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夏の夜のLabyrinth
〜14th 皇子の現実 公主の事情〜

■Windhose・5■


らいんだよ


追ってくるサイレンは、警察のモノだ。
バックミラーで確認するまでもなく、その音で一台のバイクを追うにしては派手な台数のパトカーが出ているのがわかる。
追ってくる理由は、スピード違反だ。
軍隊の任務という申請が入っていなければ、当然、法定速度を守らなくてはならない。
と、いうことは、亮は申請を入れていないわけだ。
忍は、ちら、と後ろを見やる。
後部座席の亮は、先ほどから誰とやり取りしているのか、後ろは全く気にする様子がない。
が、忍の視線には気付いたのだろう、にこり、と軍師な笑みをみせる。
後ろを振り返らなくても、亮にもどういう状況なのかは、よくわかっているはずだ。
だとすれば、笑みの意味するところを理解するのは簡単だ。
ぶっちぎってよい、ということ。
忍は、軽く首を傾げる。
まだ、亮は誰かとのやり取りを終えてはいない。本気でぶっちぎれば、振り落としかねない。
が、亮の笑みは少し大きくなる。
このまま、やっていいということらしい。
警察に延々とついてこられるのはありがたい状況ではない。
まっすぐに前を見据える。
路地に入って巻く手もあるが、人海戦術を使われたら待ち伏せくらって返って厄介だ。
どうせぶっちぎるならば。
封鎖されつつある前方を見つめる。
アクセルを全開にする。
乗っているのは戦場に出ても耐えられるだけの仕様だ。もちろん警察の方もスピード違反取り締まり仕様だから、速度は出るが馬力が違う。
走るのではなく、飛ぶと言った方がいい。
轟音と共に、警察の張ったバリケードを軽々と乗り越える。
検挙率『Aqua』一を誇るリスティア警察が、ぽかん、と見上げているのがわかる。
思わず、忍は口元に笑みを浮かべてしまう。
もういちど、亮の方を見やると。
亮も、にこり、と笑ってみせる。
バイクは、轟音と共にリスティア警察の視界から消える。

やっとやり取りを終えた亮が、くすり、と笑った気配がする。
『どうかしたか?』
真後ろに乗ってはいるが、バイクだし、ものすごいスピードで飛ばしているから会話は通信機通してのモノだ。
『借りがヒトツ出来てしまいました』
『借り?』
どこか楽しそうな口調なので、忍は不思議そうに尋ねる。
『ええ、Le ciel noirに』
『へ?』
思わず間抜けな声を返してしまう。Le ciel noirの名は、忍も知っている。
構成員は全て黒づくめの衣装をまとっているとされる、『Aqua』最大の裏組織。
本気になれば、弱小国家ならば転覆されてしまうとさえ言われるほどに影響力があるのに、誰が帥しているのか、どこに中枢があるのかなど、何も知られていない。
謎めいていて、それでいて筋を通す義理堅さを持っており、裏社会に関わらない人間には一切手出しはしない点では、徹底していることで知られている。
各国政府が、敵対するくらいならば共存していた方がよいと判断するほどの、強大な力を持つ組織だ。
もちろん、今回の黒づくめのスーツが何を模しているのかくらいは、忍だってわかっている。
その、Le ciel noirに他ならない。
が、そんな組織に借りを作って笑える余裕の意味は、わからない。
『Le ciel noir総帥の黒木圭吾氏は、父の同級生で親友です』
ごくあっさりと、亮が言う。
各国の諜報機関ですら実態が掴めないLe ciel noirのボスを知っていたからといって、驚きはしない。
それよりも、だ。
『健さんの親友?!』
『スクールで一緒だったらしくて』
『へぇ』
そういう人物がスクールに何食わぬ顔で通っているのも不思議な気がするが、親友になってしまう健太郎も大人物だと思う。
『なんか、健さんの交友関係ってすごいのな』
『すごいのかどうかは知りませんが……借りヒトツで済んだのは幸運でしょうね』
本来ならば、いったいどのようなことになってしまうのかは、考えないことにする。
『亮、確信犯だろ?』
軍隊の任務だからと国境を越えるのは簡単だが、公式にリスティア軍が動いたことになってしまう。
『最も穏便な方法を選んだだけですよ』
『さっきまで話してたのって?』
『父です』
笑いを含んだ声で言う。
『借りヒトツということで、見逃す、という伝言です』
『ってわりには、長くなかったか?』
『ああ、二度も派手に行くなというので、それは出来ないと』
総司令官という立場上、二度も国境を破られるとなると穏やかではない。こちらも、慌ただしくなるはずだ。
『あれだけの人数がひそかに国境を越えるのは無理ですし、そんなのが通過した以上……』
『国境線は通常以上に固められるから、二度目は更に穏便にというのは無理ってわけか』
『そういうことです』
亮の口ぶりは、むしろ楽しんでいる。
『で、どうしたんだ?』
『僕らが通過した後、Le ciel noirの方から、これ以上の国境通過はないと声明を発表してもらいます』
『げ』
ものすごく、大きな借りの気がするが。
『大丈夫ですよ、父が借りヒトツ、と言っているからには、それだけですから』
やっぱり確信犯だ、と忍は思う。亮にかかったら、総司令官も『利用可能なモノ』のヒトツになってしまうのだから。
などと思っているうちに、目標の国境線が見えてくる。
アルシナド突破の報は国境線にも伝えられているらしい。可能性がある限りは、固めておくのが鉄則とばかりに物々しい状態になっている。
軍隊並みに飛んで見せたモノだから、格好とかんがみてLe ciel noirとの確信を強めているのだろう。
『うっわ、派手なことになってるなぁ』
ざっと見渡して、忍がぼやくように言う。亮が、笑みを含んだ返事を返す。
『手出しをしない限りは、余計なことはしないでしょう』
『なんか構えてるけどな』
『そのようですね、では、こちらも構えてみましょうか』
言葉通り、亮は手にしていたモノを構える。
ジョーのカリエ777のような短銃ではない。長距離狙撃が充分可能な細身の銃だ。
と同時に、忍はバイクのアクセルを全開にする。
『行くぜ』
一気に加速して、アルシナドよりもずっと派手になっているバリケードを一気に越える。
予測通り、へたにLe ciel noirに手を出すよりは、攻撃しない限りは手を出さないという方針だったようだ。追ってくる気配もない。
『ジョーがよほど見事な腕を披露したらしいな』
忍が笑う。亮も、頷く。
『ええ、おかげで無駄弾を使わずにすみました』
『しっかし、健さんがLe ciel noir総帥と親友なんて聞いたら、皆驚くな』
それを聞いた亮は、くすり、と笑う。
『その前に、別のことで驚くと思いますけれどね』
『確かにな』
忍も、にやり、と笑う。



ルシュテット首都、リデンに無事到着した先行隊は、そのままホーエンツォレルン皇家居城であるターフェアツ城に侵入する。
皇太子は無事で、本物が首都にいることを出来る限り早く証明しなくてはならない。それに、フランツがリスティアへ行ったことを漏らさないと約したカールの身も気になる。
フランツの先導で、皇家の中でも一握りの者しか知らないという通路へと入る。
Le ciel noirと見せかけるためにかけているサングラスにノクトビジョン(赤外線暗視装置)を備えているから問題無いが、真っ暗だ。
「けっこう狭いな」
歩きながら、俊があたりを見回す。先を歩いていたフランツが振り返る。
「出来る限り、見つかりにくい構造にしてあるので」
「でもこれ、旧文明産物でしょ?」
麗花が、にやり、と笑う。フランツも、にこり、と笑う。
「そう……外観は崩壊戦争後に作られたけど、通路は残してやったらしいよ」
「賢いわね」
とは、須于のコメント。ジョーの口の端に笑みが浮かぶ。
「紫鳳城も同じモノがあるんだんだろう」
「王室御用達なのよ、秘密通路は」
しゃあしゃあと笑ってみせる。
通路内は迷路のように入り組んでいるが、フランツは心得ているらしい。けっこうなスピードでどんどん歩く。
「伏せられてる可能性は?」
ついて歩きながら、再度、俊が尋ねる。
「この通路は、皇王のみが知るモノです」
「なるほど」
城内に出るまでは、安全、というわけだ。
それなりの広さのある中を、曲がりくねりながら進んで、やっと出てきた先は玉座だ。
主が病床についているいま、絢爛な部屋は、人っ子一人いない。
無駄の無い豪華さは、訪れた目的が目的ではなければ眺めいってしまいそうだ。
が、いまはその暇はない。
「カールがいそうなところは?」
麗花が低い声で尋ねる。
「皇后の私室」
答えた声は、フランツのではなく、女性のモノだ。
すぐに得物を構えたのは、三人。
フランツと麗花は、驚いた顔つきで声の主の方を見つめる。
「どうしてここにいるわけ?」
目前に現れたのはアファルイオ特殊部隊長であり、麗花の幼なじみの周雪華だったのだ。ただし、彼女も俊たちと同様、Le ciel noirを思わせる黒スーツに身を包んでいたが。
す、と隙の無い身のこなしでフランツに向かって礼をとってから、口を開く。
「ルシュテット近衛隊長から、皇太子殿下が行方不明との連絡がありました」
「じゃ、コトの真偽を確かめる為に?」
俊が首を傾げる。
「いえ」
微かな笑みが、雪華の口元に浮かぶ。
「コトを収めるのに、協力を要請されましたので」
「協力要請……?」
「その件よりも、まずはカール殿下の安全確保が最優先かと」
更になにか言おうとした麗花よりも先に、雪華は落ち着いた口調で言う。フランツも頷く。
「ですが、皇后陛下の私室となると……」
「派手に行っていい、と軍師殿からの伝言」
言った雪華の笑みが、はっきりとしたものになる。
「本人たちを押さえてさえしまえば、証拠は問題ないと」
「さーっすが、亮」
「あ、馬鹿!」
思わず、麗花が手を打ってしまう。俊が慌てて止めようとした時には遅い。
「誰だ?!」
扉の外の衛兵が、人のいないはずの場所に、侵入者があると感づいたらしい。荘厳な扉が、勢いよく開かれる。
「こんなとこで、でかい声出すなよな」
「ごめーん、つい」
麗花は、片手で拝んでみせる。
「反省してないだろ」
「ちょうどいい、どうせ突破するところだった」
ジョーは、余裕の言葉と共に得物をかまえる。ぼやいた俊も、にやり、と笑う。いつもの得物が、棒状に伸びる。
「まーな、亮がいいって言うんだから、遠慮なくやらせてもらうぜ」
雪華の笑みが大きくなる。
「では、ゴールで」
す、と、気配さえ感じさせることなく、彼女の姿は消える。
「あっちの方が人数、多そうだわ」
須于の台詞に、フランツが頷く。
「近衛兵の数はかなりです、廊下の方が有利でしょう」
幅の狭い通路では、多人数が一気に迫ることが出来ない。
「じゃ、行くよッ」
言いざま、麗花の手からナイフが飛ぶ。
相手がひるんだ隙に、五人は走り出す。
「殺っちまうなよ」
「シャレになってないよ、それ」
戯れ口叩きながら、これでもかという人数の衛兵たちを乗り越えていく。
「あ!」
思わず声を上げたのは麗花。
四人でフランツを囲むカタチにしていたのだが、近衛兵の人数の多さに、いつの間にか少しばらけ気味になっていたのだ。
先ほどから、一人、攻撃に加わっていない人間がいることくらいには、近衛兵も気付いていたらしい。
隙をついたと思ったのだろう、勢いよくフランツへと飛び掛る。
が、身軽にフランツはその切っ先をよけて見せ、ついでに叩き落として自分の手にそれを握る。
扉を護衛している兵士の侵入禁止を促す為の長棒だ。
す、と構えた様を見て、俊が口笛を吹く。
「決まってるじゃん」
低い呟きに、背を合わせた麗花が肩をすくめる。
「決まるでしょ、そりゃ」
「もしかして……?」
同じく、すぐ側に来た須于の問いの答えは、麗花の口からではなくてフランツの行動から得られる。
その槍さばきは、舌を巻くほどの見事さだったのだ。
「大丈夫だ、皇子がこんなことしてるとは、近衛兵も思っていない」
ジョーも寄ってくる。
「それよりも、キリがない」
「わかってるよ、まとめてポイしたいよね」
「スキがあれば」
「協力願えば、大丈夫だろ」
と、フランツの方へと視線をやる。
する、と麗花が寄ると、耳元になにかささやく。フランツも頷いてみせる。
俊とフランツの近距離接近戦と、麗花とジョーの遠距離威嚇で近衛兵の動きが前後とも止まる。
止まる、と言っても、足元の動きがだが。
「寄って!」
須于の声が飛ぶ。
声に、すぐに反応した四人が、すっと身を寄せる。
次の瞬間、五人の前後がスパークしたかと思うと、近衛兵たちはくず折れるように倒れる。
須于の火薬電流が走ったのだ。
一気に開けた視界には、目的の皇家私室が見えている。
誰からともなく、顔を見合わせる。
「一気に片つけるか」
「もちろん」
すっと、扉に寄り、俊が蹴り開ける。
なだれ込んだ、その瞬間だ。
なにかが、弾けるような、そんな感覚がした。
「まぁまぁ、慌しい人たちですこと」
余裕のある、笑みを含んだ声がする。絢爛なドレスに身を包んだ彼女こそが、ルシュテット皇后だろう。
問答無用で迫ろうとした俊が、ぎくり、として自分の足元を見下ろす。
いや、見下ろそうとした、というのが正しい。
足が、動かない。
それだけではない、躰全体の自由が利かない。
どうやら、麗花たちも同様らしい。誰も、皇后に迫ろうとしないし、声すらしない。
「ここに、なんの御用なのかしらね」
皇后陛下は、にっこりと微笑んでみせる。


らいんだよ


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