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夏の夜のLabyrinth
〜12th  哀しい異邦人〜

■frothspit・9■



市内を四台のバイクで走りまわるのは目立つから、と総司令部から車を調達して移動しているから、会話は自由だ。
「いったい、どこ行く気?」
黙りこくって運転している俊に、沈黙に耐えられなくなった麗花が尋ねる。
が、返事はない。
無視してるというより、聞こえていないという方が正確な感じだ。
代わりに、ジョーがぼそ、と答える。
「行けば、わかる」
「ジョーは、知ってるの?」
須于が首を傾げる。
「話の流れからいけば、予測はつく」
「話って、健さんの?」
他に、思い当たる『話』もない。椿から得られた情報は、微々たるものだったのだから。
麗花も須于も黙り込んだところをみると、反芻しているらしい。
やがて、車のスピードが落ちる。
我に返って驚く。
「花屋……?」
「もしかして、ここって?」
「そ、俺んち。しばらく、待ってて」
それだけ言うと、俊は店の中へと消えて行く。
色とりどりの花が、揺れている。それに視線をやりながら、麗花が言う。
「ね、ジョー?」
「ん」
「佳代さんは……知ってたのかな」
ジョーは、窓を開けると煙草に火をつける。ひとつ、煙を吐いてから。
「さぁな」
とだけ、言った。
黙ったまま花を見つめていた須于が、ぽつり、と口を開く。
「綺麗ね」
「ん、すごいよく手入れしてあるね。お花屋さんだから、当然かもだけど」
「好きじゃなかったら出来ないわ、きっと」
「まぁな」
ジョーが、もうヒトツ煙を吐く。

「いらっしゃ……」
笑みとともに発せられた声は、途中で止まる。代わりに、驚いた表情が浮かぶ。
「休暇返上、じゃなかったの?」
「もっか、休暇返上中だよ」
俊は、肩をすくめる。
「寄り道……ってわけじゃ、なさそうね」
佳代は、俊の顔に浮かんだ表情を見て、手にしていた花を降ろす。俊は、単刀直入に尋ねる。
「オフクロ、知ってるなら教えてくれ、あの男はどこにいる?」
奇妙な笑みが、佳代の顔に浮かんだ。逆に、問い返す。
「聞いたのね?」
「ああ」
隠しても、仕方がない。十四年前、佳代が誰に手を貸したのかを知っている。それゆえ、あんな結果になったのだということも。
「結局は、全部、天宮のモノなのね」
その言葉は、俊に言いたかったのか自分に言ったのか、判断はつかない。
いまだに、このことになると感情が先に走るらしい。俊は、努めていつもどおりの口調で問う。
「俺は俺のモノだよ、そういうことじゃなくて、教えて欲しいのはあの男の居場所」
「……わからない」
佳代は、眉を寄せる。
「あの時と一緒、私はあの男のコマに過ぎないわ……今回は連絡係をさせられただけ、昨日の朝以来、連絡は来てないわ」
「連絡先は?」
「一方的に、連絡があるだけ」
その表情に嘘はない、と確信はできる。できるけれど。
「……なんで、亮と会ってるって言った時に言ってくれなかったんだよ?」
本当のことを全て告げなくても、警告くらいはできたはずだ。
佳代の口元に、ほろ苦い笑みが浮かぶ。
「私はいつも、愚かな判断しか出来ないみたいね……失いたくないと思うのに、結局は自分で破滅を選んでる」
「破滅かどうかは、まだ決まってない」
はっきりと、言い切る。
「守るよ、俺たちが」
「俺たち?」
佳代は、少し怪訝そうになる。
「俺も、それに亮も」
「亮、くんが……?」
俊は、頷く。
「亮は、一言も言わなかったよ、なにがあったのか……どうしようもなくなったから、親父が話してくれただけで」
ごく自然に、親父、という単語が口をついたことに驚いたのは、佳代だけではない。
多分、さっきの話を聞いて。
健太郎も、自分と変わらないと気付いたから。
ただ、自分で選んで生きていきたくて、あがいていただけなのだと気付いたから。
それから、佳代も。
皆、ただ、幸せになりたいだけだったのに。
「それに、いつか俺に言ってた、『知らない方が、誰かを救うかもしれない』って」
なにも言わないまま、佳代は両手で顔を覆ってしまう。
その指の間から、透明な雫がこぼれてくる。
あの時以来、ずっと流すことのなかった涙。
それが、彼女の頬を濡らしてる。
声のない嗚咽が、しばらく続いた後。
「いつも……いつも、私ばかりが守られてばかりね」
手をはずした佳代の瞳は、まだ揺れてはいたが、しっかりと俊を見つめる。
「もう二度と、あの男の言葉に惑わされたりはしないわ……天宮も亮くんも、それからアナタも、自分のことは自分で守れる人だから」
口元に、微かに笑みが浮かぶ。
「だから、もう私が迷惑をかけるようなことは絶対にしないと、伝えて……あとは、時間を下さい、と」
「わかった」
頷いてみせる、と同時にお腹がきゅるるるるっと音を立てる。
俊も、涙目の佳代も、思わず俊のお腹に注目してしまう。
もう一度、お腹はきゅるるるるるるるるっとばかりに空腹を訴える。そういえば、徹夜で動いた挙句、カフェオレを飲んだだけで朝からなにも食べていない。
見上げてみれば、時計はすでに十四時過ぎを指している。
お腹が空かない方がヘンだ。
「あ……なんか食うもん、ない?四人分あれば、もっと嬉しいけど」
自分がお腹空いてるっていうことは、車で待っててくれてる三人も同じはずだ。
佳代も、思わず笑い出す。
「わかったわ、すぐにおにぎり作るから、少し待ってて」

おにぎり待ちの間に、車に戻って健太郎と連絡を取る。
そして、藍崎にも佳代のところも一方的に連絡を取ってきただけで、手がかりになりそうなことはないと知らせる。
健太郎からは、「いまだに周囲うろついてなくてよかったよ」という返事が返る。
多分、最初からそうたいした手掛かりはないと踏んでいたのに違いない。それでも止めなかったのは、そちらが気になったからだろう。
憎んでいるわけではないのだ、と、いまさら気付く。
俊は、佳代からの伝言も伝える。
『……わかった』
簡潔な返事の後、健太郎からの指示が飛ぶ。
『後は、ジョーくんがつけてくれたオマケを追うしかないな、総司令官室に来てくれ』
了承の返事をして、通信を切る。
「オマケ追うって……コード、亮しか知らないはずよね?」
須于が首を傾げる。表情を明るくしたのは、麗花だ。
「もしかして、亮が思ったより早く動けるようになったかな?」
確かに、それがイチバン可能性が高い。
「ね、早く行ってみようよ」
「……腹が減っては戦はできん」
ぼそり、とだが、はっきりと言い切ったのはジョー。どうやら、俊と同じく、かなりお腹が空いているらしい。
ぶっ、と必要以上に吹いたのは麗花。
吹いただけでは飽き足らずに、お腹を抱えて大笑いしている。
「なに、なに、一体?」
あまりの大笑いに、須于と俊は、ジョーの口から面白い単語が出たこと以上に戸惑っている。
「だ……だって……ディアス島の時と同じセリフ〜!」
笑い過ぎで切れ切れの息になりながら言う。
言われて、ジョーもはっとしたらしい。
そういえば、あの時も忍に「腹減ったよな?」と尋ねられて同じコトを言ったのだった。
もう、麗花の笑いは止めようもない。
「ジョーって、お腹空くと侍になるのねー!」
言われて、須于と俊も思わず噴き出してしまう。
「楽しそうなところ、悪いんだけど」
顔を上げると、窓から佳代が覗き込んでいる。手にしてるモノを見た麗花が、思わず声を上げる。
「わ、すごーい!」
プラスチックのケースには、さんかく、たわら、まる、など四種類もおにぎりがある。
「中身なに?」
息子の質問は、現実的だ。
「うめぼし、おかか、たらこ、シャケ」
「わかった、さんきゅー」
言いながら、車のエンジンをかける。健太郎の指示通り、総司令官室に向かわなくてはならない。
「ありがとうございます」
「助かります、お腹ペコペコで!」
「どうも」
走り出す車の窓から、口々に麗花たちもお礼を言う。
姿が見えなくなるまで見送ってから。
佳代は、晴れ渡った空を見上げる。
「結局、最後まで敵わないか」
くすり、と笑う。その笑みは、少しほろ苦い。
それから、咲き乱れる花へと視線を下ろす。
「どうせなら人にキレイだったって言われる咲き方したいって思ったのにな、まだまだか」
軽く、首を横に振る。
店へと戻っていく顔には、もう、なんの迷いもない。

総司令官室で端末に向かっている人を見て、俊たちの目が見開かれる。
そこにいたのは、亮ではなかった。もちろん健太郎もいるけれど、実際端末に向かってはいない。
「やっぱり、驚いてるみたいだね」
一人が、にこり、と人好きのする笑みを浮かべる。モニターに向かったまま、もう一人が応じる。
「遊撃隊協力者っていっても、具体的に動いたことないからな」
「意外な一面ってヤツ?まずいなぁ」
「なにがだ」
広人が眉を寄せたのに、仲文がぞんざいに問う。
「だってさ、意外な一面にくらっとくるって、よくあるじゃないか」
「誰も惚れないから、心配するな」
驚いている四人をよそに、二人の会話は漫才と化しつつある。健太郎が、肩をすくめてくすくすと笑っている。
確かに仲文も広人も、遊撃隊協力者ではあるが、それは医者、警察それぞれの立場からのフォロー的な要素のモノだと思っていた。いままでは、実際そうだった。
それに、なにが起こっても実際に彼らが積極的に手を出すというコトもなかった。
相変わらず、状況が掴めてなさそうな俊たちに、広人がにこり、と言う。
「話は、健さんから聞いたんだよね?」
「はい」
頷いてみせる。
「アスクレスの件も?」
もう一度、頷く。
「あれね、俺たちも当事者なんだよね」
あっさりと言われた一言を飲み込むのに、また少々かかる。
「……え?それって、まさか?」
「ホンモノの捜査員使えば気取られる可能性が高かったからね」
窓際に寄りかかっていた健太郎が、口を開く。
「あれを仕掛けたのは亮だけど、まさか六歳の子供が潜り込むわけにもいかなかったし、俺はもちろん無理だしね」
なるほど、情報操作と相手方の情報を得るのは亮の役割で、実際相手に近付くとかは仲文と広人がやってのけていた、ということらしい。よくよく、とんでもない人々だ。
「そんなわけで、俺たちも当事者ってわけ」
にこり、と広人。仲文も顔をこちらに向ける。
「それはそうとして、あの男の居場所、わかったよ」
「どこですか?!」
思わず、身を乗り出す。
「ちょっと待って」
仲文が、かなりの早さでキーボードになにか入力すると、総司令官室中央にモニターが現れ、地図が映し出される。
どこから見つけてきたのか、広人が指示棒で指し示してみせる。
「場所はピエドの廃工場から三十分ってところで……」
広人が合わせているのか仲文が合わせているのか、地図に示される印と広人の指示棒はぴったりと合っている。
「トスハ」
「ああ、トスハって言ったら」
俊とジョーが思い当たることがあるらしい。
「一応閉鎖されてる、軍空港があるところだ」
「そう、そこ」
「一応閉鎖って?」
麗花が首を傾げる。その疑問に答えたのは、総司令官たる健太郎だ。
「レーダー無発着訓練用に、たまに空軍が使ってるからね」
「それで一応、ですか」
「でも、今は完全閉鎖中だ」
その顔から、完全に笑みが消える。
「君たちがモトン王国から帰った頃に、事故った馬鹿がいたからね」
「事故調査が終わるまでは、使用中止、というわけだ」
広人が肩をすくめる。仲文が、別モニターを覗きこむ。
「この事故、ホントに軍のがドジったんですかね?」
「そう、他人が手出しをした可能性も否定できない……だから、いまだに閉鎖中なんだ」
一緒に覗きこんだ広人が、目を細める。
「これって……調査は持って帰った飛行機部品ばかりに集中してるでしょう?」
「空港は閉鎖してるだけの状態だよ、普通なら侵入不可能だから」
「普通なら、ね」
俊の言葉に、ジョー達も頷く。
あまりにも、タイミングが合い過ぎている。事故からの日数と、今回の誘拐と。
いまとなっては、事故要因は何者かによる意思と考えた方が自然だと思える。何者か、の正体は、もちろん。
「で、これが軍空港の見取り図」
広人の台詞と同時に、地図は見取り図へと切り替わる。
「使うなら、管制塔」
そのくらいの予測は、さすがに俊たちにもつく。
「機器は古くても、手入れ出来てるからそこそこの性能は確保出来る」
「それに、事故で人が入らなくなってから大分たってるから、やろうと思えば改造も出来るってな」
「これなら、そう人数を揃えなくても守れるし」
それを聞いた健太郎が、にこり、とする。
「そこらへんの部隊相手、ならね」
俊たちが、にやり、とする。
相手は、自分たちだ。
「俺たちにも手伝わせてもらえると、嬉しいけど」
広人が、にやり、と脇に挿してる拳銃を手にする。仲文も、同じモノを手にしている。
「サポートくらいは、充分できるよ」
「お願いします」
足を引っ張るとわかっていて、こういうことを言い出す二人ではないとわかっている。人数は、いた方がいい。
「相手が配置するとしたらこうだろうな」
健太郎が、いつの間に総司令官の椅子に戻って手早くシュミレートしてみせる。
「六人で侵入するなら、ルートはこうだ」
何気なく言っているが、亮が指示を飛ばすかのように無駄がない。
「六人って、健さんは?」
尋ねたのは広人。
「行くよ、でも俺って頭脳労働派だから」
にやり、と笑う。
「じゃ、行きますか」
と、俊。
「おう」
「相手は手負いの獣同然だ、わかっているとは思うが、油断は禁物だ」
健太郎が、静かに付け加える。
皆、頷いてみせる。

もう、すでにほとんど陽は落ちている。
トスハの軍空港の周辺は人家は無いと言っていい。だからこそ、緊急時訓練などが出来るわけだが。
そして、それは伸之介がコトを構えるにもお誂え向きだということ。
六台のバイクが、管制塔の前に止まっている。
「行けるか?」
俊が、声をかける。
『いつでも大丈夫よ』
すぐに須于から返事があり、続いて皆からも同様の返事が返る。
配置完了だ。
俊は、大きめに息を吸う。
「っしゃ、行くぜ!」
その声を合図に、六方から爆音が上がる。壁が破壊され、慌てて相手しようとしたザコ共が蹴り上げられ、のされてく。
銃撃音、なにかが炸裂する音、その範囲が、狭まっていく。
相手方は、昨日の今日で、しかもこんなゲリラ的に襲撃されるとは予測していなかったらしい。
完全に動きを取ることができないまま、右往左往しているのが、はっきりとわかる。
圧倒的な優位だ。
管制塔直下のロビーにいたザコ共は全部のしたことを確認して、今度は二人一組で管制塔を攻略していく。
エレベーターは最初に潰したから、三方の階段を押さえられてしまった連中は袋のネズミだ。
それなりに彼らもプロなのだろうが、実戦経験からいったらコチラの方がずっと上だ。
あっという間、という単語ままに、最上階まで辿りつく。
片側は須于の特殊電流が、もう片側はジョーの銃が炸裂して、同時に破られる。
相手も気配は察していたのだろう、一気にものすごい人数が向かってくるが、それも予測済み。
「邪魔くせぇな」
と、ジョー。両手にナイフをずらりと並べて、にやりと麗花も笑う。
「やっちゃうよーっ!」
とっとと銃をぶっぱなして、一人ねんねさせたのは広人。
「しゃらくせぇ」
俊も手にしていた鞭を、びんっと音をさせて棒に変えたかと思うと、一気に三人をのす。
誰よりも早い連射はジョーだし、ナイフの風切る音も途切れない。
管制室を固めていた連中も、すべて片付けた、と思った時だ。
「そこまでだな」
音量はないのに、なにか圧力をもった声が響く。
しかも、それは知っているこちらの誰の声でもない。
声の先には、日本刀を須于の首筋にあてている着流しの男が立っていた。
年は、六十代半ばにはなるだろう。髪にも白いものが混じっている。が、その声の張りと眼光の鋭さはただ者ではない。
「ごめん……」
須于が、呟く。
それを無視するように、着流しの男が口を開く。
「今までの手並みは褒めてやってもいい、だがツメが甘いことも指摘しておこうか」
口元に、酷薄な笑みが浮かぶ。
「武器を捨てろ」
「相変わらずですね、伸之介さん」
この挨拶は、仲文だ。
ようするに、この一見ロマンスグレーっぽく見える男こそが、天宮伸之介その人。
「このお嬢さんが、どうなってもいいのか?」
日本刀を動かそうとした、その瞬間だ。
「あなたの方こそ、手にしているモノを離した方がいいんじゃないですか?」
加わった声も気配も、よく知っているモノだ。
銃を手にした健太郎がいつの間にか、伸之介の背後をとっている。
銃のトリガーは、下ろされている。
「健さん!」
麗花が嬉しそうな声を上げる。
「さすが、ナイスタイミング!」
が、健太郎の顔には笑みは浮かばない。
「その白髪頭に風穴開けますか?」
「……なるほど、頭数だけは揃えたと言いたいわけだね」
伸之介は、相変わらず冷たい笑みを浮かべたまま、だが、おとなしく日本刀は離す。
須于が、そこから離れた瞬間。
バンッ!!
耳をつんざくような大音響と共に。
破ったはずの扉が金属製の落ち戸に塞がれる。
「?!」
そんなものは、軍空港とはいえついていないと健太郎は知っている。
「なにをした?」
銃を構えたまま、問う。
くくく、という押し殺した笑いが、伸之介の口から漏れる。
「自爆装置だよ」



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