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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・6■



ゲストである乗客たちを迎える為、パーティー会場の入り口に立っていたキャプテンは、現れた一組の客に思わず感嘆の声を上げる。
「これはお美しいお客様だ」
にこり、と亮は微笑む。
おさえ気味の色で牡丹が刺繍された真白のチャイナドレスに、長い手袋。高い位置で結われた髪にも、白と牡丹の色に合わせた細いリボンが使われていて、長い黒髪とのコントラストをなしている。
耳元から下がっているイヤリングは、ガラス細工のような繊細なつくりで肩近くまで長く落ちている。
エスコートしている忍のカフスと同じ石だ。
ポケットチーフも、ドレスの牡丹を一色拾った色。
ドレスコードは『ホワイトタイ』だが、アグライアでは、そこまでの厳密性を求められているワケではない。カフスやポケットチーフのアレンジくらいは、返って洒落具合の見せ所だ。
ジョーも、ポケットチーフの色を須于の着物と合わせている。もっともコチラは、忍と亮が合わせているのを目聡く見つけた麗花の差し金だが。
そのジョーに手を取られた須于も、昨晩よりも一段と豪華な大振袖だ。色合いも、昨日の抑えた配色のものとはうってかわって、ぐっと華やかなモノ。着物自体が珍しい船内にあって、大輪の花のような艶やかさがある。
あえて、基本を抑え込んだ燕尾服姿の俊にエスコートされている麗花も、さすがというべきかドレスならではの華やかさを醸し出している。
二十歳前後の女性がほかにいないのもあるだろうが、三組の周囲にはスポットライトが当たっているかの如くの華やかさだ。
ホストであるキャプテンのテーブルには、昨日乗船した乗客である忍達六人と『運命の輪』の四天王ともいうべき四人がついている。
どうやら、昨日の所業で何者なのか興味を持ってもらえたらしい。
余計な人間がいないのは好都合だし、歓迎だ。
うまくすれば、思ったよりも短気決戦で済ませるチャンスだ。
キャプテンの音頭での乾杯を終えて、軽くグラスの中身を口にする。
かなりいいシャンパンだと、俊でもわかる。
須于の隣に座ったエリス・アーウィットは、大胆といいたくなるくらいに襟元と肩をカットしたイブニングドレスに身をつつんでいる。
他のテーブルからも、かなりな視線が注がれているのがわかる。が、そんな視線には慣れているのか、まったく気にする様子なくエリスは須于に微笑みかける。
「今日も振袖なのね、ステキだわ」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げてみせた須于に、エリスの口元の笑みが微かに大きくなる。が、すぐに通常の笑みへと戻って、さらに尋ねる。
「昨日のよりも、袖が長いように見えるけど……」
「これは大振袖っていうんです、昨日のは中振袖だったから」
「振袖にも種類があるのね、知らなかったわ」
本当に感心したような口調に、今度は須于の笑みが微かに大きくなる。
大胆なドレスのエリスが、ちょっと須于の方へと身を乗り出すものだから、ほぼ合い向かいに座ってしまった俊はなにげない様子を装って視線を逸らす。
隣に座っているのは、アラン・ヘドベリ。
昨日のビリヤードの腕を誉める、という取っ掛かりとしては無難でお約束なところから、会話が始まったところだ。
アラン本人もビリヤードの腕はかなりのモノらしい。昨日見せたいくつかの微妙なショットについての話へとうつって行く。
どうやら、いまのところは出自などは問われずに済みそうだ。それに、ビリヤードのことならば、いくらでも話し相手になれる。
内心で安堵のため息をつきつつ、グラスを手にする。
エリスの反対隣に座っているジョーは、反対隣のキャプテンとの会話を楽しんでいる。
乗船前に、一通りのことは調べては来たが、アグライアという巨大客船に関する生の話は興味深い。それに、聞き役に徹することが出来るのもありがたい。
キャプテンを挟んで向こう隣の忍も、タイミングよく相槌を入れながら会話を楽しんでるようだ。
忍の隣は、葉山秀。
どうやら、手持ちの眼鏡にはバリエーションがあるらしい。昨日の細縁のだったが、今日は縁無しだ。年の頃は、忍たちよりも一、二歳下だろう。
ポーカーフェイスを心情としているらしく、年相応とはいえない冷静な顔つきで亮に問いを発する。
「ぶしつけですが、リスティア総司令官であり、天宮財閥総帥である天宮健太郎氏のご血縁の方でしょうか?」
亮の笑みが、微かに大きくなる。
それを肯定と取ったのだろう。
「昨日は、実に見事なゲームを拝見させていただきました」
「ありがとうございます」
礼を言いつつも、軽く首を傾げる。天宮家の血を引いていることと、昨日のゲームとの関連が見出せなかったからだ。
秀は、少々大きめに息を吸う。
「失礼ながら、昨日は貴方が不正をしていらっしゃらないかどうかを確認させていただいていました」
亮は、わかっていた、という意味の頷きを返す。
率直な視線で、秀は言う。
「あなたは、八組のカードをどのようにシャッフルしたか解析し、記憶することが出来ますね?」
その声が聞こえたのか、忍が軽くこちらへ視線を投げる。
笑みで、亮は大丈夫だと伝える。
不正がないとすれば、そう判断せざるを得ない。当然の結論だからだ。
「そうだとしたら?」
「類稀なる才能だと申し上げます」
話の先をうながすように、亮はグラスを手にして、軽く首を傾げる。
秀は、もう一度、大きめに息を吸う。
「貴方は、ご自分の才能は血筋によるモノだと判断なさいますか?」
「遺伝子がもたらしたのかという意味でしたら、その通りと判断しています」
煙に巻くような答えを返し、亮は口元にゆるやかに笑みを浮かべる。
「でも、どんな才能を受け継いできたかどうかは、自分でやってみなくてはわからないでしょう」
「持って生まれた才能を活かすも殺すも自分次第、というわけですか」
運ばれてきたオードブルの皿へと視線をやった亮は、フロアマネージャーの方へと軽く笑みを向けてから、秀へと視線を戻す。
「少なくとも、昨日、少々混乱気味だったご様子のディーラーを落ち着けたのは、あなたでしたね」
どう返事を返していいかわからなかったのだろう。戸惑いを浮かべた目は、年相応だ。
「彼は、間違いなくあなたを頼っていらっしゃったように見えましたけれど」
微かに俯いてから視線を上げ直した秀の顔に、先ほどまでの戸惑いはない。昨日と同様の無表情には、微かな笑みが加わっている。
「ありがとうございます」
それから、秀もオードブルへと向き直る。
左側のアランは俊とビリヤードの話に夢中のようだし、須于はエリスに捕まっている。
ということは、隣のエドワード・ライクマンの相手をするのは麗花の役目だ。
当り障りのない会話をするのは得意だし、なんてことないはずなのだが。先ほどから、妙に落ち着かない。
自分自身で表現するところの、黄信号が点滅している。
しかも、その要因は、どうもエドワードらしいのだ。
年の頃は五十代前半、外見と年相応の実年齢であるはずだ。
Le ciel noirの一員として、アグライアのスタッフとしての経験は長くて、周囲からは頼りにされる存在。客のあしらいにも慣れている。
その手の勘には、自信がある。
なのに、なぜか点滅する黄信号。
それでも、選択肢はヒトツだけしかないのだから、やってのけるしかない。
ここでギブするなんて、麗花様の名に恥じるわよ、と言い聞かせてから、にっこりと優雅な笑みを浮かべる。
「ずいぶんと凝ったつくりになってますのね」
このレストランのことだ。
「そうですな、食事というモノは、舌だけではなく、全てで楽しむべきものだと、アグライアでは考えております」
「!」
返ってきた声で、なぜ黄信号であったか納得する。
麗花は、エドワードを知っている。理解してしまえば、簡単だ。
必要充分にして過不足無い柔和な笑顔を浮かべている男の顔も、見覚えのあるものだ。先ほどからの黄信号は、知っている気配であったから、だったわけで。
Le ciel noirに所属するなど、想像だにしなかったので、声を聞くまでわからなかった。
が、相手も自分がこんなところにいるなど、思いもよらないことだ。その点はお互い様ということになる。
「その結実が、芸術的なオードブルということになりますのね」
「お褒めいただき、光栄です」
エドワードも、麗花の賛辞が心からのものだと理解したようだ。にこり、と笑みを浮かべる。
もっとも当り障りが無い話題、それは目前の料理に限るのだ。
麗花は、心の中でにんまりと微笑む。

デザートが終わり、食後のコーヒーがテーブルに並び始める。
そろそろキャプテン主催のディナーパーティーも終わりが近い。
えんえんとリスティア文化についての話に終始していた須于は、内心、少々ほっとしている。着物の話を突っ込まれ続けなかったのは幸いだと言えよう。
エリスはどうやら、仕事としてではなく個人レベルで、リスティアに特別な関心があるらしい、ということはよくわかった。
ブラックのままのコーヒーを口にしてから、エリスはため息混じりに言う。
「いいわね、やはり、着物が似合うのはリスティア系の人なんだわ」
「そんなことないと思いますけれど……」
エリスが着れば、きっとその金髪に映えて、華やかに見えることだろう。目が切れ長めなのもあるし、きっと似合うと正直に思う。
「着られない、というのではないのよ」
須于が不思議そうに首を傾げたので、エリスは付け加える。
「でも、やはり着物は、黒髪と黒い瞳に、いちばん似合うように出来ているんだわ」
一瞬よぎった寂しげな表情は、作り物ではない、と確信する。
が、すぐにエリスは艶やかに微笑む。
「今日は、いろいろとお話が伺えて、とても楽しかったわ」
それから、軽く肩をすくめる。
「ゲストに話をさせ続けるなんてホストとしては失格だけど」
「いえ、私も楽しませていただきましたから」
にっこりと、須于も微笑む。
キャプテンの相手をしていたジョーと忍も、当り障りのないまま話が終わりそうだ。
忍が何気ない質問やら相槌やらで、キャプテンの話をえんえんと引き伸ばしつづけるという偉業を成し遂げたということだ。
これには、ジョーはひたすら内心頭が下がる思いである。一人だったら、無言が支配していたかもしれない。
ちらり、と見やると、忍は一見、これで話が終わってしまうのが残念そうにさえ見える。
なかなかこだわっていれたコーヒーだ、と楽しむ余裕があることを感謝しつつ、ジョーは忍の役者ぶりに感心しているところだ。
秀は、亮がかなりな頭脳の持ち主である、と認識したらしい。
最初のような、ゲストに対する会話としてはどうかと思われるような話題は出さなかったが、それなりに知的水準が求められるようなことを、様々に持ち出していた。
亮の方も、その手の相手をするのはお手の物だし、むしろ楽しんでいたようだ。
忍の見た限りでは。
いつまでもアランとビリヤードの話題が続くわけでもないし、と、内心少々緊張していた俊は、なんとバイクという共通趣味を発見して、すっかり盛り上がった。
こうしてコーヒーを手にしている今は、意気投合といっても過言ではない状態であったりする。
カップを置いたアランが、こちらを見る。
にこり、と笑みかけられたので、俊も反射的に軽く微笑む。
「お時間があるようでしたら、リデンでタンデムしませんか」
リデンというのは、アグライアが寄港するリスティア最大の港がある場所だ。いや、問題はそこではなくて。
タンデム、すなわち相乗り。
「申し訳ありません、仕事に戻らなくてはなりませんので」
精一杯微笑んだつもりのようだが、眉がしかまっている。アランは、残念と思っていると取ったようだ。
「それは残念です、またの機会にぜひ」
もう、あとはひたすらに笑顔だけを浮かべ続ける俊であった。
どうやら、みなのコーヒーもほとんど空いてしまって間が経っている。ありがたいことに、終わりのようだ。
パーティーが終わった後も、葉巻をくゆらせて語り合うような時間が設けられるが、こちらは参加が自由だ。
間違いなく他の乗客に捕まるのが目に見えているので、それには参加せずに部屋へと戻ることにしている。立ち上がって部屋へと戻ろうとしていた麗花は、後ろに気配を感じて振り返る。
立っているのは、エドワード・ライクマンだ。顔は先ほどまでと同様に柔和な笑顔だが、目線は底冷えするような冷たさを帯びている。
動じる様子なく、軽く首を傾げた麗花に、目線で別の部屋を指してみせる。
ちら、と亮へと視線を投げてから、麗花はエドワードについて、部屋へと向かう。



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