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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・4■



最初の二ゲームの時点で、少々焦りを感じてはいたようだったが。
8デックスを使い、7デックス分ゲームしたところでシャッフル、という方法でゲームを進めているディーラーは、三回目のシャッフルが近くなってきたころには、手がかすかに震えていた。顔色も、ほとんど蒼白に近い。
ゲーム後半から勝ちが多くなる人間は、そこそこいる。
熟練しているかどうかはともかく、誰でもカウンティングの真似事程度はやるからだ。
だが、目前で穏やかに微笑んでいる人物は、サレンダー以外での敗北がない。
こんな勝ち方は、単純なカウンティングでは不可能だ。
裏返していようがシューに納まっていようが、カードが見えているとしか思えない。
最初にテーブルについた時と変わらない穏やかな笑みが、まるで全てを見透かしているかのように見えて、返って不気味に見える。
「…………」
ちら、と視線を上げる。
視線の先の人物は、眼鏡の奥の目をかすかに細める。
そして、ディーラーにしかわからない程度頷いてみせると、こちらに近付いて来る。
何気ない様子で、彼の肩に手を置く。
「交代だ」
「あ、はい」
明らかにほっとした様子で、ディーラーはテーブルを離れる。
入れ替わりテーブルに入った人物は、いままでディーラーが使っていたカードを無造作に片付けると、新しいモノを慣れた様子で開封し始める。
無表情さは、ディーラーに相応しいモノだ。
が、黒髪に切れ長の目、というリスティア系そのものの特徴を色濃く持った彼は、ディーラーではない。
麗花曰くの、眼鏡がトドメの生真面目青年、葉山秀だ。
あまりにも亮がカードを読みすぎているようなので、不正がないかどうか目前で確認する気になったようだ。
亮は、さきほど空けたグラスをなんとなく指でいじっている。
視線は見るとはなしに秀がシャッフルしているカードに向いているようだが、視点があっているか、と言われると少々疑わしそうにも見える。
カードをシューに収め始めても、視点が動く様子はない。
ディーラーと遜色ない手つきで、秀がカードを配る。
6が二枚という自分のカードを見るとは無しに見た亮は、掛け金を倍にする。ダブルダウンだ。
二順目のカードを配り始めた秀の表情は、変わらない。
亮の下に配られたのは、9のカード。
見事に21、というわけだ。
同じテーブルの誰かが、思わずかすかな歓声をあげる。
亮は、薄く微笑む。

先ほどから、ビリヤードルームの台で続いているのは俊の独壇場だ。
あっさりと終わってしまったゲームが終わり、いきり立つのを必死で堪えつつのプリラードナショナル銀行頭取の再ゲーム依頼にお答えして、といったところである。
もちろん、叩き伏せるつもりでいるので、まったく容赦はない。
「その5番を、ここにポケット」
無造作に言ってのけると、何気ない動作でキューを動かす。ずっとコールし続けているので、なにやら機械的になってしまっている。
言葉通りにポケットされるボールを、頭取は為すすべなく見つめていたが、二度目の敗戦に癇癪を起こす寸前のようだ。
「もう一度」
ゲームが終わり、掛け金の支払いを終えてから、半分食って掛かるように俊たちに迫る。
「もう一度、お手合わせ願いたい」
どう見ても、頭に血が上ってしまっているのは明らかだ。
「今日のところは、このへんにしておきませんか?」
忍が、にこり、と微笑む。
「明日、またお手合わせ願えるのならば、ぜひにとと思いますが」
台詞の中身は勝った者の余裕に満ちているが、忍が口にすると嫌味がないから不思議だ。
穏やかな笑みがいいのかもしれないが。
幼馴染ながら、このあたりがイチバン怖いと思いつつ、俊もにこ、と微笑む。
「ミスター・ブラウンにお手合わせさせていただき、光栄でした」
さらり、と頭を下げてみせる。
二人がそう得意気ではなく、しかも礼はつくしているのとで、威勢をそがれてしまったらしく、頭取は大人しく頷き返す。
「ふむ……」
今日のところは、潮時だ。
完膚なきまでに頭取に勝ってみせたことは、この部屋にいる誰もが見ている。挑戦者が現れるとすれば、明日以降だ。
台に背を向けてから、視線をアランへと向ける。
「どうも」
言いながら、俊はぴん、とチップを数枚はねる。宙でくるり、と回転したそれは、見事にアランの手に収まる。
楽しませてもらった分のチップ、というわけだ。
アランも、口の端に笑みを浮かべる。
忍も軽く手を振ると、部屋を後にする。
廊下に出て、どちらからともなく顔を見合わせる。
「さてと?」
忍の問いに、俊が視線でゲームルームの方を見ることで答える。
「じゃ」
と、カジノルームを親指で指す。
「ああ」

無造作に開け放たれたゲームルームの扉の方へと、誰もの視線が集中する。
一緒に振り返った麗花は、かすかに眉を寄せる。
あちゃ、よりによって、と思うが口には出せない。
扉向こうから顔を出しているのは、俊だ。すぐに、麗花がどこにいるのかわかったようだ。
ほかに女の子もいないので、わからない方がおかしいといえばそうなのだが。
このまま扉を閉じて、と念じるが、相変わらず鈍いのか俊は気付いた様子なく、部屋へと入ってくる。
本日二人目の闖入者は男とあって、自分のついている卓以外の連中が微妙に殺気を強めている。麗花が料理できなかったので、こちらが得物、というわけらしい。
さてと、どうかばおうか、と思案をめぐらせている間に、俊は最奥の老人の前へとやってくる。
そして、だ。
アファルイオ流の老人への最敬礼をやると、リスティア語で簡単に長寿を祈ってみせる。
老人の眉が、かすかに上がる。
「ほう、異国の方と見えるが、礼儀をご存知のようだ」
「ありがとうございます」
にこり、と俊が笑う。
「実は、迎えに来たんですが?」
と、視線を麗花へと移す。麗花も、にやり、と笑い返す。
「あら、じゃ、そろそろ」
さらり、と卓を離れる。
「小姐、明日も寄ってくれるとわしらも楽しい」
卓の老人の一人が、声をかける。他の三人も頷く。
「そうよの」
「じじぃの頼みと思うて」
「わぁ、いいんですか?ありがとうございます」
顔を輝かせて言った後、麗花も最長老らしい老人へと最敬礼する。
「ありがとうございました」
老人は、軽く頷いてみせる。
二人して、ゲームルームを出て、扉を閉じて。顔を見合わせる。
「…………」
麗花は、なにかすごく言いたそうなことがある顔つきをしたが、すぐにいつも通りの笑顔を向ける。
「で?」
顎で、カードルームを指してみせる。
誰がいるのかは、容易に想像できたのだろう。麗花の笑みが、大きくなる。
が、その笑みはすぐに消えてしまう。
なぜなら、ジョーが姿を現したからだ。
廊下に二人がいるのを見て、軽く首を傾げる。
「つまんない、ちょうど、そっちに行こうと思ったところだったのに」
麗花が唇をとがらせると、ジョーは微かに笑みを浮かべる。
「ちょうど、そちらの勇姿を見に行こうと思ったところだった」
「へ?」
驚いた顔つきになる麗花の頭を、ぽん、とはたく。
「ひとまずは」
と、視線を先へとやってみせる。あるのは、カジノルームだ。
「そうね」
麗花の顔に笑みが戻り、俊も頷く。

またもの当たりに沸くルーレットテーブルから、忍の姿を見つけたらしい須于は、つかず離れずの位置に立ち続けていたエリスに視線を向ける。
ルーレットテーブル専用の個人チップを、通常のチップに戻してもらう為だ。
近付いてきたエリスは、にこり、と微笑む。
「お嬢さん、今日はついていたみたいね?」
「ええ、おかげさまで、楽しかったわ」
須于も、微笑み返すと、交換したチップのうちの数枚を渡す。
それから、カクテルを手にしている忍の隣へと行く。
忍が、軽く首を傾げてみせる。
目の前まで行ってから、ほとんど袖に隠れた手をちょこちょこと動かしてみせると、忍の笑みが大きくなる。
それから、どちらからともなくブラックジャックのテーブルへと視線を向ける。
何気ない様子で誰もが座っているが、亮へカードが配られるたび、同じテーブルの人間がそっとうかがっているのがわかる。
どちらからともなく顔を見合わせてから、テーブルへと近付いてみる。
ちょうど、亮の手元にはジャックが二枚配られたところだ。
一瞬考えたのかどうか、カードを二つに分けて掛け金を置く。スプリット(同じ数字のカードが出た時に、二つにわけて二ゲームとして扱う手)だ。
ディーラーをつとめているのが葉山秀だということは、忍も須于もわかっている。
どうして、わざわざディーラーなどしているのか、という理由も、ほぼ間違いなく。
次のカードを配りながら、ほんの微かに秀の眉が上がる。
亮の手元にいったのは、エースとキング。
ディーラーの手は19なので、どちらも勝ち、だ。
須于は、こみ上げかかった笑いをかろうじて押し殺す。
後ろの気配にはとうに気付いていたらしく、亮はこちらを振り返る。
その顔を見て、忍は微かに眉を寄せる。
が、亮は軽く微笑んで指を一本出してみせる。もう一ゲームだけ、ということらしい。
カードを配り始めたところで、俊たちも現れる。
後ろからのぞくと、カードはクイーンとキング。20だから、イイ手だ。
普通ならば、スタンド(そのまま、ディーラーのオープンを待つ)するところだが。
「ダブルダウン」
静かな声とともに、チップを積む。
忍たちは、かろうじて驚きをあらわさないようつとめる。どうやら、同じテーブルに座っている人たちにはとうに慣れたことになっているらしく、皆、興味深そうに秀の手元を見つめている。
シューからカードを取り出し、亮の下で開く。
エース。
取り分のチップを差し出されると、にこり、と亮は微笑んでそれを秀の方へと戻す。
勝たせてもらった分の、お礼、というわけだ。
さらりと立ち上がると、忍たちの方へと向き直る。
今日のゲームは、以上終了、というわけだ。
亮たち六人の姿が消えてから。
エリスと秀が、ちら、と視線を見交わす。
が、すぐに何事もなかったかのように、エリスはにこやかに客に微笑みかけ、秀は無表情のまま、通常のディーラーと交代する。

ルームサービスで取り寄せたシャンパンの栓を、俊が器用に抜く。
それを、忍が手にしているグラスに注いでは、皆に渡す。化粧も落としてあるし着替え済みだから、部屋がスイートで豪華なことを除けば、いつも通りの光景だ。
行き渡ったところで、麗花が軽くグラスを上げる。
「んじゃ、初日勝利デビューを祝しまして」
「かんぱーい!」
いきなり、俊はグラスの半分を空けてしまう。
「うわ、早ッ」
麗花に言われて、肩をすくめる。
「だってさぁ、ゲーム中に飲んだって、汗にしかならねぇじゃん」
「まぁな、それは賛成」
そういう忍のグラスも、けっこういいペースで空いている。
「で、どうだったんだ?」
ジョーが、二人のグラスにお代わりを注ぎながら尋ねる。
「えー、本日の食材はプリラードナショナル銀行頭取ってとこ?」
にやり、と俊が笑う。忍が苦笑する。
「そういうことじゃないだろ」
肩をすくめて言う。
「こっちにいたのはアラン・ヘドベリだ。ま、俊が言うとおり、頭取が手出しするヒマない勝ち方したから、注目はしてたみたいだけど、これといった動きはないね」
「ま、初日からはね、ジョーは?」
麗花が首を傾げる。
「こちらには、エドワード・ライクマンだ。一度もこちらを離れなかったようだが……」
少々、不信そうに眉を寄せる。
エドワードの守備範囲が、カードルームとゲームルームであるらしいのに動いた様子がなかったのが気になっているのだ。
麗花は、ジョーがどうして自分の様子を気にしていたのかがわかって笑顔になる。
「こっちは特別仕様になってたから」
にやり、と笑みを大きくする。
「特別仕様?」
須于が問い返したのに、俊が答える。
「そーいやゲームルームはアファルイオの大人(ターレン)っぽいのが部下引き連れて埋め尽くしてたな」
「あれ、蛇牙の陳大人だよ」
麗花が肩をすくめる。蛇牙というのは、アファルイオを根城にしているマフィアだ。
亮が、おや、という顔つきになる。
「陳大人が自ら、ですか?」
「そ、私もびっくりしちゃった。目的はよくわかんないけど、少なくとも気に入られは出来そうな感じだよ」
と、自分のところの報告を済ませて、俊へと視線を戻す。
「でも、部屋に入ってきた時はびっくりしちゃった」
「あ〜?ま、あの手の人はだいたい空気が違うからな、アファルイオ系なら最敬礼しとけば間違いないし」
忍とジョーは、視線を見合わせて、にやり、と笑う。それから、真顔に戻って忍が尋ねる。
「で、ジョーの方のエドワード・ライクマンは離れないだけだったのか?」
「ああ、荒れたテーブルもなかったしな。勝率が高い、だけでは別にどうもないだろう」
「そっちも、動きはなし、と」
つまらなそうに、麗花が肩をすくめる。



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