、といっていい。
もちろん、医者のライセンス取得は勝手にやったことだったし、それまでも伸之介との摩擦がなかったわけではない。が、その頃はピークになりかかっていた。
いつもの場所までバイクを走らせて、上手い具合に隠す。これも、いつものこと。
それから、約束の場所へと向かう。
待っているのは、スクールの友人たち二人。
一人が、にやり、と笑う。
「優秀優秀、ちゃんと時間どおりだな」
「そりゃそうだよなぁ、なんてったって、デェトだぜ、デ ェ ト」
もう一人が、わざと区切って強調する。
健太郎は、少し頬を染めつつも軽く睨んでみせる。
「黒木、山本、こんどのテストは自力でいくのか?」
「わ、お許し」
山本と呼ばれた方は大袈裟に拝んでみせるが、黒木の方は不敵に笑っただけだ。
「お互いサマってやつ、さ、今日も作戦通り行くぜ?」
「頼むよ」
言ったなり、健太郎は手にしていたキーを放るように渡す。それを器用に空中ダイブで取って見せた黒木は、手を軽く振る。
「ほら、早く行けよ」
「そうそう、そろそろアイツら来るよ」
山本も頷く。
健太郎の顔から、さきほどまでの笑みが消える。
「悪いな」
「人生を選べるのは自分だけだ、どんな道なのであろうと」
「おお、黒木ったら哲学者ー!でも麻薬密輸だけはしないでね」
「アホ」
ごつ、と黒木が山本を殴ってみせる。
思わず笑って、それから時間がないことに気付いて背を向ける。
「じゃ、また後でな」
「ああ、楽しんでこいよ!」
もうヒトツの約束の時間に間に合うには、走るしかない。
健太郎は、思いきり勢いをつけて地面を蹴る。
中央公園の、正面付近には人がいっぱいだ。大概が、人待ち顔。
今日は、黒のベルベット地のワンピースに合わせるかのように、髪にも大きめのリボン。ちょっと大人っぽい格好だ。
足元も、すこし踵のあるものを履いているらしい。少し、それが気になっている感じ。
それが、健太郎の待ち人である、篠崎麻子。
スクールで出会った彼女は、茶道家元篠崎流の家元怜嬢だ。そのせいかどうか、性格は控えめだが実は芯が通っている。
もっか、健太郎の好きという感情全てを持っていっている。
健太郎は、軽く息を整えると、近付いて声をかける。
「待ったかな?」
顔をあげた麻子は、にこり、と微笑む。
「ううん、時間どおりじゃない」
「でも、麻子の方が先に着いてたろ?」
「健ちゃんに二人っきりで会うの、久しぶりだから楽しみで」
無邪気に微笑む麻子の言葉に、他意はないとわかっているが。健太郎は、そっとその頬に触れる。
「ごめんな」
麻子は、慌てて首を横に振る。
「違うの、そういうのじゃないの、ね、今日は一緒にいられるんだもの」
「そうだな」
気を取り直して、微笑んで。
「この格好って、俺に会うため?」
言われた麻子の頬が、ふっと染まる。
健太郎は、そっと耳もとに口を近付ける。
「嬉しいよ」
手を繋いで、歩き出す。
「今日は、どこへ行くの?」
「いいの見つけたから、そこ」
健太郎は笑みを大きくして言うと、少し足を速める。麻子も、首を傾げつつ歩調を合わせる。
「え?それで、どこなの?」
「ヒミツ!」
こうして歩いている二人は、幸せそのもので。
着いた先の看板を見た麻子は、すこし目を見開く。
「健ちゃん、これって……」
「そ、地球写真の展示、見たがってたろ?特別展だってさ」
「でも、高いんじゃない?」
地球を撮ったネガはほとんど残っておらず、値がつかないほどの貴重品だと言われている。レプリカからの現像だとしても、やはり貴重品には変わりないはずだからだ。
「んー、普通のってどのくらいだかわかんないけど」
健太郎は首を傾げる。
「ちょっと待ってて」
言ったかと思うと、とっととチケットを二枚手にして戻ってくる。
「あ、いくらだった?」
慌ててハンドバッグに手を伸ばす麻子に、にこり、と微笑む。
「ここは俺がおごるから、お昼は麻子がおごって」
麻子は、値段を明記してないチケットを念視するかのように見つめていたが、大人しく頷く。
「わかった、じゃ、そういうことにするわ」
美術館を見て回った後は、お昼ご飯。
健太郎の強い希望で、ファーストフード店でハンバーガーをぱくついている。
ポテトを手にした麻子が、少し躊躇ってから尋ねる。
「あの、ね」
「ん?」
「今日も?」
表情だけで、何が問いたいのかはわかる。黒木と山本のことだ。いまごろ、健太郎のバイクを使って健太郎を追ってきた天宮の家の者たちを翻弄しているころだろう。それは、もう『いつものこと』になりつつある。
健太郎も、食べる手を止めて少し困った表情になる。
麻子は、少し俯いた。
「私、そんなにダメなのかしら?」
「そんなことあるわけない」
すぐに、健太郎が切り返す。
「麻子は、俺には勿体無いくらいだよ」
なにか言おうと顔を上げた麻子の視線が、窓の外へと移る。
「あれって……山本くん?」
言われて、健太郎も窓の外へと目をやる。
たしかに、山本だ。しかも、ものすごく慌てた様子であたりを見回している。
健太郎も、す、と目を細めると、周囲に注意を配る。どうやら、天宮の家の者が近くにいるわけではなさそうだ。
「様子見てくるよ」
身軽に立ち上がると、外へ出る。
山本の方も、健太郎の姿を見つけたらしい。
相変わらず慌てた様子で走りよってくる。
「天宮!た、大変!」
「なにが?黒木はどうした?」
よほど健太郎たちを探し回っていたらしい、山本は息切れしている。
「く、黒木はまだ、巻いてる」
どうやら、そちらの方にトラブルが起きたわけではないらしい。
「じゃ、一体?」
ぜぇぜぇと肩で数回息をした後、手に握り締めていた何かを、ぬっと差し出す。どうやら、スポーツ新聞のようだ。
「?」
怪訝そうな表情の健太郎に、山本は空いてる方の手で新聞を指してみせる。
「これ、大変!」
手渡された新聞のトップ記事に目をやった健太郎は、一瞬目を見開く。
次の瞬間。
ぐしゃ、という音と共に、スポーツ新聞は健太郎の手で握りつぶされている。
こみ上げた怒りをどこに持っていっていいかわからない様子で唇を噛み締める。
山本が、戸惑いながらも尋ねる。
「これって、どういうことだよ?」
新聞を握りつぶす手に、更に力が篭る。
「俺が聞きたい!」



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