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夏の夜のLabyrinth
〜16.5th 雨降る日には〜

■raindrop・2■



朝起きて、カーテンを開いて。
「まーた雨かぁ」
ぼやいてみたところで、雨はやみそうにない。これで、三日連続。
麗花は、ヒトツ、ため息をつく。
ここしばらくは急務の事件は起こりそうになくて、連絡さえすぐに取れるようにしてあれば、どう過ごしてもいいことになっている。
それ自体はとてもゼイタクだし、こんな自由に過ごせる時間なんて麗花にとっては希少価値であると思う。
一生で、こんな自由なのは、今だけだ。いつまでも、ワガママを通していられるわけはないのだから。
だけど、雨が好きか嫌いかということとは別次元なのであり、麗花は雨が嫌いだ。
嫌な知らせを聞いたのが、いつも雨の日だったからなのかもしれない。
突然の父の死も、凱旋するはずの兄が生きては帰ってこないと知った日も、こんな雨が降っていたから。
そんなわけで、本日の麗花さんは、アンニュイな気分でスタートを切ったのである。

いつもよりも少々遅めに居間にいくと、もう新聞読み組も部屋に引いたらしく、亮しかいない。
麗花の姿を見ると、口元に笑みを浮かべる。
「おはようございます」
「早朝好〜」
なんとなくヨレ気味の挨拶に、亮は軽く首を傾げる。
「朝食、どうしますか?」
「いつもどーりでお願いしマース」
椅子に腰掛けてから、自分のほっぺたをヒトツつねる。が、それを絞りたてのジュースを差し出してくれた亮に目撃されてしまう。
なんとなく照れくさくて、ツッコまれたわけでもないのに言い訳してしまう。
「はは、ちょっと気合が足らんと思ってさ」
フライパンの上におちた卵が、気持ちのイイ音をたてる。慣れた様子で軽くフライパンを動かしてみせると、あっというまに微妙に半熟なのが美味しいプレーンオムレツになる。
しゃきしゃきなレタスに、ポテトサラダ、焼きあがったばかりのトーストと、大好きなジャム。
魔法のように並べられていくのを眺めながら、ぽつり、と呟く。
「おかーさんて、こんな感じなのかなぁ」
「お母さんですか」
苦笑混じりに返事に、我に返る。
「あー、ごめん、なんかすっごい手際よく出てくるからさ、ドラマに出てくるおかーさんみたいだと思っちゃってさ、気にした?」
「お父さんという雰囲気からは、程遠いことは確かですが」
「フリルのエプロンしてたら、新妻だよね」
気分を害した様子でもないので、調子に乗って言ってみる。
「フリルは遠慮しておきますよ」
亮は、軽く肩をすくめてから、紅茶を出してくれる。
トーストを手にしながら、窓の外へと視線をやる。そうしてみたところで、天気は変わらない。
「あーあ」
思わず、本日フタツめのため息をついてしまう。
せっかく気合をいれたのに、抜け落ちてった気分だ。
「亮はさ、雨、好き?」
ひとまず、おしゃべりでもするに限ると視線を戻す。
フライパンなどを洗っていた亮は、顔を上げる。
「嫌いですか?」
「好きじゃないっていうより、苦手かな」
須于の特製キノコトマトソースをたっぷりかけたオムレツを口にする。ふんわりと暖かい。
その須于は、今日はジョーと出かける、と言っていた。二人で出かけるのは、かなり久しぶりのはずだ。
ジョーと須于は、あいにくの天気だと思っているのだろうか?それとも、一緒ならば関係ないだろうか?少なくとも、出かけるのはジョーの車だから問題はないのだろうけど。
やはり、思考が雨の方へと行ってしまう。
ご飯を食べ終えて、ごちそうさま、と言ってから。
「ねぇ、今日は忍は?」
「剣道場に行きましたよ」
おかわりの紅茶のカップを、抱え込むように持ちあげる。
「ふぅん、真面目だのう」
「頼まれたんだそうですよ」
「誰にぃ?」
紅茶のカップを抱え込んだまま、首を傾げる。
「師範にです、子供の相手をすると言っていました」
「あー、そっか、一本勝ちオンリーで優勝したことあるって言ってたもんね、ヒーローなんだねぇ」
黙り込むと、また雨の方へと視線をやってしまいそうで、言葉を継ぐ。
「亮は?」
「総司令部に行きますが」
言いながら、すでにエプロンを外しかかっている。麗花の飲んでいるカップを片付けたら、すぐにでも出たそうだ。
「仕事?!」
総司令部に行く=総司令官からの呼び出し、という可能性が高い。
なにやら目を輝かせている麗花に、亮はすまなさそうに首を横に振る。
「事件は、ありませんよ」
「なーんだぁ」
少し、頬を膨らませる。
「仕事したいんですか?」
「こういう日は、その方がいいねぇ、しかも残ってるの俊でしょー」
「俊が残ってるのが嫌ですか?」
「そうじゃないんだけど……だって私、今、間違いなくヤな奴だもん、ヤツ当たりしちゃう」
亮は、軽く肩をすくめてみせる。
「大丈夫ですよ」
言われた麗花の顔が、ふ、と歪む。
表情を隠すようにテーブルの上に突っ伏してしまう。
「……今日は大丈夫は聞きたくない」
油断しないでよ、と言ったら、兄は笑って、大丈夫だよ、と言った。帰ってこなかった。
雨の日には、大丈夫、は聞きたくない。
今日のコンディション最悪だと思う。
雨は嫌い。
大嫌い。
『第3遊撃隊』に来てからは、そんな酷くは思わなかったのに。
本当に、最悪だ。
「麗花」
亮の、静かな声がする。
「顔を上げてください」
「ヤだ」
いまにも泣きそうな顔をしていると、自分でわかる。そういうのを、人に見られるのは嫌いだ。
「後悔したくなければ、顔を上げた方がいいですよ」
先ほどまでの口調とは、微妙に違う。否応を言わせない、それ。
反射的に、顔を上げる。
にこり、と笑っている亮がいる。
優しい方のではない。軍師な方の笑みだ。
「僕が言ったことに、間違いや嘘があったことがありますか?」
「……ない」
「そう、なら疑わないことです、麗花は大丈夫ですよ」
「そうかなぁ」
そっと撫でられてびっくりする。
「にょ?!」
慌てて頭を抑える麗花に、亮は、くすり、と笑う。
「お母さんなんでしょう?」
思わず、麗花も笑う。
「んもう、ホントにお母さんみたいだよ」
それから、いつも通りの笑顔を浮かべる。
「ありがと」
「イイ子でお留守番しててくださいね」
亮は、少し笑みを大きくして言うと、軽く手を振ってみせる。



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