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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・3■



その部屋の扉が閉まっているのを見て、麗花は確信する。
この向こうに待っているゲームは、間違いなく彼女の得意とするモノだ。
ゆっくりと、扉を開く。
とたんに、人のざわめきとは異なる騒々しさが開ける。上品な造りを台無しにするくらいの雑音なのに、奇妙な緊迫感。
ゲームルームというよりは、雀荘と言ったほうがよい。
どの卓でも、鋭い目付きの男たちが牌を手にしているのだから。
心の中だけで、眉をよせる。
不正管理が必要なはずの場所なのに、カジノを管理している四人の誰の姿もない。ここならば、必ずいるかと思ったのだが。
が、すぐに納得する。
最奥の椅子に、ゲームに混じらずに茶をすすっている老人が一人いる。真白の眉にその眼は埋もれてしまっているが、その下にはこの部屋で最も鋭い視線が隠されているはずだ。
軽い笑みを浮かべて、老人へと近寄る。
それに気付いた周囲の男たちが、雀卓から立ち上がる。それだけではない。この部屋全体の、動きが止まって麗花へと注目しているのがわかる。
老人は、無言で男たちを制する。
だが、相変わらず、この部屋全ての人間たちの視線はある種の殺気を持って一点に集中している。
まったく臆する様子なく、麗花は膝をつき、アファルイオでは当然とされる老人への最敬礼をする。
そして、アファルイオ語で長寿を祝い、これからの人生を祝う言葉をさらりと述べてみせる。
微かな笑みが、老人の口元に浮かぶ。
「礼儀をご存知のようだの」
顔を上げた麗花は、笑みを大きくする。
「ぜひ、ここで卓を囲ませていただけたらと思っているのですが」
深く、老人が頷いてみせる。
許可が下りたのだ。
「ありがとうございます」
深々と礼をしつつ、ココロで舌を出す。
予定とは少々異なってしまったけど、亮の指示である『目立て』効果は倍増だから、まぁいいか、と。
部屋の中には、麗花以外の女性の姿は見えない。
どちらかといえば、目付きがいいとは言えないヤロウどもばかりだ。
他の客はこの雰囲気に異様さを感じて踏み込んでいないのだろう。それは『正しい』判断だ。
老人の言う『礼儀』を知らない人間には、確かにあまりオススメ出来ない場所なのだから。
部屋の中に、軽いさざめきが起こる。
老人が、彼女の参加を認めたということは、どこかの卓に混ぜてやらねばならない。
イブニングドレスに身を包んだ彼女が、今日乗船してきた謎の乗客の一員であることには、とっくに気が付いている。だからか、余計に若いのの中にはいきり立っている者もいるようだ。
茶をすすっている老人ほどではないが、なかなかにいい年の老人が、声をかけてくる。
「小姐、わしらの卓に加わってみるかね?」
一緒に座っているのは、みな好々爺といっていいくらいの年零の老人ばかりだ。皆、人の良さそうな笑みを浮かべている。
なるほど、深刻な状態にならない程度、生意気に踏み込んできた闖入者にお灸をすえようという腹らしい。
「ありがとうございます」
明るい笑顔を老人たちに向けて、卓へとつく。
牌を混ぜながら、ちらり、と茶をすすっている老人へと視線を向ける。
くすり、と先ほどまでとは全く異なる瞳で笑った笑顔を、老人以外に見た者はいない。

ジョーが足を踏み入れたのは、カードルームだ。
軽く視線をまわすと、卒のない身のこなしで近付いてきた人物がいる。す、と品よく頭を下げる。
俳優そこのけ口髭がこだわり渋線オジサマの称号を麗花から奉られた、エドワード・ライクマンだ。
なるほど、カードは客同士のゲームになる。だからこそ、トラブルは深刻になりかねない。
それを避ける為に、カジノを取り仕切る一人が自ら管理に立っているのだろう。
微かな笑みを口元に浮かべる。
相手は、その笑みをどうとったか静かに口を開く。
「ここでは、ゲームに参加する際にまずはワンチップとなっております」
「ああ」
軽く頷き返す。
エドワードの口ぶりで、姿を現した金髪が今日乗船した謎のグループの一員であると、カードルームの人間たちも気づいたようだ。
興味深そうな視線を、ジョーへと向ける。
うち、年の頃が近そうな青年たちが集まったテーブルの一人が、立ち上がる。
にこり、と微笑んで自分たちのテーブルを指す。
「よかったら一緒にどうです?」
軽く頷いて、チップを一枚、テーブルへと置く。
「これは光栄だ」
同じテーブルの一人が、嬉しそうに笑う。
興味を持っていることを隠そうともしない彼らは、どうやら親の身代を継ぐ為に修行中の身の上の者たちばかりのようだ。
年は若いが、それなりのモノは持っていると思って良いだろう。彼らに買ってみせれば、今回の使命である『目立つ』ことは充分に可能なはずだ。
テーブルにつくと、カードが配り始められる。
裏で二枚、表で四枚、裏で一枚。
無表情のまま、ジョーはカードを手にする。

軽く首を傾げたままルーレット台を見つめている須于の隣へ、近づいてきた者がいる。
気配に視線を向けると、相手はにこり、と微笑む。
「とてもキレイな振袖ね」
透き通るくらいに青い瞳と、キレイに塗られた赤い唇が、まず瞳に飛び込んでくる。
見事なゴールデンブロンドをまとめ、他のスタッフと同様に黒のベストに白いワイシャツといういでたちだが、そのシャツは第二ボタンまで開かれていてロングのタイトのスリットも深い。
たいがいの男性は、思わず視線がどちらかに釘付けになるに違いない。
麗花曰くの金髪グラマーお姉さま系美人、エリス・アーウィットだ。
「ありがとうございます」
須于も、にこり、と微笑みかえす。
「お嬢さん、ゲームは見てるよりも参加した方がぐっと面白いわよ?」
言いながら、視線を須于が見ていたルーレット台へと向ける。
「ルーレットに興味があるなら、賭け方をご説明しましょうか?」
素直に頷く。
「ええ、お願いします」
「ここのルーレットは、シングルゼロよ」
エリスはキレイに塗られた赤い指で台を指してみせる。赤と黒の間に、一ヶ所だけ緑の場所があり、それが0ということらしい。
「あとは、1から36までの数字に赤か黒かが割り当てられてるというわけ」
赤か黒か、偶数か奇数か、前半か後半か、と賭ければ、配当は一倍。
賭ける為のチップを置く台は、縦三列、横十二列に別けられていて、そこに数字が1から順に横に並べられている。
その縦列(1、4、7・・・か、2、5、8・・・か、3、6、9・・・か、ということ)のどこかか、1〜12、13〜24、25〜36のどれかに賭ければ、配当は二倍。
そして、枠の六個の数字(1〜6とか、3〜9とか)に賭ければ六倍、四個の数字(1、2、4、5とか、2、3、5、6とか)に賭ければ九倍、三個の数字(1〜3、4〜6などの横一列)ならば十二倍、二つの数字(1、2の横列でも、1、4の縦列でも可)ならばは十八倍、単独の数字ならば三十六倍の配当。
もちろん、単独の場合は0に賭けることも出来る。
それを、賭けている人のチップを指しながら教えてくれる。
「組み合わせもありだし、賭けるのはボールが投げられた後でも大丈夫、ディーラーがストップをかけるまではね」
こくり、と須于は頷いてみせてから、席へと腰掛ける。
実のところ、賭け方がわからなくて参加していなかったわけではない。
ルーレット台の、クセを見ていたのだ。
ただ、エリスが話し掛けてきた時点では、まだ見切ることが出来ていなかったので、説明とやらをうけつつ、観察時間を引き延ばしていただけだ。
あとは、指示通りに『目立て』ばいいわけで。
小首を傾げつつ、チップを手にする。
ディーラーが、テーブルをまわす。
そして、ボールを投げ入れる。
須于の手が、ボードへと伸びる。
着ているのが振袖である為に、エリスでなくとも須于が今日乗船した謎の乗客の一員であることはわかっている。
その彼女が、三箇所の個別の数字に積み上げたチップの数に、少々驚かされたらしく、低いざわめきがテーブル内をよぎる。
「No more bet!」
声高に賭けの締め切りが宣言され、誰もが須于からルーレットへと、視線を戻す。そして、小さなボールの行方を、固唾を飲んで見守る。
からん、と音がして。
ルーレットが止まり、ボールが落ちる。
一瞬の静寂の後、台はさざめくようなどよめきに包まれる。
須于は、にこり、と微笑んでみせる。

す、とブラックジャックのテーブルに腰掛けた人は、ディーラーに向かって微かに微笑む。
「8デックスですか?」
静かな声だが、通りはよい。柔らかな響きの中に、凛としたモノがある。
「そうです」
黒いチャイナドレスに身を包み、薄く化粧をした人は、その細い指を、す、とケースから出されたばかりのカードへと伸ばす。
一枚手にすると、軽く眺めてから、ディーラーへと戻す。
「きれいなデザインですね」
「お褒めいただき、光栄です」
ディーラーも微笑み返す。
同じテーブルについている人々は、目立たぬように、だが新しくテーブルについた人へと視線を投げている。
こんな乗客、いただろうか、という視線だ。
が、覚えがないということは、今日乗船した、謎の一組であることは間違いないだろう。
疑問の視線は、興味の視線へと変化する。
それは、ディーラーも同じコトだ。
が、そんな視線は気にする様子もなく、亮はチップをテーブルへと出す。
参加する、との意思表示だ。
その額に、少々誰もが驚いたようだ。
頷くと、ディーラーはいま出したばかりの、八組のカードをシャッフルし始める。
そして、魔法のように揃えてシューに入れ、カードを配り出す。
自分のカードを目にして直ぐに、亮が取った行動に誰もが注目する。
掛け金が、倍になっている。
ダブルダウン(次に何が来ようが一枚しかカードをもらわない代わり、掛け金を倍にする手)だ。
手元のカードは、クィーンが二枚。
すでに20になっているのだから、これ以上カードを手にすれば、バーストする可能性が高い。
興味の視線は、侮蔑と同情を含んだものになる。
ディーラーも、少々驚いたらしい。
「よろしいですか?」
いちおう、確認を試みる。
にこり、と微笑んで、亮は首を傾げる。
構わない、の意と理解したディーラーは、カードを出す。
「あ」
大概のコトに驚かないディーラーが、微かな声を上げる。
出たカードは、エース。
見事に21、というわけだ。
同じテーブルの人々も、しばし呆然としていたが、我に返って自分のヒット分をもらう。
皆がカードをもらい終えて、ディーラーが己のカードをめくる。
出てきたカードは、20。
すれすれの勝負に、勝利したのは亮一人であったようだ。
視線がこちらに向いているのに気付いたのか、軽く亮は笑みをむける。偶然ですよ、とでも言いたげな笑みに、安心したように他の客たちも、次のゲームを待つ。
またも、亮の手元に来たカードの合計は20だ。
「サレンダー(降参)」
と、軽く肩をすくめたのに、またもディーラーを含めて驚かされる。
見えているディーラーのカードはキング。これ以上自分にカードを配らないから、ディーラーの手はすでに17以上になっていることは確かだ。
20ならば、負ける可能性の方が低い。
先ほどは、同じ手で無謀ともいえるダブルダウンをやってのけたのに。
ディーラーは掛け金の半分を返してから、軽くハンカチで汗を拭く。
テーブルについた誰もが、ディーラーの手元の裏返しのカードを注視する。
返されたカードは、エース。
ブラックジャック(エースと10、J、Q、Kのいずれかで出来る21。三枚以上のカードで出来る21よりも強い)だ。
もちろん、テーブルで勝った者はいない。
テーブルについている人々が、そっと亮をうかがう。
亮の方は他人の視線はまったく関係ない様子で、近付いてきたカクテルウェイトレスにミモザを注文している。
純粋に、カジノで楽しんでるとしか、思えない態度だ。
よくよく考えてみれば、まだ二回だけだ。
賭け方が、二度とも度肝を抜くようなモノであっただけで。少々、運が良かったと思えば理解出来る範囲といえる。
カウンティング(今まで出たカードから、残ってるカードを予測して有利か不利かを判断する戦術)だって、八組のカードを混ぜたばかりの状態で、可能なわけがない。
同じコトをディーラーも思ったらしい。
いつもの無表情さを取り戻して、次のゲームの為のカードを配りはじめる。



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