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夏の夜のLabyrinth
〜13th  卒業〜

■florid・6■



俊がダイニングへと入ってくると、先客がいた。
しかも、俊が目的とした場所、冷蔵庫の前に。
「ああ」
思わず間抜けな声を出してしまったのは、そこにいたのがジョーだからだ。なんとなく、ビールを手にした気持ちがわかる気がして。
振り返ったジョーも、俊がいることに気付くと手にしていたビールを軽く上げてみせる。
頷いてみせると、もう一本、ロング缶を取り出して冷蔵庫を閉める。
二人して、居間のソファになんとなく座る。
好き勝手にプルトップをひいて、目線だけで乾杯して、それから。
「久しぶりだったな」
「ああ」
あんな裏モノを扱う店で誰に売ったのか吐かせたのも、しょうもないコトをやったヤツを締め上げたのも。
「ご感想は?」
俊が尋ねる。
「別に」
ごくあっさりとした答えに、俊は肩をすくめる。
「そうか」
とってつけたような会話が終わってしまい、俊は、ぐい、と一口あおる。なにやら、煮え切らない表情をしている。
「どうか、したのか?」
尋ねたのは、ジョーの方。
俊は、一度首を傾げてみせてから答える。
「ん、まぁな」
しばし、沈黙。
「……ちょっと、驚いたかな」
「?」
ジョーは、怪訝そうに片眉を寄せる。
「いやその、聞くつもりなかったんだけど、窓開けてたもんだから、聞こえてきてさ」
いきなり言い訳を始める俊に、ジョーはますます怪訝そうだ。いつのまにやら昼間のことから今さっきのことへ移ったらしいことはわかるが、話が見えない。
「まぁそれで、なんにしろ、盗み聞きには変わらないし」
「なにを、聞いたんだ?」
埒があかない、と思ったのか、ジョーが口を挟む。
「ん、いや、その……亮って、やっぱすごいな」
「理解出来るように話せ」
「悪い、ちょっと待て、俺も整理がついてない」
俊はそう言うと、黙り込む。ジョーも、黙ったまま缶を傾ける。
少し、沈黙の後。
「忍がさ、少しでも自分の本音っぽいこと言ったから、驚いた」
「なんでだ?」
「なんでって……そっか、ジョーは知らねぇもんな」
ぽり、と頭をかく。このままでは中途半端なのはわかっている。俊は、説明を始める。
「スクールの頃ってさ、忍のヤツ、すっげ頼りにされてたんだよ……なんつうの、安心して相談できる相手ってのかなぁ、生徒会長やってるとかじゃないんだけど」
「ああ、わかる」
うまい言葉が見つからないらしく、しきりと首を傾げている俊に、ジョーはぼそり、と言う。
どんな風に頼りにされていたのか、想像はつく。忍なら、いろいろな悩みを親身に聞いてくれるに違いない。
ただイザコザを解決する、とかではなくて。
クラスどころか、学年にもいっぱいの友人がいて、頼りにされる存在だったのだろう。
「人の話聞くのは得意なんだけど、自分のこととなると絶対に言わなかったんだよ、まぁ複雑な事情がなきにしもあらずだったこともあるけど……」
人のことは親身に聞く。でも、自分のことは自分で始末をつける。
それも、忍らしいといえば忍らしい。
確かに、両親がらみのことは、人においそれと言えないことだったのもあるだろうが。
「そうか」
相変わらず、言葉少ななジョーの相槌だが、本当にわかっているのだろう。少し、首を傾げる。
「忍もそうだが……亮も、敏感だからだろう」
元々口数が少ない方だ。表現力には、少々欠けている。
が、俊たちは、言いたい意味を補える時間を一緒に過ごしている。
ジョーが言いたいのは、人の痛みに、という意味だ。
黙っていてもわかってしまう相手がいて、信頼できるのならば。
口にした方が、きっと楽になれる。
俊も、頷く。
「そうかもな、でも、やっぱスゴイと思うなぁ……俺なんて、六歳の時から知り合いだけど、そんなの聞いたことない」
ジョーの口元に、笑みが浮かぶ。
いや、笑みだけでは済まなかった。押し殺したような笑い声が口からこぼれ出す。
しかも、なにがツボにはまったのか、その笑いが止まらない。
「おい……なにが、そんなに可笑しいんだよ?」
恐る恐る俊が尋ねる。
忍の本音が聞こえてきただけでも驚きなのに、ジョーの笑い声まで加わった日には、余計なことに運を使い果たしそうで恐ろしい。
やっと、しゃべれる程度になったジョーは、まだ笑いの残る声で尋ねる。
「忍は、感情を表すのも好きじゃない方だろう?」
「ああ、そういうところあるな」
素直に頷かれて、またジョーは笑いがこみ上げてきたようだが、どうにか耐える。
「お前が行方不明になったとき、あからさまに不機嫌だったぞ」
言われた俊は、複雑な表情になる。嬉しいような、恥ずかしいような。
で、ジョーは結局、耐え切れずに笑い出す。
「だから、なにがそんなに可笑しいんだよ」
笑われてるのは自分だということだけはわかる。しかも、ジョーがツボにはまるとは。
「お前の口から他人の本音が気になるなんて発言が出るとは、思わなかった」
その人の痛みが気になるということは、自分に受け入れた、ということに他ならない。
「って、んなに笑うか」
「いや、それを俺と俊が会話しているのが可笑しかっただけだ」
そう言われて、我に返る。
お互い、どういうスタンスでいたのかは、よく知っている。
他人には深入りしない。自分のことは口にしないし、近づけない。
ましてや、本音に触れる部分のことは、絶対に。
そのはずだったのに。
俊の顔にも、笑みが浮かんでくる。
「確かにな」
言った途端、笑い出してしまう。こんなこと、あるわけないと思っていたのに。
友人という響きが、嫌ではなくなること。
亮のコトを、素直にスゴイと思うこと。
ジョーと、こんなことを話すこと。
俊の笑いにつられたのか、ジョーもまだ笑っている。

別に、そこで足を止めることはなかったと思う。
でも、須于の足は居間に入る前に止まった。多分、二人で一緒にいる時には聞いたことのない、ジョーの笑い声が聞こえたから。
どうやら、俊たちには気付かれていないようだ。そろそろと後ずさって、居間から離れる。
多分、驚いたのだと、自分で思う。
自分の部屋へ戻らずに、麗花の部屋の扉をノックする。
すぐに扉が開いたところをみると、麗花もまだ起きていたらしい。
「どうかしたぁ?」
珍しい時間に顔を出した須于に、麗花は首を傾げる。
が、すぐに聞こえてきた笑い声に、
「うそぉ」
思わず呟いてしまい、麗花は慌てて自分の口を押さえ込む。
ね、と言うように、須于は首を傾げてみせる。
複雑な表情をしている。
麗花はひそひそ声で早口に言う。
「なるほど、須于もびっくりしたわけね?この驚きをアナタにも!って感じ?」
大袈裟な身振りでの台詞に、思わず須于は肩をすくめて笑いをこらえる。
麗花は、ちら、と居間の方へと視線を走らせる。
「にしても、男ってどーしてああかねぇ」
「不可解なことで、打ち解けたりするのね」
須于が言うと、大きく頷く。
「そうそう、ほーんと些細なことなんかでね、で、自分らの単純さを棚に上げて男どもは、女の子は謎が多いって言うわけよ」
それから、にやり、と笑う。
「ジョーと俊は、間違いなく典型的なそういうタイプだよ、気にしない気にしない」
ぽんぽん、と肩を叩かれて、須于は驚いた顔つきになる。
いつも、そうだ。
なんとなく不安だったはずなのに、麗花と一緒にいると笑ってるのが普通な気がしてくる。
今回も。
思わず、笑顔になる。
「ありがと」
お礼を言われた麗花は、照れ臭そうに笑う。
「そんなこと言われると、照れちゃうよー」
「珍しい、麗花も照れるのね」
「あ、ひどいなぁ」
二人で顔を見合わせて、くすくす笑う。
「なに、内緒話?俺も混ぜてくれるかしら?」
振り返ると、忍が階段から降りてくるところだ。怪しげな言葉使いに、思わず須于は吹き出しそうになるのをこらえる。
麗花が、にやり、と笑う。
「ダメダメ、この会話は美人限定なのよー、亮ならいれたげてもいいかな」
「おや、入れてもらえるんですか」
忍の後ろから降りてきた亮が、にこり、と笑う。
珍しいノリに、麗花と須于は思わず顔を見合わせてから、満面の笑顔を向ける。
「もっちろん、大歓迎だよん」
「秘密の会話に歓迎するわ」
「ヒドイ、差別だわっ」
へんにシナを作ってみせる忍に、須于はまた吹き出しそうになる。麗花も笑いをこらえながら、尋ねる。
「二人とも、どうしたの?」
機嫌はよさそうだから、仕事ではあるまい。
「いや、眠れないしさ、カクテルでもつくろっかなって」
「を、忍がつくるの?」
「ん、こないだやってみたら面白かったから」
と、亮の方を振り返る。
「で、せっかくだから、一杯やろうかって誘ってきたんだよ」
「ご相伴させていただけるようですよ」
相変わらず、微笑んだまま亮も言う。
「ホント?」
「私たちもいい?」
麗花と須于の口々の言葉に、忍の笑みが大きくなる。
「もちろん、そんなバリエーションなくてよけりゃ」
「わーい」
廊下の方の騒ぎに気付いたのだろう、俊が顔を出す。
「なんだ、どうかしたのか?」
「あのねぇ、忍がカクテルつくってくれるって」
聞いた俊は、にやり、と笑う。
「もちろん、俺らもご相伴にあずかれるんだよな?」
どうやら、ちょっとした深夜のパーティーと化しつつある。
珍しく台所のカウンターに立った忍の手元を麗花が覗きこむ。
「私、ライチグレープフルーツがいいなぁ」
俊が、それを聞いて指を立ててみせる。
「カクテルっていえば、ギムレットだろ」
「『ギムレットにはまだ早い』ってか?かっこつけすぎ」
すかさず忍にツッコまれて黙り込んだところで、ジョーが自分の希望を述べる。
「俺は、マティーニがいい」
「ドライだよな?」
「もちろん」
忍の確認にも、即答だ。麗花がほほう、と声を上げる。
「さすが、渋いなぁ」
「飲みやすいのって、なにがあるの?」
首を傾げたのは、須于。あまり飲みつけていないらしい。忍が、麗花の注文通りのライチグレープフルーツをステアしながら言う。
「スクリュードライバーは?オレンジジュースっぽくて飲みやすいよ」
「出たー、基本のレディーキラー!」
俊が言って、皆が笑う。
ジョーのと俊のも出揃って、須于のスクリュードライーバーをステアしながら忍が尋ねる。
「亮は?」
「スプリッツアーができれば」
軽く首を傾げならリクエストする。けっこう、亮も知っていそうだ。
麗花は紫鳳城で催される様々なパーティーの席で馴染んでいるのだろう、相当知ってそうだ。亮のリクエストにもすぐに納得する。
「なるほど、忍はなに飲むの?」
「俺?トム・コリンズ」
「それも王道だな」
とは、俊のコメント。
めいめいにグラスが行き渡ったのを見計らって、麗花が軽くグラスをあげる。
「んでは、明日の健闘を祈って、かんぱーい」
「かんぱーい」
軽くグラスが触れ合う音がして、それぞれが口にしてみる。
「あ、うまい」
「ホント、忍、バーテンダーになれるよ」
「って、俺にバーテンダーやらす気だろ」
「バレた?」
ひとしきり笑ってから。俊が首を傾げる。
「で、亮、明日の勝算はあるわけ?」
説得役は、医者としてコンタクトした亮の役割と決まったから。
亮は、スプリッツアーの入った透明なグラスを軽く傾けてから、にこり、と笑う。
「もちろんです」
浮かんだのは、軍師な笑みだ。
すぐに、麗花が切り返す。
「聞くまでもないじゃん、亮だよ?」
「確実じゃないことは言わないな」
俊は、口々に言われて、少々悔しそうに口を尖らせる。
「わかってるよ、でもさ、はっきり聞くと百パ一セントの確率が二百パ一セントくらいになる気するじゃないか」
「あはは、確率増え過ぎー」
麗花が笑う。
「先にビール飲んでたんでしょ、少し酔ってるのかもね?」
須于にまで言われてしまって、かたなしだ。
亮が苦笑しながらフォローしてくれる。
「ビールベースのカクテルもありましたね、ドッグズ・ノーズなんてジョーが好きそうですけど」
「それは、飲んだことがない」
ジョーは、興味を覚えたらしい。亮が言うなら、間違いなく口に合うだろう。
「ああ、あとシャンデー・ガフもあるよな」
「ビール以外はぁ?」
「そうだなぁ……」
とりとめのないことを話しながら、ゆっくりとグラスを傾けて。
ぽつり、と麗花が言う。
「『卒業』って、学校だけじゃないんだねぇ」
「そうだな」
忍も、頷く。
「ああ」
言ったのは、俊だったのかジョーだったのか。
まだ、夜が更けきるまでは時間がある。



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