[ Back | Index | Next ]


夏の夜のLabyrinth
〜16th  軍隊+警察+医者=〜

■phantasm・5■



らいんだよ



仲文の診察室は、ただ今大盛況御礼状態である。
広人に加えて、俊たち四人も合流したからだ。
「医者は人を生かしも殺しもするって、ホントなんだなー」
などと、妙な感心をしているのは俊。須于が、眉を寄せる。
「こんなこと、絶対に許されることではないわ」
「ああ」
頷いてから、ジョーが先を促す。
「で、どうなってる?」
亮は、にこり、と微笑む。
「今、術前検査が進んでいます。血液検査も一通り終わりましたし、後はアレルギー反応だけですね」
「それも、明日の朝には終了、と」
仲文が、付け加える。麗花が首を傾げる。
「久美子さんとか、家族の人は?」
「大丈夫みたいだよ」
久美子ももう社会人だし、そうそう簡単に休みの都合がつくとは思えないのだが、どうにかしてしまったようだ。
忍が、肩をすくめる。
「恐ろしく、とんとん拍子ってことだな」
「いまさっきまでゴネてたはずなのに、明日手術ですかい」
頭痛がしてきた、というポーズで俊が言う。
「正確には明日十時に手術前室に入ります」
「大急ぎったって、すさまじいねぇ」
麗花も、それ以外のコメントが見つからないようだ。
「さて、どうする?」
尋ねたのは、忍だ。
「それは決まっています。弾丸はこちらにいただきます」
亮の笑みが、心なしか大きくなる。
「そのために、ここにお集まりの皆さんには最大限協力していただきますので、よろしくお願いしますね」
もちろん、仲文と広人へ向けての台詞に決まっている。忍たちは、言われずともやってのけるに決まっているのだから。
広人は楽しそうな笑顔をみせる。
「はいはい、コチラがお願いしてる立場だしね」
「なんか俺、やたらにデカイ借り返すことになってる気がするんだけど?」
仲文は、少々うんざり気味の顔つきで肩をすくめる。
亮も、同じように肩をすくめる。
「この状況なら、どちらにしろ仲文の仕事でしょう?」
「カリを返せる分オトクってか、ま、そう思っておくことにするよ」
仲文の仕事がなんなのかは、説明されなくても忍たちにもわかる。麗花が確認する。
「じゃ、香織ちゃんの手術は仲さんがするってことね?」
「そういうことです」
「畝野さんがやるつもりの手術を、ということは」
忍の台詞を、須于が引き取る。
「手術前に入れ替わるのね」
「どうやって?」
俊が、首を傾げる。
亮の口元に浮かんだ笑みが、大きくなる。



翌日、朝。
事前の注射を終え、どこかとろん、とした顔つきでいる香織の病室へと、看護婦が現れる。
「あのぉ、すみません」
「はい?」
搬送用のベッドに移っている香織の枕元を覗き込んでいた久美子と、母親が顔を上げる。
「水谷さんのぉ、ご家族の方ですよね?」
それ以外、いったいなにがいるんだというツッコミをかけたいくらいに、とろーいしゃべり方で、いまどき珍しいくらいにソバカスだらけの顔に、太ブチ眼鏡をかけた看護婦は問う。
「はい、そうですが……」
「直前になって申し訳ないんですけどぉ、確認事項がありますのでぇ、少々よろしいですかぁ?」
なんとなくイラつくのは、語尾がしまらないせいらしいと気付きつつも、相手は病院の看護婦だ。
頷くと、母親と久美子は、香織へと向き直る。
「じゃ、またあとでね」
「すぐ、戻るからね」
「がんばるのよ」
先ほどの注射の中に、精神安定剤も入っていたのだろう。香織は、大人しく頷く。
病室を出ると、看護婦は先に立って歩き出す。
言葉遣いとは裏腹に、少々追いつくのに苦労するくらいのスピードで、しゃきしゃきと歩いていく。どうやら、トロいのは口調だけらしい。
奥まった場所の小部屋の扉を開くと、にこり、と微笑んで中を指す。
「すぐにぃ、担当医が来ますのでぇ、コチラでお待ち下さい」
「はい」
手術までは、あと少しだ。
担当医が来るのは、すぐだろう。
久美子も母親も、大人しく椅子に腰掛ける。
ぺこり、とバカ丁寧に頭を下げると、看護婦は扉を閉める。
扉を閉めただけではない。彼女は、扉の影に隠れていたテンキー型のキーを軽やかに押してしまう。
表示には、施錠完了の表示が出る。
「ごめんね。でも、しばらく、ここで待っててね」
全く間延びせずに言ってのけると、看護婦は、くすり、と笑う。
早足でエレベータに乗り込むと、扉が閉じるのを確認してから、眼鏡を外し、取り出した布タイプのクレンジングできゅ、と顔を拭く。
現れた顔は、麗花だ。
看護婦らしくひっつめていた髪をほどいて、軽く首を振ってから、通信機を入れる。
「はぁい、コチラはおっけーだよん」

「お疲れサマ、と言いたいところですが、もう一仕事お願いしますね」
落ち着いた口調で言ったのは亮だ。
続けて、皆への通信へと切り替える。
「では、これで通信切ります」
みなの返事を待ってから、亮は本当に通信機を終了させる。それから、手早く髪の毛をまとめあげて帽子をかぶる。
それから、マスクをして、消毒。
出来上がったのは、手術前の医師、一人前というところだ。
手術室に入っていくと、すっかり準備を整えた仲文が振り返る。
本当なら、患者が入って麻酔医の処置が終わってから入るのだが、今日は直前で医師が入れ替わるという、通常ではありえない状況だ。
微かに頷いてみせたので、麻酔医や看護婦との確認は終わったらしい。合図をすると、一度彼らは引いてしまう。
二人きりになったところで、仲文は肩をすくめる。
「畝野氏がいなくなるようなことになったら、しばらくは外科部長兼任だそうな」
「それはそれは」
亮は、マスクの奥でにっこりと笑ってみせる。
「仕方ないでしょうね、早めに後任を探してください。今日のところは、約束通り手伝いますので」
それを聞いて、仲文は少々首を傾げる。
「本当に通信、切ってきたのか?」
「当然でしょう?億分の一の可能性だろうと、機器を狂わせる可能性のあることはしません」
「忍くんたちは、指示無しで動くってことになるわけか」
ますます首を傾げた仲文に、亮は肩をすくめてみせる。
「指示は済んでいますし、別に初めてのことではないですよ」
確かに言うとおりだが、張一樹の一件の時は、不可抗力というモノだ。
「問題ありません」
「……ふぅん?」
仲文の目が細まる。なにやら、マスクの下の口元も笑っているようだ。今度は、亮が怪訝そうになる番だ。
「なんです?」
「いや?なんでもないよ?」
「そうですか、では、その気味の悪い笑いを収めていただけると気分がいいですが」
仲文は亮が、どうして通信を切ってもこれだけ落ち着いているのかの理由に気付いたし、亮はそれに気付かれたとわかっている。
さらに仲文がなにか言おうとしたところで、もう一人、医師が現れる。
彼は、驚愕した声を上げる。
「なんだ?麻酔処理まで終わったはずじゃなかったのか?」
「ああ、そう伝えてくれとは言ったけど、実はそうじゃなかったりするんだよ」
亮と話していたのと同じ口調で、仲文が返す。
「?!安藤なのか?これは、どういう真似だ?」
「どういうって、見ての通りなんだけど?」
肩をすくめて、両手を広げてみせる。完全に、馬鹿にしているポーズだ。
畝野は、ぎり、と唇を噛み締める。
「手術妨害というわけか?一体なんのつもりで……」
「理由は、自分がイチバン思い当たってそうなモノだけどね?」
相手が返すヒマを与えず、仲文は続ける。
「ったく、俺の身にもなって欲しいよ。余計な真似してくれたおかげで、今度は兼任外科部長だとさ」
「なんのことを言っている?私が外科部長を解任されるとでも?」
「外科部長解任どころか、逮捕、起訴でしょうね」
静かに口を挟んだのは、亮だ。
「六年前、法医を射殺した容疑と、一週間前に西村さんを自殺へと仕向けた容疑と、で」
「なにを寝ぼけたことを?だいたい、六年前の法医射殺というのは、何の話だ」
いるはずの患者がおらず最初は戸惑ったようだが、いまは口調も落ち着いているし、表情にも焦りは無い。
ただ、こんな状況になってのイラつきだけが口調に乗っている。
「おや、六年前の事件で、自分が巻き込んだ患者を、今日、手術するつもりだったんじゃないのか?」
仲文が、首を傾げてみせる。
「いま、そのポケット調べたら何が出てくるのか、俺、けっこう興味あるんですけど?」
一瞬、微かななにかが、畝野の顔をよぎる。
「なにが出てくるのかって?なにも出てこんさ」
「ふぅん?」
信じていない口調の仲文たちへ、畝野は切り返す。
「手術妨害に、名誉毀損ときたものだ!六年前のもともかく、先日の西村氏を俺が自殺させたって?」
イライラしてきたのか、かつかつと往復しながら指を振る。
「とんだ濡れ衣だよ、どういう根拠でそんなことを言っているのか教えてもらいたいものだ」
「そうですね、西村さんの件は、状況証拠しか揃わないでしょう……ですが、いままで難易度の高い手術を受けてきた患者とその家族の証言を集めれば、相当数になるでしょうね?もちろん、今回の水谷さんも含めてですが」
なんの感情もこもらない亮の声が、淡淡と告げる。
「学生時代の貴方の恩師が、言っていたそうですよ、『畝野くんは、心理療法士になるのだと思っていた』とね」
広人が一晩も経たぬうちに調べてきたことだ。
ひくり、と畝野の頬が、ひきつる。
「俺がやったという証拠が、どこにある?」
「だから、これからソレを、俺が取り出すんだよ。これ以上時間、ロスりたくないんだけど?」
どこか、うんざりとした口調で仲文が言う。
「選択肢は二つです」
亮が、細い指を一本、立ててみせる。
「このまま大人しく、安藤医師の手術が終了するのを待って、自らの潔白を証明する」
中指を追加して、二、をつくる。
「このまま回れ右をして、逃げられるだけ逃げてみる」
瞳しか見えていないが、明らかに微笑んでみせている。
「警察は、証拠が出るまでは追うことは出来ないということ、付け加えておきましょう」
「バカなことを……」
呟くように言いながらも、一歩、二歩、畝野は後ずさる。
そして、くるり、と背を向ける。
選択肢としては、二番目を選んだことになる。
亮の笑みは、心なしか大きくなったようだ。
「いってらっしゃい」
畝野の姿が消えてから、仲文は、もう一度肩をすくめる。
「……お前、故意に二番目を選ぶような言い方しただろう?」
「そんなことはしていませんよ、事実をお伝えしただけで」
「歪曲されてると思うなー」
くすり、と笑ってから、真顔に戻る。
「さて、コチラはこれから本番ってとこだな」
こくり、と頷くと、亮は合図を送る。
前室の扉が開いて、患者が運び込まれてくる。麻酔医が、す、と近付いて、香織の顔を覗き込みながら微笑んだ。
「はい、ちょっとちくっとするよ?すぐに眠くなるからね」
言いながら、慣れた様子で手首の血管を捜して、針を刺す。
前室で、時間を引き延ばすためにしていたおしゃべりの続きらしきものを看護婦とするうちに、香織の声がふ、と途切れる。
全身麻酔が効き始めた合図だ。
仲文と亮は、頷きあう。


らいんだよ


[ Back | Index | Next ]



□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □