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夏の夜のLabyrinth
〜15th Who is a Bluffer?〜

■trump・8■



テーブルの上に並んだのは、キングが三枚と、ジョーカー。
目を落とした五人のうち、最初に口を開いたのは俊だ。
「クイーンが入ってないからって、ジョーカーをエリス・アーウィットだって思うのは短絡的すぎだよな」
「思ってるなら、言わない」
手厳しい一言は、麗花だ。
「でも、ある意味、視点は悪くないんじゃないのか」
と、忍。須于も頷く。
「そうね、これがヒントなんだもの」
「ま、ね」
麗花が、亮が置いたカードを手にしてキングを取り出す。
「私だったらこうするけどさ」
ジョーカーを手にして、まずはキング四枚にする。
それから、キングとジョーカーを入れ返る。
「こうだと、思っていたんだよね?」
「最初から、ジョーカーはジョーカーだったということか」
ぼそり、とジョー。
俊が、握った右手を顎に当てて、曲げたままの人差し指で軽く撫でながら呟くように言う。
「エドワード・ライクマン、その実、エアハルト・ライマンは元Le ciel noir総帥黒木圭吾の養育係で、いまは葉山秀の養育係」
「そこから言えるのは、葉山秀はLe ciel noir次期総帥候補だということ」
忍の台詞に頷いてから、麗花と須于が笑顔を見合わせる。
「そして、エリス・アーウィットが想っているリスティア系といって、思い当たるのは」
「黒木圭吾氏ね」
「片想いみたいだけど、ね」
ジョーが、口元に笑みを浮かべる。
「なら、ジョーカーは決まりだ」
「そう、アラン・ヘドベリです」
亮の顔にも、笑みが浮かぶ。
「彼は、黒木氏と総帥の座を争ったことがあるはずです」
「……なるほど」
その推理は納得できる。そのくらいの頭脳がなければ、Le ciel noir総帥の裏をかくなど不可能だろう。
確執の過去があったからこそ、確実な証拠無しにはジョーカーと言い切ることが出来なかったのだ。
「でも、いまのままでは推理に過ぎないんだよな」
「そうですね、確実な証拠を握る必要があります」
亮の笑みは、軍師なモノだ。
「ですから、明日も派手に勝って下さい」
五人とも、にやり、と笑う。
「そりゃ、もちろん」
「徹底的にいけばいいんだろ」
「まかせてよ」
「勝率は大丈夫よ」
「ああ」
麗花の笑みが、大きくなる。
「亮が、仕上げてくれるでしょ」
「そうですね、蛇牙に動かれても面倒ですから」
「あ、そうだよ、蛇牙ってなにしに来てるんだ?」
俊が、真顔に戻る。忍も、軽く眉を寄せる。
「今日のディナーパーティーでは姿を見かけなかったな」
「あんな団体様が参加したら、雰囲気台無しだよ」
可笑しそうに麗花が首をすくめる。須于が首を傾げる。
「ということは、ただの乗客ではないということね?」
「蛇牙の頭領自ら乗船というのは、尋常じゃない」
「スカイハイじゃないのか」
ジョーの言葉に頷いてから、先ほどと同じく、顎に手をやりながら俊が言う。
「リデンの次の寄港地は、アファルイオだから」
「ヤクは流通を抑えたものの勝ちです、大量の金が動くモノを他人に握られるのは、蛇牙にとってありがたい現象ではありません」
「陳大人は自分らの邪魔されるのが、なにより嫌いだしね」
にやり、と麗花が微笑む。忍も微笑む。
「なら、上手くすれば動かないでいただけるってことは?」
「軍師殿の許可さえ出れば?」
首を傾げた麗花に、亮は頷く。
「『Labyrinth』の名を出すのは、構いません」
それから、くすり、と笑う。
「Le ciel noirよりも、恐ろしい響きでしょうから」
思わず、忍たちは顔を見合わせて、それから笑い出す。



また、夜が訪れる。
カードルームでジョーを迎えたのは、葉山秀だ。ジョーは、表情を変えることなくテーブルの方へと視線をやる。
一昨日の雪辱をはたしたいのか、一緒にゲームしたお兄さん方がこちらにちらちらと視線を送っているが、声はかけてこない。
代わりに、彼らよりはずっと海千山千の連中が揃っているテーブルから、一人が立ち上がる。
「いかがでしょう、今日は私どもとゲームをしていただけませんか?一昨日のお手並みを拝見して、ぜひお手合わせ願いたいと思っていたのですが」
ジョーは、軽く頷くとチップを一枚、テーブルに置く。
すぐにカードが配られ始める。
裏で二枚、表で四枚、裏で一枚。
カードを手にしたジョーが口元に薄い笑みが浮かべたのに、葉山秀は軽く眉を上げる。

忍と俊が入っていった途端、部屋にいた全員の視線が集まる。
エリス・アーウィットが微笑む。
「あなた方とぜひゲームがしたいという方ばかりのようよ」
「それは光栄ですね」
にこり、と忍が微笑む。
俊の方は、どちらかというとイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「ゲームしてくれる方は大歓迎だけど、倍レートではどうでしょう?」
言葉に含まれる自信を恐れることなく、一人、進み出る。
「面白い、受けて立ちましょう、サシで勝負させていただきたいものですね」
一昨日の二人のチームワークを見ていたのだろう。俊と忍は、視線をあわせることなく、すぐに頷く。
「いいですよ」
俊の口元の笑みが大きくなる。
「どちらと勝負します?」
「そりゃ、決めにくいだろ」
忍が、のんびりとした口調でツッコむ。それを聞いて、成り行きを見ていた一人が、手を挙げる。
「ぜひ、私も参加させていただきたい」
「では」
手にしていたチップを、ピンとはねて手の甲でうける。
「head or tail?(表か裏か)」
一人が、少し躊躇った後に口を開く。
「表、だ」
「では、私は裏」
にこり、と微笑んで、隠していた手のひらをどける。表、だ。
そのチップを、俊へと放り投げる。
にやり、と笑ってそれを手の甲で受けてから、すぐに覗き込む。
「俺は、表だ」
「では、この組み合わせで」
相手は二人とも、頷いてみせる。
「じゃ、始めましょうか?」
忍と俊も、キューを手にする。
エリス・アーウィットは、その様子を楽しげに見つめている。

一昨日と同じように、麗花はゲームルームへと姿を現す。
「昨日は寂しかったのう」
老人の一人が笑う。
「仕方ない、昨日はパーティーの主役じゃった」
「ごめんなさい」
ぺこり、と麗花は頭を下げてみせる。
「いやいや、ちゃんと今日は来て下さったしの」
老人たちは、笑顔を見合わせる。相変わらず、お茶を飲んでのんびりとした顔つきで座っていた老人が、ゆっくりと口をひらく。
「小姐は、幸運の女神を目指す気はないかな?」
「幸運の女神?」
麗花は、無邪気な笑顔を浮かべてみせる。
「そうじゃ」
老人の瞳が、少し細くなる。
「『運命の輪』では、最高の幸運を持ちあわせている小姐に、祝福があるのじゃよ」
「ようするに、最高に勝った人にご褒美があるってことですよね」
にっこりと微笑んだまま、麗花は首を傾げる。
「そのとおりじゃな」
細まった目が、微笑む。
「じゃ、私の友達がきっと、祝福されるわ」
卓を囲んでいる老人の一人が、口を開く。
「ああ、お友達と一緒に乗っていらっしゃったんじゃのう」
「そうじゃそうじゃ、小姐を入れて、六人じゃったろう?」
にこり、と微笑んでみせる。
「ということは、その中に小姐よりも幸運な方がいらっしゃると」
「それは、驚きじゃのう」
「あら、嘘はつかないですよ、それに今日はお願いがヒトツ、あります」
言葉を切って、笑みを大きくする。
「ほう、儂にかね?」
老人の細まった瞳に、ある種の威嚇の光が浮かぶ。それは、余計なことを言わせない蛇のような光だ。
だが、麗花は全く気にする様子なく、まっすぐに老人を見る。細まった瞳を覗きこむようにして、ゆっくりと言う。
「Labyrinthの邪魔を、しないで下さいって」
細まっていた陳大人の瞳に、微かな驚きの色が浮かぶ。
卓を囲んでいる老人の方が、尋ねる。
「いま、Labyrinth、とおっしゃったかのう?」
麗花の笑みが、先ほどまでの無邪気なモノから、どこか含みのあるそれに変化する。
「Labyrinthから、蛇牙への警告ですわ、『余計な手出しは無用に願いたい』」
ゲームルームの中は、水を打ったように静まりかえる。
普通ならば、蛇牙の陳大人に向かってそんな口をきいた時点で、命はない。
だが、相手はLabyrinthだという。
誰もが、卓を囲んでいる四人の老人、ようは陳大人に最も近しい実力者たちでさえ、どう反応を返してよいかわからないらしい。
ただ、麗花を見つめている。
陳大人は、その瞳から驚きを消し、また蛇のように目を細くして尋ねる。
「儂らが邪魔をしたら、どうするおつもりなのかな?」
「邪魔なモノは消すだけでしょう?」
にやり、と老人の口元が笑う。
声にならぬ笑いが、老人の口から溢れ出す。
「おもしろい、実におもしろい」
ヒトツ、手を叩いてから。
「お伝えいただこう、儂らは手を引く、お手並みを拝見させていただく、と」
なにか言いたそうになった一人の老人へ、大人はす、と視線をやって黙らせる。
「蛇牙の陳が、そう言ったと伝えていただこう、小姐」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑む。
「代わりに」
陳大人は、楽しそうな笑みを浮かべる。
「今日のところは、儂らを楽しませていただこうかのう」
卓を囲んでいる四人の老人も、笑みを浮かべる。
「そうそう、小姐と囲むのを、楽しみにしておったんじゃ」
「そうじゃそうじゃ、ほれほれ」
「では、遠慮無く」
無邪気な笑顔に戻った麗花は、卓につく。

今日も、ルーレットは盛りあがりをみせている。
「なかなか、素晴らしい勘をしていらっしゃる」
背後から、感心したような声をかけたのはエドワード・ライクマンだ。須于は、にこりと微笑む。
「やるなら、勝ちたいですもの」
「誰もがそう思ってらっしゃるでしょう」
シックな色合いの振袖に大人しそうな顔つきな大和撫子の口からの勝気な発言に、エドワードはおかしさを覚えたらしい。口元に笑みが浮かんでいる。
「あなたには、幸運の女神がついていらっしゃるようだ」
須于の笑みも、大きくなる。
「あら、私についている女神様は、まだまだだと思うわ」
ちら、と視線をやる。

須于の視線の先にいるのは、黒のチャイナドレスに身を包んだ亮。
ほっそりとした指先が、つい、とチップを出す。
「ダブルダウン」
静かな声が告げる。
手元のカードはキングが二枚だから、倍かけにするにしても、普通ならばスプリットのはずだ。
亮が入ってきた時点で、なにげなくディーラーと入れ替わったアラン・ヘドベリの顔に笑みが浮かぶ。
もし、なにか言葉を発するとすれば、来なすったな、というところだろう。
しかし、そんな笑みにも亮は全く反応しない。
ただ、カードを待っているらしい。
そして、配られたカードはエース。アランの手元のカードは、20。
倍となった掛け金が、支払われる。

エリス・アーウィットがいたはずなのに、いつの間にかエドワード・ライクマンに入れ替わり、そしていまは葉山秀が立っている。
俊の視線に、忍が口の端に笑みを浮かべてみせる。
彼らは、自分の目で確認しに来ているのに違いない。
『幸運の女神』の連れが、間違いなく勝っているのか、を。
もうすぐ、確実に裏切り者をこの手に握ることが出来るのは、間違いないだろう。
別のことに気を取られている風だったのに、コール通りにボールを静められて、相手がため息をつく。
これで、勝負あった、だ。
二ゲーム終えたので、引くことにする。
「今日のところは、このへんで」
あっさりとした引き際に、相手もなにも文句は言えないようだ。
今日は倍レートでのゲームだったから、手取りも倍。普通に勝ったり負けたりしているのならば、間違いなくRFBコンプだ。
ものすごい量になったチップを見て、俊が口の端に笑みを浮かべる。
なにを思ったのかは、忍にもわかったのだろう。
忍も、かすかに笑ってみせる。が、廊下に出るまでは黙ったままだ。
廊下に出て、誰もいないのを見計らったところで、口を開く。
「麗花とジョー迎えにいって、早いとこ亮のとこに行こうぜ」
「ああ、幸運の女神ご指名の瞬間は拝みたいもんな」
というのは冗談にしろ、なにかおかしな動きをするかどうかは見ていなくてはわからない。
「じゃ、俺が今日は麗花迎えに行ってくるよ」
忍が、にこり、と笑う。
俊が軽く首を傾げる。
「大丈夫か?」
相手は、蛇牙の陳大人だ。知らなかったとはいえ、少々危ない橋だったと思っている。
が、忍は笑みを自信のある方に変えてみせる。
「賭けてもいいけど、麗花が黙らせてると思うぜ」
「あ、確かに」
思わず、俊の口元にも笑みが浮かぶ。

今日は、また違う人物が姿を現したのに、蛇牙の者たちは驚いたようだ。
が、一昨日のような殺気は漂っていない。
予測どおり、麗花はこの部屋の人物を沈黙させたらしい。忍は、す、と陳大人の前に立つと、アファルイオ流で完璧に挨拶してのける。長寿の祝いも含めて。
それから、にこり、と微笑む。
「迎えに来ました」
陳大人は、笑みを浮かべている。
「なかなか、楽しませてくれる」
「ありがとうございます」
にこり、と言うと、麗花へと視線を移す。麗花も、にこり、とすると立ち上がる。
「では、このへんで」
ゲームルームを後にしてから。
麗花は、ちらり、と忍を見る。
「アファルイオ語、出来たんだ?」
「挨拶だけな」
「マニアだね」
「かもな」
にやり、と忍は笑う。
「ところで、ジョーのこと、迎えに行きたいか?」
「おおう、魅力的な響き」
「……と思ったけど」
ジョーは、すでに俊とカードルームを出てきたところだ。
「つまんなーい」
麗花が口を尖らせる。それを見て、ジョーと俊が苦笑する。
「ずいぶんと、入れ替わってただろ?」
と俊。ジョーが口の端に笑みを浮かべる。
「ああ、三人来た」
「今日動くだろ」
「そういうことなら、ね」

忍たちの姿を見て、須于もゲームを切り上げる。
五人が自分の後ろに来たのに、亮は、にこり、と微笑んで自分の手元のカードに視線を戻す。
手元には、クイーンとジャック。
亮は、その笑顔のまま、スプリットをしかける。
エリス・アーウィットは、カードを配りながら微笑む。
亮の手に来たのは、エースが二枚。
ダブルでブラックジャックだ。
席を立とうとした亮に向かって、す、とエリスが身を近付ける。
「とてもついてらっしゃるのね、まるで『幸運の女神』だわ」
亮は、ただ、軽く肩をすくめてみせる。
歩き始めた彼らの側に、今度はルーレット台近くにいたエドワード・ライクマンが近付いてくる。
「後ほど、こちらへどうぞ」
小ぶりの封筒を、そっと渡される。
受け取った亮の笑みが、ちら、と大きくなる。
もちろん、一緒にいる忍たちの笑みも、だ。



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