[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜16.5th 雨降る日には〜

■raindrop・3■



ココアをいれたマグカップを手に、麗花はソファに腰掛ける。
今日は梅雨寒というヤツなのか、気温まで低い。肌寒いくらいだ。
テレビのスイッチを入れる。
世間サマを騒がせている情報はなにやら、などとチェックする気分にもなれずにケーブルの映画チャンネルを回す。
アクションコメディなんてやってれば、うってつけだ。
が、どうやら、こういう時に限ってそういうのはやっていないらしく。
「ちぇー」
思わず呟いたと同時に映し出されたタイトルに、ふと、視線が止まる。
B級からも、アクションコメディからも、ほど遠いシロモノだったけれど。
麗花は、すいつけられたかのように、そのままリモコンをテーブルに置く。

「うっわ、ガラにもないもん見てら」
いいシーンを台無しにする後方からの発言に、麗花がじろり、と横目で睨む。
さらになにか言おうとしていた俊は、その視線を見て大人しく腰を下ろす。
邪魔はしないに限る、と思い直したらしい。
画面では、姫君が記者会見をしている。
今回の訪問はどうだったか、というようなコトを尋ねられた姫君の顔に笑みが浮かぶ。
「大変、すばらしい想い出です」
ゆっくり、はっきりと口にした彼女と、記者の一人の視線があう。
記者の顔にも、微かな笑みが浮かぶ。
彼と彼女の、ほのかな恋はこれでお終い。
誰もいなくなった記者会見会場を、一人見回してから。
記者も、ゆっくりと立ち去って行く。
さっきの発言は、邪魔の中でもマズいレベルだという自覚はある。エンドクレジットが出た後も動こうとしない麗花に、俊は恐る恐る声をかける。
「なぁ、昼飯どうするよ?」
「あのねぇ、ああいう映画見た直後に、よく、ばくばく食べる気になるわねぇ?」
いつも通りの表情の麗花が、こちらを向く。そう機嫌は悪くなさそうだ。
ほっとしながら返す。
「んなこと言われたって、俺、見たのラストだけだぜ?しかも、来たの、腹減ったからなんだけど」
などという事情は、麗花には通じない。
「ったく、相変わらずデリカシーないよねー」
やってらんないわ、と首を振ってみせる。
俊も、わざと頬を膨らませてみせる。
「どうせ、繊細な感情とやらには縁がないよ」
「自分が感じないのは勝手だけど、人のは察する努力ってもんが必要よ」
「自分感じないのに、人のなんて、どうやってわかるよ?」
別に、本気で互いに気にしてるわけではない。が、完全に麗花のペースなのが、ちょっと悔しくて言ってやる。
「あれか、麗花はローマの休日なんてぇシチュエーションに憧れておられるわけかい」
「あ、失礼だわねー、似合わないって思いっきり顔にかいてある」
「おかげさまで、正直に生まれついてるんで」
麗花は、わざとらしく反りかえってみせる。
「わからないよ?私だって、姫なんだしぃ」
「ながーい休日をお過ごしのわりには、一向にその様子が見えませんなぁ」
俊も大袈裟に肩をすくめてやる。
「遊撃隊にいたら無理だけどな」
と、思わず、我に返るのも俊なのだが。
「そーいうことやね」
麗花も軽く肩をすくめてから、伸びをしてみせる。
「んー、確かにお腹すいてきたかも」
「ほら、人間、欲には忠実にできてるんだよ」
「一緒にしないでよ」
この点に関しては、珍しく俊の方が強い。
「一緒だろ、飯つくれねぇもん」
「う、イタイッ」
晴れてるなら、俊がバイクを飛ばしてファーストフードの買い出しでカタがつくのだが。
「バイクは辛いよねー、この雨だと」
麗花が窓の外へ視線をやる。
今度は、まともに俊が肩をすくめる。
「勘弁してくれ」
ひょいとソファを飛び越えたかと思うと、カウンターも飛び越えて冷蔵庫を開ける。
「ってーことは、インスタントラーメンかパスタか、冷食のドリアだね」
さくっと言われて、俊は情けない表情になる。
「なんかこう、言ってて虚しくならねぇ?」
「言わなくても虚しいよ」
あっさりと返してから、麗花はもういちど、そこらじゅうを点検する。
「んー、じゃがいも、タマネギ、冷蔵庫にゃニンジン、むむ、冷凍庫にはシーフードミックスもありますな」
「ほほう、悪くないですな」
と、俊。
「カレールーも発見されましたぞ」
「ますます、良い感じと思われますな」
にやり、と笑みを交わす。
が、はた、と麗花が我に返る。
「ご飯の炊き方……知ってる?」
「それっくらいは、なんとか……」
家庭科で数回、やったことはある。それに、炊飯器にはありがたいことに目盛りもついているはずだし。
「んじゃ、やってみるか?」
「ここはヒトツ、やってみますか」
たかがカレーに一大決心をしている二人であるが、自慢できるくらいに料理したことがないんだから、仕方あるまい。
かくして、料理できない状態脱出作戦の開始である。
Tシャツの腕をまくり上げた俊が、じゃこじゃこと音を立てながら米を混ぜている。
「なにやってるわけ?」
妙な音がし続けてる方を、麗花が横目で見る。
「いつまでたっても水が濁ってんだよ」
「ええ?水変えたの?」
「変えたよー、何回目だっけか」
なんとも、のっけから怪しげだ。
「んじゃ、もういいんじゃないの?」
「そうだよな、いいかげん、疲れてきたし」
新しい水を入れなおして、目盛りに合わせてセットする。
「よっしゃ、米は完璧ッ」
俊の台詞に、麗花が拍手。昼食べるご飯を直前に炊いてる時点で、完璧ではないのだが、そんなことをこの二人が知るはずもない。
「で、それはなにしてるわけ?」
と、顔を上げた俊がツッコむ。麗花が、にやり、と照れ笑いする。
「あははー、じゃがいもの皮剥きしてたら、どーみてもコレ、半分だよねー」
「あははじゃねーだろ」
「じゃあ俊がこっち剥いてよ」
と、ニンジンを突き出される。
「ふふん、それには文明の利器があるんだよーだ」
取り出したる皮むきで、とっとと剥いてみせる。
「ずるいー」
「まだ、全然じゃがいも剥けてねぇじゃん」
「しょーがないでしょ、包丁持つの、生まれて初めてなんだから」
はっとした俊の眼が細まる。
「まさか……正真証明、初めて?」
「保証書付きの初めてだってば」
自慢気に言われても、困るが。ひとまず、得物が刃物のせいかどうか、手つき自体は危なげない。
皮がどこまでかはわかってなさそうだけども。
「ニンジン切れたんなら、タマネギ剥いてよ」
「おう、わかった」
と、手にして困惑。
「タマネギって……マジで、どこまでが皮?」
「なんか茶色いとこは怪しいから、そこが取れてればイイって話は?」
「この固いところも、怪しいから取っちまえ」
ざく、ざく、ごと、ごと、と、実に不器用な音をさせながら、どうにか野菜が出揃う。
「んじゃ、コレを煮込むわけであるな」
などと、わかったようなことを言いながら鍋に放り込む。
「二人分だから、水はこのくらいか?」
「なんか、ニンジン多すぎない?」
「……調子に乗って剥きすぎたんだよ、気にすんな」
「じゃがいも減っちゃったから、その分だってことにすれば、いっか」
ひとまず、火にかけて。
麗花が首を傾げる。
「カレールーって、いつ入れるの?」
「最初じゃない気がする」
「んじゃ、シーフードは?」
「あ、解凍してねぇじゃん」
慌てて冷凍庫から取り出す。こいつは、後ろに使用法が書いてあるから助かる。
「軽く火が通ればいいんだってさ」
「野菜が煮えるまでは、けっこうかかるよな」
どうやら、しばし間があるらしい。
「カレーだけじゃ寂しいでしょ」
「野菜だろ、やっぱ」
「あー、洗えばいいからいいねー」
レタスやらきゅうりやらを、適当に盛る。
あいかわらず不器用にきゅうりを刻んだので、そろそろ鍋も煮たって久しい。
途中、ふきこぼれの罠に襲われたりしつつも、どうにか野菜には火が通ったようだ。
「よっしゃ、カレールー入れるぞ!」
「ああー、中辛しかないよー」
二人の好みとしては、中辛と辛口の間くらいがいいのだ。
「こりゃ、あれよ、スパイス加えるっきゃないだろ」
「あるよ、ほら、イロイロ」
こうなってくると、かなり怪しげだ。
料理したことない二人に、カレーに加えるべきスパイスがどれかなんて、わかるはずもない。
様相は怪しい科学実験化していくが、顔つきは妙に楽しそうだ。
あーでもない、こーでもないと、小一時間も過ぎただろうか。
ご飯も無事炊け、カウンターにはシーフードカレーと野菜盛り合わせが並ぶ。
ニンジンが多いせいでヤケに赤が目立つが、見た目は悪くはない。
「む、なかなか上々であるな」
「うむうむ、初心者とは思えぬ出来よ」
「んでは」
「いっただきまーす」
おもむろに、ぱくり。
「…………」
「…………」
どちらからともなく、顔を見合わせる。
が、すぐに顔を反らせ、二人ともコップを手にする。ぐぐぐっと、一気飲みに近い速度でコップを開けた後。
やっと、麗花が口を開く。
「辛ーッ!!!」
俊は、台所に行って、さらに水を飲んでから、やっとこ話せるようになったらしい。
「すっげー辛〜」
一口でこれでは、あとはどうすればよいのか。
途方にくれかかったところで、俊が気付く。
「わかった、卵入れればいいんだ」
「その手があった」
それでも、ひぃひぃ言いながら、どうにか食べ終えて。
「いっやー、唐辛子ナメたらいかんねー」
「ほーんと、まだ口が燃えてるよー」
などと言いつつも、満足気だ。二度目があるのかは、かなり怪し気だが。
「後片付けしとかないと、怒られるよね」
「だな」
ゴミを捨ててから、麗花の洗う皿を、俊が拭く。
「そーいや、忍はどうしたん?」
「道場に呼ばれたって、亮が言ってたよ」
「ふぅん……あれかな、子供相手に風騎将軍の真似なんてやってんのかね」
と、言ってしまってから、はっとする。
風騎将軍は麗花にとっては、大事な兄なのだ。二度と帰っては来ない。
「あ……と、悪りぃ」
「やっぱ、忍のあれって兄貴のなんだー」
「ほら、憧れてたんだよ、すっげー本とかも読んでたし」
自分で言ってて、ちっともフォローになってないと思うが。
「なに慌ててんの?」
麗花が顔を上げる。にこり、と笑っている。
「モノにするくらいに、研究してくれたってコトでしょ」
スプーン二本を俊の手に押しつけると、こんどは鍋に取りかかる。
「忍がモノにしてくれたのは、嬉しいよ」
「…………」
スプーンを拭いて、片付けて。鍋も伏せて、一通りの片付けは終わる。
「あ、飯、どうしよう」
はた、としたのは俊。
「え?」
きょとん、とした麗花に、炊飯器を指してみせる。
「炊き過ぎて、山盛りなんだけど……」
そういえば、通常は夜の分は、早めに仕掛けていたような記憶が蘇る。ということは、だ。
「今晩は、ご飯いらない……?」
「どーするよ」
「どーするって……ひとまず、炊飯器から取り出しとかないとマズいんじゃないっけ?」
普段、まったく家事をすることのない二人だから、記憶は曖昧だ。が、そういう気がするので、ボールに取り出すことにする。
「ぎゃあ、山盛り!」
「ラップかけて、ひとまず置いとくってことで!」
「よし、お終いお終い」
どこがお終いなんだかさっぱりだが、二人はそういうことにしたらしい。ようは、逃げる気だ。
ようやく、部屋に引けることが出来そうだ。
時計が指しているのは、もうすでに午後二時を回っていたりするのだが。
廊下に出て、階段のところで止まった俊が、振り返る。
「えっと……その……」
「私、アン王女より、ずっと幸せだと思うよ」
麗花は、ニヤリと笑ってみせると、先に部屋へと消えてしまう。
俊は、言いかかった言葉を持て余すかのように、視線を漂わせてから。
「ま、それならいいか」
と呟いて、階段を上がって行った。



[ Back | Index | Next ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □