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夏の夜のLabyrinth
〜14th 皇子の現実 公主の事情〜

■Windhose・3■


らいんだよ


ジョーは肩を軽くすくめてみせ、須于とフランツにいたっては言葉もない。
「忍くん以外にはバレなかったってことは、テスト結果は上々だね」
奥の扉から、にっこりと微笑みながらホンモノの健太郎が姿を現す。
「途中までは、すっかり騙されてましたよ」
忍も、にこり、と笑う。
亮は、Yシャツの襟影から、なにか小さいモノをはがしてから口を開く。
「声もよく出来ていたでしょう?」
ここまでされたら、ぐうの音も出ない。
実際、すっかり騙されていたのだから。
「納得しました」
降参ポーズで麗花。亮がテーブルに置いた小さなシールを手にして、須于も感心しきった声を上げる。
「すごいわ、声紋を作りかえるのね」
「俺らの中の誰かが入れ替われば、安全のまま状況を確かめられるってわけだ」
俊も大きく頷く。
「というわけなのですが、いかがでしょうか?」
健太郎が、笑顔をフランツの方へと向ける。
「それは、大変ありがたいお申し出ですが……」
目前にいた総司令官が、変装だったとわかった驚きがさめやらぬのと、他国をそこまで巻き込むことへの戸惑いとが顔に浮かんでいる。
「そうですね、先ずは、もしご承知いただけるようなら一緒に行動するコトになる、彼らをご紹介しましょう」
そこまで言ってから、少々イタズラっぽい笑みになる。
「それよりも、当てていただきましょうか」
「当てる?」
相変わらず、フランツは戸惑い気味のままだ。
「そう、先日の国際会議でお会いした時に、大変に興味を持たれているようでしたが」
フランツは、健太郎との会話を思い出そうとするかのように微かに顎を引く。
リスティア総司令官としての手腕を、ずっと尊敬しているし目標にもしている。特にこの間の会議では個人的に話す時間が珍しくいつもよりも多くあって、会話は多肢に渡っていた。
その中で、このような特殊なケースで登場する可能性があるのは。
はっと、目を見開く。
「まさか……?」
「その、まさかですよ、と申し上げたら?」
「いや、でも」
麗花と健太郎を、不思議そうな表情で交互に見やる。
フランツが何が言いたいのかは、容易に察しがつく。麗花は、にやり、と笑みを浮かべる。
「兄さんには、秘密にしておいて」
「承知しました」
神妙な顔つきで頷いてみせる。
「正直申し上げて、ルシュテット皇家の者としては、このようなご迷惑は恥とすべきことですが」
にこり、と笑む。浮かんだ笑顔は、年相応だ。
「個人としては、『Labyrinth』と行動を共に出来るという魅力には攻し難いです」
世間サマでは、『第3遊撃隊』はコード名の『Labyrinth』の方で知られている。しかも、小人数部隊ながら、ここ最近の大きな事件のすべての解決に関わっていると言われているのだというのを、先日、当人たちも知ったばかりだ。
もちろん、事実には違いないが、それはリスティアに下手な手出しは出来ぬようにとの総司令官の思惑も多分に含まれたウワサであるらしい。
「では、全面的におまかせいただけますね?」
健太郎の笑みが、人の良いそれから、微妙に変化する。フランツは、もう一度頷く。
「はい、よろしくお願いいたします」
きれいな姿勢で頭を下げたのをうけて、健太郎は亮の方を振り返る。
「じゃ、後は頼むよ」
健太郎は、携帯端末を手にすると、立ち上がる。
亮は、その端整な顔に軍師な笑みを浮かべる。
「受けたまわりました」
「では殿下、幸運をお祈りしていますよ」
「ありがとうございます」
健太郎の姿が消えてから。
「で、どうするんだ?」
俊が、楽しそうに尋ねる。
「それは、もちろん」
キレイな笑みが、少し、大きくなる。
「もちろん?」
麗花が、首を傾げる。
「自己紹介からでしょう?」
「あ、そっか」
こちらはルシュテット皇太子と知っているので失念していたが、フランツからすれば得体の知れないのが五人もいるわけだ。
なんとなく、視線が麗花へと集中する。
「ん?私が紹介するの?」
「麗花とは、知り合いなのよね?」
との須于からの駄目押しをうけて、にやり、と笑う。
「先ずは忍、剣の扱いじゃ右に出る者無しだよ」
にこり、と忍が笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします、殿下」
握手をしながら、フランツは言いそえる。
「どうか、フランツと呼んでください」
「では、よろしく、フランツ」
「こちらこそ」
麗花は笑顔で、無愛想に立っている人へと手を向ける。
「金髪がジョー、銃で狙われたら命はないと思って」
「どうも」
「隣りは須于、美人だからって油断は禁物、腕はものすごく確かだよ」
軽く握手をしてから、次だ。
「俊はバイクに乗らせたら天下一品、動力源はカレーだね」
「おい、俺だけなんでオチがつくんだよ」
「そりゃ、俊だから」
フランツは、吹き出さずにいてくれたが、どうみても笑いをこらえている。
「最後に亮、どんな指示を出されたとしても、信じる者は救われる」
にこり、と亮は微笑む。
「で、私のことは、ただの麗花でよろしくね」
「わかりました」
「って、フランツも敬語じゃなくていいよ」
「わかった……その、出来る限りは」
皆の視線が、亮へと戻る。
「じゃ、亮?」
「確認をさせて下さい、即位前にリスティアをお忍びで見学するというのは確かにカール殿下と二人きりで計画したことなのですね?」
「そうです、近習もあずかり知らぬこと」
「いない間のことは、どのように?」
「ここしばらく父の容態も安定しているので、看病疲れを癒すという名目で二日間、離宮に行くということになっていました」
「でも、離宮にも召使いはいるのでは?」
「確かにおりますが、基本的な日常のことは、離宮にいる時には自分でやりますので、姿が見えなくてもおかしくもないのです」
忍のもっともな問いに、あっさりとフランツは答える。が、ますます俊は不思議そうになる。
「日常的なことって、例えば食事とか?」
「はい、母の方針で、いかに皇家の者であったとしても、そういったことは出来た方がよいと」
「へぇぇ」
妙に感心した声を上げてしまい、思いきり麗花につま先を踏まれる。
「てっ」
苦笑を浮かべつつ、亮が後を引き取る。
「その秘密は『約』したことであるにも関わらず、皇后陛下に漏れているわけです」
言われたフランツは、少し唇を噛み締める。
「そういうことになります」
「麗花が保証できるほど、兄弟仲は良いわけですね?」
「太鼓判押せるわよ」
「あのさ、ちょっと待ってくれん?」
俊がもう一度ロを挟む。
「なんで、そこまで言えるわけ?」
「『Aqua』で大国といえば、リスティア、プリラード、ルシュテット、アファルイオだけど、その中で王が積極的に政治の中心的役割を担ってるのは、ルシュテットとアファルイオだけだし、父さん同士がご学友だったしね」
フランツも頷く。
「皇家同士の行き来は、かなり頻繁でしたね」
「父さんが亡くなるまではね、亡くなった後も、フリードリヒ陛下には随分と気にかけてもらってるし」
「風騎将軍と現国王には、随分とかわいがってもらいましたし」
「私も、フランツとカールとは、よく遊んでたし」
「なるほど、それでルシュテット皇家のことはよく知ってると」
納得出来たらしい。俊は頷いてみせる。
「だとすれば、能動的に口にしたのではない可能性が高いですね」
さらり、と亮は口にしたが、それはぞくり、とさせるだけの効果がある。
「ルシュテットの『約』は命と名誉がかかっているもの、そうそう簡単に破るとは思えません」
「まさか……?」
身を乗り出したのは、フランツだ。
「まさか、カールの身に?」
「皇王にしたい当人なのですから、命に別状はないでしょう」
亮が、さらに何か言おうとした時だ。
慌しく、総司令官室の扉が開く。
姿を現したのは、健太郎だ。
「どうしました?」
亮が、軽く眉を上げる。
席を外したのは会議かなにかのせいなはずなのに、戻ってくるのが早過ぎる。
「あちらさんも、けっこうやってくれる、テレビつけて見ろ」
言いながら、どさどさと手にしていた書類やら端末やらと机の上にほおるように置く。
引き出しから何かを取り出して、ポケットに突っ込むのを見ながら、亮が頷く。
「わかりました、勇姿を見てますよ」
「ああ、こっちは適当にあしらっとくから、早めにケリつけろよ」
「もちろんです」
早口の会話を終え、健太郎はまた総司令官室から出て行ってしまう。
亮は、すぐにモニターを下ろしてテレビのスイッチを合わせる。
ニュース速報が流れている。いや、ただの速報よりも扱いは大きい。わざわざ、キャスターが画面に出て来ている。
『……かえしてお伝えします。ただいま、ルシュテット城警備隊より緊急の発表があり、フランツ皇太子が行方不明になっているという発表がありました。当局によりますと、同時に偽者と思われる人物が我が国に侵入している可能性があるとの情報があり……』
「ちょっと、なにコレ?!」
少し血の気が引いた顔で、麗花が亮を見る。
「随分とまた、派手な演出ですね」
慌てる様子もなく、感想を述べる。
「他国の国民まで巻き込んでくれるとは、実に迷惑千万です」
「なるほど、当局発表にすれば、ここにいる皇太子は偽者っていうのに信憑性が出るってことか」
忍が感心したように言うと、俊も肩をすくめる。
「ニュース聞いた当人も動揺するだろうし、な」
その台詞に、フランツは笑みを浮かべる。
「一人でいたのなら、恐らくは」
画面の方は、緊急記者会見の現場へと移っている。
フラッシュの雨の中、多数のマイクを前にしている総司令官たる、健太郎の顔には、どこか余裕すら見える。
彼は、笑みを浮かべたまま口を開く。
『リスティア総司令部として、本物のルシュテット皇太子を見つけだし、無事本国に戻られるよう協力を惜しむつもりはありません』
中にいた男性記者が立ち上がる。
『その為の配備は、どのように?』
『失敗しないということにかけては保証付きと申し上げておきましょう』
にこり、とはっきりわかる笑みを浮かべる。
『皆さんも、どうぞ朗報をお待ち下さい』
言外に詳細はノーコメントと言ってるも同然なのだが、それ以上記者陣に余計な質問をさせないなにかがある。
「ったく、勝手に大見得切らないで欲しいものですね」
呆れたような口調だが、その顔に浮かんでいるのは軍師な笑みだ。
「こうなった以上、急いでルシュテットに帰国する必要があるのは確かです」
「二手に分かれる、か」
ジョーが、すぐに察する。ルシュテットにすぐに向かう組と、ルシュテットからのお客サマの相手をする組と、だ。
最終確認の意味はあるだろうが、皇后の陰謀が関わってるのは、ほぼ間違いない。
軽く眉を寄せたのは須于。
「だけど、ここまでするのなら空港はもちろん、国境も固めてるでしょう?ルシュテットとリスティアは、ほとんど接してないも同然だし……」
「申し訳程度とはいえ、警備兵もいるしな」
俊も首を傾げる。
「国境が固められているのなら」
キレイな笑みを、亮が浮かべる。忍が、にやり、と笑う。
「破ればイイ」
にこり、と麗花が笑う。
「もちろん、テがあるのよね?」
「ええ、ありますよ」
「残るのは?」
残る、ということはフランツの偽者を演じる者、でもある。
「体格的には忍か俊ね」
と、さっと見比べて須于。麗花が、すぐに言う。
「なら、忍だね」
「そうだな」
ジョーも、頷く。俊が、むーと頬を膨らませる。
「どうせ、俺は大根だよ」
「バイクの後ろに誰かを乗せて走るなら最高に適任だけどな」
忍が、にやり、と笑う。
「ええ、俊にはフランツを乗せて国境を越えていただきます」
「まかせろよ」
にやり、と俊も笑みを浮かべる。バイクならば、右に出る者はない自信がある。
「ジョーは、俊の援護をして下さい」
「ああ」
「須于は、麗花を乗せて走ってください」
「私、一人でもやれるよ?」
麗花が首を傾げる。亮の笑みが、少し大きくなる。
「都合上、火薬電流を走らせるわけにはいかないんですよ」
「そゆことか、わかった、須于、よろしくね」
「こちらこそ」
「亮は、どうするんだ?」
俊が、首を傾げる。
「こちらで、雑用をもう少し片付けますので、忍と一緒に向かいますよ」
「わかった」
「隣室で準備して、出来次第出発してください」
「了解」
「んじゃ」
皆の視線を受けて、亮がにこり、と微笑む。
「code Labyrinth、go!」
「Yeah!」


らいんだよ


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