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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・5■



「須于はどうだったんだ?」
俊に問われて、須于は軽く首を傾げる。お風呂に入ったあとのせいか、少々頬が赤く染まっている。
「今日はルーレットにしてみたんだけど、あのあたりを見ているのはエリス・アーウィットみたいね。普通のサービス以上のことはなかったわよ」
「勝率は?」
忍が、笑みを浮かべて尋ねる。にこり、と須于も笑い返す。
「六割五分ってところね」
ジョーと忍が、口笛を吹く。麗花も拍手する。
「すごーい」
亮も、にこり、と笑う。
いつも通りの、左右の袖がアンバランスなシャツに肘上の手袋、という格好に戻った亮に、皆の視線が集まる。
「で、亮の方は?」
「葉山秀がディーラーやってただろ」
「不正かどうか、確認したかったのでしょう」
あっさりと言って、微笑む。
「だろうな、カードがわかってなきゃ、クイーンとキング手持ちでダブルダウンは出来ない」
「ジャック二枚でスプリットもな」
忍が付け加える。
その手は俊たちは見てないので、驚いたらしい。
「へぇ、まるでカードがわかってるみたい」
感心した麗花の声に、忍が肩をすくめる。
「わかってたんだろ」
「だって、座ってたのって8デックステーブルでしょ?」
「ええ」
「八組のカードがシャッフルされるんだよ?それが全部わかってるなんて……」
言いかかった言葉の語尾は、立ち消える。
カードがどういう順で並んでいるのかわかっているのならば、亮の賭け方も納得できるから。
須于が首を傾げる。
「全部、わかっていたの?」
「わかっていましたよ」
「さーすが」
にやり、と俊が笑う。
実戦時は、総司令室にあるモニター全てを作動させて、それを理解しているのだ。それを考えれば、不思議ではない。
「いいなぁ、それなら完璧に勝てるよ」
麗花もうらやましそうに口を尖らせてみせる。ジョーが軽く首を傾げる。
「で、どうだったんだ」
「全損はないですね」
負けが決まってるゲームは先にサレンダーしてしまうので、最悪でも半額戻ってるわけだ。
そんなゲームをすれば、確かに不正を疑われるだろう。
が、結局、なにもなかったところを見ると、亮が不正をしているわけでは無さそうだ、ということに今日のところは落ち着いたらしい。
「でも、普通にカウンティングしてても勝てたんじゃないの?」
亮のことだ、計算は正確に決まっている。亮は、微かな笑みを浮かべる。
「最初はそのつもりだったんですが、同じテーブルにプリラードナショナル銀行頭取のご子息がいらっしゃったので」
「ああ……」
すぐに納得の声を上げたのは俊。ジョーも思い当たった顔つきだ。
忍と須于と麗花が不思議そうな顔つきなので、俊が解説を加える。
「ブラウン頭取の息子って、数字の暗記力と計算力がずば抜けてるって有名なんだよ」
「普通のカウンティングじゃ折衝しちゃう可能性があったってこと?」
「亮のカウンティングよ?それはないでしょう」
須于の台詞に、亮は苦笑混じりながらも頷いてみせる。
「そうですね、恐らくは勝率で充分勝つことは出来たと思いますが……全部読み切ったほうが、印象は強いですよね」
「まぁな」
六人でボトル一本なので、あっという間に空いてしまう。空になったグラスを軽く揺らしてから、ジョーが尋ねる。
「で、明日も今日の続き、でいいのか?」
「いえ、明日はキャプテン主催のパーティーです」
「おお、社交界デビュー〜!」
麗花が大げさに目を見開いてみせる。
「って……」
「大丈夫ですよ、経済的なことに興味ある人間は多いですしね」
不安気な顔つきになった俊に、亮が微笑みかける。ようは、その手の話題をふればどうにかなる、ということらしい。
なにも言わないが、ジョーも少々ほっとしたようだ。
「須于は着物のコトを聞かれるでしょうし、忍は……」
「ま、どうにかなるだろ」
確かに、当人が言う通り、笑顔で切り抜けてしまいそうな気がする。
「というところで、本日は解散です」
にこり、と亮が微笑む。
「おやすみなさーい」
皆で頭を下げて、それぞれの寝室へと引き上げる。振り分けは、いつも通りの忍と亮、ジョーと俊、須于と麗花、という組み合わせで。

部屋に戻ってシャツに手をかけた俊は、マヌケな声を上げる。
「あ、忘れ物」
が、すでにドライバーを手にしたジョーは、手元に夢中らしい。
乗船時に検査されるので、あからさまには武器は持ち込めない。が、ジョーのカリエ777は旧文明産物の特殊なケースに入っているので金属反応を起こさないらしい。見事、こうして彼の手元にある。
ちなみに、俊の得物はムチ状にしてトランクの止めバンドに化けてたし、麗花のナイフは須于のかんざしに化けて侵入成功している。須于の特殊電線は、堂々と詰められていたところで見分けがつく代物ではない。どうやっても持ち込めないのは忍の龍牙剣くらいだが、なにか考えがあるらしい。
ともかくも、ジョーは大事な銃をトランクに入れて運んだので、調整に狂いが生じていないかが気になるのだろう。
真剣な顔つきで集中しているらしく、聞こえているのだかいないのだか謎だ。
軽く肩をすくめると、皆で集まっていた居間のような部屋へと戻る。
案の定、亮は使ったグラスを軽く洗っているところだ。
気配に気付いたのだろう、亮が視線をこちらに向ける。
俊は、少々躊躇った後、口を開く。
「っとさ、やっぱフルネーム名乗らないわけには、いかないよな?」
明日のパーティーのことだ。
亮は、グラスを置きながら頷いてみせる。
「そうですね、不自然ですから……察する人間は、必ずいます」
言葉少なだが、俊には言いたいことははっきりとわかる。
東城俊、という名を名乗れば、かつて天宮家に嫁いでいた一人の女性を連想する人間は多いだろう、ということだ。
リスティアの政治経済をその手に握っている天宮健太郎の存在は『Aqua』では、あまりにも目立ちすぎている。
それに、東城家が運営する自動車会社も世界規模のシェアを誇っている。経済界で知らないのは、もぐりだ。
俊が聞きたかったのも、それだ。
「天宮を出る前は、何度かマスコミにも取り上げられていますし……生死不明の僕よりも、確信する人間は多いでしょうね」
亮は、五歳になるまで病院を出られないでいた。退院後も、あからさまに表に出るような真似はしていない。
加えて、健太郎は尋ねられれば「息子は一人」と返していることは、雑誌やらなにやらの記事で知っている。
周囲が確信を持って息子、と認識出来るのは、むしろ俊の方なのだ。
「やっぱ、だよな」
ぽり、と頭をかく。少々、困ったような表情が浮かぶ。
それを見た亮は複雑な笑みを浮かべる。
「乗船前に言わなかったのは、フェアではないですね」
「ああ、違う。そのことは言われてても乗ったよ。俺も『第3遊撃隊』のメンツなんだからさ」
慌てて手を振りつつ言ってから、照れ臭くなったのか視線が明後日の方向へと向く。
だから、亮の顔にどんな表情が浮かんだのか、見逃したわけだが。
「ただ、ほら……その」
明後日の方向を見たまま、また困惑の表情が戻ってくる。
「天宮の血筋だってバレてさ、でもってマヌケな受け答えしたら、親父、困らねぇか?」
もちろん東城の評判にも響くだろうが、佳代はほとんど実家とは縁を切っている状態なので、こちらが気にする義理はない。
くすり、という笑い声が聞こえて、不意に目の前に気配を感じる。
亮が、目前まで来たのだ。
視線を戻すと、じっと、こちらを覗き込んでいる瞳と合う。
「大丈夫ですよ、思うように応対して」
「俺の?」
「ええ、そうです。面白い話をすると思えば相手をすればいいし、つまらないと思えば適当に切って構いません」
相変わらず困惑の表情のままの俊に、亮は自分を指してみせる。
「僕は『第3遊撃隊』の軍師で、そして天宮家の事情にも通じているんですよ?」
言われて、思わず吹き出してしまう。
「確かにな」
大きく頷いてみせる。
「わかった、イチバン信頼できるアドバイス、ありがとな」
それから、少し首を傾げる。
「忍も言うと思うから、アレだけど……あんま、無理はすんなよ」
ヒトツ瞬きした後、亮は頬に手をやる。それから、少し困り気味ではあるが、微笑んだ。
「はい、気をつけます」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

部屋へと戻った亮は、ベッドに腰掛けて待っていたらしい忍の顔つきが、あまり機嫌がよくないのを見て先回りする。
「すみません、少し無茶しました」
言われて、忍は立ち上がる。
目前まで行って、剣呑な目付きで見ながら、ぼそり、と言う。
「あのな、毎回のように後で謝れば済むってもんじゃねーの」
「でも、個人レベルでしょう」
忍は、ヒトツため息をつく。
「まぁな」
八組のカードがどの順で並んだかまでを暗記しようとすれば、どう混ざったかを解析する能力が必要で、亮といえど相当疲労する。
一目見て、忍がわかってしまうほどに。
今回の件を片付けるまでには、まだ、同じコトを繰り返さなくてはならない。
だが、俊の立場がどんなものなのかは、忍もよくわかっている。
長期戦になれば麗花だって、その正体を見破られるようなことがないとは限らなくなる。須于とジョーだって、こんな場には慣れてはいないだろう。
短期決戦が必要で、Le ciel noir総帥の言う『幸運の女神』を問題なくやってのけるのは亮しかいない。
渋い表情ながらも、忍も、それ以上責めるようなことは言わない。
もちろん、釘を刺すのも忘れない。
「だけど、無理はしすぎるな」
「どちらかというと、息がつまる化粧の方に疲れた気がしますけどね」
おどけたように肩をすくめてみせる亮に、思わず口元を緩ませる。
「亮は化粧しない方が、目立つ気がするけどな」
イタズラっぽい笑みに、亮は再び肩をすくめる。
「では、アグライアにいる間は化粧しないわけにはいきませんね、逃げ場がない場所でナンパされるのはたまりませんから」
珍しく冗談で返されて、忍の笑みも大きくなる。
「どうだろうなぁ、化粧したら目立たなくなるとは言ってないぜ」
「数が減るだけでも、ありがたいと思わなくては」
本気か冗談か微妙な発言に、吹き出すのを堪える。
「困ったら、俺が助けてやろっか」
「助ける?」
「そ、『手を出すな』ってさ」
「接頭詞が気になるところですが」
忍は、にやり、と笑う。
「『俺の』は入れないでおいてやるって、その後は、この船にいる間は我慢しないと」
自分が、何を演じなくてはならないのかを思い出したらしい。亮は少々複雑そうな表情で口をつぐむ。
小さなため息をついた後、軽く首を傾げる。
「では、明日は忍にエスコートしていただくことにしましょう」
「キャプテン主催のパーティーのことか?」
「ええ、忍と並べば、華奢に見えるでしょうから」
別に、忍と並ばなくても充分に華奢だと思うが、もしかしたら当人気にしてるかもしれないので、黙っておくことにする。
「了解、この際だからベストカップルでも目指すか」
「なんですか、それは?」
「スクールの後夜祭とかでさ、イチバンお似合いのカップルを選ぶとかってイベントがあるんだよ」
亮は、軽く首を傾げて、わざとらしく目を見開いてみせる。
「ジョーと須于よりも、ですか?」
「そ、なかなか手強そうだろ?」
さすがに可笑しくなってきたらしく、くすくすと笑い出す。
「そうですね、やるからには、目指してみますか」
「せっかくなら、楽しんでやらないと、な」
「賛成です」
大袈裟な仕草で同意のポーズを亮が作ってみせたところで、忍が、ぽん、とベッドを叩く。
「てなあたりで、今日は寝ようぜ、睡眠はとっとかないと」
「そうですね」
海の方は、実に穏やかな波のようだ。
大きな揺れを感じることもなく、一日が終わる。



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