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夏の夜のLabyrinth
〜13th  卒業〜

■florid・4■



少し時間を遡って、こちらは二手に分かれたもう一方、ジョー、俊、麗花の三人だ。
目の覚めるようなブルーメタリックの車の運転席にはジョー、助手席には俊、ツーシーターのつもりでつくられている狭い後部座席から、麗花が身を乗り出している。
「ようするに、亮の言ってたブレーキオイルそっくりの困ったちゃんはさ、一般の店では手に入らないわけだ」
俊の解説に、麗花が首を傾げる。
「じゃ、ドコで手に入るの?」
「もちろん、闇ルートってヤツ」
にやり、と俊が笑う。
「でも、ま、持ち込んでるのはリスティア以外の国の連中が多いし、そういう連中は直取り引きはしないけどな」
「なんでそんなコト知ってるの?」
「さてね」
俊は肩をすくめてみせる。麗花は質問を変える。
「闇ルートって、ドコにあるわけ?」
「手に入れたければ、店を選ぶことだ」
ジョーが、ぼそり、と口を挟む。
「ジョーも詳しそうねぇ?」
「さぁな」
麗花が目を細めるが、ジョーは意に介した様子もない。
麗花にとっては通ったこともない道路を、ジョーは慣れた調子で運転している。
そして、人通りは少ないけれど、それでいてごくごく普通の表通りに見える場所でジョーは車を止める。
「少し、待ってろ」
言葉少なに言い捨てると、一人で車を降りてしまう。
「はぁーい」
含みを帯びた麗花の返事が聞こえているのかいないのか、とっとと目前の店へと入って行く。
見たところ、なんのへんてつもない車とバイクのメンテ用品を扱う店のように見える。俊は、ちら、と見やった後、がく、と助手席のシートを軽く後ろへ倒す。
まったく口は聞こうとしない俊を、ちら、と麗花は見やる。
ジョーもそうだったが、俊もいつもとは少々目付きが違う。
「………」
話しかけるべきではないのだと判断した麗花は、おとなしく黙り込んだまま、ジョーの戻るのを待つ。
十分ほどしただろうか、ジョーが、何事もなかったかのような顔つきで店から出てくる。
俊が窓を開けると、ポケットから煙草を取り出しながら告げる。
「お前のテリトリーだ」
「あ、そ」
返事をしたなり、身軽にギアを乗り越えて運転席に移る。
驚いた様子もなく、ジョーは煙草の箱を差し出す。俊は、にやり、と笑うと一本取り出して軽くひねってから、ジョーの差し出してくれたライターで火をつける。
いままで俊が煙草を吸ってるところは見たことないが、かなり手馴れてる。
絶対に、かなり吸ってたことがあるはずだと麗花は確信する。
「なーんか、二人とも怖いの」
麗花は、軽く身震いしてみせるが、二人からはリアクションは返らない。
こんなじゃ引っかからないか、と麗花は心の中で舌を出す。
ジョーが助手席に乗り込むのを待って、俊は車を発進させる。
すぐに運転席の俊の方へと身を乗り出しながら尋ねる。
「んね、今度はどこ行くの?」
「んー?困ったちゃんなオイルを転売した、阿呆のところ」
あっさりと言った俊に、麗花はさらに身を乗り出す。
「え?わかるの?」
「まぁな」
「どうして?」
「わかるもんはわかるんだよ」
俊は、相変わらずすっとぼけてみせる。それから、すかさず付け加える。
「今度は麗花の出番もあるぜ」
「それは楽しみね」
にっこり、と笑顔になる。
ジョーが、珍しく、肩をすくめて笑う。麗花はちょっと頬を膨らませる。
「なによう?二人だけでわかる世界に行っちゃってるくせにー」
「いや、そうじゃなくて、麗花も案外、性に合ってそうだと思っただけだ」
「確かにな」
俊も賛成らしい。
麗花の顔に笑みが戻る。
「誉め言葉よね?」
「ああ」
吸い終えた煙草をもみ消したジョーの口元にも、まだ笑みが残っている。

今度は、完全に人通りがないと言っていい裏通りだ。
昼間だというのに、日差しもない。
その奥まったところで、磔の刑にされかかっている男が一人。格好からいって、バイクを乗り回してる連中の一人だ、とはわかる。
いつもからは想像のつかない凄みのある目つきをしているのは俊だ。
「これでも、返事が出来ないって?」
口元に、皮肉な笑みを浮かべる。
「よーっぽど掴まされてるみたいだなぁ?なんなら、丸ごと剥いでやろうか?」
ちら、と麗花を見やると、にっこりと微笑んだその手から、またもナイフが繰り出される。
「っ!」
タタタッという小気味いいリズムで、今度は磔の男の顔の回りにびーっしりとナイフが刺さる。
今度こそ、男の顔からは血の気が引いた。
先ほどまで、ほんの微かにではあるが、残っていた余裕の笑みさえも消え去っている。
麗花の手には、まだナイフがある。
「ねぇ、もう周りはうまっちゃったよ?」
天真爛漫な笑顔で麗花は首を傾げてみせる。
「次は、どうするの?」
俊の笑みが、少し大きくなる。
「周りに場所がないなら、空いてるところしかないな」
「空いてるところっていったら、心臓かなー、目かなー、口かなー」
お気楽な口調が、いっそ不気味だ。
「それとも、ちょーっと大きな鼻をスライスしちゃおっか?カッコ悪いし」
「悪くないな」
首をふろうにも、周囲にびっしりナイフが詰まっていてはままならない。
男は、やっとのことで声を出す。
「ま、待て……待ってくれ……」
「もう、充分待ったよねぇ」
麗花は、ナイフを構えながら頬を膨らませてみせる。
「や、だから、言うから」
必死で言葉を繋ぐ男を、二人して黙って見つめる。
「き、吉祥寺だよ」
「………?」
俊の片眉が、怪訝そうに上がる。
それをどうとったのか、男は慌てて付け加える。
「グループがあるだろ、でっかい?その、吉祥寺の、娘だよ!」
どちらからともなく、顔を見合わせる。
男の方へ視線を戻したのは、麗花だ。自分の胸あたりに手の平をもってきて、尋ねる。
「まだ、これっくらいの背の?」
「そう、そうだ、そいつ!」
必死の様子で男は頷いている。ナイフには触れないよう、ちょっと不自然な動きで。
くるり、と背を向けたのは、二人同時だ。
走り出してしまった二人に、男が必死の声を上げる。
「ちょ、離してくれる約束っ!」
「あー、そうだったな」
俊が振り返ると、なにかポケットから取り出して男目掛けて投げかける。
男は、思わず首をすくめる。
が、視界に入ってきたのは細めの棒だ。すっと伸びてきたかとおもうと、壁に勢いよくあたる。
その反動でバラけて落ちてきたナイフを、なにがどうなったか鞭状に変化したソレが器用にまとめて引き上げる。
ナイフを麗花の手へと渡しながら、にやり、と笑う。
「お前のことなんて、すぐに捕捉できるからな、余計な口は開かないこった」
トドメの脅しをかけると、本当に背を向ける。
男は、返事をする気力もないままに、へろへろとその場に座り込む。



集中治療室で吉祥寺グループ総裁夫人の看護の手伝いをしていた須于は、扉のあたりに見覚えのある人影が来たのに気付く。
なにげない様子で、集中治療室から出ると、やはり忍と亮が待っていた。
忍が、にこり、と笑う。
「お疲れサマ、そっちはどう?」
「怪しい感じのは、いまのところ来てないわ」
亮は、それに軽く頷いてみせてから尋ねる。
「夫人の容態はどうですか?」
「命は大丈夫、後遺症も、いまのところは出ない可能性の方が高いって……でも……」
「でも?」
忍が続きを促す。須于は、少々辛そうに告げる。。
「でも、髪で隠れそうなところだけど顔に傷が残ってしまいそう」
「そうですか……」
女性にとっては、そういうのは最もショックだと察しはつく。二人とも、少し痛い表情になる。
「吉祥寺総裁の方が、ショック受けてたみたい」
須于の言葉に、忍が軽く首を傾げる。
「そうなんだ?」
「こんな目に合わせてすまないって、もうほとんど泣かんばかりだったわよ」
「へえ、奥さんのこと、大事にしてるんだな」
亮が、薄い笑みを浮かべる。
「前後見えなくなって、天宮財閥総帥を疑うくらいですから」
どうやら、健太郎のぼやきを思い出したらしい。忍もそれを察して、少し笑う。
が、すぐに話題を引き戻す。
「奥さんも、かなりショック受けてたんじゃ?」
「もちろん、ショックはショックだったみたいだけど、それよりも梓ちゃんの目が見えなくなっちゃってることの方が気になるみたい」
「それは、総裁もでしょう」
「そうね」
頷いてから、今度は須于が尋ねる。
「亮たちの方は、どうだったの?」
問われた二人の顔に、不思議な笑みが浮かぶ。
「車に細工をされるよう仕向けた犯人がわかりましたよ」
「え?」
驚きを隠せない声を、思わず上げてしまう。
「誰なの?」
「梓さんですよ」
亮は、静かな声で告げる。



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