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夏の夜のLabyrinth
〜16th  軍隊+警察+医者=〜

■phantasm・3■



らいんだよ



珍しく、用もないのに姿を現した亮に事情を聞いた仲文は、思わずくすくすと笑う。
「へぇ、忍くんがねぇ、珍しいね」
「そうですね、相当に苦手のようでしたよ」
亮も肩をすくめてみせる。
「そこまで聞いちゃうと、ちょっと興味が出るねぇ、忍くんを困惑させてるクランケがどんな子か」
「でしょう?」
仲文の笑みに、亮も笑みで応える。
なーんとなく、良からぬ雰囲気が流れている。
にっこり、は、にやり、へと変わる。
「んじゃ、見てみますかね」
と、モニターへと向き直る仲文に、亮の笑みが大きくなる。
「そう来なくては」
「面白いネタは、久しぶりだからなー」
楽しそうに、どんどんと画面を切り替えていく。国立病院の外科最高峰である畝野と仲文が手にしている情報は、かなりな極秘事項も含まれているので、セキュリティは相当だ。
が、それを気にしない手つきで仲文も、キーボードを叩いている。
「とと、ラストコード変えてらっしゃる」
なんて発言が出てくる時点で、以前にも覗いてたというコトでもあるということだが。
にやり、と口の端に笑みを浮かべて、亮へと視線をやる。
「このくらい、仲文にだって余裕で抜けられるでしょう」
亮が肩をすくめる。
「まぁな、でも亮の方が速い」
「わかりました」
仲文と入れ替わりにイスに座ると、二画面ほど戻ってなにかを入力すると、通常のカルテの画面へと切り替わる。
仲文管轄のものではなくて、畝野の方のモノが、だ。
「名前は?」
「さぁ、下の名前が『かおり』さんだということくらいしか」
などと言いながら、亮の指は検索用語に『腰部神経圧迫』、『弾丸』などという単語を入れていく。
「まーなー、松葉杖使うのも無理なんだから、それしかないわな」
それと、弾丸が組み合わさるのだから、症例としては珍しい部類になる。
というわけで、あっさりと目的のカルテを探し出す。
「水谷香織嬢ね……へぇ、なるほど?」
さっと目を走らせた仲文が、口元に浮かべていた笑みを大きくする。
「これじゃ、確かに当人が渋らなくても、畝野さん待ちで数年ってのは納得だね」
ようするに、畝野くらいの腕ではないと手術が困難だ、ということで、そこらへんにはウソはないらしい。
「難易度はそうですけど……」
亮は、かすかに首を傾げる。
「ココまで来たら、畝野さんは喜びそうですけれど」
「まぁな、あの人、難しければ難しいほど燃えるタイプだから」
苦笑気味に笑ってから、肩をすくめる。
「さすがに、命に別状無いなら順番にいくしかないだろ、畝野さんと言えど」
「あの人なら、命に別状あることにしてでもやりそうですけれどね」
亮も苦笑を返してから、首を傾げる。
「それにしても、相変わらずの人材不足ですか」
「腕のイイってのは、やっぱ先天性もあるみたいでな、ある程度以上いっちまうと」
「それはそうかもしれませんが……法医・事故関係は慢性的にヒドくないですか?」
仲文の顔に浮かんでいた笑いが、す、と消える。
「ああ、ついこないだ、やっと来ることに決まった法医がダメになったから……畝野さんに匹敵する腕っていわれてたんだけど」
「他に引き抜かれでも?」
仲文や畝野クラスの外科医となったら、どこの病院でも引っ張りダコだ。当然、自分にとって条件がいいと思えるところを自由に選べる立場にある。
「いや、それなら引き抜くチャンスもあったんだけど……」
半ば無意識に、眉を寄せる。
「首を釣ったんだよ」
手振りで変われ、と示して、自分がイスに座る。そして、畝野管轄のカルテで検索をかける。
「確か名前は……そうそう、西村さんだ」
「畝野さんが、検死したんですか?」
「ウチに来るはずだったし、自殺する理由も見つからなかったし、な」
「それで?」
仲文は、ただ肩をすくめてみせる。怪しいところはなかった、ということだ。
『Aqua』イチとも表される畝野の執刀なのだから、間違いも無い、ということでもある。
「人知れぬ悩みってヤツかもな」
ため息混じりに仲文は言う。
「顔色に全く出さない人種もいるから」
「そうかもしれませんね」
あっさりと返事を返されて、仲文の顔に、一瞬苦笑がよぎる。
が、すぐに、にやり、とした笑みになって、モニターを切り替える。いつまでも畝野のカルテを覗いているわけにもいかない。
それから、躰ごと亮へと向き直る。
「ところで、忍くんはどうしたんだ?」
「さぁ、まだ、香織さんに弁明中なのではないですか」
肩をすくめてみせた亮に、仲文は声色をつくって言ってやる。
「ヒドイッ、彼女勝手につくるなんて!」
「だから、別に彼女なんかじゃないって」
と、亮も忍の声色を真似て返してやる。
「そんな風に誤魔化そうとしてもダメなんだから!」
「……と言って聞く耳持っていただけないようなので、亮サマよろしくおねがいします」
いつもよりも、ワントーン落ちた声が加わる。
振り返ると、げっそりした顔つきの忍が立っている。
気の毒そうながらも、少々おかしさもあるのだろう、苦笑を浮かべながら仲文が声をかける。
「なんだか、ご愁傷様だねぇ」
「いやもう、その台詞がぴーったりで」
「亮連れてったら、余計に誤解されるってことは?」
「へ?」
マヌケな声とともに、忍は顔を上げる。
言われてみれば、確かに亮はそこらのお嬢さんたちよりも、ずっと美人だ。『第3遊撃隊』のナンパされ王であったりもする。
しかも、ことごとく男性に。
忍と亮の視線が、どちらからともなく合う。
忍は、すぐに苦笑する。
「いや、当人が否定すれば、さすがに理解するかと」
「白衣着てけよ、医者なら納得しやすいだろ」
仲文が、自分のイスにかけておいたのを、投げてよこす。
「ありがとうございます」
素直に受け取って、亮はそれを羽織る。シンプルなシャツの上なので、まったく違和感はない。
細身のズボンのポケットから紐を取り出すと、器用にみつ編みする。
それから、にこり、と忍へ笑いかける。
「では、行きましょうか?」

扉をノックすると、ぼそり、と返事が返る。
個室にいるというあたり、ワガママ度が知れるというモノだ。
「ほら、忙しいのに来てくれたよ」
と、忍は亮の方をいきなり振り返る。
言われて、ベッドの上の彼女の視線が、こちらへと向く。少々、怪訝そうな表情とともに。
顔は、かわいらしい方と言っていいだろう。おろしてある髪は、肩を少し過ぎたくらいだ。ただ、実年齢と表情が奇妙にアンバランスに見える。
妙な幼さが漂う、というか。
香織は、視線の先に白衣の人が立っていたので、驚いたらしい。大き目の目を、さらに見開く。
「こんにちは」
亮は、にこり、と微笑む。
「速瀬さんの部隊の医局担当をさせていただています、よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げる。
忍が肩をすくめてみせる。
「医局勤めだと、たまには国立病院に来たりもするんだってさ」
つい先日知った、という口調で言う。
実際、通常部隊の医局担当は医者の卵であることが多いので、時間がある時には病院で実務を手伝ったりもするらしい。実務訓練、というわけだ。
それはともかくとして、職場での知り合い、というのもウソではない。
「だから、昨日会ったのは偶然、わかった?」
「…………」
じっ、と忍の方を睨んでみせる。
「でも、逃げたよ」
「あのな、何度も言ってるだろ?結婚する気なんてないんだよ、誰が相手であろうと」
いったい何回言わせるんだ、というニュアンスたっぷりの口調だが、全く堪えた様子なく香織は切り返そうとする。
が、それよりも先に忍が口を開く。
「あのな、休み返上してきて、ちゃんと逃げたのは謝って、誤解だというコトを説明するのに、他の人の仕事の邪魔もしてる」
声が、いつもよりも明らかに低い。
兵役義務についてからは、一回しか発したことが無い。それは、貴也のワガママを発端にして亮が一樹率いる軍に拉致された時だ。
びく、としたように、香織が口をつぐむ。
ちょうど、タイミングをはかったように、病室の扉が開く。
「あら、忍くん」
耳下くらいでキレイに切りそろえられた髪をした彼女は、ひどく恐縮した顔つきになる。
「香織が、叔父さんに電話したんですってね?ごめんなさい、今日も本当はお仕事なんでしょう?」
言いながら、白衣の人が一緒にいることに気付いたようだ。少々驚いた顔つきで、頭を下げる。
「すみません、お医者様がいらっしゃってるとは気付かなくて……いつも香織がお世話になっております、香織の姉です」
「ああ、いえ」
亮は、にこり、と微笑む。名乗られなくても、久美子であろうことは様子から、察っすることが出来ている。
「こちらに寄らせていただいたのは、別件なので」
「香織が電話した原因サマ」
ぼそ、と忍が言う。
さすが、姉だけはある。その一言で、どういうことなのか察したらしい。
いきなり、人のよい笑みがかき消えて、すっと目付きが変わる。
「香織、あなた、自分がなにをしてるのか、わかってるんでしょうね?」
みるみるうちに香織の瞳に涙が溜まってくるが、久美子の方はお構いなしだ。
ちら、と忍たちに視線をやって、もう行っても大丈夫だ、と目で告げる。それから、改めて香織へと向き直る。
「歩けないというのと、自分の感情を優先するのとは……」
声が続いているが、問題なく抜け出すのは、チャンスはいまのようだ。
忍と亮は、軽く視線を見交わしてから、久美子の方へと頭を下げて、病室を出た。
少し行ってから、思わず忍はため息をつく。
「ったく、ああならないと大人しくならないんだから」
それから、亮へと改めて向き直る。
「悪かったな、亮を呼ぶ前に、言うんだった」
自嘲気味の笑顔が浮かんでいる。亮は、笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ、それに、失礼とは思いましたけど、どんな方か興味はありましたし」
「あんなんでした」
軽く、肩をすくめてから笑顔になる。
と、そこへ、別の声が加わる。
「おや、珍しいね」
「ご無沙汰しています」
声の方へと視線をやってから、亮は頭を下げてみせる。
「こちらの病棟に、なにか御用かな?」
どこか硬質な印象なのは、にこり、と微笑んでいるし口調も柔らかいが、目が笑っていないせいだ。
白衣を着てるところからして、医者であることは間違いない。
「ちょっと私用で来ただけです、友人のイトコが入院しているということでしたので」
「ふぅん」
と、不信そうにそこらの病室へと視線を向ける。今度は、忍が口を開いた。
「その先の部屋の、水谷のところの……」
「ああ」
不意に笑顔が浮かぶ。
「水谷香織さん、だったね?」
「ええ」
頷き返すと、笑顔のまま畝野は続ける。
「彼女のオペは、ぜひ執刀させていただきたいと思っているよ、歩行可能になるだけではなくて、六年前の事件の証拠を提供することが出来るわけだからね」
「ぜひ、よろしくお願いします」
ぺこり、と忍は頭を下げる。畝野は、軽く頷いてから、亮へと視線を戻す。
「随分と久しぶりだけど、忙しいのかな?」
「畝野さんの方こそ、お忙しそうですね」
亮も、にこり、と笑ってかわしてしまう。
今度は、相手の視線も素直に緩む。
「ああ、お陰様で、というのもヘンだね。というわけで、悪いが急ぐので」
「はい、では」
相手が去るのを待たず、忍たちも歩き出す。
もう少しで仲文の診療室、というところで、忍が口を開く。
「もしかして、あれが畝野さん?」
「ええ」
亮が頷くのを待って、質問する。
「なんか、亮のこと、目の敵にしてなかったか?」
「ああ、医者の格好で事故系の病棟に入ったからでしょう」
「え?」
「仲文と親しいことは、畝野さんも知っていますから」
そう言われれば、どういうことなのかは察しがつく。『Aqua』イチとも言われる腕の医者が、双璧で外科部長なのだ。当人たちの意思に関わり無く、派閥、というものは出来てしまうのだろう。
そして、亮は仲文側の人間と思われている、ということだ。
「畝野さんは、元々警視庁の法医出身なので、組織内の出世争いなども経験があるのでしょうね」
それで、少々気にしている、ということらしい。
「でも、仲文って、そういうの興味なさそうだけどな」
「そうですね、自分の地位にはこだわらないようですけれど」
にこり、とイタズラっぽい笑みが浮かぶ。
「降りかかってくる火の粉を放っておくほど、お人好しでもないですね」
「なるほど?」
忍も、口元に笑みを浮かべる。
今度は、亮が軽く首を傾げる。
「香織さんは、畝野さんの診察は受けたことは無いんですか?」
「さぁ、聞いてないな」
「そうですか、では早めに畝野さんに診てもらうといいかもしれませんね」
「どうして?」
にこり、と微笑んでから、亮は答える。
「畝野さんが得意なのは、難しい手術だけではないんですよ。その難しい手術を受けるよう、説得してしまうんです」
「へぇ」
「もちろん、腕がなければ不可能ですけれど」
「そりゃそうだな」
と、頷いてみせてから、忍は半ば独り言のように呟く。
「さて、その説得に動かされるかどうか……」
「試してみる価値は、あると思いますよ。いまのところは成功率100%ですから」
「へぇ、そりゃぜひお願いしたいね」
仲文の診療室の扉を開けると、にこり、と笑顔が向けられる。
「無事、納得してもらえたみたいだね」
「オカゲサマで」
「白衣、ありがとうございました」
返されたのを、受け取りながら、仲文が尋ねる。
「亮、もう少し時間あるか?」
「急ぐ用事はありませんが?」
首を傾げる。
「広人が来るらしいんだ、どうも、仕事の方の用事で」
「仕事で、ですか」
「なにか、事件でも?」
「さぁ、来るまでは俺にもわからないんだけど」
忍と亮は、またもや顔を見合わせる。
広人が所属しているのは警視庁特別捜査課だ。
通常の課では取り扱いきれない、難事件が中心の課であることは、知っている。興味が、ないわけがない。
もちろん、残る方に決定である。


らいんだよ


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