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夏の夜のLabyrinth
〜16th  軍隊+警察+医者=〜

■phantasm・4■



らいんだよ



仲文の診療室へ入ってきた広人は、にやり、と笑みを浮かべる。
「コンニチハ、忍くんにも会えるなんて嬉しいねぇ、亮も久しぶり」
仕事仕様なのか、仕事にかこつけて遊びに来ているのか、判断しかねる愛想の良さである。
「で、何の用だ」
ほっといたら、いつまででも油売ってるのを知っている仲文が、用件をとっとと切り出す。
広人は、軽く眉を寄せながら、首を振る。
「冷たいなぁ、久しぶりに会ったのに、邪魔することないだろ」
「お前が俺の仕事邪魔してるんだろ」
仲文は、まったく表情を動かすことなく、あっさりと切り返す。
「うっわー、それが久しぶりに会った友人に言う台詞?俺、泣いちゃうかも」
「そりゃオモシロイ、期待して待っているので、ぜひ」
仲文と広人のこのテのやり取りは、すでに慣れているので、忍も亮も苦笑気味に眺めているだけだ。
「やだなー、真剣に急いでるよ、この人は」
と、肩をすくめてから、にこり、と笑う。いつもの人の良いだけのではなくて、どこか食えない笑みだ。
「今日の用件はね、捜査」
「捜査?バラシ?」
仲文が、軽く眉を上げて問う。
「ほんの微かに、そんな可能性もあるかもね、ってレベル」
「なんでそんなのに、特別捜査課が動く?」
興味を憶えたのか、顔だけでなく、椅子を回転させて躰ごと広人の方へと向き直る。
「特別捜査課が扱わなくてはならないような容疑者なのでしょう?」
亮が、微かな笑みを浮かべて問う。
「んー、っていうか、俺が希望したんだけどな」
「それはそれは、今日の天気が実に心配だよ」
ようは、広人が自分から『ほんの微か』な可能性の捜査に加わることが、珍しい、と言いたいのだ。
「そうかもな」
気にする様子もなく、広人はにんまりと笑う。
「でね、質問しなきゃいけないんだけど、俺」
「俺にか?」
「そう」
「どうぞ」
仲文は、促すように手を出してみせる。広人は、わざとらしく警察用の小型端末を取り出してから、首を傾げる。
「一週間前の十八時から二十二時の間、どこでどうしてた?」
今度は、仲文が肩をすくめる番だ。
「俺?一週間前……は手術いれなかったから、ココにいたな」
言ってから、記憶を探るように視線を天井へと向ける。
「確か二十時頃に緊急担当の看護婦が一人、二十二時過ぎに院長から電話、だったと思うよ、珍しく余裕があったから」
「なに、手術室いなかったわけ?珍しいなー、ついでに言えば、よく憶えてるねぇ」
端末にメモいれながら、広人が日常会話の口調で言う。
「まぁな、その時間にココにいるの、ココ最近じゃ一週間前だけだから」
『Aqua』でも指折りの名医と言われる仲文だ。難易度が高い患者に当たる確立は高いわけで、当然、手術の時間も長くなる。
昼から入ったとしても、夜までぶっ続けというのはざらなのだろう。
が、いまの問題はソレではない。
忍が、口を挟む。
「それって……」
「そ、仲文も容疑者ってわけだね」
にっこり、と微笑んで言われても、困ってしまうのだが。
軽く首を傾げたまま、話を聞いていた亮が肩をすくめる。
「ココへ来るはずだった、西村さんの件でしょう?」
「お、知ってるんだ?」
「ちょうど、その話したばっか」
「そうなんだ……」
と、言いながら、忍がわかっていなさそうなのに気付いたらしい。亮が引き取る。
「事故・法医担当の方に配属されるはずだった、西村さんという方が亡くなられたんです」
「首をくくってね」
「が、動機がわからない」
広人がしめる。
忍は、怪訝そうに首を傾げる。
「殺人の疑いがあるのはともかくとして、どうして仲文が?」
「そりゃアレだよ、世間サマが好きなネタ」
にやり、と広人は笑う。
仲文も苦笑を浮かべる。
「さっすが特別捜査課警視は違うね、もう嗅ぎつけたのか」
そこまで言われれば、忍にも察しはつく。
「もしかして、事故・法医の方が充実するのを邪魔したとかいう動機?」
「そうそう、うがった見方するヤツって、必ずいるわけだな」
「手出しをされたら黙ってるつもりはないが、こちらから手出しをする趣味は無い」
少々不愉快気に言う仲文に、広人は笑いかける。
「わかってるけど、はっきりしてた方が、うざったいこと言われずに済むだろ」
仲文であるわけないとわかっていてココへ来たのは、そういう理由らしい。にこにこと笑ってふざけた口しか利いていないが。
「真犯人抑える方が、よっぽど早いだろ」
「うっわ、邪険すぎだぞ、それって」
「真実を言っただけだ」
くす、と亮が笑ったので、忍は仲文もわかっていて言ってるのだと確信する。
「畝野さんを疑う根拠はなんです?」
亮が、腕を組みながら尋ねる。
三人の視線が、亮へと集まる。広人が、口元に薄い笑みを浮かべて尋ねる。
「おや、どうしてそう思った?」
「西村さんの他殺を疑うのは、畝野さんの検死を疑うのと同じですから」
「そこまでご存知とは、相変わらずだねぇ」
にこり、と笑ってから。
「六年前にも、ココへ来るはずだった法医が死んでるんだ」
「ふぅん?」
仲文が、片眉を上げる。
「憶えてないか?法医が裏組織と通じてたって大騒ぎだったの」
「それって」
「これまた、奇遇とでもいうか」
「そういえば、そういう事件でしたね」
三人の奇妙な反応に、今度は広人が首を傾げる。
「その事件の証拠の品を握って離さないお嬢さん、忍くんのイトコなんだってさ」
ようするに、香織が巻き込まれた裏組織抗争で死んだ方が、ココへくるはずだった法医だったわけだ。
仲文の説明に、広人も驚いた顔つきになる。
「へぇ、そうだったんだ。お嬢サマ、最近ココに移ってきたろ」
「そう、それで忍くん災難の巻、ついでに亮も巻き込まれて、さぁ大変……かも」
「ありゃ、そうなんだ?」
忍と亮は、苦笑を浮かべる。広人は、それ以上尋ねることはせずに、話を続ける。
「こちらの手持ち情報を付け加えるとさ、どちらもココに来る直前に不審死で、畝野氏と並ぶほどの腕の法医ばっかりなんだよな。警察の立場としては、大変不愉快なわけよ、それじゃなくても法医やってくれる医者少ないのにさ」
「その時も検死は畝野さん?」
「そういうこと」
「でも、動機は?」
忍が首を傾げる。
「畝野さんと腕が同等というコトは、下手をしたら地位が脅かされる危険性はあるとしても、国立病院に来れなくすればイイだけだと思うんだけど」
「そうですね、それだけでは殺人の動機としては弱すぎますね」
にこり、と亮が微笑む。
「じゃ、別の要因があるんだな」
仲文が、あっさりと言ってのけて広人を見る。
「俺としては、お嬢さんの握ってる証拠に秘密があると見たね」
「だいたいさ、六年前の事件って、どういうケリがついたわけ?」
「んー?アレは、犯人おぼしき組織の男がお縄、以上」
一応、世間サマ的には終了している事件なわけだ。
「お嬢さんは、体内に弾丸を持ち合せてらっしゃるだけで、相手の顔は見てないからな」
「状況証拠ですか」
亮の問いに頷くのを見て、仲文が皮肉な笑みを浮かべて尋ねる。
「どういう?」
「裏組織御用達の場所だったから。あの頃、ちょっと小競り合いが多かったから、締めたれと思ってたしな」
「濡れ衣確立八十パーセント以上(当社比)だな」
「あれは立件はしなかったよ、きっかけにいただいただけで」
何食わぬ顔で言ってのけてから、にやり、と笑う。
「おかげで、あの小粒野郎ども一掃出来たし」
「うっわー、お前の方が数倍邪悪」
「合理的と言って欲しいねぇ」
またも掛け合いになってきたのを、亮がにっこりと微笑みながら止める。
「先日の検死ならば、まだ完全に始末はされていないはずですね」
「そうだな」
仲文も頷く。
「公式の検死結果は出ていますが、依頼すれば再確認することは簡単なはずです」
「あ、それなんだけどさ、この疑惑って、ベタだけど、俺の刑事の勘しか根拠ないんだわ」
広人が、にっこりと言ってのける。
「西村さんの後輩が科研にいてさ、自殺は納得できないって立ち会ってるんだ」
「その人の腕は?」
「西村さんが、後継ぎを選ぶなら彼と言うくらい」
仲文の問いに、すぐに答える。目がなければ、立ち会ったところで意味が無い。それは、広人も充分に承知している。
忍が、困惑気味に言う。
「検死では完全に自殺って路線、確実ってことじゃ?」
「でも、考えられるのって畝野さんだけなんだよねぇ」
相変わらずにこにこと微笑みながら広人は言う。
「性格的にも、さ」
「欲しいモノは絶対手に入れる、ってヤツだな、地位だろうが興味深い患者だろうが。そして、邪魔は許さない」
にやり、と仲文も笑う。
「確実かどうかは、弾丸次第だろうな」
亮は、腕を組んだまま少々首を傾げてみせる。
「さて、それは面倒なことになってきましたね」
ちら、と視線を忍にやる。
「結婚詐欺というわけにもいきませんし」
「勘弁してください」
忍は、思わず即否定である。広人が、苦笑する。
「ああ、忍くん災難の巻?」
「まぁな」
仲文が頷く。
毎日のように、忍結婚してくれなきゃ嫌攻撃にさらされ様ものなら、それこそ自殺したくなるやもしれない。
「そういや、畝野さんのあの発言、本気だったらかなりブラックだってことになるんだけど?」
「本気だと思いますけどね」
「ん?」
「なに?」
広人と仲文が、二人して首を傾げる。
「先ほど、戻ってくる途中で畝野さんにお会いしたんですよ、その時に香織さんの知り合いだと伝えたら、『ぜひ執刀させて欲しい』と」
「そりゃ本音だね、あの手術は、絶対にやりたがってるよ」
「自分が執刀すれば、すり替えでもなんでも出来るからな」
誰からともなく、四人は顔を見合わせる。
「もーしーかーしーてー、西村さんが邪魔だった理由って……」
「ウチに来るなら、事故系の特殊な手術も得意だったろうねぇ」
どこか遠い目で仲文。忍は、腑に落ちない顔つきだ。
「でも、どうやって?」
検死結果は、間違いなく自殺なのだ。
「なるほど、100%の成功率……」
ぽつり、と亮が呟く。
「え?」
「畝野さんが説得した患者は、全員が手術に承知しています。成功率が相当低いモノでさえ」
「なるほどな、そういうことか」
にやり、と意味ありげな笑みを仲文が浮かべる。亮は軍師な笑みを浮かべて、広人へと向き直る。
「根拠が欲しいのでしたら、ヒトツは医学部在住時の履修状況を確認するべきでしょう、心理学とカンセリング関係の科目を間違いなく学んでいるはずです」
「ああ、同級生もいるし、な」
広人の顔にも、笑みが浮かぶ。忍にも、とうにわかっている。
「暗示、か」
「そう、恐らく国立病院の事故・法医の主任ということで、何度も会っているはずです」
「それ以前に親しくなってるだろう、あの学会はイチバン狭いから」
仲文も付け加える。
「気を許していれば、容易いことです」
顎へと手をやって、少し考えていた忍が口を開く。
「それ、もしかしてゴネる方もやってないか?」
「もしかして、お嬢さんのこと?」
「可能性は充分あるでしょう、基本的に、患者は医者を信頼する傾向がありますから」
亮の口元に浮かんでいる笑みが、心なしか大きくなる。
「まだ、畝野さんには会ったことがないと言っていましたが、それはこちらへ転院してからで、事件の当時には診察しているはずですよ」
「そうか、診察してなくちゃ、手術が難しい、なんて言えるわけがない」
忍が、はっとした顔つきになる。仲文も頷く。
「カルテからもそれなりには判断出来るだろうが、畝野さんは確実性のないことはしないタイプだしな」
「畝野さんは、執刀を急ぐはずです」
「そうだろうな、人材不足は続いてるんだから」
一人が来れなくなったからと言って、募集が終わるわけではない。医者の方でも、認知度の高い国立病院への就職は魅力が大きい。
穴は、すぐにふさがる可能性の方が高いのだ。
そうなれば、香織の執刀をするのは、畝野とは限らなくなる。
いままで、別の病院にいた香織を、国立病院へ転院させたことからも、それは明らかだ。
「……さっき、お嬢サマの病室からの帰りに、畝野さんに会ったって?」
広人が、心なしか目を細める。
仲文は、無言でモニターに向き直ると、なにか入力する。
「まだ、手術室を抑えるまでは行ってないな」
「術前検査は、一晩あれば充分ですね」
「いままでのゴネっぷりからいっても、本人が少しでもその気のうちにと思うだろうな」
周囲の家族が、だ。
それほどに、彼女のワガママには苦労し続けているということだ。
もう一度、顔を見合わせた四人の顔は、完全に仕事モードだ。
簡潔に、広人が問う。
「動けるか?」
「もちろんです」
にこり、と亮が微笑む。


らいんだよ


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