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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・7■



船の構造を知り尽くしているのだろう、エドワードに連れて来れられた場所は、誰にも簡単には気付かれないであろう場所だ。
「なんの御用ですの?」
にこり、と微笑みかける。
エドワードは、相変わらず底冷えしそうな視線のままだ。
「わかっておられるはずです」
抑揚のない声で告げる。
ここで焦ったら、相手の思うツボだ。微笑み百二十パーセント増量で麗花は首を傾げる。
「なにをでしょう?」
「駆け引きをしている時間はありません」
なにかを狙っている、というには、あまりにも真剣な瞳が、まっすぐに麗花を見つめる。
「プリンツェッスィン、貴女はご自分のお立場を理解しておられますか?」
ここでとぼけ続けても、時間の無駄でしかないと瞳が告げている。
首をかしげたまま、麗花はエドワードの瞳を覗き込む。
「人のコトを言う前に、エアハルト・ライマン、貴方の立場というものをお伺いしたいものだわ」
それから、軽く肩をすくめる。
「ルシュテット皇家護衛であるはずの貴方が、客としてではなく、幹部として、名まで変えてアグライアに乗船しているなんて、とても不思議ね?」
フランツとカールがアファルイオに来る時も、必ず護衛として付き従っていたから、麗花は彼を知っていたのだ。ただ、ここ最近見ぬうちに、髪型を変え、髭を生やしたのでわからなかった。
こんなところにいるはずがない、という考え自体も、もちろん要因だったろうが。これは、お互い様だ。
「皇太子殿下には、お許しをいただいております」
「ここで?こういうことをしてるってことに対して?」
少し躊躇ってから、視線を伏せる。
「それは……」
「ヘル・ライマン、貴方には貴方の事情があるのだし、私は私の立場があるというのは、わかっているはずよ。お互い、余計な口はきかないというコトで手を打ちましょう」
話は終わった、とばかりに麗花は背を向ける。
「しかしっ」
顔だけ、振り返る。
「皇太子殿下は、貴女に『約』されたのです」
小さなため息をつくと、くるり、と振り返る。
「私が『約』の意味を知らない、とでも?」
「だからこそ」
「悪いけれど、縛られるつもりはないの。それにこれはフランツも知っていることよ」
「失礼ながら、ここでこうしていることをも、でございますか?」
「こないだの騒ぎは知ってるでしょう?」
「もちろんです。殿下をお助けいただき、感謝の言葉もない」
イタズラを企むような笑みが、麗花の顔に浮かぶ。
「あれはね、アファルイオ公主として関わったわけじゃないのよ」
言われて、アグライアではエドワード・ライクマンと名乗っている男の顔に戸惑いが浮かぶ。
「な……?」
「さっきも言ったでしょう?お互い事情があるから、ココにいるのよ」
「ゲームルームに行ったのにも、事情がある、ということですか」
なるほど、彼はそれを気にしていたのだ。
蛇牙の頭である陳大人自らが、組織の者を数多く引き連れて乗船しているというのは、尋常なことではない。
それはともかく、あの部屋はいまのところ蛇牙の流儀に支配されている場所であり、にらまられたらアグライアのスタッフ、すなわちLe ciel noirの組織員たちとて手が出せない可能性の方が高い。
「ヘル・ライマン」
麗花は、わざわざ名を呼んでみせる。慇懃無礼な口調だ。
「私のこと甘く見てない?」
「そのようなつもりはございません、ですが、皇太子殿下は……」
思わず言いかかった言葉は、途中で空中分解する。本人が口にする前に、自分が言うべきことではないと気付いたのだ。
「いまは、アファルイオ公主ではないの。貴方がエドワード・ライクマンであるようにね」
まっすぐな視線をうけて、少し視線を伏せる。
「………承知いたしました」
が、すぐにまっすぐな視線を返してくる。
「ですが、あまりなご無理はなさいませんように」
「お互いにね」
にっこりと微笑むと、今度こそ背を向けて歩き出す。
ライマンが、こっそりとため息をつくのが聞こえて、麗花は噴出すのをかろうじて堪える。

扉を開けた麗花は、笑みを大きくする。
「どうしたの、着替えもしないで」
「余裕の発言だな」
タイを緩めながら、苦笑気味に忍が返す。ジョーも上着を脱ぎ捨てながら、肩をすくめる。
須于が、微笑みながら首を傾げる。
「亮が大丈夫って言うんだから、大丈夫だとは思っても、ね」
「……まぁな」
いきなり視線でふられて、俊が困惑気味に同意する。
やはり、着替えずに待っていた亮が、にこり、と微笑む。
「ひとまずは、着替えてから今日のことを話しましょう、麗花の報告を含めて」
「ああ」
「わかった」
いつもどおりの表情で、皆、寝室の方へとばらける。
寝室へと入った忍は、軽く肩をすくめる。
「満面の笑みってあたりが、麗花らしいよな」
「そうですね」
くすり、と笑いながら、亮はイヤリングを外す。
「悪い知らせは、なさそうだな」
「ええ、ジョーカーを見定められたと思いますよ」
ワイシャツをゆるめていた忍が、振り返る。少々、目を見開いている。
「わかったのか?」
「皆の話を聞くまでは、断言は避けますけれども」
いつもどおりの軍師な笑みで、亮はこちらを見返す。忍は口笛を吹いてみせてから、もう一度、肩をすくめる。
「まーた、無茶やって」
ディナーパーティー中のテーブルでの会話を全て聞いていなければ、そんな発言は出来ない。
亮なら、やってのけられることはわかっているが、ブラックジャックのカードと一緒だ。それなりに、体力は消耗する。
「あのくらいは、無茶ではないですよ」
「ま、短期決戦ですみそうなのはイイことだけど、な」
「そういうことにしておいて下さい」
「はいはい」

再集合した六人の中で、なんだか冴えない表情なのは俊だ。
「なにか、気になることでもあるの?」
須于が、首を傾げる。亮が煎れてくれたお茶を口にしてから、俊は麗花へと視線を向ける。
「……嘘、ついただろ?」
「嘘ぉ?私が?」
麗花は目を丸くする。
「『これで女好きじゃなかったら驚き』って言ってたじゃねぇか!」
「へぇ、女好きじゃなかったんだ」
と、忍。
「女好きじゃないもなにも!」
口角から泡が飛びそうな勢いの俊を、麗花はじっと見ていたが。
「ははぁん?」
だいたい、話は見えたらしい。にんまりと笑う。
「んで、なんて口説かれたの?」
「口説く?」
ジョーが、怪訝そうになる。元々、亮にはパーティーの時点で聞こえていたし、忍と須于には、話がみえたようだ。
「だからさ、アラン・ヘドベリは女好きじゃなくって……」
「男性の方が、趣味だったのね」
「思い出しただけでも、鳥肌もんだ!」
「あ、ホントに鳥肌たってる〜」
などと、麗花は楽しそうに確かめている。俊は握りこぶしを握り締めつつ、訴える。
「なんで、ヤロウとタンデムせにゃならんのだ!」
「うわー、いきなりディープ」
「しかも、大胆だなぁ」
「お前ら、人ゴトだと思って」
「人ゴトよねぇ」
須于が、首を傾げつつ、言う。思わずジョーでさえ、笑いを噛み殺す。
「まぁ、確かにな異性にとっては人ゴトだ、同性としては同情するが」
珍しく単語数が多いのは、本気で同情しているというよりは、可笑しかったかららしいが。
忍が、にやりと笑ってトドメを刺す。
「いいじゃん、ナンパされたいみたいだったし」
「だから、なんでヤロウに!」
「またヒトツ、オチがついたね」
「ほっとけ、それよりもライクマンは何の用だったんだ?」
どうやら、話題を変えない限り、いつまでもからかわれ続けると気付いたらしい。俊は、話を麗花へとふる。
皆も気になっていたことだ。
笑いをおさめて、真顔に戻る。
「ああ、知り合いだったのよ」
「知り合い?」
俊が、思い切り怪訝そうに眉を寄せる。忍たちも驚いた顔つきだ。
「本名はエアハルト・ライマン、職業はルシュテット皇太子護衛」
さらり、と言って麗花は笑みを浮かべる。
「小さい頃から何度も会ってるから、あっちも私が誰なのかわかっちゃったみたい」
「大丈夫なのか?」
亮も麗花も深刻そうな様子はないので、そうだろうとは思いつつも忍が確認する。
「うん、その点はね、お互い干渉しないことで話がついたから」
「でも、なんだってまた、ルシュテット皇太子護衛なんかがこんなところにいるんだ?」
俊が首を傾げる。須于も確認する。
「この間、ルシュテットにはいなかったわよね?」
「うん、いなかった」
麗花が頷いて、忍が亮へと視線をやる。
「どういうことか、察しはついてるのか?」
「ヘル・ライマンは、葉山秀の養育係なのだと思います」
「養育係?なんだって、ルシュテット皇太子護衛が?」
「エアハルト・ライマン自身がLe ciel noirの一員なのでしょう、その腕とつながりから、ルシュテット皇太子護衛を依頼された、と考えた方が自然です」
「腕はともかく、つながりって、Le ciel noirとルシュテットの?」
「摩擦を避けやすくなりますから」
「ははぁん、でも、もうすでにルシュテット皇太子護衛と知られているから、Le ciel noirに戻る時は偽名を使っているわけか」
俊の確認に、亮は頷く。が、麗花が首を傾げる。
「でも、それと葉山秀の養育係って根拠にはならないよ」
言われて、亮の顔に笑みが浮かぶ。
「ルシュテット皇太子護衛をまかせるくらいですから、黒木氏の信頼はかなり厚い人物でなくてはなりません。こういった組織上で、そこまでの信頼を寄せられるということは、かなり近しい人物でしょう。例えば、元々は黒木氏の養育係であった、とか」
「その推論は、理解出来る」
ジョーが頷く。
「葉山秀の興味は、組織の運営、経営といったあたりに集約されていました」
「他にも、幹部になれそうな人間はいそうなのに、か」
俊が眉を上げる。
「おそらく、遠くないうちに大きな一端を担うことになるでしょう」
「裏切り者じゃなければな」
「確かにね、エリス・アーウィットは、どうだったの?」
須于が、軽く首を傾げつつ答える。
「着物にものすごくこだわりがあるみたいね、リスティアの文化全体にもものすごく興味があるみたいだけど……参考になるかしら?」
「なぜ、彼女はそこまでリスティアの文化にこだわるんでしょう?」
亮が、にこり、と笑う。俊が即答する。
「次の寄港地だからじゃないのか?」
「そうではないと思うわ、なんて言えばいいのか……」
自信なさそうに黙り込んでしまった須于に、亮は尋ねる。
「感覚的なモノで構いませんよ、どう思いました?」
「本当に、カンでしかないんだけど、好きな人がいるんじゃないかしら?」
「なーるほど、相手はリスティア系」
麗花が、ぱん、と手を打つ。須于が大きく頷く。
「女の子の立ち振る舞い、みたいな話が多かったのよね、よくよく考えてみると」
「あの色っぽいおねぇさんが?」
懐疑的に問い返しながらも、俊はドレスの大胆さを思い出したのか、少々赤面気味だ。
麗花が、腰に手をあてて高飛車なポーズをとってみせる。
「あらぁ、女の子はいくつになったって、好きな人のことには一生懸命なモノよ」
それから、にやりと笑ってすかさず付け加える。
「ドレスの胸元ばっかりに気を取られる人には、わからないかもしれないけどね」
「でも、あれは男なら気になると思う」
忍が、珍しく助け舟を出してくれたのに、俊はすがりつく。
「だよな、ちょっと危ないよなぁ」
と、ジョーにも視線を向ける。一瞬、かなり困惑顔になった後、ジョーは視線をそらせる。
「……まぁな」
どうやら、なんだかんだで男性陣は気になっていたらしい。
「周囲の視線も集まってたぜ、アレ」
うんうん、と深く頷きあっている。亮は、そういうものなのかというように、軽く首を傾げている。
思わず、須于と麗花は顔を見合わせて笑ってしまう。
「って、話反れてるって」
と、麗花が軌道修正をかける。真顔に戻った忍が、亮に尋ねる。
「亮は、どう思ってるんだ?」
寝室で、亮は『ジョーカーを見定められた』と言った。皆の話を聞けば、確信できる、と。
忍とジョーは、今回のターゲットからは外れたキャプテンの相手をしていたので、話は出揃ったことになる。
にこり、と亮は微笑む。
「黒木氏は、最初からジョーカーがわかっていたんですよ」
「へ?」
「どういう意味だ?」
「じゃ、なんで俺らがこんなことしてるわけ?」
「冗談で済む金額じゃないよ、俺らにかかった金」
「なんのメリットがあって……」
驚いて、口々に問い掛ける。
亮は片手を軽く上げて、皆の問いを止める。
「その答えは、Le ciel noirという組織に少しでも不穏な空気を残すことなく、ジョーカーを挙げる為です」
「黒木氏がジョーカーを指摘したら、組織に波風が立つってこと?」
「深読みをする人間は、出るでしょうね」
「ちょっと待て」
今度は、俊が話を止める。
「先ずは、誰がジョーカーなのか教えろよ」
「待って」
俊の問いに答えようとした亮を、さらに麗花が止める。
「もしかして、ヒント出揃ってる?」
「僕にとっては、かもしれませんが……」
自分の思考回路が、通常とは違うというコトは、亮自身が一番よく知っている。
五人は、誰からともなく、顔を見合わせる。
「亮は、事前になんか、ヒントもらったりはしていないの?」
まず、須于が確認する。少々、面食らった表情で亮は頷く。
「はい、乗船前に話したこと以外は」
「黒木氏のパーソナリティに関することもか?」
とは、忍の問い。
「実際に会ったことはないですし、そこまで細かい話は聞いたことないですよ」
なにを目論んでるのかわかったので、亮にも笑みが戻ってくる。
「もうヒトツ、ヒントを出しましょう」
こくり、と五人が頷くのをみてから、亮は部屋に備え付けのカードを手にとってキングを三枚、テーブルに並べる。
最後に取り出したのは、ジョーカーだ。
「こういう、コトです」
細い指で弾く。
ぱさり、とカードが落ちる。
そして、四枚のカードが並ぶ。



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