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夏の夜のLabyrinth
〜13th  卒業〜

■florid・2■



メガロアルシナドで最も高い場所といえば、総司令官室だ。
そこで、呆れ顔で腕を組んでいるのは亮。
「で、その厄介ごとやらを僕らに押し付けようというわけですか」
「悪いとは思ってる、でも頼むよ」
「こんなの頼めるの、お前らしかいないしさ」
なにやら、いまにも拝みだしそうな雰囲気なのは仲文と広人だ。
「確かに警察機能も医療もフォロー出来るというのは、そうはないでしょうね」
実に冷静な発言だが、口調は冷ややかだ。
その眼も、すっと細まる。
「頼む理由が、温泉旅行に行きたいから?」
仕事に対する姿勢では、亮が最も厳しいと言っていいだろう。よくそこまでと思うほど仕事優先だ。
「だって、ホントに何年ぶりかの三日連休なんだ」
広人が言えば、仲文も頷く。
「そう、今日、寿司屋で会ったのだって、その打ち合わせの為だったのに……」
「頼むよ、ホント」
かなり必死に頼み込んでるあたりが、なんとも情けないというか、それだけ真剣な証拠というか。
亮が、視線を反らして呟く。
「温泉というあたりが、オヤジくさいですよね」
「あ、温泉を馬鹿にするなよ?!」
「あの極楽っぷりは、一度行ったらお前も絶対クセになるぞ」
そんなことを力説している場合ではないはずだが。
くすくすと笑いながら、健太郎が部屋に入ってくる。
「温泉に行くの?いいね、俺も行きたいよ」
「自分たちは温泉で、僕らには仕事とはありがたいお話ですよ」
亮の毒舌も、笑顔で返す。
「まぁそう言うなよ、たまには孝行したげなさい、案外、遊撃隊向きかもしれないよ」
「なにがあったんです?」
遊撃隊向き、というのは、あまり穏やかな響きではない。
「吉祥寺のが、狙われたらしいよ」
「吉祥寺が?」
「そう、交通事故だ」
広人が、真顔に戻って告げる。亮が、軍師な笑みになりつつ肩をすくめる。
「ブレーキオイルでも抜いてありましたか?」
「いや、入れ替えられてた」
「ああ、正反対の働きをするアレですか」
すぐに亮にはわかったようだ。広人は頷く。
「そう、オイル量を検査したくらいじゃ、見分けつかないアレ」
「で、その事故では狙われた人物はケガは負ったけど死ななかったということですね?仲文まで駆り出されたということは」
「運転手と夫人は重傷だけどね、夫人はまだ集中治療室から出られないし」
そちらの情報は、仲文の方がすでに詳しいようだ。
亮は、軽く首を傾げたままだ。
護衛と治療だけなら、わざわざ『第3遊撃隊』に話を持ってくる必要はない。
「娘さんが、一人」
「梓ちゃんっていうんだけどね」
「そのお嬢さんが、どうかしましたか?」
仲文の口元に、苦笑が浮かぶ。
「治療拒否」
「では意識はあるんですね」
「視覚をやられてるけど、あとは特別異常はないね」
そういう仲文の顔つきも、すでに医者のものだ。
「簡単なオペで視覚も戻るけどな」
「なるほど?」
「ったく、おかげでこっちは痛くもない腹探られて散々だよ」
健太郎が肩をすくめる。
「警告はナシ、ですか」
「そう、隠してるってことは無さそうだな、あの剣幕だと」
どうやら、イロイロあって裏で手を引いたのかと健太郎は疑われたらしい。
「ったく、欲しいんだったら正攻法で落とすっての、余計な時間取りやがって」
珍しく、少々お冠のようだ。
「そういうわけで、犯人は五里夢中なんだよ」
と、広人。
「そう、お嬢さんの説得も難航している」
と、仲文。
犯人の検討がついてないのは広人が本腰入れてないからだろうし、説得が難航してるのは仲文がきちんと関わったわけではないからだ。
言い換えれば、すでに二人とも、この仕事から逃げ腰、ということ。
でも、確かに二人の言う通り、本当に久しぶりの連休のはずだ。
亮は軽く肩をすくめると、寄りかかっていた総司令官の机から、離れる。
「わかりました、引き受けますよ」
「おお、助かるー」
「ココロおきなく温泉に行けるな」
本気で嬉しそうな二人に、亮は、にこり、と笑みを向ける。
「もちろん、貸しですからね」
「え?」
きょとんとしている間に、亮はすでに扉を開けている。
「じゃ、温泉楽しんで来てくださいね」
ひら、と手を振ると姿を消してしまう。呆然と見送ってから。
「いままで、借りになんてなったっけ?」
「いや……?」
どちらからともなく、顔を見合わせる。
「俺たち……最もタチの悪いのに、借り作ったような?」
「そんな気がする、俺も……」
少々怯え気味の二人に、健太郎が言う。
「どうにかなるって、ま、楽しんでこいよ」
「慰めになってませんて」
広人に言われて、思わず健太郎は吹き出してしまう。



「じゃ、今回の仕事は吉祥寺グループ総裁を誰が狙ってるかを探るのと、娘さんが治療を受ける気になるように説得するってのが仕事?」
少々変わった内容に、戸惑い気味に確認したのは忍。
居間でお茶しながらなので、お気楽な空気が漂いまくっている。
「そういうことになりますね」
「なんでまた、ウチに?」
俊が首を傾げる。須于も、不思議そうに確認する。
「そういえば、警察補助も仕事なのよね」
警察補助がリスティア軍の仕事のうちだということは聞いている。
実際、『紅侵軍』の侵略までは百年以上も戦争を経験したことがなかったのだ。それまでの志願兵役といえば警察のお手伝い程度だったわけで、その方が普通のはずなのだが。
亮が笑みを浮かべる。
「捜査に加わるというのは、珍しいと思いますよ」
「捜査かぁ、なんかカッコいいなぁ」
麗花は素直に喜んでいる。
「でもさ、警告ナシのいきなり車に細工ってことは、どちらかっていうとグループ自体に手出しっていうよりは怨恨とかの可能性が高いんじゃないのか?」
忍の順当な意見に、俊も頷く。
「俺も、今、吉祥寺に手出しする気なのって、いないと思うな」
「なんで?」
麗花が首を傾げる。
「今期で薬剤部門の不良債権償却するから、決算としては赤なんだよ、しかもけっこうな額」
さすが、経済面のチェックを欠かさないだけはある。
続けようとして、忍が手を伸ばした先にに目がいったらしい。
「あ、俺もチョコがいいぞ」
なんのことかといえば、お茶菓子であるシュークリームのこと。おいてあるのは、季節先取りのイチゴ、チョコ、カスタードと生クリームを一緒に絞ったの、そしてヨーグルトクリーム。
で、最後のチョコに忍が手を伸ばしかかっていたというわけだ。
「残念、早いもの勝ち」
にやりと笑うと、忍はそう大きくないシュークリームを口にほおりこんでみせる。
「はい、イチゴあげるから。それで何?」
麗花が一個押し付けながら尋ねる。
気を取り直して俊が続ける。
「薬剤系は外資のプリラード系のが伸びてるから、シェア回復は難しいんだよ」
「天宮総帥の手をもってしても?」
健太郎の経営手腕は誰もが認めるところだ。
亮が、苦笑を浮かべる。
「それで、痛くもない腹探られたらしくて、少々お冠でしたよ」
「あら、でも薬剤関係もあったわよね?」
「薬はそれぞれに得意不得意がありますし、特許が全てですから」
「へえ」
なるほど、苦しいとはいえ、吉祥寺グループの薬剤部門にも切り札がないわけではないということだ。
「それはそうとして、俊と忍の言うとおり、あまり金銭絡みには思えませんね」
亮も、忍たちの意見に賛成らしい。
「吉祥寺グループ総裁が総司令官の腹を探るということは、総裁自身にそこまで恨まれる憶えはないということになる」
お茶のお代わりをもらうべく、カップを差し出しながらジョーが言う。
「ややこしいよ、健さんは健さんって言ってくれなきゃ」
確かに、総帥だの総裁だの総司令官だのややこしいが。
「総司令官で財閥総帥捕まえて、健さん呼ばわりは難しいわ」
「んじゃ、健たろさん」
「変わってないっつーの」
「話がずれてる」
お代わりを受け取りながら、ジョーがぼそり、とツッコむ。
「わかったわかった、健さん始め、経済関連は除外してよさそう、と」
忍が麗花の意見を尊重したのか、自分でもわからなくなってきたのか、健さん呼ばわりする。
「じゃ、怨恨の線があるとしたら奥さん?」
「運転手さんは?」
麗花の台詞に、忍が笑顔になる。
「そりゃ推理モノの見過ぎだって」
その隣で、俊も難しい顔で首を傾げる。
「治療拒否中のお嬢ちゃんって線は?」
「さてね」
そちらは、忍も否定しない。ただ、怪我しただけなら、とっと思考から排除したのだろうけれど。
「どうして治療拒否してるのかしら?」
須于の問いに、俊がにやり、と笑う。
「難しいお年頃ってヤツ?」
「難しいかどうかは、当たってみるしかないでしょうね」
亮が、すっと表情を軍師なものへと変える。
「だな、茶飲み話しててもラチあかないや」
忍もゴミをまとめてから立ち上がる。俊も立ち上がりながら尋ねる。
「どうする、みんな病院行ったって、多すぎるだろ?」
「オイルの方を当たるのも、手だろうな」
ジョーが、自分の周囲のカップを須于の持っているトレーに乗せながら言う。麗花が、にや、とする。
「私も、ついてく」
「はいはい」
俊が頷いて、亮が決定を下す。
「では、俊とジョーと麗花は、オイルの出所の方を当たって下さい、忍と須于とは病院へ行きます」
「あいよ」
「んじゃ、そゆことで」
「Labyrinth、go!」



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