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夏の夜のLabyrinth
〜14th 皇子の現実 公主の事情〜

■Windhose・4■


らいんだよ


警視庁の一室に待ち構えているルシュテットからの来訪者の元へと、警視庁の警視と名乗った男に付き添われた皇太子らしき青年が現れる。
「皇后陛下付きの者だな?カールをどうした?」
開口一番の言葉に、来訪者は微妙な笑みを浮かべるが、返事は返さない。
ただ、警視の方へと細い視線を動かす。
「少々、国家機密に関わる話をしたいのですが……」
「わかりました」
リスティアの警視は、あっさりと頷いてくれる。皇太子が本物か同か確かめるには微妙な質問が必要と判断したのだろう。
「では、五分ほどしたら、また来ます」
「ありがとうございます」
警視の姿が消える。
部屋には、どこか緊張した面持ちの青年と、ルシュテットからの来訪者だけが残される。
すう、と蛇のような視線の男が、まさにその視線通りの動きで青年に寄る。
「皇太子殿下、あなたにはもう、カール殿下がどこでどうしていようと、関係のない話なのですよ」
「な……に……?」
青年の声が、くぐもる。
腹のあたりから、赤い液体が、じわり、と滲んでいる。血だ。
蛇のような男の目が、さらに細まる。どうやら、笑っているらしい。
「さようなら、殿下」
「待て……」
ぐ、と込み上げるものをこらえつつ、青年は必死の口調で言う。
「筋書きくらいは……教えろ」
「この期に及んで、どういうことだったか知りたい、と?」
喉に突っかかるような声は、どうやら蛇男の笑い声だったようだ。
「いいですよ、まだ時間はある。冥土の土産に教えて差し上げましょう」
青年は、必死の視線で蛇男を睨み付けている。
「皇后陛下は、どうあろうとご自分の息子を皇王にするつもりなのですよ、あなたは邪魔なんです」
「カールは……」
「弟君のことが気になりますか、いいお兄さんですねぇ」
また、喉に引っかかるような笑いが漏れる。
「きっと、これからは皇后陛下に逆らうことの無い、よいご子息におなりでしょうよ」
「……証拠は?」
「なんですって?」
「お前の一存ではない、という証拠は……ある……のか?」
刺したままのナイフに、すこし力を入れる。
「ああ、見せてあげますよ、文字どおり、これで最後ですがね」
胸元から取り出した白い便箋を広げる。
皇后の紋章のほどこされた、正式な暗殺指令。
「ほら、あんたは邪魔って書いてあるでしょう?」
次の瞬間。
蛇男の左手からは便箋が、右手からはナイフが消える。
ついでに、弾き飛ばされて、思い切り壁にぶち当たる。
「?!」
慌てて体制を取りなおした先には、腹から血を流しっぱなしの青年がいる。
が、どう見ても、その傷に苦しんでいる様子はない。
「立派な証拠だね、感謝に堪えないよ」
彼の右手には便箋、左足の下にはナイフ。
瞬間の技で、蛇男は瞬間、呆然としていたが、我に返ったらしい。
なにかが、おかしいということくらいは蛇男にも理解できているようだ。やみくもに動く真似はしない。
青年の方は、楽しそうに殿下の声で殿下らしからぬことを言う。
「こっちは、きっと間違いなくホンモノの命令書なんだろうし、こっちのナイフにはあんたの指紋、証拠としては申し分ない、でしょ?」
「ああ、本当にね」
蛇男の背後から、先ほどの警視が現れる。
と、同時に、がちゃり、と音を立てて蛇男の両腕は自由を奪われる。
「何をする?!」
さすがに、そちらには抵抗の色をみせる。
にこり、と警視は微笑む。
「問答無用でルシュテット皇太子を暗殺するなんて指令持っている人間が、リスティア国内を自由に動き回っていただくわけにはまいりませんのでね」
「偽者の、だ!」
「偽者、という証拠もなしに?」
くすり、と青年が笑う。
「ま、それは問わないことにしないとね」
「そうですね、ゼイタクは言えない」
言いながら、青年はかぶっていたマスクを取り外す。
「!」
さすがに、本気で蛇男も驚いたようだ。
現れたのが、まったく別の青年だったのだから。
青年の笑顔が、蛇男の真ん前に近付く。
「残念だったね、本当に偽者だったんだよ」
言いながら、血まみれの腹から血糊入りの袋を取り出す。
「なかなか、刺しごごちもホンモノっぽかっただろ?」
完全にしてやられたことを悟ったらしい。蛇男は、ぎり、と歯噛みをする。
蛇男を取り押さえている広人が、にこり、と笑う。
「ここまで単純に筋書きに乗ってくれると、こちらも楽でいいね」
「声かえる手間、いらなかったかな」
完全にバカにされた扱いに、蛇男はくさっているが、どうしようもない。ペースは完全に忍たちのモノだ。
「その証拠持って、早いところ向かった方がいいよ、これは俺らが適当にしとくから」
「ありがとうございます、じゃあ」
忍は、ぺこり、と頭を下げると扉を開ける。
亮が、待っている。
「はい、証拠の品」
と、手にしていた便箋とナイフを手渡す。亮は、それを丁寧に封筒に収める。
「楽しいくらいに思惑通りだったよ」
にこり、と、亮が笑う。
「やはり、確かな筋の情報は違いますね」
それから、相向かいの部屋を指す。
「着替え、用意してありますよ」
「ああ、ありがとう」
にやり、と忍も笑う。
「亮も、似合ってるよ、それ」
「それは、どうもありがとうございます」
ソレの襟を、軽く直してみせながら亮は微笑んでみせる。



国境警備、と言っても、カタチばかりといってもいいくらいに、トラブルがない。
順に仕事は回ってくるものの、どんな天気でも窓を開けて様子を見ていなくてはならないという以外は、楽な仕事だ。
自然、なにやら、のんびりとした空気が流れる。
春めいてきた空は、今日もうららかだ。
ヒトツ、あくびがでる。
視線を、地上に戻した国境兵は、ふと、視線の先に何かを捉える。
「おい、なんか、あれ……」
反対側を見守っていた相棒が、その声に振り返る。
「なんだ?近付いてきてるみたいだけど……?」
視界に見えるているのは、砂埃の塊だ。
「……?」
一人が、双眼鏡を手にして、それを見てみる。
「なんだありゃぁ?」
驚いた声を上げて、隣の相棒に双眼鏡を手渡す。覗き込んだ相棒にも、奇妙な表情が浮かぶ。
「なんか……真っ黒なんだけど?」
黒のスーツに黒のYシャツ、黒のネクタイ、そして黒いバイク、国境線とわかっていようはずなのにスピードを緩める様子なく、近付いてくる連中。
ホンモノを目にしたことはないが、ウワサは聞いたことがある。
漆黒の衣装に身を包み、この『Aqua』全ての裏社会を取り仕切る最大の組織。
排除するよりは、共存した方が賢明といわれるほどの徹底した組織の名は、誰もが知っている。
「Le ciel noir?!」
「なんでそんなのが、こんなとこに来るんだよ?!」
「俺が知るかよ」
「どうするよ、このままじゃ国境破られるよ」
などと言っている間にも、その姿は目視で捉えられる距離にまで、近付いてきている。
近付いてきている相手が裏組織であろうが、一般市民であろうが、許可なく国境線を破るのは犯罪だ。
警備隊支部に連絡を入れてしかるべきことに決まっている。やっと、それに気付く。

その、視界の先の黒づくめ部隊の一人が、双眼鏡を手に相手方を見つめている。
『やーっと連絡入れないとダメって気付いたみたい』
笑いを含んだ声で実況する。
『そうか』
少し前を走っていた金髪の妙にサングラスがお似合いの彼が、銃を手にする。
『通信機はどの形態だ?』
『トランシーバー型、左の左手、いま耳』
双眼鏡を手にしてるのが、簡潔だが楽しそうに告げる。
次の瞬間。
遠方で、なにかが弾け飛ぶのが見える。
『さーすがジョー』
双眼鏡を覗いている麗花が、はずんだ声を上げる。フランツを乗せて走っている俊も笑いを含んだ声で言う。
『相手さん、相当、びっくりしてるぜ』
『この距離を狙撃されるとは思わないよね』
くすくすと麗花が笑う。
『あ、今度はなんか構えてるや、本気になっちゃったかな』
『銃か?』
ジョーが構え直しながら尋ねる。
『うん、長距離射撃可能なヤツだけど……まだ狙い定まってないみたいだね』
『構えてるようだが?』
『うん、狙いは先頭っぽい』
『それは、関係ない』
あっさりと言うと、もう一発発射。
『おおー、この距離で銃身ってとこが泣かせるね』
国境兵は、衝撃で銃を取り落として腕を押さえている。もう一人が、構えるに構えられずにいるのが見える。
『腰が抜けちゃったかな?』
『このまま、通過出来そうね』
須于が言うと、俊がかすかに、舌打ちする。
『あ、腕の見せどころないから拗ねてるよ』
『ほっとけ』
三台のバイクのエンジン音が、さらに大きくなる。
『行くぜ』
言ったなり、俊のバイクが大きく跳ねる。そして、呆然と見上げる兵隊たちを尻目に国境警備所のゲートを飛び越す。
息つくまもなく、さらに二台。
無事、国境突破だ。
まだ、呆然として見送っている警備兵に、麗花が投げキッスをする。
『ばいばーい!』
『なにが来たと思ってるやら?』
俊が笑いを含んだ声で言う。くすり、と須于も笑う。
『黒づくめ、だしね』
遊撃隊のメンツとて、この格好がなにを連想させるのかは重々承知の上だ。裏組織であるLe ciel noirと、わざと勘違いさせることになるのは、わかっている。
『でも、大丈夫なのかしら?』
無許可でそんなことをして、リスティアにちょっかいを出されるようなハメになったらまずいとは思う。
須于が、首を傾げている。
『さぁな、そこらは軍師殿にお任せするよりほかないね』
『それよりさ、弾ヤバいんじゃないの?』
弾道痕から銃が特定できるのは常識だ。ましてや、最近のジョーの愛用はカリエ777、旧文明のモデルで、現存する唯一のモノなのだ。誰が撃ったのかまでバレる恐れがある。
『問題無い』
ぼそり、とジョー。
『どうして?』
『弾は残らない』
言葉少ななので、なんのことやらさっぱりだ。須于が補足する。
『特殊弾ね?』
『ああ』
『なに、それ?』
『岩塩弾みたいなものよ、ようは溶けてなくなるわけね』
『証拠隠滅だねー』
麗花が笑う。
三台のバイクは、あっという間に国境兵の視線から消えていく。



総司令官室の健太郎の下へ、そのニュースはすぐにもたらされる。
「国境が破られた?詳しく報告しろ」
少々不機嫌を装って、伝えてきた者に言う。
『直に接続します』
「ああ」
どこの国境の話かは、わかっている。そうそう簡単に、リスティア国境を破ることは不可能だ。
ある、一部隊を除いては。
何をしてのける為に、そんなことをしてるのかもわかっている。
だが、立場上、それを構わないとは口に出来ないわけだ。
「どういうことだ?」
静かな問いだが、報告を入れている支部隊長は返って慄いたらしい。微妙に声が震え気味だ。
『は、バイクに騎乗、総勢五名であります』
「静止は完全に無視?」
『連絡をいれようとしたところ、遠方射撃で装置破壊、威嚇射撃準備中に銃器も弾かれました』
相変わらず、鮮やかにやってのけたらしい。
健太郎は、かろうじて笑いをこらえつつ、つとめて冷静な口調で会話を続ける。
「特徴は?」
『はい、それが……』
「それが?」
少々、早口に問われて、支部隊長は慌てて口を開く。
『は、黒づくめであったそうであります、特徴的にはLe ciel noirと言っても差し支えないほどとのことで』
「ふぅん?Le ciel noirがウチに何の用かな?」
『あ、いえ、断定したわけではありません』
「ま、少し様子を見よう、ルシュテットの方は私が対処しておく」
『は』
「国境兵には、注意を与えとくように」
『は、申し訳ありません』
通信を切る。支部隊長は、今ごろ冷や汗ぐっしょりに違いない。
健太郎の口元に、苦笑が浮かぶ。
と、個人の携帯の方が、反応する。
発信先を見た健太郎は、ぺろり、と舌を出す。
口元にはっきりとした笑みを浮かべたまま、さらり、と言う。
「おう、早いな、いま連絡しようと思ってたところだよ」


らいんだよ


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